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第三章 交錯する自分の理想と他人の悪夢 ゾクゾク

「パーティーをしてるまでは合ってる。ここまで最高」
そう呟くのは芦原 郁乃(あはら・いくの)であり現在親しい友人達とパーティーをしている。美味しそうな食べ物達が並び、優雅なクラシック音楽が流れる。皆が話しながら笑い合うその光景はまさにパーティーに相応しいものだ。なのだが。
「なんで冷たい牢獄の中でやんなきゃなんないのよー!」
場所は牢獄。他の囚人達や看守がいる中で自分たちの牢の中だけで行われるパーティーはミステイクどころか単なるミスにしか思えない。だが牢獄内は何故か花で満ち溢れている。そんな絶妙なバランスの中で行われていくパーティー。
「あんたもにっこり見てるんじゃないよ! 看守ならもうちょっとやることあるでしょー!」
優雅に行われるパーティーの様子を微笑ましい笑顔で見守るごっつい看守。普通は止めるだろ、と突っ込まずにはいられない芦原は堪えきれず叫ぶ。
「というかあんた達も違和感なんてありませんみたいな顔で普通に進行してるのよ! どう考えてもこの状態はおかしいでしょう!」
「そうですね、あらおかしい。あはははっ」
一斉に笑い溢れるパーティー会場IN牢獄内with看守。その状態をおかしく思うのは芦原だけでありパーティーは優雅に進んでいくのだ。
「あと一歩! あと一歩なんだよお夢様! これじゃほっこり幸せになりにくいのよー!」
そう叫んでもどうにもならず、叫びつかれた芦原はとうとう観念し目を瞑りながらパーティーをギリギリ楽しんだのだった。

『さあお待たせしました! 皆が待っていたあのスーパーグラビアクイーンの登場だ! 今日は愛する人も連れてきてくれたぞ! それではどうぞー!』
「ハーイ、ご紹介に預かったセレンフィリティ・シャーレットでーす!」
「セレアナ・ミアキスよ」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
弾けんばかりの歓声にきわどい水着で場を盛り上がらせるのはセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の二人だった。派手な演出と共に現れた二人は今や誰もが認めるグラビアクイーンだった。世界中にその名が知れ渡っているほどの知名度を持っていた。
「私の理想とは少し違うけれど、半分はあっているからよしとしましょうか」
「はいはーい皆ー! 元気ですか〜?」
軽快に客いじりを始めるセレンフィリティ。しかしその時巨大な足音が聞こえ、地面が震え上がる。
「な、何々!?」
「……猫だな」
二人と観客の目の前に現れたのは何と体長50メートルを超える巨大な猫だった。このクラスの大きさになるとライオンなんかも目じゃないほどの爪と牙だ。いつもは愛らしく見える姿も今だけは凶暴な動物に見える。巨大猫はゆっくりと目を動かし、二人を見つめたままになる。
「こ、これは何かした方がいいのかしら?」
「興味があるみたいだからな。グラビアクイーンなら猫も魅了できるでしょ?」
「あ、当たり前よ! 見てなさい。おーい、猫ちゃーん! 私と一緒に水辺であ、そ、ぼ?」
フシャーーーーーーーーーーー!
猫の毛が立つ。まるで山々に生える木々達が強風に煽られているようだった。
「ちょちょちょっと! そんなに怒らなくてもいいじゃないのよー!」
「とりあえず手遅れにならないうちに逃げた方がいいわね。あの目は尋常じゃないわ」
「そ、そうね! それじゃー皆! また今度ねー!」
そう言って逃げ出す二人を全速力で追いかける猫。その脚力たるや鬼の如き強さであっという間に回り込まれてしまう。二人は左手にあった細い路地に入り何とか逃げようとするも、周りの建物を倒しながら進んでくる巨大猫に動揺を隠せない。
「もうあれ猫ってレベルじゃないわよ! 怪獣じゃない! こんなんで安眠できるかー!」
「とにかく今は逃げるの! じゃないとぺちゃんこになって食べられちゃうかもしれないわよ!」
「夢の中だからってあんまりよー! もういやー!」
懸命に路地を駆け抜ける二人だがお構いなしに迫り来る巨大猫に徐々に追いつかれてあと少しというところで目の前に家が見えた。路地も終わりもう逃げ込む場所はそこしかなかった。目だけで返事をしあい家の中に入って扉を閉める二人。もちろん悪あがきだとは思っていたがもうどうすることもできなかった。二人は家が壊される覚悟をする。が、家の中に入ってきたのは小さな子猫だった。
「え、あ、どういうこと?」
「……ここ、穏やかに二人で生活できそうね。って言うことは私のもう半分の理想が叶ったってところかしら?」
ふしゃーー!
「ちっちゃくなっても怒ってるし! この可愛くない猫めー!」
そう言って猫と今度は逆になって追いかけっこをし始めるセレンフィリティ。
「……心穏やかにとはいきそうにないからまた半分ね。まあいいけど」
そう微笑みながら一人と一匹を見ながら微笑むセレアナだった。

「ひゃっほー! このまま風になりたい気分だぜー! だけどお前は及びじゃないんだよイケメン野郎!」
「そう言わずにエスコートさせてください」
「手を繋ぐなっ! 気持ち悪い!」
「君の瞳に、乾杯っ」
「脈絡なさすぎるだろ!? 鳥肌通り越してそのまま飛べそうだったぞ! いや、それはそれで楽しそうだけどさ」
何故かイケメンと共に二人で空を旅しているのはアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)で今もなお飛空挺でパラミタを空中散歩しているところだった。景色もばっちりで言うことなしなのだが何故か付いてきたイケメンだけがネックだった。
「さあ僕にエスコートをさせてほしいんだ。この空の旅の、ね?」
「だからエスコートなんていらないから黙ってって言ってるじゃないか! さっきからこの風が俺でこの俺が風でとか考えてるときにでしゃばってきていろいろ気が散るんだよ!」
「なるほど、シャイなんだね?」
「何一つ伝わってないね! 俺の話し聞いてんのか! お前がいなかったら満点なんだよこの空の旅はー! 俺にロマンをくれよ!」
「ごめんね、僕があげられるのはこのマロンと……ロマンティックくらいかな?」
「いるかー!」
最高の空の旅路に最悪の荷物がついてきてしまったアキラは空に感動した次の瞬間には隣のイケメンに鳥肌を立たせられる繰り返しをしていた。
空だけでなく海の底、地平線の果てまでも突き抜けていく快感を感じるのにその最高潮のベストタイミングで割り込んでくるイケメンのキザ台詞に調子を狂わされっぱなしのアキラ。
そのアキラが乗る飛空挺の下にいたのはアキラのパートナーであるルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)だ。頭上にはアキラがいるのだが現在彼女の隣にもアキラがいた。
「大丈夫か? 疲れてないか?」
物凄く真面目なアキラ。心なしか顔の方もいつもよりも三割り増しでイケメンに見える。
「平気じゃ」
「良かった。いつでも手を貸すから言ってくれよな」
「……ああ」
ルシェイメアが望んだのは真面目なアキラ。確かに今横にいるアキラは至極真面目だ。エスコートもしてくれ、たまにキザな台詞をはさんでくるが、素晴らしい好青年だった。けれど、ルシェイメアはそれをアキラと感じることが出来なかった。
ロボットか、あるいは人形か。
「……よもや理想が悪夢となりえるとは、面妖じゃのう」
そう言いながら今しばらく不気味な真面目なアキラとゆっくりと歩いていくのだった。

「さあ猫ちゃん達! こっちにおいでー!」
にゃあにゃあと言う鳴き声に囲まれて幸せそうな顔をしているのはコンクリート モモ(こんくりーと・もも)だった。子猫たちの群れに囲まれてずっと肉球をぷにぷにと触っている。たまらなくやわらかい子猫の肉球に病み付きになってしまっていた。そして一斉に逃げ出す子猫達を追いかけるモモ。
「まてまて〜! 待たないとエサをあげないよー!」
その言葉に反応して途端にモモの周りに集まりだす子猫達。更には頬をすりよせてきてエサちょうだいの大合唱だった。
「かわいいー! 猫缶いっぱいあげるからねー!」
そして可愛い猫達に猫缶をあげるモモ。子猫達は一斉に食べだす。その姿もとてつもなく愛らしかった。先ほどまでは。
「……ん?」
猫達がエサを食べれば食べるほどどんどん大きくなり、大きくなるだけではなく筋肉も発達していく。そしてエサを食べ終わる頃には誰もが知っている猛獣になり終えていた。
「完全にライオンだこれー!?」
可愛い猫達の鳴き声はもうなく、ガオオオオン! という空も裂くような鳴き声がモモを囲んでいた。そして聞こえてくる先ほど同様の声。
エサちょうだい。
「……エサって、私? ……逃げるが勝ちよー!」
一目散に逃げ出すモモ。追いつかれれば相手は百獣の王だ。一たまりもない。スカートの裾を持ち器用に走って逃げるモモだった。
「で、でもライオンの赤ちゃんだったら可愛いかな?」
とただでは転ばないモモだった。

「おらおら! 弾のバーゲンセールだ受け取りなっ!」
そう言いながら二丁拳銃を交互に撃ち続けるのは狩生 乱世(かりゅう・らんぜ)だ。その横では綺麗なお姉さん方に囲まれて極上ハーレム軍団を形成している尾瀬 皆無(おせ・かいむ)も一緒にいる。
「見てくれよ。すごいだろ? あれが俺のパートナーなんだ。でも皆も俺の愛するパートナーだからヤキモチ妬かないでくれよ?」
「それじゃあ、私のあーんが一番よね?」
「私のが一番でしょ、はいあーん!」
「あたしだって!」
「おいおい喧嘩すんなよ、ちゃんと皆のあーん分、腹空かせてるからさ!」
「おらー! こちとら調子乗ってるこいつを見てるだけではらわた煮えくり返ってるんだからさっさと次の奴でてこーい! じゃなきゃこいつを撃つぞ!?」
「お前が悪夢の原因かよ!? 夢くらい夢みさせてくれよ!」
何だかんだで息ピッタリな二人だった。周りの景色には陽炎が揺らぎ始めている。さすが熱帯の西部だ。
「ったくあちぃなぁ。そこの岩で肉でもやけるんじゃねーのか?」
「確かに、なあちょっと離れてくれないか? 勿論手が届く範囲でさぁ」
「だーめっ」
そう言われて更に美女に身体を押し付けられる尾瀬。
「訂正! やっぱ今のなし! この天国に比べれば暑さなんてどうってこたぁねぇ!」
「バカ丸出しだな……いやまて、これ尋常じゃない暑さだぞ? てか太陽近づいてきてねぇか?」
狩生の言うとおり空の彼方にあった太陽の姿が一歩、また一歩と近づいてきている。近づくにつれて熱さもひどく、最早陽炎などではなく徐々に周りのものが溶け出していく。
「あっつぅ!? 拳銃めっちゃあっつ! フライパンの比じゃないぞ!?」
「あ、ああ、さす、がに離れて、くれ」
「だーめっ」
「て、天国と地獄と、はまさにこ、のこと。……もうダメ」
「お、おい!? 一人だけ気絶とかずりぃぞ! おい起きろ!」
尾瀬に駆け寄りぐらぐらと身体を揺らす狩生だったか尾瀬は完全に気絶してたらしく、ぴくりともしない。しかしその顔は幸せそうだった。
「一人だけ幸せそうな顔とか納得いかねぇ! 一発こいつにぶちかまして……だから熱いって! もう握れないって! ああもうにっちもさっちもいかねーよ!」
握れないほどに燃え滾る熱を帯びた拳銃を床に落としながら一人虚しく叫ぶ狩生だった。