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新たな年を迎えて

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「オレたちのおとうさんとおかあさんは、こんとらくたーのせいでしんだんだっ!」
 兄が吐き出すように言った。
「な……っ」
 歩み寄ろうとした、鬼羅の動きが止まる。
「そっか、それでモンモノでねらってるんだね」
 輪廻が銃を持つ男の子の前に出た。
 そして、眼鏡を外して、銃口の位置に自分の胸を持っていく。
 震えている銃の前で深呼吸をして、言葉を発する――。
「しかえし、したいなら、撃ってもいいよ。僕もこんとらくたー、だから」
「なに……っ!」
「でも、その後、すごく苦しいよ、みんな、それでも戦ってるの」
「くるしいもんか! すっきりするんだ」
「かたきをうつんだっ」
 弟の方がナイフを振り回し始める。
「すっきりなんか、しない、よ……」
 輪廻は首を左右に振る。
「ダメだ!」
 姫宮 和希(ひめみや・かずき)が、子供の姿の輪廻の前に走り出て、輪廻や近くの子供を背に庇う。
「……兄ちゃんもそうだったよ」
 言いながら、恭司が弟の果物ナイフを義手で掴み、右へ回転させて奪い取った。
「かえせ、かえせ、かえせーっ」
 弟は暴れだし、兄の銃口は恭司へ向けられる。
「このナイフも、君の持ってる銃も使うのは人だ。『コントラクター』も君達と同じ人だ。だから、ちゃんと話を聞かせてくれないか?」
 どうして、皆と遊びたくないのか。
 なんで、皆の誘いを拒否するのか。
「こんとらくたーがせんそうふっかけたんだ。まきぞえで、おとうさんもおかあさんもしんだんだ。ここのいえにいる子たちも、そういうやつらばかりだ。しらないだけで!」
「私も戦争は嫌い」
 静かに近づいて、静かにそう言ったのは――ルカルカ・ルー(るかるか・るー)だった。
 軍服にロイヤルガードの制服を纏った姿の。
「うそつくな、せんそう屋め!」
 彼女の姿を見た兄は、激しい敵意を見せる。
「……けど、この国と国民を守るために戦争に行ったよ。これからも命がけで戦う」
「うそだうそだ! ちきゅうからきたぐんじん、ヴァイシャリーにせめてきたじゃないか! エリュシオンからまもってくれなかったじゃないかッ!」
 その時のことは、どう説明しても子供達には理解できないだろう。
「ロイヤルガードともあろうものが、お前らを守ってやれなくて悪かったな……すまねぇ。仕返しなら思う存分俺にやってくれ」
 そう、謝罪をしたのは東シャンバラのロイヤルガードである和希だ。
「私が嘘つきに見える? 悪い人に見える?」
 悲しさを隠して、ルカルカは兄弟に尋ねる。
「うそつきだ! あくだ! こんとらくたーなんて、ぜんぶ、あくにんだっ!」
 そう言って、腕を振り回す弟に。
 ルカルカは自らの腕を回して、抱きしめた。
「はなせ、はなせ、はなせーっ!」
 殴られても蹴られても顔をひっかかれても離さない。
「辛かったね」
「はなせ、うそつき! しめころすのかっ」
 兄もルカルカの足を蹴ってくる。
 ルカルカはそっと首を左右に振る。
「離したく、ないの。貴方たちの悲しみと憤りは間違ってない。戦争がなくなれば……いいのにね」
 そう言う彼女の目から、涙が一粒、零れて。
 暴れる弟の見上げた頬に落ちた。
「う、う……うわーーーん、わーーーーん」
 途端、弟は大きな声で泣き始める。
 ルカルカは彼を抱きしめつづけ、背を撫でていた。
「うそつきのくせに、うそなきするなよ、はなせよー。こんとらくたーなんて、いなくなれーっ!」
 兄の方も弟が泣き出したことでひどく混乱をして……引き金に力を込めた。
「っとまて!」
 撃たれてもいい、そう思った契約者もいた。
 しかし弾が発射される前に、飛び込んだ静麻が指を差し込み、引き金と撃鉄を押さえつける。
「してはならないことをしようとしたわね!」
 ブリジットが走り込んでジャンプ! とび蹴りを兄の肩にきめた。
「うぐっ」
「かならず、後悔しますから……っ」
 更に凛が兄を横から抱きとめて支え、動きを阻む。
「預からせてもらう」
 静麻が抑えている銃を、鬼羅が上から奪い取った。
「本物の銃だな。なんでこんな物持ってる!? 人に向けていいものではないことくらい、わかるだろ!」
 厳しく静麻は兄を問い詰める。
「おまえらは、むけあってるじゃないかー! かえせ、それはオレのおとうさんのなんだ!!」
 兄は凛の手を逃れようともがく。
「せんそーでおまえらにころされたおとうさんのなんだ、それでかたきをうつんだ!」
 兄がそう叫んだ途端。
 ガタンと、音を立てて。
「すまん、なんとかする」
 鬼羅が床に膝をつき……兄弟に土下座をした。
「かえせっ、とおさんとかあさんをかえせっ!」
 暴れて、振り上げた兄の手を、和希が受け止めた。
「殴ってくれてもかまわない。だけど、他のみんなに怪我をさせたりするのは勘弁してくれ。大事な友達なんだ」
 銃は返すことが出来ても。彼らが本当に欲しいもの。
 父と母を取り戻してあげることは、できない。
 鬼羅は何も言わずに、頭を下げ続け、暴れる兄の拳をその身で受けながら、和樹は「すまねぇ」と何度も謝った。
「コントラクターさん達は、一生懸命皆さんを守ろうと戦ったのですよ」
 凛は兄を押さえながら、言葉を続ける。
「私もその時は何も出来ないただの生徒でした……辛いことが沢山ありましたけれど、戦っていたコントラクターの皆さんは、戦いという辛さと、あなたたちと同じ、辛さも抱えていましたわ。大切な人を失いたくないのは、皆同じ」
 契約者であるから、全て守れたわけではない。大切な人を失った人も少なくはない。
 凛は、今はまだそう力のない自分でも、何か役に立てることを見つけたい。
 そう思っていた。
「しかえししたら、こんどはいつかきみたちが「しかえし」されちゃんだよ? そしてきみたちをしってるだれかがまた、その「しかえし」を……」
 みことが悔しそうな顔の兄に語りかける。
「そうして、ずっと「しかえし」してると、いつかにんげんがいなくなっちゃうよね。だから「しかえし」は、だれかがとめないといけないんだ」
「だったら、そのだれかにおまえたちがなればいい!」
「うん、だから、このおにぃちゃんとかおねぇちゃんはきみたちをうけとめようとしてるんだよ。そうして、じぶんでとめてきているひとたちなんだよ」
 仕返しを止めるのはとても勇気のいること。
 だから、仕返しを止めた人は、とっても偉いのだと。
 みことは、子供の言葉で語っていく。
「よのなかにはね、いいコントラクターとわるいコントラクターがいるんだよ」
 美羽がそう言うと、ミーナが「うん」と声を発して言葉を引き継ぐ。
「こんとらくたー、といってもいろいろなひとがいるんだよ。よいひともわるいひともごくふつうのひとも。わたしもあまりむずかしいことはわからないけれど、まわりのみんなをみて、ぜんいんがわるいひとだとおもう?」
「……」
 歯を食いしばって黙っている兄に、ミーナは優しく話していく。
「いたずらをするこもいるれど、いたずらだけでわるいこだとおもう?」
「……」
「わたしは、そうおもえないよ。なかには、ほかのこのきをひきたいだけのこも、いるから」
「そうだよ」
 と、今度は美羽が引き継ぐ。
「テティスや、ここにおみやげもってきてくれたやさしくていいコントラクターたちもいれば、わるいことや、せんそうをおこそうとするコントラクターもいるの……」
 コントラクターの全てが悪い人じゃない。
 そう、美羽はミーナと共に教えていく。
「みんなをこわしちゃおうとしたコントクターから、みんなをまもるためにたたかったコントラクターはわるいひとなのかな?」
「わかんない。わかんない。わかんない」
 兄は首を左右に振りだした。
 彼の目にも涙が浮かんでいる。
「『こんとらくたー』をゆるして『しかえし』をやめれば、きっとおだやかなきもちになれるよ。そしてみんなといっしょになれば、それはとってもしあわせなことなんだよ。きっと、おとなになったらわかんないことも、わかってくるから」
 みことは穏やかに優しく、そう言葉を続けた。
 兄は押し黙り、俯いている。
 弟は、まだ泣いていた。
「えっとうんと……」
 銃を向けられた後、一旦その場から離れていたソアが戻ってきていた。
「あまいおかしをたべたら、きっとたのしいきぶんになりましゅよ!」
 ソアは貰ってきたお菓子を持って、兄弟へと近づく。
「とにかく」
 歩が、兄弟に手を差し出した。
「今日一日いっしょに遊んでよ。それでもあたしたちに仕返ししたいって思ったままならあきらめるから!」
「そうそう」
 ブリジットもかカエルパイを見せる。
「お利口さんにして、ぼうりょくはやめて仲直りしたのなら、ごほうびにこのお菓子もあげるわ」
「はいっ。おかしをたべたり、いっしょにあそんだりするでしゅ!」
 ソアは弟の手に、お菓子を握らせる。
 お菓子を持ち、まだしゃくり上げながら、弟はルカルカを見上げる。
「……うん、そうしよ?」
 ルカルカは赤い目で、愛しげに彼を見て、切なげに微笑んだ。
 弟は顔をごしごし拭って、涙を押さえながら、兄を見る。
「おとうさんの、てっぽう……かえしてよ」
 兄は涙を浮かべながら、鬼羅に言う。
「いいえ、今はかえせません」
 言って、前に出たのはリーアと共に何かを探っていた壱与だった。
「こんとらくたーになったから人はかわるのではございませんよ。ぶきをつかって人を傷つけるうちに人はかわってしまうのでございます。せんそうをおこしたのはぶきをもつすべての者のせきにんなのでございます!」
 ぐっと兄は拳を握りしめた。
 それから少し、沈黙した後で。
「あ、ごめん。じこしょうかい忘れてた」
 歩が兄と目線を合わせてにこっと微笑む。
「七瀬歩、あゆむんでいいよー。あなたの名前も教えてー?」
「……」
 兄は答えなかった。
 仏頂面をしているだけで。
 でも、もう反発心は持っていないように見えた。
 どんな態度をとればいいのか、わからないようだった。