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第一章:プロローグ

「パワードスーツの技術はここまで進歩していたのか……!」
 シャンバラ教導団が誇る兵器工場を見学に訪れていた源 鉄心(みなもと・てっしん)は、作業区画で目の当たりにした技術の数々に驚嘆を禁じえなかった。驚きが声となって口をついて出るのを抑えられず、思わず彼は声を上げて、作業工程を凝視する。
「すごい機械がいっぱいですの!」
 ただでさえ珍しい最新鋭の設備である機械の数々を初めて見たせいか、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)はいつにも増して興奮していた。地球産の技術が使用された機械類は殊更興味深く映るのだろう。
「工場内では走っちゃだめですよ。イコナちゃん」
 珍しい機械類を目の当たりにして興奮のあまりはしゃぎまわるイコナに、後ろから優しい声がかかる。鉄心のもう一人のパートナーであるティー・ティー(てぃー・てぃー)だ。
「はーい。了解ですの……きゃっ!」
 興味津津といった様子で次から次へと気になる機械類へと駆け寄っていたイコナはティーからの声に応えるべく、走りながら後ろを振り向く。だが、そのせいでつまづいてしまったイコナはほんの少しではあるがリノリウムの床を滑って転んでしまう。
「痛いですの……」
 幸い、大事には至らなかったものの、リノリウムの床で膝を軽く打ったのか、イコナは涙目になりながらしばらく床に座り込む。
「大丈夫? ――良かった。ひどい怪我はしてないみたいですね」
 先程と同じく優しい声で話しかけながらティーは床に座り込んでいるイコナへと歩み寄ると、彼女と目線を合わせるようにしゃがみこむと、声と同じく優しげな表情で微笑みかける。その微笑みでイコナがひとまず落ち着きを取り戻すと、ティーは彼女の怪我の具合を軽く見ていった。
 まるで姉妹のような二人の姿を微笑ましげに見つめていた鉄心は、ふと視界を過った人影――作業員姿の青年に対して咄嗟に視線を向けていた。
 歳の頃は鉄心より若い。二十代か、もしかすると十代かもしれない。ざっと見た所、顔立ちは東洋人のものに見える。ブルーグレーのツナギという作業服に同色のアポロキャップという服装はまさしくこの工場で働いている作業員のものだ。
 無論、作業員の姿は先程から何人も見ている。そもそも工場なのだから、このような格好をした作業員がいて当然である。だが、鉄心は自分でもよく解らないが、視界の隅に写った件の作業員に何か違和感のようなものを禁じえなかった。
 その正体の知れない違和感に何か危機感――有り体に言えば胸騒ぎのようなものを感じた鉄心は、今も順調に稼働している機械類を見るフリをして件の作業員の姿をつぶさに観察する。
 作業区画内に設置された機械の合間から件の作業員の姿をしっかりと見据えた瞬間、鉄心は違和感の正体を理解した。いかに高度に機械化された最新鋭の工場とはいえ、肉体労働とは切っても切れない関係にある工場作業員という職種にありながら、件の作業員は背中から腰にかけてまである長髪だった。
 その長髪は漆黒というに相応しい黒髪で、緩めの三つ編みにまとめられていた。一本の三つ編みはアポロキャップ後部の穴から飛び出して青年の背中に伸びている。
 なかでも特徴的なのはその三つ編みの末端だった。毛先は鈴のついたリボンで束ねられており、不思議なことにその青年が歩く度に三つ編みが揺れるにも関わらず、鈴は微かな音たりとも立てはしなかった。
 更につぶさに観察してみると、その鈴はところどころが少しずつへこみ、或いは歪んでおり、散発的に焼け焦げた跡が点在するゆえに煤けているのがわかる。
 三つ編みの黒髪、そして、煤けた鈴――これらの特徴に心当たりがあるのを思い出した鉄心は、件の作業員から極力目を離さないようにしながらイコナとティーを見やる。ちょうどティーがイコナを助け起こそうとしているところだ。その様子を見て、ティーに任せておけば問題ないと判断した鉄心は、件の作業員の後を追うようにして、さりげない所作で歩き出した。
 鉄心に追けられているのを知ってか知らずか、件の作業員は配電盤の設置された部屋へと入って行く。その一部始終を観察していた鉄心は素早くドアの前まで駆け寄ると、そこで一旦足を止めた。ドアを開ける前にホルスターに収めた魔道銃の感触を確かめ、自分を落ち着かせるように深く深呼吸する。
 自分の精神状態がフラットになったのを実感するとともにホルスターから魔道銃を抜くと、鉄心は意を決してドアを勢い良く開け、そのまま部屋の中へと突入する。
「動くな。機械類からただちに手を離し、両手を挙げて、こちらを向け」
 鉄心は魔道銃の銃口を鈴のついた三つ編みが垂れる作業服の背中に向けながら、明瞭な発音で一言一言はっきりと言い放つ。だが、件の作業員はいきなり銃を突きつけられたにもかかわらず、特に驚いた様子も焦った様子も見せずに、平然と振り返った。
 油断なく魔道銃を構えながら、鉄心は振り返った青年の顔をしっかりと見据える。目深にかぶったアポロキャップに隠れてよくわからないが、それでも僅かに見える部分だけで青年の顔立ちは整った中性的なもので、それなりに端正な容姿であることがわかる。
 自分に突きつけられた銃口を直に目の当たりにしたにも関わらず、青年は平然とした物腰を崩すことはなかった。やはり特に驚いたり焦ったりした様子も見せず、たじろいでいる気配もなく、ただゆっくりと両手を上げるだけだ。
「教導団の方とお見受けしますが、突然、何のつもりでしょうか? できれば作業に戻りたいのですが」
 やけに落ち着き払った声音で作業服姿の青年が言うと、鉄心は油断なく構えた銃口の向きを青年の頭部に移動させながら言い放つ。「何のつもりも何も、不審者が教導団の施設内にいれば尋問するに決まっている」
 すると青年はさも意外だと言わんばかりに驚いた所作を見せると、やはりさも意外だと言わんばかりの声音で問いかけた。
「不審者? 何を仰るかと思えば。見ての通り、俺はただの作業員ですが?」
 その問いかけに対し、鉄心は静かな声で問いかける。
「なぜ工場での作業着がツナギであるか知っているか?」
 鉄心の問いを受けて、青年は困ったような顔をして生返事を返す。どうやら、鉄心からの問いの意図が理解できないようだ。
「はぁ……? それは今、何の関係もないでしょう?」
 すると鉄心は青年の言葉を一蹴するように語気を強め、叩きつけるように言い放った。
「いや、ある――開口部の機械への巻き込みを防ぐ為だ。つまり、工場で機械作業をする者がそんな風に長い髪を垂らしている筈がない――シャンバラ教導団をみくびらないでもらおうか……鏖殺寺院が一派、ブラッディ・ディバイン所属のテロリスト、結城来里人!」
 まるで断罪するような口調で一息に鉄心が言い放つと、作業員姿の青年――来里人は特に目立った動きは見せないものの、纏っている雰囲気を明らかに一変させる。
「まさか既に顔が割れているとは思わなかった。ここの作業員には気付かれなかったからな」
 存外簡単に正体を現した来里人に銃を突きつけながら、鉄心は慎重に距離を図りつつ慎重に歩を進めていく。必要なのは、絶対に射撃を相手の急所に命中させられる距離まで接近することだ。その為に鉄心は、自分の意図を悟られないように来里人へと話しかけた。「顔というより、そのボロけた鈴とリボン、それに三つ編みにした黒髪が決め手になった。もし仮に、次があるとすれば、その時はそんな特徴的なファッションは避けてテロ活動に臨むんだな」
 鉄心が何気なく『ボロけた鈴とリボン』と口にした瞬間、先程から平然としていた来里人の表情が一瞬動く。だが、それもたった一瞬だけのことだ。すぐに来里人は今まで通りの平然とした表情に戻り、ただじっと鉄心の姿と銃口を見つめている。
 そして、確実に一射で来里人を倒せる距離まで後二、三歩という所まで鉄心が接近した時だった。やおら来里人が口を開く。
「大変参考になった。是非、次のテロに活かすとしよう。貴重な意見、感謝する」
 そう言い終えるや否や来里人は床へと飛び込むようにして身を躍らせると、大きく転がって受け身を取りながら袖口に仕込んでいた何かのスイッチを指で押し込んだ。
 その瞬間、来里人を銃撃することよりも、咄嗟に腕で顔面をガードしながら後方へと飛び退くことを選択できたのは、鉄心が持つ歴戦のベテラン兵士特有の勘によるものだった。そして、結果的にその勘が彼を救ったのだ。
 ほんの一秒、否、零コンマ数秒前まで鉄心が立っていた位置を凄まじい爆発が襲う。それだけではない、来里人がスイッチを押し込んだ瞬間、様々な場所から無数の爆発音が響いてくる。
 咄嗟の判断で後方へと飛び退いたおかげで爆発の直撃は免れたものの、その余波で発生した爆風と衝撃までは完全に避けきれず、鉄心は更に後方へと吹っ飛ばされて壁に胴体と頭部を強打する。
「か……はっ……!」
 壁に激突した凄まじい衝撃で肺の空気を全て押し出され、後頭部を強打したせいで朦朧とする意識の中、来里人は鉄心の横を通り抜け、入ってきたドアへと手をかける。
「待……て……」
 何とか絞り出した声が今も続発している爆音にかき消され、ドアをくぐって視界から消えていく来里人の姿を見つめ続けながら、鉄心の意識はブラックアウトしていった。