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バレンタインデー・テロのお知らせ

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第一章:リア充は爆発しない 


「まあ、多くの人たちがすでに知っているとおり、“女性が意中の男性にチョコレートを贈る”というバレンタインデーの習慣は、実のところ日本独自のものでな」
 やわらかい木漏れ日の元、優雅にティーをたしなみながらグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)そんなことを口にします。
「欧米などでは、男女問わずに、花やケーキ、カードなど様々な贈り物を、恋人や親しい人に贈ることがある日、とされている。チョコレート限定ではなく女性から男性へと贈るわけでもなく交換し合うことも多いというのが、本当のバレンタインデーの姿のようだな。パラミタは一応日本領ということになってはいるが、見てのとおり異文化の学生が集まっている大陸なわけで、堅苦しくする必要もなかろう」
「言われなくても知ってるわよ。私、アメリカで生まれ育ったんだから」
 前日に大量のチョコレートを仕入れてきていた雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は、ちょっと困ったような照れたような表情で答えました。
「でも、せっかく“日本”に来たんだし郷に入れば郷に従えというか、こういうのも悪くないかなって……」
「雅羅にとっては、日本式バレンタインデーの初体験だったというわけですか。これは、こちらが空気を読めなかったかもしれませんね」
 そんなことを言いながらも、空気を読んで洋風のバレンタインデーを演出しようとしていた武崎 幸祐(たけざき・ゆきひろ)はチェアに腰掛け直引きのコーヒーを満喫しながら小さく微笑みます。
 バレンタインデーを単なるチョコレートの交換イベントではなく、パーティーとして楽しもうと、彼は他にも知り合いの生徒たちを招待しお茶会を開催していたのでありました。
 そのお茶会は、蒼空学園の屋上庭園で行われていました。四季と季節物でも楽しみながら長閑にお喋りでもしようという気の利いた催しです。
 見渡してみると、いつの間にかどこからともなく寄ってきた生徒たちが思い思いに談笑しています。一見、屋外の立食パーティのようですが、殺気が違います。いつチョコをやり取りできるか、腹の内を探りながらの交流です。なんだか妙にハイテンションですし、よく見ると目が笑っていません。やや暖かい陽気とはいえまだ二月、にもかかわらずじっとりと汗をかいている生徒がいるのはテロリストを警戒してのことではなく、同席しているライバルを警戒してのものだったりします。
 そんな視線を気にしつつ雅羅は幸祐に笑顔を向けます。
「でも、すごいわね。これだけのお茶会を開けるなんて。わざわざ招待してくれてありがとう」
「この前借りたレポートのお礼ですよ。資料を返すついでだと思ってくれれば結構ですから」
「うん、でもそれならもっと後でもよかったし、授業の日でもよかったんだけど」
「まあ、思いたったが吉日ってものですよ。俺は皆が楽しんでいるのを見ているだけで十分ですから、雅羅は雅羅で日本のバレンタインデーを満喫するといいと思いますよ。……あ、せっかくですからカフェラテかカプチーノでもどうですか?」
「ありがとう、遠慮なくいただくわ。……えっと、じゃあアメリカンをブラックで」
 雅羅は手に提げていた紙袋を置き、運ばれてきたコーヒーカップを受け取ります。
 ふーふーと吹いて冷ましながらチビリチビリとブラックを飲む雅羅。苦そうに、だがおいしそうな満足げな飲み方はとても可愛らしくて魅力的です。
「……ふふ、喜んでもらえて嬉しいですよ」
 幸祐は表情こそ余裕綽々でコーヒーをたしなんでいますが、全身には緊迫感がみなぎっています。まるで戦場にいるようです。油断していると、連邦共和帝国連合航空艦隊【総司令長官】として「ファイエル!」などと全軍に砲撃命令を下してしまうかもしれません。
「……」
 傍でニヤニヤと笑みを浮かべながら光景を見守っているのは、蘇 妲己(そ・だっき)です。効果的な瞬間を狙っているようです。
「……?」
 そんな様子を見やって、雅羅はわずかに首を傾げます。
 皆は彼女が動いた瞬間ぐいっと視線をやりますが、他に何の反応もないのを知ると、ふうっと吐息をつきます。
「……」
 ええ、誰もが知っていますよ。雅羅がチョコレートをくれることくらい。
 誘ったらお茶会に参加してくれました。彼女が持参している紙袋にはチョコレートが入っています。きっとくれるのでしょう、義理チョコとして。それはいいのです。
 では、誰が一番に……?
 簡単なことです。「ちょうだい」といえば、雅羅は快く手渡してくれるでしょう、笑顔とともに。
 簡単なことです。「あげるよ」といえば、雅羅は快くチョコレートを受け取ってくれるでしょう。笑顔とともに。
 雅羅がなかなか自分から切り出してくれないので、皆はじりじりと牽制し合います。
 彼女とてじらしプレイをしているわけではありません。異様な雰囲気に呑まれて言い出しづらくなっているのです。
「マスター、お使いから戻りました」
 そんな中突然現れたのは、幸祐のパートナーであるヒルデガルド・ブリュンヒルデ(ひるでがるど・ぶりゅんひるで)です。
 彼女は、ヴァイシャリーの『薔薇の雫』までザッハトルテを買い出しに行っていたのですが、他にも思惑がありそうな素振りです。
 ヒルデガルドにしては珍しく少しモジモジしてから、赤いリボンのかかった箱を取り出そうとします。
「マスター、実は私からも……愛を込めて、チョ」
「ファイエル!」
 幸祐は短く鋭く遮ります。目つきが司令長官になっています。額の汗をぬぐいながら彼は難敵を追い払ったかのような安堵の表情を浮かべます。
「……ふう、危ないところでした」
「……?」
 ヒルデガルドまでが首を傾げます。
 ここでヒルデガルドがチョコレートの話題を切り出そうものなら、当然雅羅もチョコレートを取り出してくるでしょう。きっとくれるはずです、ええわかってますとも。
 では、誰が一番に……?
 それは、きっと幸祐からではないでしょうか。何しろ……ふふ、このお茶会の主催者ですしね……?
 ですが、それでいいのでしょうか?
 彼の目的はみんなで楽しくお茶会をすることです。円満にバレンタインデーを過ごさなければならないわけですよ。意外と繊細に気配り中です、司令長官。
 ぱっと見渡したところ、雅羅を狙っている(?)人物がこのお茶会にたくさんやってきています。
 そんな中、幸祐がいの一番でチョコレートをもらって、しこりが残ったり波風が立たないでしょうか? すごく睨まれたりしそうです。さらには雅羅に想いを寄せる怖いオニーサンたちに取り囲まれたりしたらどうしましょう。言っておきますが、これはヘタレ気質じゃないですよ? 気配りですとも。
 もし雅羅がチョコレートをくれるなら、変に譲り合ったり遠慮し合ったりするのもなんか嫌な気分ですし、少しでも気まずそうな雰囲気もアウトです。プレッシャーがかかります。
 いや、待ってくださいよ……? ここはサラリとカッコよく雅羅から義理チョコを真っ先にもらって存在感をアピールすべきではないでしょうか……? そうしたら、皆もチョコをもらいやすくなるでしょう。主催者として、まず幸祐が切り出すべきです、「チョコの件について(キリッ)」などと。
 いやいや、それじゃがつついているように見られませんか? 物欲しそうで下品な印象です。
 ええわかってますとも、雅羅はいい娘です。そんなこと気にはしないでしょう。やはりここは、自分の性分に照らし合わせてまず最初に……。
 いやいやいや、待ってくださいよ? 万一……万一ですよ……雅羅に本命っぽいのがいたらどうしましょうか? 幸祐のもう一つの肩書きである、ヴュルテンベルク連邦共和帝国【連邦共和帝国大元帥】が火を噴きますよ? それによって雅羅までまきこんでしまい迷惑が……。お茶会は台無しです。
「……」
 それに……ああ忘れていました、等価交換。幸祐の得意な分野です。
 錬金術によると等価交換は原則です。ということはですよ? 雅羅にチョコレートを渡したなら、それは彼女に対しても等価交換を強要することになってしまうではありませんか。
 さっきから傍で妲己がうずうずしているのはわかっています。お見通しです。何か大仰なプレゼントとともに雅羅にチョコレートを渡すつもりでしょう。
 根が真面目な雅羅は真剣にお返しを考えるでしょう。その負担を雅羅に強要するわけには……。
「くっ……」
 幸祐は苦渋に満ちた顔つきになります。彼をここまで追い詰めるとはなかなかのものです、バレンタインデー。
「なんか、テロリストが出現しなくてもデンジャラスな感じになってるわよね」
「……!」
 全員が一斉に声のした方に視線を投げかけます。
 空気を破って真っ先に親しげに雅羅に声をかけたのは、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)です。とりあえず、周囲にスカートめくりテロなどが潜んでいないのを察知してから、微笑みます。
「騒がしい中だけどご機嫌いかが雅羅?」
「おかげさまでご機嫌よ。皆も何故かとても気を使ってくれてるし」
「物騒さじゃ似たようなものかもね、ここも。表じゃテロリスト連中が騒いでるし。やつら、どこに潜んでいるかわからないわ。気をつけてよね」
「ええ、その話なら聞いてるわ。なんでもリア充を狙ってるんですってね? でも、幸か不幸か、私リア充じゃいから大丈夫よ」
 悪気もなく言う雅羅に、皆がガタリと姿勢を変えます。
「……?」
「ま、まあそんなことだろうと思って、私友チョ」
 祥子が洋風バレンタインにのっとって雅羅に友達としてのチョコレートを渡そうと取り出そうとしたときでした。不意にブロードソードが飛んできて、ドスリ! と足元に突き刺さります。
「……!?」
 とっさにかわした祥子がちらりと視線をやると、そ知らぬ顔でコーヒーを飲んでいた妲己と一瞬視線が合います。
「あらごめんなさい。手が滑ってしまったわ……?」
「あ、あなたねぇ……」
「やめなさい、妲己」
 幸祐がたしなめますが……。
「何のことかしら? 実は私が一番乗りで友チ」
 チョコを渡そうと雅羅に歩み寄りかけた妲己は背後に強烈な殺気を覚えて振り返ります。
「少し落ち着きましょうか。せっかくのお茶会ですし、雅羅が驚いていますよ?」
 鬼眼で睨んでいた白星 切札(しらほし・きりふだ)が娘の白星 カルテ(しらほし・かるて)の頭を撫でながら言います。
「順番なんかどうでもいいじゃないですか。肝心なのは、どれだけ思いを込めて渡せるか、でしょう?」
「そうだよ、みんな怖すぎだよ。でもワタシ負けないよ。ママへの思いは一番だし、そのママが友人の雅羅へ思う気持ちは一番なんだもん」
 カルテはそう告げて雅羅に向き直ります。
「え、私?」
「ママがね、女の子にはチョコレートをいくらあげてもいい、って言っていたよ?」
「そうなの?」
 と雅羅は目を丸くして切札を見つめます。
「もちろん」
 と頷く切札。
「え、ちょっと待って……。状況が今ひとつつかめてないんだけど。切札が私にチョコレートをくれるの? ……え?」
「私じゃなくて、渡すのはカルテですけどね」
「それなら待つのはそちら側でしょう。せっかくのお茶会にもめるのはご容赦いただきたいですね。恩に着せるわけではありませんが、主催者としてまず俺から決断を下させていただきたい」
 と幸祐は大元帥らしく言います。
「あなたも、雅羅にチョコを渡したいの?」
 と予想外の展開に祥子が苦笑ぎみに聞いてきます。なんだか修羅場の予感です。
「違いますよ、マスターは雅羅さんからチョコレートをもらって、私からももらうのです。といいますか、先に渡すのは私ですけどね」
 ヒルデガルドが割り込んできました。少し顔を赤らめながらも真剣な表情です。雅羅を牽制するように見つめます。その迫力に、うっ、とたじろぐ雅羅。
「マスター、ずっと前から私は愛を込めてチョコレートを渡したいと思ってました。受け取ってくれるととても嬉しいのですが……」
「ですから、待ちなさいといっているでしょう。気持ちは嬉しいですが物事には順番というものがあるのです」
「……うっ……、マスター、私……もしかして、お邪魔……でしたか……?」
「そうは言っていないでしょう。まずは皆さんを接待することが大切です。ヒルデガルドも協力しなさい」
「私だって、女の子なんですよ……こんな日くらい……いいじゃないですか……」
 ヒルデガルドが瞳を潤ませます。渾身の本命チョコ、赤いリボンが可愛い箱を落としそうになって、ぐっと抱きしめます。ポトリと目から液体が零れ落ちました。機晶姫なので眼球洗浄液がオーバーフローしたのでしょう。
「ひっく……ぐすっ、わかりました……帰って一人で食べます……マスターを思いながら……」
「頼みますから、俺の話を聞いてくださいよ……」
 お茶会で皆が見ている手前、主催者が真っ先に怒るわけにもいかず、幸祐は引きつった笑みを浮かべます。
「……」
 そうこうしている間に、トルテがトテトテと雅羅の元に行きます。
「はい雅羅、ハッピー・バレンタインデー。チョコレートあげる」
「……え、あ、ありがとう?」
 と……、雅羅が受け取るよりも先に、妲己が割り込もうとします。
「ねえ雅羅、私の場合他にプレゼントもある……ぐふっ!?」
 打撃を食らって、妲己はよろめきます。
「うちの娘の邪魔をするとは……、三途の川を渡ってもらうことになりますが覚悟の上でしょうね?」
 切札が容赦なく攻撃してきます。
「ハッハー! 上等よ、カモン兄さん。ズボン脱がしてあげるわ!」
 相手の反応を楽しむかのごとく、体勢を立て直した妲己は挑発を繰り返し始めます。
「マスターにチョコもらってもらえませんでした。もう私どうなってもいいんです」
 ヒルデガルドまでがやけくそ気味に参戦してきます。
「兄さんじゃないよ、ママだよ」
 トルテのせりふはもう聞いていないようです。
「まあいいか、まずは雅羅にチョコ渡すのが先決だもんね」
「ありがとうトルテ。でも、本当は切札にあげなくていいの? 日本では女の子が男の子にチョコあげるイベントなのよ」
 苦笑しながら雅羅は言いますが、トルテは今ひとつピンときていない様子です。
「? ママは特別だから大丈夫……ってママが言ってた」
「えっと……、いや、まあいいか……」
 なんか、雅羅は呆れて説明を諦めたようです。
 と……、
「お前らいい加減にしろ!」
 おやおや、妲己たちのドタバタに幸祐がつい怒りはじめましたよ。これまでよく我慢していたものです。あたりがざわめき始めます。
「やれやれ……。雅羅、こっちよ」
 祥子が雅羅の手を引いて、少し離れたところに避難します。
「……私の災難体質のせいかしら?」
 雅羅は沈んだ声で言いました。
「いやぁ、あれは、見えないところで見えない敵と戦っていた結果なんであって……」
 祥子は半眼で答えてから、思い出したように手にしていたチョコレートを雅羅に渡します。
「ただの友チョコよ。まあ、深く気にしなくていいから。さっきのトルテの分も遠慮せずにもらっておけばいいのよ」
「ありがとう。私もお返しならいっぱいあるわ」
 祥子のチョコを受けとった雅羅はデパートの手提げ袋から、本当に細工なしの市販の板チョコを差し出してきます。ん、ありがと。と受け取る祥子。早速、バリバリと銀紙を破ってチョコレートを取り出します。
 ホットミルクに溶かしこむと、とてもおいしそうなチョコミルクの出来上がりです。
「こういうのが一番幸せかも……」
 ぷはぁっと祥子はチョコミルクに舌鼓を打ちます。
 祥子が受け取ってくれたおかげで、他の参加者たちも寄ってきました。
 雅羅は、普段のお礼を言いながらも淡々と作業のようにチョコレートを渡します。なんか難民キャンプの配給に見えなくもありません。それでももらった方は大喜びです。
「実のところこれでも結構迷ったのよ。発売されてるチョコの種類多すぎるし、あくまで義理チョコだから気合入ってないほうがいいかな、って」
「雅羅らしいわ。でもさ、本命あげる相手もいるんじゃないの? 気になる相手がいるんじゃないの、恋愛的に? 正直に言っちゃいなさい」
 うりうりと肘でつついてくる祥子に雅羅は苦笑して。
「いないわよ。あ……でも、この前……」
 ふと、以前謎のワゴンで旅したときのことを思い出し口を開きかけますが、すぐに首を横に振ります。ペラペラ喋るほど口の軽い娘じゃないですしね。
「まあ、一人のほうが気楽でいいわ。誰も巻き込まないし……」
 寂しそうに言う雅羅に、祥子はもう一つのプレゼントであるお守りを取り出してきます。
「そうそう。これチョコとは別にプレゼント。恋愛成就のお守り」「れ、恋愛って……。厄除けじゃないんだ……」
「厄除けのお守りに頼ってばかりじゃ後ろ向き思考になっちゃうわよ。トラブルの時に傍で支えてくれる相手ができますようにって願うほうがポジティブになれると思ってね」「ありがとう。大事にするね……」
「では、雅羅に新しい恋がやってきますように、乾杯」
「うん、乾杯」
 祥子と雅羅は軽くカップを合わせ、微笑み合います。
 平和で楽しい時間が流れていきます。


「ふふ、みな楽しんでいるようで結構だ」
 お茶会の様子を微笑ましく見守っていたグラキエスは、お茶会の会場の片隅の遠慮がちなカップルたちを見つけ、近づいていきました。
「どうした、何か困ったことでもあったか? お礼はチョコレートということで、話を聞くが」
「ああ、またそんなことを言って。相変わらず、知識だけで本当の意味がわかっていないようですね」
 傍にいたエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が少し困った顔をしますが、グラキエスは聞いていません。
「バレンタインは初めてだから、こういう場所で慣らしておくのもいいかな、と思ったんだけど」
 答えてきたのは、背の高い黒髪の青年で、桜葉 忍(さくらば・しのぶ)でした。彼は、パートナーの東峰院 香奈(とうほういん・かな)織田 信長(おだ・のぶなが)にチョコレートを渡したかったのですが、目ぼしい場所も見つからず、みなと一緒なら心強かろうとやってきていたのです。
「予想以上に騒々しいようだな。ちょっと場所間違えたかな?」
「難しく考えなくていいだろう。普段の感謝の気持ちを込めればいいのだ」
「そうか、まあそうだよな」
 頷く忍に、グラキエスは腕を組んで仁王立ちになって言います。
「よし、俺が見ていてやろう。やってみろ」
「やめなさいグラキエス、困っているでしょう? それ以前に、どうしてそんなに上から目線なんですか」
 エルデネストが眉をひそめてたしなめると、グラキエスは。
「困っている人を助けるのも役目だろう。見たところ、彼らは慣れていないらしい。俺が見守ってやろう」
「いや、見守られたらかえってやりにくいんですけどね」
「どうしてだ。応援は多いほうがいいだろう」
「あの……」
 そんなグラキエスたちのやり取りを見ながら、香奈が恐る恐る忍に耳打ちしてきます。
「あの人たち、どうしてモメているのかしら……?」
「あれは仲がいいんだよ。あんな風に言い合えるくらいにはな」
 気楽でいいんだ、と忍は思い直します。
「もう素直に渡すよ。はい、これ……」
 忍が香奈にチョコレートを渡そうとしたときでした。
「……」
 グラキエス、腕組んだままめっちゃこっち見てます。ガン見です。
「あ、あの……?」
「緊張しなくていい。俺がついている、さあ頑張れ」
「だから、やめなさいって!」
 とエルデネスト。
 はは……、と忍は苦笑して、気を取り直しチョコレートを香奈に渡します。
「あ、ありがとう……!」
 緊張気味ながらも、香奈はとても嬉しそうに受け取ります。
「信長にも」
 忍は信長にもチョコレートを渡します。
「うむ、かたじけない。感謝するぞ」
 受け取った信長は、香奈と目配せし合ってから、
「実は、私も香奈に、ばれんたいんとはいかなるものか、と聞いてな。チョコをもってきているのじゃよ」
 信長も、チョコレートをとりだしました。忍と香奈、そしてまだじっと見つめているグラキエスたちにもチョコレートを渡します。忍は笑顔で受け取ります。
「うむ、ありがとう。いただこう」
 遠慮もなく受け取るグラキエスに、エルデネストはこめかみに指を当ててため息をつきます。
「まるで、睨みつけて脅迫したみたいでしたよ、今の……」
「あ、あの、私も……」
 香奈は、おずおずとチョコレートを差し出してきます。色々とこの日のために考えていたのですが、いざとなればうまく言葉が出ません。
「ああ、ありがとうな」
 そんな香奈を察して忍は優しく受け取りました。
 そんなこんなで、一通りチョコレートの交換が終われば、後は楽しく談笑です。

 ここにはテロリストたちはやってこなさそうなので、場面を変えましょう……。
 


 一方そのころ。
 樹月 刀真(きづき・とうま)はツァンダの外れにある美しい公園にやってきていました。
 その公園には、大きな一本の木が茂っていましてその木の下で告白すると、恋人同士が結ばれるとか言う噂のいわゆる恋愛スポットなわけです。縁起担ぎみたいで少々気恥ずかしい感じでしたが、どうせバレンタインデーを送るなら、こんな場所でチョコを受け渡しするのがいいのじゃないか、と思ったのです。
 さらには、広場もあったりして、あの辺で弁当を食べたりしたら楽しそうです。
 彼は、いつも無茶を聞いてくれているパートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)と、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)たちを労うためにレストランで食事をしようと予約をしたら、彼女たちに、食事の時にバレンタインのチョコレートをくれると言わました。ならば、と先にチョコレートを渡すためにやってきたのですが、すでに月夜も白花も“できあがっちゃって”ます。
「ほら、こういうのを待っていたんでしょう?」
 のぼせ上がって顔真っ赤の月夜に、刀真は優しく微笑んでチョコレートを差し出します。
「刀真……」
 とても嬉しそうに幸せそうに月夜は受け取りかけて……。
 何食わぬ顔で横をすり抜けてく人影が、すれ違い様にピラリ、と月夜と白花のスカートをめくり上げ中身を確認しました。
「……えっ?」
「……!」
「黒のレースに黒のストッキングと白のレースに白のストッキングか。リア充、爆破完了」
 噂のスカートめくりテロリストの登場です。
 キッと眉を上げた月夜はゴム弾を装填した【マシンピストル】と《スナイプ》で、パラタタタッッ! とテロリストの頭を目指して全力放射を始めます。
「ぐあああああああああっっ」
 逃げそこなったテロリストは、もんどりうって倒れましたが、月夜は撃つのをやめません。
「それ以上やったら死んじゃいますから、やめましょう」
 動かなくなったテロリストを気の毒そうに見やって、刀真は月夜を抑えます。
「もう、なんなのよ! せっかくのムードが台無しじゃない!」
「っていうか、覗き放題の位置に立っていて……いやなんでもない」
 言うのをやめた刀真。
 白花は、恥ずかしくなったので顔を隠すように刀真の胸に額を押し付けながら抱き付きます。
「覗かれてしまいました。もう私だめです」
「どさくさに紛れてなに先に抱きついているのよ」
 月夜も、ガシッと刀真に抱きつきます。
 しばしの沈黙。
「機嫌直しなさい、刀真。はい、あ〜ん」
 刀真は月夜の口にチョコレートを放り込みます。
「ん……、もう……」
 ぷくりと膨れながらも幸せそうな月夜。
「あ、ずるいです。私も……。はい、あ〜ん」
 白花がねだるように甘えると刀真はチョコレートを彼女の口に放り込み、微笑みます。
 ……。
 なんか、もうこの辺にしておきます。
 パンツ見ましたし、もういいです。
 次にいきましょう。