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平安屋敷の赤い目

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平安屋敷の赤い目

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 御東 綺羅(みあずま・きら)
 事件が起きた時展示室に居た彼女は、はじめこそおぞましい事態に驚き逃げ惑っていた。
 だが彼女を惹きつける言葉に、思わず立ち止まる。
「私を裏切ったあの男」、「封印したあの男」。
 覚えがある言葉にまるで自ら望むように、綺羅は鬼の仲間になっていた。
 今、彼女の中には鬼の感情と彼女の感情が入り混じり渦巻いている。
「殺してやる! 私の邪魔をする奴らを!」

 彼女達の長い髪が嫌いだ。
 レースの付いたスカートも、フリルのついたスカートも、プリーツのスカートも嫌いだ。
 風に揺れるリボンは頭にくる。

「私だけが彼の『悪』を受け入れられるのに!」
「ほーそんな不満が」
「誰だ!」
 綺羅の声に木陰から姿を見せたのは大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)だ。
 鬼の心を解する事で空間を解放することを狙っていたのだが、どうにもそれは難しそうだ。
 どうするかと思っている内に、鬼ではなく鬼に操られた人ならば会話が可能だと気が付いたのだ。
「俺は泰輔、こっちは顕仁や」
「そんな事は聞いてい無い!!」
 サバイバルナイフを片手に斬りつけてくる綺羅の攻撃を流すと、顕仁が彼女の腕を掴み
動けないようにしたのをみて泰輔は続ける。
「いやな? 顕仁も昔そうやったけど、何事か強く執着する物事や悲しみが嵩じた恨み事、
 が、原因で悪霊なんてなものにはなるもんやろ。
 だから何か俺に力に慣れないかなーって思ってここまできたんや」
「話す事等ない!」
「けど君このままやったらまた封印されてまうよ」
「だからどうした!
 どうせお前も愛や正義等と抜かすつもりなのね!
 所詮『正義』なんて偽善でしかないのに。
 自分の意に沿わない者を『悪』と貶め、騙し、踏みにじる。
 良い子の顔の裏に卑劣な本性を覆い隠して」
「隠してたのは誰や?」
「貴様には関係ない」
「君の心を裏切ったのは誰なんや?」
「……裏切ったのはあの男……
 はじめは私を愛していると言ったのに……」
「いくら私が愛を捧げても、あの人は振り向くどころか邪魔者扱い。
 その上、いつも複数の女を侍らせて……。
 私だけが彼の『悪』を受け入れられるのに。
 彼を馬鹿にする奴を皆殺しに出来るのに!
 あの女たちさえいなければ、彼は私のものになるのに!」
 ――んーこれ、途中からこの子の心と混じったんかいな。
「殺してやる! 私の邪魔をする女共を殺してやる!
 あの人を認めない奴は、みんな死ねばいいのよ!!」
「皆殺しはちょっと物騒やな、なあ顕仁」
「……しかしかつては我も世界を憎みし者故。その気持ち、理解出来ない事もない。
 封印……とは。孤独であったであろう?
 話すが良い、この耳は聞くためについておる故」
「話すことなど――」
「ならばその言葉を文字に書き落とそう。
 さすれば苦しみや悲しみ、恨み、呪いの原因の更に根源に近づくこともできよう。
 感情を文章に、言の葉として表す。
 ということは、自分の中にあって客体化して取り扱う事のできない感情を、より取り扱いし易いものに変換する作業じゃ」
「自分言う事言うなぁ」
「馬鹿にしたものではないのだぞ。
 思いのたけを、三十一文字にまで昇華してしまえれば、それはそれで善いものだか
 ……荒ぶり猛るそなたには、そこまでの余裕もないのであろうかな」



「あれが……赤い目の鬼!」
 広目天王が爆炎破を、更に巻き起こした風で嵐に変える。
 その炎に餓鬼達が焼かれる中、加夜が鬼の前に辿り着いた。
「こちらは炎の嵐に煙幕と痺れ粉を混ぜて、動きを止めて居る。
 今のうちに」
 炎にのた打ち回る餓鬼群れの間を加夜は駆け抜け、玄秀の術によって動けぬままの鬼に向かって鏡を向けた。
 淡いい光の中に映された自分の真実の姿に鬼は悲鳴を上げる。
「ううやめろおおぉおお」
 鬼の悶えるような声に、助けに現れたのは涼司だった。
 涼司は鏡を奪おうと、加夜の腕を強い力で掴み引っ張ろうとする。
「ははは!
 愛する男に裏切られる気持ちはどうじゃ?
 苦しいであろう? 悲しいであろう?」
 加夜の腕は涼司の力で真っ赤に腫れてくるが、加夜はは動かない。
「悲しいです。痛いです。
 でも……負けません! 私は涼司くんを助けたい
 大好きだから! だから自分の気持ちになんて負けません!!」
 加夜の持つ鏡は一層強い力を放ち、鬼の姿をはっきりと映し出す。
「そんなものは……そんな醜悪な鬼は私ではない!
 私は……私は!!」
 鬼は身体を抱きかけるように動き、周囲の光にぶつかっては傷付いて行く。
 と、その時。
 屋敷の屋根の上からカガチが飛びあがり、そのまま刀を上段から振り下ろし地に降り立った。
 美緒の身体から鬼が抜け出ていく。
 玄秀には遠くに立っていた泰輔の低く小さい声が聞こえていた。
「消したって。
 本人もそれを望んでる」
 
 符を発動させると頭上に九耀星の魔法光陣が浮かび上がり、鬼の魂に雷の雨が降り注ぐ。
 キラキラと光る稲光と共に、鬼の魂――怨みは消え去った。



 岩を枕に仰向けになって空を見上げる綺羅の目に、稲光の輝きが見える。

 あの不思議な二人と話すうち、
 綺羅は一つになっていた自分の心と鬼の心が自分から離れて行くのを感じて居た。
 正義に裏切られたこの気持ちをどこにぶつけたらいいのか。
 あの女共を傷つけたやりたい。自分と同じように。

 綺羅はまだ憎い相手達を許す事が出来ないでいるのに、鬼の心はそうではなかった。

 私が彼を信じる事が出来なかったから。私が自分の弱い心に負けたから。

 鬼の心のなかに芽生えた感情は綺羅の心と鬼の心を二つに割った。

 ――そう、私と一緒だと思っていたのに

「あなたも所詮、雑魚なのね」 
 つきものが落ちた綺羅は、冷めた視線で虚空を見つめていた。