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釣果王を目指せ! 氷上釣りキング選手権!

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釣果王を目指せ! 氷上釣りキング選手権!
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2/ 釣りで食べよう

 シャッター音が、している。
 一度や二度ならず、それこそ断続的なほどに。何度も、何度も。
「なーんか、動きにくくないか? この恰好? ていうか、なんで写真とってんの?」
「それはもう、よく似合っておいでですから」
 カメラを手にしたマリア・テレジア(まりあ・てれじあ)が嬉々として、漣 時雨(さざなみ・しぐれ)の、ウェットスーツに包まれたその姿を写真に収めていた。
「いやー、がんばりはるなぁ」
 からからと、そんな時雨を焚き付けた張本人──エミリオ・ザナッティ(えみりお・ざなってぃ)がそれを見て笑っている。
 殆ど、売り言葉に買い言葉。水域の公爵、その名を出しに、この極寒の中を水中に挑む羽目に時雨は気付けばなっていたし、エミリオにさせられていた。
「しっかり心臓叩いていったほうがええんとちゃいます?」
「わーかってるよ。ったく」
 砕いた氷の穴の前に立ち、胸を叩いて心臓マッサージ。
 いきなり入ると死んじゃうから。悪魔に心臓があるかどうか、時雨自身よくわからないけど。止まったら困るから。用心するに越したことはない。
「でもよ、よくよく考えたらワカサギなんて小さいんだから、手掴みのほうがむしろ効率悪く──」
「だったらウナギつかまえてこい。うだうだ言ってないではよいけ」
「あ」
 確認のつもりで、振り向こうとした。
 瞬間、時雨の身体は氷の上ではなく、水面の上にあった。そこに、蹴り出されていた。
「え、ちょ! ……うわぷっ!?」
 そうなった時雨自身、状況が呑み込めずいた。そのまま、落ちる。
 氷塊浮かぶ、極限まで冷え切った冷たい湖の中に音を立てて。
「前置き、長いんだよ!」
「な、なな何すんだよっ!? 死んだらどうするよ!? つか冷たいぞ!? 水! 極寒、超極寒っ!?」
「悪魔がそんくらいで死ぬかバカッ! お前らがうだうだやってっから魚、逃げちまっただろうがッ!」
 こっちは腹が減ってるんだ。魚が食いたいんだ。時雨を蹴り落とした張本人、飛鳥 菊(あすか・きく)はそう言ってがなりたてる。
「そう思うんやったら菊はんももちっと静かにしとくんなはれ。あと釣った端から食うたらせっかくの魚が……」
「おーれーは。腹が! 減ってんだ!」
 自身の釣り穴に、その側に置いた椅子に腰を下ろすエミリオがぼやく。
 くるり向き直って、菊がつんけん、言い返す。
「だからとにかく! 魚捕まえてこいっ!」
「へーいへい。……あがったら覚えてろ」
 菊からびしりと人差し指を突き付けられて。時雨は潜っていく。
 なんだかんだ、やっぱり水域の公爵の名は飾りではない。すいすい、水の中に消えていく。
 やるじゃん。菊はその様子に、素直にそう思う。
「……やれやれ。これでやっと、静かに釣れますなぁ」
 そして背後で、エミリオがぼそり。
「お前、ほんと時雨には容赦ないのな」
「いやいや」
「菊ちゃん……あなたもわりと、ツンデレ全開で容赦ないと思うわよ……?」
「デレてねーつーの!」
 くう、と菊のお腹が鳴った。
 エミリオの引いた竿に、一匹魚がついていた。



「お前ら、あんましはしゃぎすぎて転ぶなよー」
 久遠 青夜(くおん・せいや)が厚く張った氷の上をスケートでもするように滑って、遊んでいる。そしてそれを──トゥマス・ウォルフガング(とぅます・うぉるふがんぐ)がからから笑いながら追いかけている。
 パートナーふたりのそんな羽目を外した様子を眺め、釘を刺しながら御宮 裕樹(おみや・ゆうき)は、幌のテント下に置かれたキャンプ用コンロの上の、鍋の灰汁をこまめにとっていく。
 隣の鍋にはぐらぐらに熱くなった油。その中にはいくつもの魚のフライが音を立てて、食べごろになりつつあることを芳ばしい匂いとともに告げている。
 揚げたてのフライに、魚のアラを使ったアラ汁だ。どちらもこの寒さの中ではきっと、身体を内側から温めてくれる。
「お、ありがとな」
「……」
 まな板の上でぶつ切りにした切り身を差し出した麻奈 海月(あさな・みつき)が、無言で小さく頷く。
 概ね、これで自分たちが釣ったぶんや、近くで釣っていた面々から頼まれたぶんの調理はこれで完了。フライも汁も、けっこうな量だ。
「あ……」
 山のように積みあがったフライ。そのうちのひとつを、いつの間に戻ってきていたのか、トゥマスの指先がひょいとつまみあげ、口の中に放り込む。
「あ、うまっ」
 こくこく頷きながら、もうひとつ。またつまんでは、咀嚼していく。
「うめー、うめーわ。こりゃいくらでもいけるな」
「こーら、トゥマス。これ、俺たちだけのぶんじゃないんだぞ?」
「わーかってるって」
 使い捨て容器に、裕樹はアラ汁を寄そう。海月に割り箸とともに渡して、持っていくよう言づける。
 さきほどとまったく同じ仕草で頷いて、海月はすぐ近くで釣り糸を垂れる女性のもとにお盆へと載せたそれを運んでいく。
「あら。ありがとう」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)。釣竿を手にした彼女は、手首の腕時計を眺めていた目線を海月へと移し、そしてその向こうにいる裕樹たちを見て、アラ汁の入った器を受け取る。
「なんだか、悪いわね。ほんの一匹、魚を提供しただけなのに。こんな豪勢なものご馳走になってしまって」
「いいの、いいの。パートナーさん、まだ潜ってるのかい?」
 釣竿を置いて。ショートウェーブの髪を揺らし、セレアナはかぶりを振ってみせる。
「そうね。『大ウナギを捕まえてくる』って、勇んで飛び込んでいったけれど。大丈夫かしら、ほんとうに」
「待つ側としちゃ、心配なわけだ」
「そりゃあね。引き留めもしたし──……それでも、あの子が言い出すと効かないってことも十分、理解をしているつもりだから」
 言って、足許のバケツにセレアナは目を落とす。パートナーのセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)とふたりで釣り上げた魚たちが、その中には泳いでいる。
 それなりの数を、ふたりして釣ったものだと思う。でも相棒は、それでは飽き足らなかったらしく。
 残り時間を、一匹でもいいから大物へと狙いを定めつぎ込むことにした。
 つまり、伝承のモチーフとなるほどの巨大魚。大ウナギを捕まえに、寒中の水へと飛び込んだ。
「これは気のすむまでやらせないとダメだ、って。そう思ったの」
「そうか──……お?」
 くいくい。海月がなにやら、指差している。
 裕樹とセレアナがそちらを見る。少女が示すのは、そのセレアナが置いた釣竿。
「おい、引いてるぞ」
「ええ、そうみたいね……って、くっ!?」
 アタリを告げるように、竿は大きくしなっていた。それを持ち上げようとして、手を伸ばし。予想外の引きの重みにセレアナはつんのめる。
「な、何っ? お、大きいっ!?」
 とっさ、海月が補助に入る。トゥマスが、裕樹が続き、一緒になって竿を支える。
「なんだこりゃ!? 例の大ウナギかっ!?」
「わからん! けどこいつは……すごいパワーだぞっ!?」
 四人がかりで、竿を支える。折れそうなほど軋む竿が、くの字に曲がって悲鳴を上げる。
「なになに、どうしたのー?」
「あ、ちょうどいいところに。青夜、お前も手伝えっ」
 その様子に、ひとまわり辺りを一周して戻ってきたのだろう、青夜もまた寄ってくる。
「なになになに」
「ん……くっ。このままじゃあ──……!」
 折れる、とセレアナが言いかけた瞬間。
「わあっ!?」
 竿より先に、糸が限界を迎えた。
 ぷつんと音を立てて、中間から糸が真っ二つに、弾け切れていた。
 急に引っ張る力が外れて、背中から一行は折り重なるように氷上へと転がり崩れ落ちる。
「あー……逃げられちゃった」
「……です」
 服についた雪を払いながら、各々立ち上がる。
 残念だったな。いえいえ、気にしないで。そんなやりとりを交わしあう。
「あ、鍋鍋。油っ」
 火にかけっぱなしの料理と油とを思い出し、コンロへと裕樹が戻っていく。海月が続き、残るふたりもそのあとを追う。
「ありゃ。どーしたの、糸。切れちゃった?」
 それと入れ替わるように背中からかけられた声が、セレアナを振り返らせる。
「──おかえりなさ……って。ずぶ濡れね、セレン」
「そりゃあそうよ。ついたった今まで、水の中にいたのだもの」
 水も滴る、とまで言うのは大袈裟か。そこに立っていたパートナーはこの極寒の空の下、水着一枚で、濡れ鼠の全身からぽたぽたと、水の滴を垂れ落としている。
 こういうところに頓着しない、大雑把なところはさすがいつも通りの我がパートナーよ、と言うべきか──、
「もう。風邪、引くわよ。……それで? 戦果は?」
「もっちろん」
 荷物の中から、タオルをまさぐってセレンフィリティへと差し出す。
 セレアナの投げかけた問いに、彼女は親指を立てて応じる。
「え……?」
 くい、くい。その親指が、後方に向けられる。
 今まで、彼女ばかりを見ていて気付かなかった。いつの間にかずっと向こうに、雪原の上に黒い、長い山が一本、ラインを引くように生まれている。
 ここからでは、それなりに遠い。そのことを差し引いたとしても、その『山』の長さはおよそ十メートルほどはあるだろうか。
 無数の人影がそこに寄り集まって、それを解体している。
「あれが、ウナギ? あんなに、大きかったなんて。あれをひとりで?」
「そーよ。なんでも、もっと大きなやつもいるらしいんだけどね。かち合ったのがあいつだったから。あいつしか、見つかんなかった。いやー、大変だったわ。ぬるぬるだわ、暴れるわ。水着の中やら変なとこ、入り込もうとするわで。何匹もこられたらやばかったかも」
 文字通り、激戦だったわね。『レイク・サーペント』なんて呼ばれるのも頷けるわ。おそらくは絞め落としたということなのだろう、ヘッドロックをかける仕草を見せながらセレンフィリティはしれっと、そんなことを言ってのける。
「水中訓練、やってなかったらやばかったわー」
「……あなたって人は」
「んあ?」
 呆れたように、セレアナはため息を吐いた。
 キョトンとする恋人に、向こうの焚き火にあたってくるよう、仕草で示す。
「そうするわ、ありがと。とっとと、料理してもらいましょ。蒲焼きでも。白焼きでもね」
 言って体を拭くセレンフィリティを待ちながら、セレアナは椅子の背にかけてあった彼女のコートを手に取り、広げたのだった。
 足許に置いたカップ容器から、アラ汁があたたかな湯気を上げている。