校長室
釣果王を目指せ! 氷上釣りキング選手権!
リアクション公開中!
3/ 釣りに飛び込もう? 「ぬ、あああっ!?」 あ、ヤバい。死ぬ死ぬ。これはマズい。 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、もがいていた。というか、もがこうと四苦八苦していた。 つまり、もがくことすら困難な状況にある。 とても。とても冷たい、身を切るような温度の水の中。長く太い、ぬめるウナギたちに全身を巻きつかれて。 これ。マズいって。たかがウナギって、舐めてかかったらこれだ。 「ん、ああっ」 巻きつかれて、締め付けられて。喜ぶ趣味はないのだが。いや、それ以前にこのままだと、ほんとに死んじゃう。 「──って、ん?」 と、なにかが暗い水中で煌めいた、ような気がした。 そして同時に、全身にまとわりついていた締め付けの圧迫感がすっと、軽くなる。 直後、何者かがウナギに替わり、祥子の身体に触れる。そして、訪れる上昇の浮揚感。水面を目指していく自分を、祥子は自覚する。 「ぶはっ」 「大丈夫か?」 そして、浮上。呼吸が楽になり、喘ぐように息を吐く。 その祥子を抱えて、鋼の身体を持った救助者が氷上に立つ。 マグナ・ジ・アース(まぐな・じあーす)。彼……と、便宜上言うべきなのだろうか? 三メートルを超える鋼の救出者は祥子を、その手にした魔槍・エグルーワを銛がわりに使って、ウナギから救い出したのである。 「あ、あんた……それ。ルール違反じゃないの? 失格、なるわよ?」 肺が酸素を欲している。かっこ悪いのは承知、けれど降ろされたその場で膝を折って、大きく肩を上下させ、体中に空気を取り込まざるを得ない。 「問題ない。俺たちは競技の参加者じゃないからな」 「俺、たち?」 「そうだ」 ごほごほとえずく祥子の前に、すっとタオルが差し出される。──湯気ののぼる、あたたかいミルクも。 顔を上げると、ひと組の少女たちと、その後方に男性ひとり。 タオルは、アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)が。ドリンクの、プラ製カップはリーシャ・メテオホルン(りーしゃ・めておほるん)の手から、祥子の目の前にある。 「大丈夫?」 「な、なんとか。ありがとっ」 更に少女たちは、タオルと飲み物を受け取った祥子の肩に毛布をかけてくれる。 人心地ついた頃合いでやがて、後方に控えていた男、近衛 光明(このえ・みつあき)がつかつかと歩み寄ってくる。 「んと。ルール違反じゃないてことは、運営の人たち?」 「ああ、そうだねぇ。協賛の、パラミタ狩猟組合だよ。会場警備と、こういう事態に備えてここにいるんだよ。──ああ、そっちの子は違うけどね」 光明が、アゾートを指し示す。 「この辺りに、巨大ウナギはどのくらいいた?」 「え、そりゃあもう。うようよと。ちょっと、素手の徒手空拳じゃツラいと思うわよ?」 元憲兵の私が言うんだから間違いない。祥子の応えに、マグナがその鋼の腕を組み、考える素振りをする。 やがて、 「よし。やはりもう少し減らしておこう。万が一が起こってからでは、遅いであろう?」 「そうだねぇ」 「いってらっしゃい」 一行の見守る中、鋼の巨人は再び氷の中へと槍を携え、飛び込んでいった。 「万が一……かぁ」 「ん、どしたの?」 「ああ、いいえ」 きっと、大物狙いの人は他にもたくさんいるんだろうなぁ、って。 光明がそう言って、天を仰いだ。 * ここは、止めるべきだ。パートナーとして、止めなくてはならない。飛び込ませるわけには、いかない。 黒髪の、水着だけの少女を後ろから羽交い絞めにして押さえながら、瀬乃 和深(せの・かずみ)は今、心からそう思っている。 「ダメだって! はやく服着なって! 水の中なんて危ないし、そんな恰好じゃ風邪引いちゃうだろ!?」 とりあえず、気楽にのんびりとこの釣り大会を楽しんでいたはずだった。 ここまで、釣った数は十一匹。我ながら順調すぎるくらいに順調で、ひょっとしたら優勝できるかも、と思い始めた矢先だった。 和深が釣竿を垂れる様を見守っていたパートナーの上守 流(かみもり・ながれ)が、突然服を脱ぎだしたのは。 その下に着込んでいた水着姿を晒して、水の中に直接入って魚をとってくると言い出した。 「でもでも! 和深さんに私、勝ってほしいんです! だから! 行かせてください!」 「いい! いいって! 別になにがなんでも勝ちたいとか、そういうわけじゃないんだから!」 暴れる流を、力の限りに取り押さえる。 「バカでっかいウナギがこの下にはいっぱいいるんだろ!? そんな危険まで冒すことないってば!」 「でも……」 しゅんとなって、流は脱力する。 安堵しつつ、彼女を押さえる両腕に込めていた力を、和深は緩めた。 そのときである。 「ちょ、ちょっと!? いきなり何脱ぎだしてんの!?」 どきりとして、ふたり揃ってその声に固まった。 恐る恐る、声の届いた方角を、ぎこちなく振り返る。 「なにって。ウナギ、捕まえにいくんですよ? 当たり前じゃないですか」 「だからなんでっ!?」 そこにはまるで、たった今ふたりがやっていたのと同じようなやりとりをする少女たちがいた。 違いは、流のカジュアルな水着の一方でその少女──葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が身に着けているのは、水抜き穴のついた濃紺のワンピース、いわゆるスクール水着だということ。 どちらもこの気温・風景の中では寒々しいことこの上ないという点では同じだ。 「このままじゃ、勝てないもの。……覚悟、決めないと」 「だ、だからって!?」 あとは、そう。和深に比べ、引き留める側、コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)の行動が一歩遅かったということもある。 「勝ったら、美味しい天ぷら食べようね!」 「あ、ちょ、ちょっと!?」 羽交い絞めにするどころか、手を引いて止める間もなく、吹雪は氷に空いた穴の中に飛び込んでいった。 「……し」 呆然と、コルセアは穴の縁に立ち尽くす。和深たちは密着し重なりあったまま、その様子をじっと見つめる。 「死亡フラグにしか聞こえないよ、それ!?」 まったくもって。 つっこみというか。コルセアの、飛び込んでいった吹雪への叫びが木霊した。 「……うん。だから、流もやめとこ? ……な?」 「……はい」 至極もっともな感想だと、その叫びに和深は思った。 肩を落とすコルセアの様子に、流れもまた同じ意見を抱いたのだった。