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春爛漫、花見盛りに桜酒

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春爛漫、花見盛りに桜酒
春爛漫、花見盛りに桜酒 春爛漫、花見盛りに桜酒

リアクション





*お花見を、楽しもう!*



 ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)は、警備の仕事のついでにここを訪れる予定だった。だが、当日になってからシフトがあまりにも込み合っているため、抜けさせてもらうことにしたのだ。そして急遽ではあるが、貴重な紅茶も飲めるということでソフィア・エルスティール(そふぃあ・えるすてぃーる)ガイ・アントゥルース(がい・あんとぅるーす)の二人を呼んで、のんびりとしたお花見をすることにした。

 有志が用意してくれたらしいシートの上に、ラルク・アントゥルースはごろんと転がり、桜の木を見上げる。視界の端に見える青空が、とても心地よい。ふと、鼻をくすぐる甘い香りが漂ってくる。身体を起こすと、乳白色の紙の美少女……もとい、ソフィア・エルスティールが配られていた桜酒を持参のティーポットで入れていたところだったようだ


「はい、パパ、ブランデー入りの桜酒、できましたよ。ガイさんも同じでよかったですか?」
「おう、ありがとうな」
「ああ、それで良いですぜ」

 二人がティーカップを受け取ると、ソフィア・エルスティール自身のカップには桜酒をストレートで注いで、カップを持ち上げた。

「乾杯!」

 ラルク・アントゥルースのいつもと変わらぬ豪快な掛け声を始まりとして、カチン、とカップがぶつかる。割れないかと心配をしてしまうほどだったが、そこはきちんと力を加減しているらしい。

 さすがパパ。

 なんて心の中で呟きながら、いそいそとお茶請けのクッキーやスコーンを用意する。
 主賓が紅茶であるため、少し甘めのジャムも沿えて二人の前に出した。
 香りが強いだけで、味はそうでもないはず。

 と思って口にしたとたんに口の中に広がるどこか懐かしさを感じてしまう甘さ。
 砂糖を入れたら、それこそジュースのようになるに違いない。

 普段から紅茶をたしなんでいたソフィア・エルスティールにとって、感動する一品だった。

「お砂糖無しでこんなに甘いなんて……」
「ああ、こりゃ確かに甘いが、いい香りだ。もう少しブランデーを増やしても良いな」
「だからといって、酔いすぎて全裸になるなんて蛮行は今日はやめてくだせぇよ?色々と顔向けができなくなるんで……」

 ため息混じりに、ガイ・アントゥルースが呟くと、ラルク・アントゥルースは豪快に笑うと、用意されたクッキーにジャムをつけて口の中に放り込む。

「うん、お菓子もうまいし、今日はいい天気だ。のんびりとした茶会ってのも、悪くないな」
「ええ。大きな事件も、今日ばかりは裸足で逃げ出していくでしょう。まったりしましょうや」

 本当は、甘いお茶にはさっぱりしたものがよかったかな、なんて考えていたソフィア・エルスティールは悶々と考えていたのだが、二人がぱかぱかと甘いものを消費してくれているので、これはこれで良いのかな、と思いながらも自分もスコーンをほうりこんだ。





 一本、大きな桜がある場所にもシートが敷かれていた。佐野 和輝(さの・かずき)は桜を見上げながら、感嘆のため息を漏らした。

「見事に咲いたな。こんな中で桜酒を飲むことが出来るなんて、いいな」

 運よく、購買で最後の桜酒の茶葉を手に入れられた佐野 和輝はパートナーであるアニス・パラス(あにす・ぱらす)と、スノー・クライム(すのー・くらいむ)の二人を連れて訪れていた。
 シートの上でお茶の用意をしながら、持ってきたお菓子やお弁当を広げた。

「そういえば、ブランデーをたらすとおいしいらしいわよ」
「そうか、それじゃお茶はスノーに任せるよ」

 アニス・パラスは、じっと桜を見つめておとなしく座っていた。いつもは何のかんのと騒がしいのだが、桜に圧倒されているのだろう。佐野 和輝は小さく笑った。丁度よく、スノー・クライムがお茶を入れて二人の前においた。

「さ、乾杯しましょう。お茶だけど、せっかくのお花見だもの」
「ああ」
「うん!」

 三人で、プラスチックのコップを掲げて乾杯をする。

「おいしい!」
「ああ、とても甘い香りだな。ただ、香りが強くて全然ブランデーの香りがしないな」
「え?」

 スノー・クライムがきょとん、とした顔で佐野 和輝を見つめる。無言で自分のカップを差し出すと、甘い桜の香りにブランデーが添えられ、まるで花束のような豪華さを感じる。
 それに比べて、自分のは桜の香りだけが鼻をくすぐり、華美さはない。

 恐る恐る、アニス・パラスのほうを二人で見つめると、こてん、ところがるアニス・パラスの姿があった。

「ア、アニス!?」
「ごめんねアニス!」
「うにゃあ……体がなんか熱いのぉ〜」

 目をぐるぐる回しているアニス・パラスに、二人はあたふたとした。カップは、案の定ブランデーの香りがする。二人はすぐに落ち着きを取り戻して冷たいタオルをアニス・パラスの頭に載せてやると、まだ肌寒いこともあり上着をかけてやる。
 二人で静かに桜を見上げた。

 枕代わりになるものまでは持ってきていなかったため、スノー・クライムが膝枕をしてやる。

「そういえば、いつもスノーには助けてもらってるのに、お礼をしたことがないな。ありがとう」

 突然の言葉に、スノー・クライムは苦笑する。

「お礼なら、肩を貸してくれるかしら?」
「肩くらい、いつでも貸すさ」

 そういいながら、三人で穏やかな春の風を感じていた。安らかな寝息を立てているアニス・パラスの髪を、佐野 和輝は優しくなでてやった。

「このままだと、おぶって帰ることになりそうだな」
「それも良いじゃない。なんだか家族みたい」
「……俺たちは、家族だって思ってるよ。また来年も、花見にこよう」
「ええ」

 その夜、三人で仲良く帰路につく姿は、まさしく家族そのものであった。








 桜の木を見上げながら、呆然と立ち尽くしていたのはグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)だった。むしろ、何かを思い出そうとして目を細めていた。


「これが桜か……。華やかなはずだが、色が淡いせいだろうか? 不思議と優しくて……何か……。……懐かしい……? 見たのはこれが初めてのはず……」

 不思議な感覚に囚われるが、すぐにわれを取り戻して手にしていたお花見道具を広げる。時折頬をなでる桜の花びらが、とても優しく感じられる。

 桜酒の用意をしていると、ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)がお弁当手に戻ってきた。

「桜か……本当に見事なものだ」

 感嘆のため息を漏らす竜人は、手際よく桜酒の用意を始める。紅茶とはいえ、ブランデーをたらすといいと聞いていたので少しお酒が大目の自分用と、二人にはそのままストレートで用意をした。
 その横で、ロア・キーブセイクが料理を並べていく。こそ、と耳打ちをした。

「エンドに桜を見せられて、よかったですね」
「ああ。今は美しいものとして、見てくれたならそれでいい」

 ほくそ笑みながら、二人は時折桜を呆然と見上げるグラキエス・エンドロアをほほえましく見守っていた。デザートはグラキエス・エンドロアの手作りで、桜の塩漬け、それと桜ゼリーだった。

「こっちは酒の肴に丁度いいとおもう。こっちはロアの分だ。甘いのが好きだろう?」
『ありがとうございます」
「我も一杯目は、桜酒だ。さぁ、乾杯しよう」

 カップを手に、三人でささやかな乾杯をすると桜酒を口に含む。
 甘い香りが体の中にしみこんでいく。桜の花びらに包まれて、普段では得られないほどに桜を体感していた。雨のように桜が降り注ぎ、桜酒の上にふわ、と花びらが浮かぶ。

 ゴルガイス・アランバンディットは、桜の木下に懐かしい友のすたがを見つけた気がした。
 幻だということはすぐにわかるのだが、これがこの桜酒の効果であることを思い出し、心の声を口に出し、友に伝えた。

「……我が友よ、お前が好きな桜を見に来ている。グラキエスに桜を見せる事ができたぞ。お前と同様、桜に華やかさ以外のものを感じている」
「ゴルガイス?」

 名前が出て、グラキエス・エンドロアはゴルガイス・アランバンディットのほうを見つめる。

「いいや。湿っぽいのは無しだ。さて、日本酒に切り替えて肴をいただくとするか」
「もうか? せっかくおいしいお茶なのに」
「このゼリー、とてもおいしいですよ」
「ありがとう」

 そういいながら、いつものようにグラキエス・エンドロアは竜人をソファ代わりに寄りかかる。
 そして春の陽気の中、浅い眠りに落ちていく。

 ほほえましく見守る二人は、パートナーの髪に降りかかっている桜の花びらをよけてやりながら、穏やかな花見を楽しむのであった。






「凄い光景ですね……これが桜……。傭兵の頃映像では見た事があるんですが、実際に目にするのとは大違いです」

 その日、偶然非番だったレリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)は、パートナーを伴っては波会場を訪れていた。特に用意がなくても、シートやテーブルは用意されており、お茶も希望者には渡してくれるシステムだといっていたからだ。

 ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)は、駆け足で大きな宴会場から二人分の料理と、二人分の桜酒を入手した。お勧めはブランデーをたらすこと、と聞いてその仕様をポットにつめてもらった。

「まぁ、レリウスの奴酒飲んでたって言ってたし、平気だかな?」

 わずかな希望を桜酒に託し、レリウス・アイゼンヴォルフが待つ場所へと走っていった。
 桜の木下で、レリウス・アイゼンヴォルフはイスに腰掛けて桜の雨にさらされていた。それだけちっていても、まだまだ桜の花は大量にあり、すぐに散ってしまうと言う桜が嘘の様だ。

「うわ。すごいな」
「ああ、お帰りなさい。ハイラルも初めて見るんですか?桜はすぐ散ると聞いています。非番と花の時期が合ってよかった」
「すぐ散るなんて、うそみたいだ。この勢いならいつかは散りきっちゃうんだろうけど……」
「食べ物と飲み物は買えましたか?」
「ああ。それと噂の桜酒だぜ」

 そういって、料理とポットにつめた桜酒をコップに移して並べる。甘い香りが辺りに広がり、その香りだけで頭がクラ、としてしまいそうだった。

「甘ったるい、のと違いますね。まるでアルコールのような」
「少したらしてある。まぁ、こういう席だし良いだろ」

 ハイラル・ヘイルはにやっと笑ってコップをレリウス・アイゼンヴォルフに差し出す。そして二人で軽く乾杯をすると、口に含む。甘い香りが身体の奥にしみこんでいく。ハイラル・ヘイルがこっそり、ヒプノシスを使ったのは内緒だ。
 
 懐かしい人の姿を、レリウス・アイゼンヴォルフは見つけた。傭兵団の団長は優しい顔で微笑んでいた。

「団長がいる……また夢ですか。ああでも、この夢はあの戦場ではないんですね。いつもはあんなに苦しい夢なのに」
『どうした?』
「……駄目だ。こんな穏やかな夢を見る資格なんて俺にはない。何一つ守れていない。強くなっていない。目を覚まさなければ……団長、すみません。例え夢でも、俺は甘えるわけにはいかないんです」
『今のお前は、一人じゃないだろう』

 そう、言葉にされた気がした。
 気のせいかもしれない。幻なのかもしれない。自分が楽になりたいだけなのだと思う。

「この桜酒はさ、時を越えて大切な人と言葉を交わせるんだってさ」
「はい、らる?」

 団長によく似たハイラル・ヘイルが呟くように言った。団長なのか、ハイラル・ヘイルなのか、その時のレリウス・アイゼンヴォルフには分からなかった。

「死んだ母親と逢いたい一心で、あるお姫様が作ったんだってさ。だから、きっとレリウスの辛い思いも、癒されるかなとおもったんだ」

 そんなことを、独り言のように呟く団長の姿を見たのが、最後だった。
 暖かな、優しい眠りが訪れた。悪夢を見ることなく安らかに眠ることができたのは、久しぶりのような気がする。その中では、団長や、ハイラル・ヘイル、仲間たちと楽しげに花見をしていた。


「まずい、酔わせすぎたかな……寝てるだけかな。起きるよな?」

 一人残されて、不安感満載のハイラル・ヘイルは、風が冷たくなる前には起こそうとおもいながらも、上着をかけたりして心配しきりだった。






 いそいそとお花見の準備をがんばるのは、六連 すばる(むづら・すばる)だった。大事なパートナーのために、涼介・フォレストや、たくさんの仲間たちからレシピを教わり、大急ぎで料理をしていたのだ。

 大事な大事な桜酒も手に入り、ルンルン気分でお弁当をつめていた。



 花見の当日。アルテッツァ・ゾディアック(あるてっつぁ・ぞでぃあっく)ヴェルディー作曲 レクイエム(う゛ぇるでぃさっきょく・れくいえむ)とともに、桜の木下で零れ落ちる桜の花びらを眺めていた。

「準備できました! どうぞここにお座り下さい!」

 六連 すばるがにっこり笑ってシートの上に並べたお重を見せる。綺麗に並べられたお弁当は、知り合った仲間から教わったレシピだ。お菓子の類も勿論用意してある。

「お菓子は、甘さ控えめにしてあります。あの、この紅茶に合うように!」

 顔を赤らめながら差し出したポットの中身は、桜酒だった。それを紙コップで受け止めながら、アルテッツァ・ゾディアックはふむ、と香りを楽しむ。

「ああ。いい香りですね」
「わざわざ探し回って、手に入れたのね。これ、とっても入手が難しいって言ってたのに……」
「ブランデーをたらしてもおいしいみたいなんです」
「そう?それじゃ、ゾディもいるわよね?」

 ヴェルディー作曲 レクイエムは手持ちのブランデーを取り出して、ほんの少しだけたらす。甘い香りに、色がついたかのように華やかになる。

「少し多めでお願いします。お酒は好きですから」
「まったくもう。ああ、すばる。この人のためにつめたい飲み物もらってきてもらえる?」
「あ、はい! そこまで気が回ってませんでした!」

 ぺこっと頭を下げて颯爽と駆け出す後姿に、アルテッツァ・ゾディアックはため息を漏らした。

「強化人間への抵抗がなくなったからか、ずいぶんと外との交流が増えましたね」
「そう? アタシには、すばるには明確な目的が合ってがんばってるんだと思うけど」

 ヴェルディー作曲 レクイエムの言葉に、アルテッツァ・ゾディアックは小首をかしげる。

「このお茶だって、あの子が駆け回って手に入れたんでしょう。時を越え、大切な人と言葉を交わせるって言う」
「まぁ、そんな御伽噺を、たまには信じてみましょうか」

 そういいながら、口に含む。甘い香りとブランデーのほのかなアルコールが身体にしみこんでいく。桜吹雪が目にかかり、前髪を整えなおすと視線の先にいたのは、懐かしい女性。
 お下げを二つに結んで、笑顔でかけてくる。あの日の彼女。

「そんな、まさか」
「すばる、そんなに走ったら転んじゃうわよ」

 ヴェルディー作曲 レクイエムの声で、はっとする。彼女の姿ではなかった。そこにいたのは六連すばるの姿。よく見れば、あの日の彼女と同じ髪型だった。それをいまさら気がついて、そうか、そのせいかと自分に言い聞かせる。

「あの、どうでした? 桜酒」
「ええ。おいしいですね。ただこちらのお菓子は、甘みを減らしてもよかったかもしれませんね」

 そういって、抹茶のスコーンを口にほおばりながら言葉を返した。六連 すばるは少ししょんぼりしながら、謝った。

「す、すみません……どうしても甘みが足りない気がしちゃって」
「また今度、つくってよ。桜酒じゃなかったらきっとおいしく食べられるよ。料理の腕、上がったんじゃないの?アンタ」
「え、本当ですか?」
「ああ、おいしくなっている」

 ヴェルディー作曲 レクイエムとアルテッツァ・ゾディアックの言葉に、六連 すばるは涙混じりに喜んだ。

 だが、ヴェルディー作曲 レクイエムはため息を漏らした。

(もう少し、過去じゃなくって目の前の子を大事にしてあげて欲しいわねぇ……それとも、ヒトって一つのものに固執しちゃうのかしら)
 

 だけれど、今は彼女が楽しそうに笑っているから、それでもいいのかもしれない。
 ヴェルディー作曲 レクイエムはそんなことをおもいながら、桜の樹を見上げていた。