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亡き城主のための叙事詩 後編

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亡き城主のための叙事詩 後編

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 今、死神の従士と空中で刃を重ねるのは詩穂だ。
 空中戦に長けているヴァルキリーを相手に、詩穂はソードプレイの技術でルーンの槍を巧みに操り同等の戦いを繰り広げる。

「……ぁぁぁああ!」

 死神の従士は裂帛の気合を込めて大鎌を振るう。
 上から打ち下ろされる刃、横からの一閃、首を切り離そうとする斬撃、そこから変化する足への斬光が発生。
 詩穂はその洗練された攻撃の全てを、かわし、見切り、ルーンの槍で受け、弾き、緋色の火花が百花繚乱に咲き誇る。
 それはさながら、間近に死が迫る舞台の上で金属音により奏でられる剣戟の交奏曲。
 弾かれた大鎌とルーンの槍で、たちまち近くの階段が、裂かれ穿たれ惨状を晒していた。

(良し、いい感じだ。……このままいけば、全体が壊れるのもそう遠くはない)

 下で二人の戦いを見上げていた夜月 鴉(やづき・からす)は自分の作戦が功を奏しそうなのを感じて口元を綻ばせた。
 鴉の作戦は階段を壊すこと。そして、回廊の高低差を無くすこと。
 そのために鴉は、出来るだけ気付かれないよう、慎重に雷術で床や壁を破壊していた。

(どうせ古い城だし、他の奴に被害出ないぐらいに壊せば問題ないよな。高低差は敵の利点になるから壊すしかないし)

 鴉はそう考えながら、片手で黄色の魔法陣を描く。
 魔力を込めてバチバチと放出する雷を使って、彼は最後の仕上げに取り掛かった。

 ――――――――――

 詩穂との空中戦を終え、地面に降り立った死神の従士に向けて、春華が魔鎧となった状態である仮面とキョンシー風導師服に身を包んだハツネが駆ける。
 ハツネはイナンナの加護にディテクトエビルと行動予測を併用して発動。彼の放つ一閃を見極めることに全力を尽くす。

「次から次へと。まったく、休む暇もないね」

 少し口元を吊り上げながらそう言う死神の従士は、大鎌をハツネに向けて打ち下ろした。
 ハツネは身体を反らすことで紙一重で回避。導師服の裾が切れて、春華が叫ぶ声が回廊に反響した。
 その耳をつんざく大声にハツネは構わず、死神の従士の懐に潜り込んだ。
 しかし、瞬時に斬り返しの大鎌による縦の太刀筋が発生。ハツネはこの一閃を翼の靴の飛行で横っ飛びして避ける。

「残念。もう一太刀だよ。勇士の剣技は――」

 が、死神の従士は逃がすまいと軸足を一歩踏み込もうとして。

「――隙を生じぬ三段構えなんだよねぇ」

 死神の従士とは違う。キルラス・ケイ(きるらす・けい)の声が響いたと同時に回廊に響く銃声と彼の足元に着弾するアルティマトゥーレを纏った銃弾。
 冷気の波紋は床に走り、ピキピキと凍りついく。死神の従士は踏み込んだ軸足が滑り、僅かに身体が流れた。

「やるね、侵入者」

 死神の従士は体勢を立て直して、魔法的な力場を作成。ハツネが距離を取ったのを確認すると、キルラスとの間合いを詰めようと足に力をこめて。

「とびっきりの魔法よ。喰らってよね!」

 キルラスのすぐ隣。布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)が両手で描いた赤色と黄色の魔法陣が魔力を受けて光り輝き、二つの魔法を発動。
 ファイアストームとサンダーブラスト。轟々と燃え盛る炎と天をも穿つ雷撃の槍。二重の魔法は絡み合い、死神の従士に飛来した。

「ッ!」

 死神の従士は呼気を破裂させ、ベクトルを方向転換。回避することに全力を尽くす。
 近づくだけで皮膚が焼け付くような灼熱と閉じたまぶたを貫通するような閃光が、すぐ傍を通過した。
 彼は額に汗を浮かべて、バーストダッシュをもう一度発動。向かう先は、魔銃士の少年と勇士の少女の懐。
 死神の従士は力場を力強く蹴り、凄まじい加速。飛燕のような速度で二人との距離を詰めようとした、が。

「悪いけど、止めさせてもらうわよ」

 エレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)が身を割り込み、翼の剣と大鎌が衝突。
 激しい火花と金属の悲鳴をあげて、至近距離で鍔迫り合いを行いながら、エレノアは言った。

「ねぇ、死神の従士とは皮肉なものよね」
「どういうことだい?」
「だって私もそうだけど、ヴァルキリー族自体、死神業みたいなものじゃない。間違いのない称号だとは思うけど、何だかイヤな称号よね」

 エレノアのその言葉に、死神の従士は少し笑った。

「どうせなら、天の使いだって言われた方が嬉しいと思う。そう思わない?」
「天の使い、か。それはいい称号だ。でもね――」

 死神の従士が渾身の力で翼の剣を弾き、エレノアの懐に潜り込んだ。

「こんな僕に、そんな綺麗な称号は似合わないよ」

 死神の従士は言葉と共に神速の刃を横薙ぎに振るう。
 エレノアはディフェンスシフトで素早く防御に移り、翼の剣の横腹で受け止める。
 金属音、火花。エレノアと死神の従士はもう一度鍔迫り合いを行おうと、柄を握る手に力を込めて。

「エレノア、退いて!」
「グランクルス。今すぐ逃げるんだよねぇ」

 背後の二人の声と共にエレノアは離脱。
 それを見てから佳奈子はハーゲンダーツでサイドワインダーを放つ。
 キルラスは光条兵器のライフルの引き金を引き、朱の飛沫を乗せた漆黒の魔弾を射出。
 二本の氷のダーツと炎を纏った魔弾が、青と赤の軌跡を描き、死神の従士の胸に吸い込まれるかのように直撃した。

「がっ、は……ッ!」

 死神の従士の端正な口唇から血が吹き出た。
 その赤い飛沫は、彼の中性的な容姿と、大きく湾曲した黒刃を汚していく。
 見れば、彼の身体はもうぼろぼろだ。数多の傷をつけられ、魔法によりあちこちが焼け焦げ、立っているのが不思議なぐらい。

「まだ……まだッ!」

 それでも死神の従士は、また動き始めた。
 バーストダッシュで加速、凄まじい速度で二人に迫り、軸足を踏み込んで裂帛の気合で大鎌を打ち下ろそうとした。
 が、それと共に真上の階段が音をたてて崩れ始めた。
 階段は大きな塊となって死神の従士に降りかかる。彼は避けようと背後に跳躍。

「ありがとうございます、主」

 アルティナは階段を壊して、隙を生み出してくれた鴉に感謝を口にしながら、バーストダッシュを発動。
 一気に距離をつめて、聖剣ティルヴィング・レプリカを構えた。

「……ぉぉおおお!」

 しかし、アルティナが斬撃を放つよりも速く、死神の従士は大鎌を振るった。
 それは彼の奥の手、アイシクル・ブレイドによる一撃。氷の塊となった黒刃が、アルティナに襲い掛かる。が。

「火術」

 振り下ろされるより早く、鴉が生み出した業火が、氷を溶かし黒刃の動きを鈍らせた。
 しかし、それは少しだけ。どうしても、大剣である聖剣ティルヴィング・レプリカを振るうよりは大鎌のほうが速い。
 アルティナはそう判断すると、聖剣ティルヴィング・レプリカを手放し、懐に潜り込んで両手で赤の魔法陣を展開。

「これで、終わりです」

 アルティナの魔力を受けて赤々しい光を放つ魔法陣が、灼熱の業火を生み出した。
 それは死神の従士の身体に直撃。爆発の如き熱量で彼を攻め立て、吹き飛ばした。

「が、がはっ、げえっ……!」

 死神の従士が口から鮮血を吹き出しながら、立ち上がろうともがく。
 しかし、彼は立ち上がれない。床を押そうとする手にも、起き上がろうとする足にも、力が入らない。
 アルティナはそんな死神の従士を見て、聖剣ティルヴィング・レプリカを拾い上げ、ゆっくりと近づく。

「これで、お別れです」

 アルティナは聖剣ティルヴィング・レプリカの刃を、死神の従士に振り下ろそうとして。
 素早く近づいた鴉に頚椎を強打され、気絶した。

「ま、こんだけやりゃあ十分だろ。別に殺すことはない」

 鴉はそう呟くと、気を失ったアルティナを抱え上げ、踵を返した。

 ――――――――――

 倒れて動けない死神の従士の元に、ハツネが歪んだ笑みを浮かべながら近寄った。

「ハツネはね、死神さん……死って、「自己証明不可能」「記憶抹消」「生の執着の欠如」……これら一つだけでもあれば成り立つの。
 ……どう思う? 役割も真っ当出来ず、自分の為に生きる気もない名無しの死神さん?」

 ハツネの問いかけに、死神の従士は反応するが、答えはしない。
 口から血をどくどくと吹き出して、答えようにも声が出ない。
 息絶え絶えの彼のそんな様子を見ながら、ハツネは構わず言い放った。

「壊れた物が直らないように死人が生き返る訳ないの
 ……直ったとしてもそれは歪で元通りではないの……「キリングドール」として造り直されたハツネの様に」

 ハツネは俯きながら、静かな声で言葉を紡いでいく。

「だから、ハツネはもう「82番」なんて呼ばれたくないし、また記憶も無くしたくない、何より生の執着を忘れたくない……だから、「壊す」の。
 ……壊す相手が足掻いて生に執着する姿を見る事で「執着」を忘れずにいられるの……褒めて欲しいし。だから――」

 ハツネが顔を上げた。
 その表情には浮かぶのは不気味で凄惨で――寒気すら感じてしまうほど純粋な笑みだった。

「ハツネと君の為に……いい声で足掻いて壊れて♪」

 ハツネはそう言うと苦しむ死神の従士の首元に、レーザーマインゴーシュの刃を振り下ろす。
 しかし、彼の喉に突き刺さるより先に保名に手を掴まれ、止められた。

「主の価値観…ある種の共感はするし同情もしよう。
 だが……その凶刃を揮わせる訳にはいかん。……何としてでもじゃ」

 保名がそう言うと、ハツネは頬を膨らませた。
 そして、もういいや、とクスクス笑いながらレーザマインゴーシュを収めて、踵を返して歩いていく。

「……しかし、ハツネちゃんが拷問に近い実験を受けた強化人間並みの改造人間だとは聞いていましたが……。
 案外、僕達以上の壮絶な過去があるかもしれませんね……彼女」

 葛葉の呟きに、保名が小さくかぶりを振った。
 二人はハツネの後ろ姿を、どこか憂いを帯びた瞳で見つめるのだった。