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リアクション
第6章 お披露目会 演奏編
テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)の演奏するストラトス・ティンパニの妙なる音色が会場内に響き渡る。
イブニングドレスに淡いサングラスをかけたテスラ。
その姿が眼鏡っ子として富豪に認識されたのか、名器を演奏したいというテスラの申し出はあっさり了承された。
警備陣による厳しいボディチェックはあったものの、今、テスラはその楽器の前にいる。
(これが、ストラトス・ティンパニ――)
テスラの胸は、伝説の名器に触れ、奏でられる機会に高鳴っている。
その気持ちのままに、ティンパニの音色は響く。
「マスター、演奏が始まりましたね」
「ああ」
「私、楽器の事はよく分かりませんが……この音色が素晴らしいものであることは、分かります」
「そうか……あぁ、フレイ、耳が出てる出てる!」
うっとりとテスラの演奏に耳を傾けているのはフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)。
時折、演奏に夢中で耳や尻尾がぽろりと出てしまっている。
そんな彼女が心配で演奏どころではないのはベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)。
元々、このお披露目会はフレンディスが興味を持って参加したものだ。
ベルク自身は、こうした金持ちの悪趣味な集まり(だと、ベルクは思っている)には興味がなかった。
(ったく、フレイが行きたいって言わなきゃこんな所には来なかったぜ……ん?)
妙な気配を感じてベルクは身構える。
フレンディスへの絡みつくような視線。
それは、獣耳好きの富豪から発せられていたものだった。
演奏に興奮したフレンディスが獣耳を出すたびに、それが震えるたびににやにやと笑う富豪。
(あ……っのヤロゥ!)
一瞬頭に血が上ったが、すぐに冷静さを取り戻すベルク。
何しろ、相手は金持ちだし。
「ほらフレイ、また尻尾も出てるぞ……」
「あっ」
ベルクの声に、慌てて尻尾を押える。
その仕草も、今日は何度目か。
「ほらほら、今度は耳」
「ああっ」
テスラの次にストラトス・ティンパニの前に立ったのは、黒猫の耳と尻尾を持った少女だった。
少女は無言のまま観客に一礼する。
「クラシック奏者の獣人のスノちゃんです。彼女は口が利けませんが、演奏の腕はなかなかのものですよー。どうぞ☆」
彼女のマネージャーらしい色眼鏡をかけた男性が明るい口調で紹介する。
彼女がティンパニを演奏している間、マネージャーは演奏に聞きほれている客の後ろに立って小さく囁く。
「今、流行中の男の娘アーティストなんですよ」
少女は、女装した早川 呼雪(はやかわ・こゆき)。マネージャーはヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)だった。
スノこと呼雪は、演奏に集中していた。
演奏することで、人の目を集めること。
それこそが呼雪たちの作戦だった。
(それにしても)
呼雪は誰にも気づかれないように小さくため息をつく。
(胸があると演奏しづらいんだな……)
「このストラトス・ティンパニは、有名な演奏家ファウスト・ストラトスが残したものなの。彼が作ったストラトス楽団は、元々は彼の音大時代の仲間の集まりで。最初は客入りがいまいちだったけど、次第にシャンバラ各地で公演できるようになったのよ」
「へええー、さすがハツネちゃん! 物知りだねえ、尊敬しちゃう!」
「えへ、それほどでもないの……」
「……フン」
一夜漬けで勉強してきた知識を伏見 さくら(ふしみ・さくら)に披露し、尊敬の眼差しを受ける斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)。
それを、刺すような視線で射抜いているのは天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)。
(全く、仕事に影響出るから部外者を巻き込むなって行ったでしょ!)
(怒らないでなの、葛葉ちゃん。さくらちゃんがティンパニを見たいっていうから……お仕事には関わらせないの)
「あの、ごめんなさい」
不意にさくらが葛葉に謝罪した。
「せっかくのお友達との時間を邪魔しちゃったみたいで……」
「き、気にする事ないのよ。さくらちゃん! そんな事ないから!」
「そう……?」
必死でフォローしようとするハツネに、さくらは僅かに微笑んだ。
「あたしは、一緒に見れて嬉しかったな」
「なるほど。あれがストラトス・ティンパニですか。たしかに外観からして、どこかオーラに包まれているような気がしますねえ」
佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、連れの仁科 響(にしな・ひびき)に話すともなく一人呟いた。
「お汁粉に例えて言うなら、甘い中に一つまみの塩が入っているような、そんな繊細さを兼ね備えている…… って、例え、変かな?」
「いや、貴公の言っている事は分からなくもない」
弥十郎の呟きに答え、響も口を開く。
「物語に例えて言うなら、善人だらけの甘いお話ではなく、恨み、妬みの負の感情がスパイスとして添えられ深みを増しているようなものだな」
「ね、君もそう思うでしょ?」
やがて呼雪の演奏が流れ始めると、二人は目を瞑ってそれに聞き惚れる。
「奏者の技術もさることながら、さすがは名器、と言った所なんだろうかね。奏者の気持ちを受け止めて、イメージ通りの音を出している気がするよ」
「そうだね。時には雷の様に荒々しく、時には春風のように優しく……ただ」
「うん」
響の言葉に含まれた意味に、弥十郎は静かに頷く。
「期待が大きすぎたのかなぁ。神の旋律というほどではないような……あくまでも、素晴らしい楽器の範疇を超えていないような気もするね」
趣味でバンドを組んでいる二人は、音楽に関する耳も肥えていた。
最初は少しずつ、次第に遠慮なく、お披露目された名器への感想を口にする二人だった。
呼雪の次にティンパニの前に立ったのは、ミスノ・ウィンター・ダンセルフライ(みすのうぃんたー・だんせるふらい)。
「ありがとう〜。楽器、もっとよく見せてほしいなーって思ってたんだ」
おもむろにバチを手にするミスノ。
それをゆっくり振り上げると……
「てやっ!」
明らかに破壊の意志を混め、それを振り下ろそうとする。
が。
「何をする気ですか?」
じゃき。
ティンパニの前で警備をしていた志方 綾乃が、ミスノに獲物を突きつけた。
「え? だってこれはいくらでもコピーできる偽物だって聞いたよ? だから何があっても大丈夫だと思って……」
「全く、君の耳は節穴ですか」
同じくティンパニの側に張り付いていたフランツ・シューベルトが呆れたように口を開く。
「今までの演奏。あれが、偽物が出す音な筈ないじゃないですか」
「例え偽物だとしても……」
ローザマリア・クライツァールも獲物を構える。
「勝手に壊していい理由にはならないわよね」
「は、あはは……」
複数人の警備人に取り囲まれ、乾いた笑いを浮かべるミスノ。
その後別室へと連れて行かれ、その後のことは分からない。
ただ後で重い口を開け語った所によると、「二度と思い出したくない……」とのこと。
「お披露目会に出てくる楽器が偽物な筈ないではないか」
一連の騒ぎを見ていた長尾 顕景が、小さく嗤う様に呟いた。
「どうしてそう思うの?」
なんだかんだで話し相手になっている妲己が問う。
「目の肥えた相手や金持ちに対しても自慢する場所なのだ。仮に偽物があるにせよ、こんな所で出す筈なかろう」
「なるほど、ねぇ。まず餌として出すのは本物であるべきってわけね。もし偽物を抱えて取引をするとしても、ね」
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