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「だから、あんたたちは諦めるしかない。……そしてね、鈴里、だからもうあいつらに怯えなくていいよ。落ち着いて」
 イーリーの説明の後、ルカルカは、呆然とした大佐から視線を移し、機械的に危機回避成功率計算を繰り返す鈴里に、柔らかくした声をかけた。
 このまま鈴里が、そして萱月がこの状況を危機だと認識し続ける限り、店はすぐにも、再び時空の狭間に飛ぶだろう。
 双子の機晶姫は、自分たちに備えられた機能を自覚していないかもしれないと、ダリルは言っていた。それならば痛々しいことだと、ルカルカは思った。
「あたしたち、二人とこの店に協力したいと思ってる。あたしもダリルも、イーリーや他の皆も……だから、信じてくれないかな。二人はここで、安心してもいいんだ、って」
 今は、そうやって彼らを危機感から解放すること以外に、消滅を回避する方法はない。ルカルカは呼びかけた。
「私も…おふたりに、協力、したいです…どうか、安心して、ほしいです…!」
「アニスもいるよ! アニスも鈴里のこと守るし、悪い奴は和輝がやっつけてくれるもん! 鈴里、安心して! ここで美味しい物作って!」
 鈴里を気遣って厨房に待機していた椿とアニスも、ルカルカに続くように呼びかける。今は「機械の人形」といった表情の鈴里に。
「要は、機晶姫たちを安心させればいいってことか。なら、目の前でこいつをぶちのめして刑務所送りにすれば一層安心だよな」
 和輝は薄く笑って、厨房を背に、臨戦態勢を取りながら一歩踏み出した。
 今聞かされたばかりの話の真偽はすぐには掴めないまでも、今まさに転移の予兆の震動を響かせる店の現状には、否でも応でも信憑性を感じずにはいられない。戦意を削がれたゲレオン大佐は、和輝の一歩に反応して一歩後ずさった。
「『無駄な犠牲』の意味がすっかり反転しちまったな」
 笑い混じりの和輝の言葉通り、ここで彼が戦いに勝っても、本来の目的は達成できない。ここで戦うことは徒労でしかないのだ。大佐はいきなり身を翻し、店外へと駆け出そうとした。
 だが、その足もすぐに止まる。
「ここまで来ておいて手ぶらで帰るくらいなら、大人しくお縄について皆を『安心』させてくれないかねえ」
 客を無事退避させ終わって戻ってきた唯斗が、玄関を塞ぐように立っていた。忍者スタイルを貫く者として、隠密の心得のあるテロ組織の工作員の背中を取ったことに、やや満足しているような様子だった。機晶姫たちだけでなく、多くの人間に不安を与えるような行動を平然ととる組織に組みする人間を、ここでやすやすと逃すつもりはない。
 唯斗が扉を塞いでいるのは、大佐を逃がさないためと、実はもう一つあった。萱月を中に入れないためであった。イーリーの語った「研究者の結論」は、戸外にまでも聞こえていた。様子の変わった萱月が、鈴里に呼応するように無機質な呟きを繰り返しながら店に向かうのを見て、ラナや恭也、吹雪やセイレムら外にいた契約者たちは、彼が店に入った時店が転移する、と直感した。何度も出現と消滅を繰り返すこの店に、寄り添ってともに時空を行き来する二人なら、店が消える時には店内にいるはずだ。
「俺たちも協力するから、安心しろって!」
「鏖殺寺院は皆捕まえたから、大丈夫だよっ!」
 足止めをして、彼に呼びかけた。安心させることで、あまりに唐突すぎる店の転移を留まらせようと。



 機晶姫たちの目の色から、冷たい無機質なものが、徐々に和らいで、薄らいでいく。


 二年越しの襲撃者を捕縛すべく、四本の足が彼の前後から、じりじりと距離を詰めていった――