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「アイヤー、あんたがフルベットさんアルか? ワタシ、王(わん)アルよ。福建省の山奥から出てきて、日中友好のためにパラミタで餃子焼いてはや10年。カネのことにはうるさいアル」
 さっそく、フルベット氏に会いに行った男がいた。怪しい関西人と言われる瀬山 裕輝(せやま・ひろき)だった。どこから用意してきたのか、纏った人民服の袖に両手を突っ込み細長い付けヒゲに丸いサングラスをかけたその姿は、確かに謎の中国人、王に見えなくもなかった。
「あんた、この町の鳥レースでカネ儲けてる言う噂あるね。その利権、ワタシにも譲るアル」
「な、なんだ、あんたは……?」
 いきなり現れてまくし立てる裕輝に、フルベットは目を丸くする。
「誤魔化しても無駄アル。寺院の悪い人たちとつきあてる噂、ワタシの耳にも届いてるアル。一枚噛ませるアル、そうしないと円月刀振り回すお友達の山賊呼ぶアルよ」
 バサリと書類を足元に投げつけ、裕輝は迫った。それは、これまで協力者たちが集めてきていた過去の八百長の記録やテロリストたちの足取りが記されてある紙の束であった。それを見て、フルベットは顔色を変える。
「あ、あんた餃子屋じゃなかったのか?」
「餃子好きな山賊いぱいいるアル。あんた悪党アルから誰も助けてくれないアルよ。仲間と思ていた寺院のテロリストもいざとなったら見捨てるアル。あんた首ちょんぱアルよ」
 適当なことを言って相手を翻弄するのは裕輝の得意技だった。こういう場合、正義の味方や警察より、理屈の通らない悪党の方が効果があることを彼は知っていた。
「次のイカサマの買い目教えるアルよ。当たったら帰るアル、当たらなかったら当たるまでアンタの家に居座るアル」
「ま、待ってくれ。外部から調査にやってきた連中のおかげで動くに動けないんだ。仕込みも見抜かれてしまった。もうこの町を出た方がいいかもしれない」
「なら、逃げる前に町長の管理している金庫から有り金全部引き出せばいいアル。この町の鳥レース、ブックメーカー方式アル。言いたいことわかるアルな?」
 前にも説明したとおり、ブックメーカー方式の賭けは、掛け金総取りではない。集まった金を山分けするのではなく、主催者が配当金を払っているのだ。この町の場合、それは町長であった。テロリストたちが八百長して配当金を受け取れば受け取るほど、町の財源を蓄えてある金庫の中のカネはなくなっていき、実際町長は干上がる寸前であった。そして、それをテロリストたちと組んで奪っていたのが、このフルベットなのだ。テロリストたちは、フルベットから金をもらうことで勢力を増し、フルベットもテロリストたちの無謀な暴力を手に入れることで、この辺り一帯を支配しようとたくらんでいたのである。
 この牧歌的な町の小さな鳥レースの八百長事件、見た目以上に危険な陰謀なのであった。
「あんた、カネ全部奪って町長追い出すアル。ワタシ手伝うアルよ。餃子好きの山賊いぱい呼ぶアル。カネはワタシと山分けするアル」
「だから、八百長はもう出来ないと言っているだろう」
 苛立つように言うフルベットに裕輝は答える。
「仕方ないアルな……。そう言う思て、ワタシもイカサマ仕込んであるアル。第9レース、6番が来るアル。当たったら信じるアルか?」
「そんなバカな……できるはずがない」
「第9レースの結果を見届けてから判断するアル。オッズも普通アルしあんたの手下は誰も動かないから、監視している連中も、証拠に結び付けられないアル。ワタシ、他にもイカサマしこんであるアルけど、後で教えるアルよ。あんたその仕込みに乗って賭ければいいアル。カネ山分けして、あんたトンズラ、ワタシ店大きく出来るアル。カネ持ってるヤツ偉いアル。あんたもワタシも幸せになれるアルよ……」



「さ〜て、これでこのレース、絶対負けられなくなったわけですね……」
 第9レースに6番枠で出場する次百 姫星(つぐもも・きらら)は、話を聞いて気合を入れた。
 実際のところ、裕輝の話は全くのでたらめなのであった。彼はイカサマなど仕込んでいないし、そもそもそんな気もなかった。レースは平常どおり行われ、姫星は真剣勝負で勝たないといけない。
 見渡したところ、予選第9レースは、運悪いことに屈指の強豪が寄り集まる潰しあいであった。ブックメーカーの倍率は、1番枠から10番枠までほとんどが4〜5倍程度。つまり、どれが勝ってもおかしくない実力伯仲のレースであり、だからこそこのレースをピタリと的中させることが出来れば、裕輝のデタラメも信憑性を増すと言うことだった。
「よし、行きましょう。クイーンスター、私達の力を見せてあげましょう!!」
 姫星は騎乗するガッツ鳥を撫でて言った。
 この鳥を美緒から借りて、そう名づけてからずいぶんと練習を繰り返してきた。敵はどんな手で来るか分からないから、どんな敵にも怯まない強い女の子を姫星は選んだ。適者生存で脅かして、それでなお向かってくる程の闘志を秘めたガッツ鳥だった。
 用意の合図で姫星とクイーンスターはスタート線に並ぶ。このレース、テロリストたちは、攻撃を仕掛けてこないだろう。予想が本当かどうか、固唾を呑んで見守っているはずだ。そんな彼らがいるだろう観客席を一瞥して、姫星は小さく微笑む。と同時にスタートの合図が下りた。
 レース序盤と中盤は、後方待機の策に出た。野生の勘とイナンナの加護のスキルを駆使し、芝生コースの最も通りやすいところ選んで走らせる。全員がじりじりとけん制しあいながら横一線に並ぶ所を、姫星は後半に差し掛かると一気に勝負に出た。
 彗星のアンクレットを起動し、クイーンスターに加速の力を与えた。相手を妨害するのは禁止だが、自身の強化は特に禁止されていない。現にこれまでのレースでも、スキルの発動で勝利した者たちが見受けられた。
 それはこのレースでも同じで、姫星が加速するなり他の鳥たちも仕掛けてきた。スキルを発動させ、すぐさま彼女らが縮めた差を再びひろげにかかる。
「さぁ、全力で駆け抜けろ、クイーンスター。今まさに、女王の星となるのです!」
 姫星はクイーンスターを信じてどんどんスピードを上げた。全力のロングスパートだった。
「ぬおおおぉぉぉぉ、差しきれぇぇぇぇ!!!!」
 予選とは思えないほどの熱戦の中、クイーンスターが前に出る。興奮した観客たちが立ち上がり歓声を上げる。それに応えるように、姫星が手を挙げ指を一本突き出したところがゴールだった。
 拍手が鳴り止まぬ中、姫星とクイーンスターの勝利が決まった。
「お疲れさまです、クイーンスター。よく走りましたね。この調子で決勝まで行きましょう」
  姫星は、もう一度クイーンスターをねぎらうように毛を撫でていた。



 謎の中国人が仕込みをしているらしいと言う噂はフルベットを通じてテロリストたちの間に瞬く間に広がった。
 この町にやってきた契約者たちのおかげで、彼らの計画はほぼご破算になりかけていた。逃走する前に、最後の一稼ぎをしていくのが精一杯だろう。それだけにテロリストたちは誰しもチャンスを逃したくなかった。
「第11レースは3番が来る! クイーンスターを一点で当てたあたしを信じろ!」
 第9レースで姫星の券を全力買いしていたパートナーの鬼道 真姫(きどう・まき)が煽る。
「本当なのですか……?」
 レースを終えて帰ってきた姫星に真姫が笑う。
「さあ、知らないよ。適当じゃん、こんなの……」
 券売り場近くで予想屋を営んでいた佳奈子たちまでがじゃんじゃんインチキ予想を配り始めた。
「このレースだけだから、ごめんね……」
「だが、本当に三番が着たら困るな。テロリストたちが大金持ちになってしまう」
 ちょっと心配げな真姫にきっぱりと否定する者がいた。
「絶対こないよ〜、何故なら私が3番を買うから……」
 自信満々に言ったのは裕輝のパートナーの月読之 尊(つくよみの・みこと)であった。
 楽してカネを稼ごうとやってきていた彼女は、これまで券を外しっぱなしなのであった。
「何で外れるかなぁ! これ絶対いけると思ったのにさっ」
 英霊である彼女はかつて持っていた神秘の力を駆使していた。それでいてこの有様である。神レベルの外れ屋であった。
「お金欲しかったら働けばいいじゃん。稼ぐに追いつく貧乏ナシってね」
 言う真姫に、尊は胸を張って言い放つ。
「仕事? 知らないねぇ……。私はね、プロでいたいんだよ……そう、無職のね」
 ダメだこの人……。周りにいた人たちは一斉にため息をつく。
「使うか? 神の力いっちゃう? いっちゃおうかなぁちょっと!」
「そうやって、神の力使ってさっきも外したじゃん?」
「今度は違う。私はやれる、大丈夫だ。頑張れ、私、お前に任せたぞ……!」
 祈祷まで始めた尊に、みんな安心して離れていった。
 さあ、動き出したテロリスト狩りだ……。