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リアクション
01:おいでませ 日帰りダンジョン
空は快晴。
太陽は高く蒼天に座し、冒険には絶好の日和だった。
ただし、本日の冒険先は、光の入らない場所である。
残念なことに地下である。
とはいえ、冒険には違いない。
「冒険屋ギルドの一員として、張り切らないわけにはいかないよねっ」
目に好奇心を輝かせて、ぐっとやる気に掌を握る琳 鳳明(りん・ほうめい)に、当のギルド創設者であるレン・オズワルド(れん・おずわるど)も、鳳明ほど前面には出していないが、興味津々と言った様子だ。
「挑むからには最奥を目指すぞ」
「もちろん!」
気合十分、といった二人の様子に、クローディス・ルレンシア(くろーでぃす・るれんしあ)もどことなく嬉しげだ。純粋に遺跡を楽しもうとしている者への好感かもしれないが、皆がどうやってクリアするのか、というのにも興味があるらしい。
「大いに楽しんでくれ。だがまあ……」
言いさして、クローディスはちょっと笑った。
「君達には物足りないかもしれないな」
何しろ、新人たちの研修と言うこともあり、最初に説明をした通り、難易度はさほ
ど高くはないのだ。
もちろん、だからといって油断は禁物なのがダンジョンのお約束だが、そこを合えて口にするほどクローディスも野暮ではない。健闘を祈る、とぽん、と鳳明の肩を叩いたが、途端になぜかその肩がしゅうんと縮こまった。
「どうした?」
まさか怖気づいたとも思えない。クローディスが首をかしげていると「あのう……」と鳳明は小声で顔を寄せた。
「私がギルドに所属してること、スカーレッド大尉には内緒に……」
「ん?」
ぼそぼそと言われた意味がわからずに首を傾げると、うう、と言い辛そうにしながら鳳明は目を彷徨わせた。まさか、スカーレッドの友人と思しきクローディスに、何かしらつついていぢめられそうで怖いから、などとは言えないのであうあう言っていたのだが、どうやら凡そ察したらしい。クローディスは苦笑して「わかった」と頷いた。
「ま、つつかせる材料は無い方がいいからな」
「ありがとうございますっ」
心底安堵した様子の鳳明に、クローディスは苦笑を深めたのだった。
そんなこんなで、遺跡の挑戦者を募って見たところ、それなりの人数が名乗りを上げた。
中は兎も角、流石にその人数で一気に入るには、入り口が狭すぎる、ということで、適当に振り分けられた数人ずつ、時間差をつけて入ることになった。先着を競うようなタイムアタックではないのだし、どうせ少しばかりの時間差などアドバンテージにもならないのだから、というのがクローディスの弁だ。
「一度入ると、途中で出ることは出来ないから、準備はしっかりな」
それから、途中で深刻な事態に陥ったら無理はしないように、等、注意して回る姿は、聞いていると調査団のリーダーというよりは、引率の先生のようである。
さておき。
だいたいの準備が終わろうとしているのを見やって、よし、とクローディスは皆を見回した。
「それじゃあ、各自……ん?」
言いかけて、何かに気づいたクローディスは首を傾げると、1、2、3、と頭数を数え始めた。どうやら、見えない顔があるようだ。
「……減ってるな」
「え、あ……っ」
呟きを拾って声を上げたのは、清泉 北都(いずみ・ほくと)だ。パートナーのリオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)の姿が見えないらしい。近くに隠れるような場所はないのだが、見渡してみても調査団たち以外の人影は無いようだ。どうやら、クローディスが話をしている間にふらっと遺跡の中に入っていってしまったらしい。
「もう……仕方ないなあ」
ため息をつきつつも、北都に特に焦った様子がないところを見ると、どうもいつものことのようだ。
「どうする、先に探しに入るか?」
クローディスが言ったが、少し考えて北都は首を振った。
「ううん。挑戦する人の邪魔になってもなんだし、みんなが入ってから探しに行くとするよ」
危険もないみたいだしね、と続ける北都に頷き、クローディスの合図によって、チャレンジは始まった。
そうやって、次々と遺跡に入っていく契約者たちを見送る、本人も楽しそうなクローディスとは対照的に、サブリーダーであるツライッツ・ディクスの方はと言えばどこか不安げだ。
「大丈夫でしょうか……」
呟くように言うツライッツに、何が、と言わんばかりにクローディスは首を傾げる。
「彼らなら、実力的に問題はないと思うが」
「そういう意味じゃあないですよ」
その表情から察するに、気になっているのは遺跡そのものというよりも、その中で待ち受ける「彼女たち」のようだ。
「別に、とって食うわけじゃ……ないし、大丈夫だと思うがな」
不思議そうにするクローディスにとっては、多少難ありとはいえ、特に危機感は抱いていないようだ。彼女にとっては、遺跡の主たちは「かわいい子達じゃないか」ということになるらしい。
「貴方にはそうでしょうけど……っ」
だが彼にとっては何か苦いものでもあるのか、珍しくクローディスに食って掛かっているツライッツに、近くで声を拾ったらしい黒崎 天音(くろさき・あまね)が、面白そうにひょっこりと近づいた。
「……モテモテ?」
ツライッツの態度から、遺跡の「彼女たち」に何かそういう因縁があるのではないかと推論しての言葉だ。
「なんだ、ツライッツ、モテモテなのか?」
面白そうな気配を感じて近寄って来た、アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)も、にまにまと笑いながら便乗する。
「違いますッ!」
彼らしくない、やけに強い否定に、天音とアキュートは顔を見合わせると、悪戯を思いついた子供のごとくにいっと笑うと、ツライッツを挟んで口々に口を開いた。
「そんな心配なら、行ってみればいいじゃねえか」
「そ……れは」
アキュートが言うのに言葉に詰まれば、今度は天音が「あれ?」と目を細める。
「やっぱり熱愛攻撃に食らいたくないんだ?」
「で、ですからそういうのではないんですってッ、ただ、その……色々、ですね……っ」
更にどもるツライッツに追い討ちをかけるように、アキュートがうりうりと肘でつつく。
「その色々と、かわいい新人くんたちとどっちが大事なんだよ?」
「それは、もちろん、大事ですけど……き、危険はないわけですから……っ」
さっきは大丈夫かどうか気にしていただろう、と更につついていく二人に、ごほん、と咳払いをしたのはブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)だ。口にはださないが、目線がそれぐらいにしておけ、と言っている。その隣ではウーマ・ンボー(うーま・んぼー)がその胸(?)を逸らすようにして憤慨を露にしていた。
「弱いものいぢめは関心せんぞ、アキュートよ。弱気に付け込むは悪人のすることであるぞ」
しかして、そうやって助け舟を出された当のツライッツは、残念ながらその良い声よりも、その姿に目をぱちぱちやっていたせいで、お礼を言うタイミングを逃していたのだった。
そうやって楽しく会話(というか一方的にいぢられている)ツライッツを微笑ましげに見やっていたクローディスに、ツライッツとは別の意味で渋い顔を見せていたのは叶 白竜(よう・ぱいろん)だ。
「……本当に、この遺跡に関しては隅々まで確認は済んでいるんでしょうね?」
何かしら含むところがあるような言葉に、クローディスは寧ろ面白そうに笑って、「うん?」と首を傾げて見せた。
「随分と信用がないらしいな?」
「前科がありますからね。それに、何があるか判らないのが、パラミタですから」
現に応答無しの人間が出ていますし、と続く頑なになその物言いは、クローディスたち調査団への不信というのではなく、用心深い性格故の物だろうと凡そ察して、クローディスは世 羅儀(せい・らぎ)と顔を見合わせて「それを言われると痛いな」と、苦笑するに留めた。
そんな彼らにルカルカ・ルー(るかるか・るー)が横から「大丈夫じゃないかしら」と口を挟んだ。
「危険を感じられないもの……この研修所」
意味深な言い方に、クローディスが目を細めて面白そうに笑ったのに、ルカルカもその反応を確かめるように言葉を続ける。遺跡、というには妙に小奇麗なのが気になっているようだ。
「それに……あなたが随分、大人しいし?」
冗談めかすのにクローディスは笑ったが、さあ、どうだろうな、と明言はしなかった。そこは、まだ挑戦者がこの場に何人か残っている以上、ネタ晴らしはしない、ということだろうか。
「流石に一筋縄ではいかないかあ」
ちえ、っと言いながらもルカルカは笑い、彼女がこの調子なら問題は無いだろう、と息をついた。だが、そんなルカルカにダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が「どうだろうな」と肩を竦めて見せた。
「俺がリーダーなら、敢えて想定外の事態を作るな」
その方が訓練としては効果的だからだ、と淡々と口にするのに、ルカルカは口を尖らせた。
「もう、鬼教官」
「何とでも言え」
ふん、と鼻を鳴らすダリルに、クローディスは笑い、逆に白竜は渋面を深くした。
「実際のところはどうなんですか?」
「今回はそれはない。だがまあ、あくまで”命の危険が無い”だがな」
その問いに首を振ったクローディスは、意味深に言ってにっと悪戯っぽく笑う。それはどういうことか、と更に問いかけようとした白竜の肩を、ぽん、と叩く手があった。
「新人用だからって油断すんな、ってことだろ」
緋山 政敏(ひやま・まさとし)だ。
「あんまり心配ばっかしてると、胃がもたないぞ」
からかうように言ってから、政敏は「ところで」とクローディスに向き直った。
「戦利品は無いのか?」
「戦利品?」
首を傾げるクローディスに、遺跡のなかにあるものは持っていってしまっていいのか、と政敏は尋ねたが、それにはクローディスも、ううん、と難しい顔をした。
「判っているとは思うが、もう調査の終わっている遺跡だ。めぼしい物は無いと思うぞ」
「いいのいいの。お宝ってのは”そういうもん”だけじゃないだろ?」
その言わんとしていることは判ったが、やはりクローディスは微妙な顔だ。
「私の一存では決められないな。クリアしたら、最終フロアの”彼女”に聞いてみてくれ」
「了解」
楽しみが一つ増えた、とばかりの政敏の表情に、クローディスは嬉しそうな、同時にどこか羨ましそうな顔で笑うと、ふ、と息を漏らした。
「全く、そんなうずうずした顔を見ているだけ、というのは、存外堪えるな」
自分も飛び出していきたいと言わんばかりの声だが、方々からじ、と送られた抗議の視線に、懸命にも沈黙を守ったクローディスに、居合わせた一同は笑いを漏らすと、ぽっかりと口を開く遺跡の入り口へと向き直った。
「よし、それじゃあ行くとしますかね」
気合一声。
日帰り冒険者たちは、ダンジョンへと挑んでいったのであった。
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