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水晶の花に願いをこめて……

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水晶の花に願いをこめて……
水晶の花に願いをこめて…… 水晶の花に願いをこめて……

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〜 一日目・午前10時 〜
 
 
……伝説の地、伝承にまつわる遺跡、といってもその規模はまちまちなのはパラミタでも変わらない

多いなる伝承の大きさの規模に比例して、観光地に等しき来訪者のために環境を整えられたものがあれば
手入れの少ない草木に囲まれ、簡単な立て札が立てかけられているだけのものもある
そのどちらも逸話としての伝説の比重は左程変わらないという不思議まで、まったく同じなのはこの世の妙というわけか……

蒼空の学び舎で話題になっているこの場所は、どちらかというと後者の類のようで
世間的には遺跡的価値しか求めるものはないらしく、周囲には所々無骨な建機や検査器具しか見られない
ぱっと見、目につく物には進入禁止の電子柵で囲まれ、手を触れることが許されない中
生徒たちの話題の元は、そんな中から少し離れた茂みの中にひっそりと存在していた

 「あ、ありましたよマスター!思ったよりずいぶん小さいんですねー!」

木漏れ日と、そして木々のざわめきの中から微かに聞こえる水音から件の祭壇を見つけ
四谷 七乃(しや・ななの)は嬉しそうに、背後から遅れて到着してきた四谷 大助(しや・だいすけ)に声をかけた

 「それより大きかったら研究対象になってしまうからね、これ位が丁度いいんだって」

彼の言葉を聞き楽しそうに鼻歌を歌いながら、七乃は祭壇に流れる水に浮かぶ目的の物を珍しげに眺めている様だ
風雨に晒され、石にもともと刻まれていたであろう模様や意匠は摩耗し
かろうじて祭壇の形を保っているその上には窪みがあり、地下水が流れ込むようになっている
そこに三分の一を水に沈めながら浮かんでいるのは、水晶でできたスイレンの花だった

  【この花に祈れば願いがかなう】

……という何とも10代が色めき立つような噂が、学園内でまことしやかに流れたのが一ヶ月前
その時すでに発掘や魔法研究に従事する生徒から【そのような魔力痕跡も魔法的価値も無い】と太鼓判を押されてはいた
にも関わらず、その噂が尽きることがなかったのは、ひとえに願いの多くが【縁結び】につながるもの故なのか……

とはいえ、魔力的な【願望を成就させる事】と【願いをかなえる】というおまじない的な願掛けは、大きな違いがある
ささやかに存在する祭壇に対して、人が望む願いもそれ相応のささやかなもの故か
叶う叶わないということも楽しみのひとつとして、それなりに密やかな生徒のお楽しみスポットになっていたらしい

もちろん、それでもそういった場所に足を運ぶのは、よっぽど神頼みにすがりたい切羽詰まった願望を持つ者か
想い出作りの一環で、お互いの未来を願う恋仲の者位なわけで、おいそれと男が好き好んで足を運ぶ場所ではない
かく言う大助もそういう一人だったのだが、数日後にさらなる考古学研究の為にここが封鎖される事になり
雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)の計らいで、その旨が学園中に広く伝えられ
それを聞いて我先にと行動を開始した七乃に誘われ、半ば強引に連れられるように、朝から足を運んでみたのである

一方、そんな七乃自身が何か願い事があるのかといえば
実に全くその様子もなく、どうやら噂の物をこの目でを見たいという好奇心だけだった様だ
それでもぱっと見、いかにも【朝から張り切って足を運んできた二人】な姿に居たたまれなくなって、大助は声をかけた

 「……七乃お前、願い事が無いなら何しに来たんだよ」
 「七乃、今のままでも十分幸せですから!
  せっかくですからマスターがお願い事してみてください、きっと叶いますですよ!」
 「ここで俺に丸投げかよ……改めて考えても、願いなんて案外思いつかないもんだって」

半ばわかってはいたが声をかけた結果、案の定な返答に溜息をつく当のマスター
とはいえ、一方の彼といえば……言葉とは裏腹に願いがない、というわけでもない

 (や、やっぱり雅羅との両想いを………ダメだ、こんな噂程度の所でそんな小っ恥ずかしいことは願えないっ!
  これで効果が無かったら後悔と羞恥で死ねるぞオレっ!)

ぶんぶんと七乃に気づかれぬように首を振りながら、否定な石とは裏腹に足は祭壇のほうに進む
覗き込むと、水晶のスイレンを濡らす清水はとても清涼で、上の木漏れ日を鏡のように水面に映し出している
その静かな煌めきと、木々のそよぎはみっともなくざわつく自分の内面を落ち着かせてくれる様で
そんな大助に同意するように七乃がそっと声をかけてきた

 「本当に、静かでいい場所ですねー、マスター」
 「そうだな、ここを取り壊すのは、オレも少し惜しいと思うよ。
  雅羅もあんな呼びかけをするんだから、余程残念だったんだろうな………それなら丁度いい願いがある」

【花を手にとって願いを話しかけたら願いがかなった】という噂の一つを思い出し
その冷たい水に浮かぶ水晶の花を、大助はそっとすくい取ってそっと話しかける

 「なぁ、願いを叶えるなんて噂が本当なら……この森をそのまま残しておいてくれ」

【願いにまつわる物を器の水に沈めたら叶った】というもう一つの噂にのっとり、花自体をそのまま沈めようと手を降ろした

 (……これで本当に叶ったら噂を信じてやる、まぁ、期待はしてないけどな
  そのときはまたここに来て、今度は本気の願いを言ってやるさ……【雅羅と両想い】を……)



 「あら大助、何か願い事でもしたの?」
 「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 「わわっ、落としたらお花割れちゃいそう!マスター、気をつけないとっ!」

丁度心に思っていた者の声が背後から聞こえ、大助は振り向くこともできず、ビックゥと上に跳ね上がる
彼の手で踊った水晶の花を見て、あわてて七乃も声を上げたが、なんとか落とさずに済んだようだ
無事になんとか元の位置に花を納め、振り向くとそこには声の主……雅羅がきょとんとした顔で立っていた

 「?……どうしたの、そんな素っ頓狂な声上げて、らしくないわね」
 「ままままま、雅羅っ!?いつからそこに?」
 「たった今よ、これから3日間ここの見張りをしないといけないでしょう?その準備をしてたの」
 「そ、そっか、確かそんなこと言ってたっけ」

胸の内および動揺を悟られなかったことに安堵をする、ちょっと見栄っ張りの18歳男子
改めて彼女の姿をみると、その後ろに一組の男女がいる事に気がつく
小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の二人である
逆にこちらは心中を知ってか知らずか、無性にニコニコしながら自分を見ている姿に思わず大助は目をそらす
そんな彼の代わりに、七乃が嬉しそうに二人に声をかけた

 「わぁ、美羽さんにコハクさん!二人もここにお願いしに来たんですか?」
 「ううん、今日はここでお弁当食べようと思って来たんだ」
 「今日【は】?」

手に抱えたバスケットを見せる美羽
そんな彼女の言葉に疑問を返した七乃に、祭壇の花を見ながらコハクが返答した

 「もともと僕達、ここによく足を運んでいたんです。ここからの景色って結構いいじゃないですか
  ちょっとした休憩場所って感じで丁度良くて……まぁ美羽は時々何かお願いしてたみたいですけど」
 「変なお願いなんかしてないよ、試験の高得点祈願とか、模範試合の成功とかそんなのだけだよ」
 「それはお願いというより、願掛けっていうんじゃない?」

ぷぅ、とふくれて補足を入れる美羽に、くすくすと笑いながら突っ込みを入れる雅羅
その慣れた様子に、ここでの三人の遭遇が今日だけではないことが感じられる
そんな大助達の視線から察したのか、雅羅がそのまま言葉をつづけた

 「二人みたいに、もともと休憩に利用してる生徒も多いのよ。ほらここって、少し歩けばカフェテラスでしょ?
  そういう意味でも、ここを愛着のある場所にしてもらいたかったっていうのも、今回の話の理由ってわけ」
 「のんびりできる場所がなくなるのは、やっぱり寂しいもん、できればこのまま残ってほしいとは思うけど……」

美羽は話しながら、浮かんでいる水晶特有の輝きに煌めく花弁にそっと触れる

 「せめて、この風景だけでもこのままであり続けてほしい、それが私のお願いかな」

浮かぶ花に神がかり的な意志が宿っているのかは限りなく懐疑的に近い
けれど、それでもその願いに少しでも答えたいという様に、水に浮かぶその花の輝きが増した気がして
美羽も、それを見ていた他の者も眩しそうに目を細めるのだった



 「あら、ちょっと離れてみただけなのに、随分お客さんでいっぱいですわね」

遠くから聞こえる足音と聞こえた新たな声に、全員が静かに振り向く
そこには雅羅のパートナーであるアルセーネ・竹取(あるせーね・たけとり)のこちらにやってくる姿があった
後ろには杜守 柚(ともり・ゆず)杜守 三月(ともり・みつき)の姿も見える
二人も大助や美羽達の姿をみつけ、ちょっと残念といった感じで話しかけてきた

 「雅羅ちゃん達の次で三番乗りって思っていましたけど、美羽さん達も来てたんですね」
 「うん、そこでバッタリ。でもその前にそこの二人が先にいたんだけどね」

美羽の言葉を受け、軽く会釈をする大助と七乃
男女の朝からの一番乗りの姿に、当然な質問を三月がしようとするのを察し、すかさず大助が先制をかける

 「みんなが守りたいっている噂の祭壇を見ようと思って、そっちは?」
 「ああ、柚と一緒に雅羅たちの手伝いをしようってね。二人とも友達だし」
 「雅羅ちゃんやアルセーネさんから水晶の護衛をするって聞いたから、私も一緒に守りたいと思って
  取り壊しになる日までお二人のお手伝いをしに来たんです」

両手を握って意志表示をする可憐なハイエロファントの姿に苦笑し、アルセーネが会話に続く

 「話を聞いて、お二人の様に護衛役を名乗り出る方が何人かいらっしゃるんです
  午後からも新しい方が来られるので迎えにいかないといけませんね」
 「実は美羽の呼びかけで、祭壇の保存をなんとかできないかって学園側に交渉しようって動きもあって
  僕たちの他にも、何人か様子を見に来ると思います」
 「そっか、なんだか思った以上に賑やかな3日間になりそうね」

コハクの言葉に、やれやれといった風に呟く雅羅。しかしその顔は何やら楽しそうである
偶然にも集まった面々をお互いが眺め、さて……といった風情で三月が手を合わせた

 「まぁとにかく、折角来たんだからお願い事位言ったらいいんじゃないかな?
  雅羅やアルセーネさんは願い事ないの?女の子ってこういうの好きみたいだし
  柚もしたら?好きな人に告白して想いが伝わりますように、とか」
 「告白って、それは、あの、えっと……私は特にお願いはっ」

悪戯っぽい三月の笑みと問いに、わたわたと顔を真っ赤にして手を振る紬
一方の雅羅とアルセーネもクスリと顔を見合わせて問いに答える

 「実は私達ももう終わっちゃってるわ、別に一人一回ってルールがあるわけではないけどね」
 「何を願ったかは、ここがどうなるか決まった後にでもお答えしますわ」
 「じゃあ僭越ながら七乃がお願いさせていただきまーす」

あまりに遠慮がちな全員の様子にじれったくなったのか、七乃がパンパンと手を合わせて高らかに願い事を述べる

 「お花さん!七乃、ケーキが食べたいです!」

その何とも言えない願い事に、それぞれが笑いをこらえる中
バスケットを掲げて美羽が全員に呼びかけた

 「とりあえず、これから忙しくなりそうだから、ちょっと早いけどみんなでお昼にしようよ!
  雅羅達の分も考えてちょっと多めに作ってきたし、おやつもあるよー」

その言葉(とくに最後のあたり)に、わーいと喜ぶ女性陣一同
コハクがシートを地面に広げるのを待ちながら、悪戯っぽく自分に視線を向ける美羽の姿に七乃が気がついた

 「?……どうしたんですか、そんなに嬉しそうにこっち見て」
 「ううん、早速お願いが叶っちゃったかなって思ってさ……ほら」

そうやって美羽がバスケットから取り出したのは果実をいっぱい乗せたタルトと紅茶のシフォンケーキ
両手に乗ったそれを目をキラキラとさせる七乃の前に掲げる

 「紅茶はアールグレイのシフォン、試したらいい感じだったんだ
  パターケーキもあるから、みんなでゆっくり食べようよ、ね?」

ちょっと自慢げに語る美羽だが、それらの作成に大いに傍らの相棒が貢献していることを誰も知らない
とりあえず、少しでもその言葉にできない真実に味で気が付いてもらう事が、密やかなパートナ
……コハク・ソーロッドの【願い事】であるのはここだけの話である