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動物たちの楽園

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★第一章・2★

「ねぇ涼司分かってる? これはとても危険よ。実際密売現場はやっぱり罠だったし。
 証拠が見付からず屋敷の人に潜入者が見つかった時、貴方が契約者に犯罪を依頼した事がバレるって事」
 ヘイリーからの情報を受け、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は我慢の限界とばかりに山葉 涼司(やまは・りょうじ)へ向かってそう詰め寄った。
 大切な友人だから、危険なことをしてほしくないのだ。
 涼司は真っすぐに自分を見るルカルカから目をそらし、呟く。――そんなの、分かっている、と。
「ならどうして」
「……イキモさんが、言ったんだよ。『大丈夫です。あなたたちが罪に問われることはありません』ってな」
「イキモさんが? って、もしかしてこの作戦イキモさんが言いだしたの?」
 驚きに目を丸くしたルカルカに、涼司は無言で頷いた。傍で話を聞いていたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の眉間にしわが寄る。
(罪に問われることはない、か。何を考えているんだ)
 そこまではっきりと言う以上、奥の手があるのだろうが、ダリルはいつでもフォローに動けるようにすべきだなと頭を回転させる。
「……涼司くん、他にも隠してること、ありますよね?」
 火村 加夜(ひむら・かや)が穏やかに口を開く。涼司の呼吸が一瞬止まる。
「話してください。1人で抱え込まないで」
 この部屋には涼司と加夜、ルカルカとダリルしかいない。3人から見つめられた涼司は、観念したように息を吐き出した。
「それでも心配だったら、自分を訴えるように……そう言われた。だまされて依頼を受けた、とな。今回のことは、すべて自分が招いたことだから、て」

(自分が招いた……それが分かっているなら、なおのこと)
 部屋の外から偶然その話を聞いた玖純 飛都(くすみ・ひさと)は、ぐっと眉に力を入れた。
 茶番だと彼は思う。ことは簡単なことだ。医学鑑定を申し込めば、親子関係などすぐにわかるだろう。それをしない理由が飛都には分からない。
「……分かりたくもない。他者をこれほどに巻き込んで」
 飛都はその場を歩き去った。この茶番を、少しでも早く終わらせるために。


***


 混戦が続く中、白砂 司(しらすな・つかさ)は静かに息を吸い込んだ。
 これが罠であるなど重々承知していた。相手は自分たちが身を潜めていることを予測しているだろう。ならば確たる証拠などほとんど持っていないはずだ。
 それでもこちらを引っ掛ける餌は用意しているだろう。そう。最初に荷車から降ろして自分たちに見せた動物……偽の取引ならば、持ち帰ろうとするはず。そこをとらえる。
 包囲を抜けてきた密売人たちが見えた。司の目には、ただただそれは『敵』とてしか映らない。
 必死に動物たちを誘導してやってきた敵たちの前に大きな影が立ちふさがった。

『ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ』

 大型騎狼のポチだ。地の果てまで届かそうとしているような、全力の咆哮。空気がびりびりと震える。鋭い獣の目が敵をとらえ、口からは凶悪な牙が覗く。
「ひっ……な、なんだ。ただの狼かよ」
 一歩下がりそうになったのを押しとどめるのは、彼ら(動物たち)を商品としてきた矜持なのか。なんにせよ。震える足で無理やり己を高めてポチをあざけるその姿はあまりにも……。
(くだらない矜持だ)
「まったく。くだらない見栄ですねぇ。くだらな過ぎて、呆れも感じませんよ。ねぇ、司くん」
 サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)の言葉に、司は「まったくだ」と短く答え、敵の群れへと向かって行った。
 サクラコはそんな司を見て苦笑する。
「なんでも1人でやろうとするんですから。でもそんな司君をサポートするのが、私の姉貴分としてのお役目ですねっ」
 司の横をすり抜けた敵の懐に飛び込み、拳を腹にたたき込む。距離のある敵には、闘気を飛ばす。サクラコは、司の横で敵に飛びかかっているポチを見ながら不敵に笑った。
「こないだからポチがずいぶん大活躍してますけど、
 私も負けちゃあいられませんからね。ネコだってやるときゃやるんですよっ」

「さぁ……第二戦といこうかしら? 一気に攻めるわよ、リネン!」
「ええっ言われなくても」
 敵の動きを見ながらヘイリーは部下を指揮する。だが完全には抑え込まない。わざと逃げ道を作る。無理に抑え込むと抵抗が大きくなり、無駄に被害が出てしまう。
 かといって、逃がすつもりもない。
 ヘイリーはにっと笑った。
「よく考えたようだけど、切り札の数はこちらが上よ!」

「仕掛けてきたのだとすれば、焦りもあるんだろう。なるべく現場の保全に努めて貰いたい。
 頼めるか?」
「人も動物も、証拠になるかもしれないからなるべく傷つけずに……って事ですね。任せて下さい!」
「任せてくださいですの」
 源 鉄心(みなもと・てっしん)の言葉に、ティー・ティー(てぃー・てぃー)が力強くうなづくと、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が負けじと大きな声を返した。
 イコナはベルフラマントをかぶっているため、どこにいるか分かりづらいが。
「ちっ。ここにもいやがったか」
「逃がしませんよ!」
 そこへやってくる密売人たち。その手には鎖。後ろに動物たちを連れていた。密売人の1人が、動物の尻を叩いた。
「ヒヒィイイイイっ」
 馬に似た鳴き声を発したその動物が暴れ、そして鎖が放されたことでティーたちの方へと突撃してくる。逃げるために動物を盾にしようと言うのだろう。予想していた行動とはいえ、実際目の前にすると、何とも言えない気持ちが胸をかけのぼって行く。

「あとで美味しいごはんあげますから、大人しくしてください!」

 動物たちへと声をかければ、急に大人しくなる。優しい心を感じ取ったのだろう。
 断じて、その気迫にびびっているわけではない……はず。
 ティーは大人しくなった動物から目を離し、けしかけた人間へは容赦なく真空刃を放つ。
「ね、眠るといいですの! ヒ、ヒプノシス!」
 勇ましい……げふん。優しいティーの陰に隠れながらイコナも必死にお手伝い。しかし中には凶暴なものもいて、ヒプノシスが効かない。
 怖さに身を震わせながらも、イコナは勇敢に立ち向か

「ヒ、ヒュドラも封印したわたくしの封印術を……ひゅぃいっ!」

 ったことにしよう。本人の名誉のためにも。
 鉄心は気にせず敵を眺める。いくらたくさん下っ端をとらえても大した情報は持っていないだろう。主犯格をとらえなければ意味がない。
「さて。やるとするか」
 1人の男を見た鉄心の目が、怪しく輝いた。


「ここは通さん」
 ルファンはわざと目を引くように大き目の声をあげて、大立ち回りをする。ルファンに目がいったところで、ウォーレンが風術を使い、敵の体勢を崩す。そこへルファンが容赦なく扇や拳をたたき込む。
「ダーリンやレオもがんばってる。イリヤだって」
 カメラを構えるイリアの傍には、ウォーレンの古代の霊獣である蝙蝠が彼女を守るように待機していた。
「直接なつながりの証拠が見つかればいいんじゃがな」
 難しいだろう、とルファンは美麗な眉をやや中央に寄せる。それでもイリヤには動物や人の顔を中心に撮影するように指示を出していた。最初からあきらめるわけにはいかない。
「さあかかってくるのじゃ。わしはそなたたちを逃しはせんぞ」


「はぁはぁ。ここまで逃げれば」
 肩で息をしながらも、決して商品を手放さず走ってきた密売人たちは、後ろから追ってがいないのを見てホッと息をついた。
 頭上から見下ろす白い鳩の目があるとも知らずに。
『和輝、和輝! 悪い人たちあっち行ったよ〜』
 アニス・パラス(あにす・ぱらす)和輝へ、精神感応を使って情報を伝える。空を心地よさそうに飛んでいる鳩の群れは、アニスの≪目≫だ。そして≪目≫から伝わった情報を、そのまま和輝へと送る。
 通信妨害がかかっていようと、これなら問題ない。

『んっと、動物さんのかご持ってるみたい』
「そうか。分かった。引き続き頼む」
『うん! 悪い奴等を一網打尽だ〜♪』

 どこまでも明るい彼女に、和輝は少しほぼ笑んだ後、前へと向き直る。
「どうやら誘導は上手く行っているようだな」
 包囲網の外へ外へと逃げてくる敵たち。だが真実は、そちらへ逃げるように誘導していたのだ。
 窮鼠猫をかむ。
 追い詰められればどんな人間でも凄まじい力を発揮する。それは無駄に被害を拡大するだけだ。だが逃げた先逃げた先で敵が待ち構えていたらどうか。
 それは心に絶望を呼び、戦意を喪失させる。

「A班、B班、予定通り作戦を開始しろ。D班は、ルナの増援を待ってから前進」

 リネンたち先遣隊がまず突撃し、わざと包囲網に弱点を持たせ敵の逃げ道を誘導。その逃げ道の先には甚五郎ルファン鉄心らが待機。
 さらにそこから逃れたものたちを、和輝が追い詰める。
 心身ともに疲弊した敵が、和輝たちの姿を見て愕然とした。ここまで逃げたと言うのに。

「みなさん、和輝さんのお手伝いをしてくださいですぅ」

 そして横から突撃してくるのはルナの大事な仲間である動物たち。
 ルナ本人はどうしているかというと、後方で狼の背に乗って待機していた。彼女は良くも悪くも有名なのだ。動物や精霊保護活動をしている1人として。相手は密売グループ。知っていてもおかしくない。
 和輝がそんな彼女の安全を考慮した結果、後方待機ということになったのだ。
「ぐぬぬぬっ、和輝さんが言っていることも正しいですが、私は前線で敵を懲らしめたかったですぅ〜」
 ルナのいらだちを受け取ったかのように、突撃した動物たちの息が高揚する。

 動物を私利私欲の道具にしていた彼らは、皮肉なことに、動物たちによってとらえられたのだった。


***


「素直にはいた方がいい。もうほとんど分かっているからな」
 鉄心はとらえた者たちを個別に尋問していた。やはり、といおうか。ほとんどがワキヤのワのじすら知らない下っ端だった。だがそのほとんどが、ワキヤや契約者に何かしらの恨みを抱いているもののようだ。
 逆恨みのようなものもあったが。
「…………」
「どの道、ワキヤはもうおしまいだ。
 義理立てする姿勢は立派だが、奴はそれに値する相手か?」
 そして今は、鉄心が自らとらえた1人の男へ尋問を続けていた。先ほどから何も言わないのだ。
 だが鉄心の言葉に、はじめて男が口を開く。
「義理を立てるに値する相手か、という問いにはイエスと答えましょう」
「……何?」
「まあ、今回のこととワキヤ様は無関係ですがね」
 怪訝な顔をする鉄心。

「誰かにとっては、憎き相手かもしれません。ですが私にとっては、大事な恩人です」

 男はそれきり押し黙る。どうやら人望が全くない、わけでもないようだ。
 やっかいだな、と鉄心は思う。

 そして荷車を調べると、中からイキモのサインが入った契約書が見つかり、イキモを犯人に仕立てようとしていたことが判明した。