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美食城攻防戦

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テラス


「フハハハ!我らの城に攻め込むとは命知らず共め!その無謀、思い知らせてくれるわ!」
 テラスに集結した面々の中、一際目立つ人員が1人。
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)だ。
 ドレスコードを守るつもりなど毛頭ないこの男は、両腕を広げ大層仰々しく演説をする。
「諸君、我らのオリュンポス城が今落城の危機を迎えている! しかし皆の者安心せよ! この秘密結社オリュンポスの大幹部、ドクター・ハデスに任せたまえ!」
 眼鏡に反射するは己の頭脳の聡さである、と言わんばかりの夜郎自大ぶりだ。
「イングリット!」
「何かしら?」
 ハデスの声にイングリットが振り返る。
 それほど距離が離れていないのだから声量を絞ればいいのに、とはこの男に通用しない理屈である。
「安心したまえ! イングリットの護衛に我が忠実なるアルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)を任命することにしたのだ!」
「そうですの。それは心強いですわね。で、そのアルテミス様はいずこに?」
「フハハハ! 問題はない! 直に来る! そうだ! ククク……。俺は俺の頭脳明晰さに震えが止まらない……! イングリットの警護を更に固めるためにデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)もこの場に召喚するぞ!」
 ハデスの高笑いが響き渡っていたその頃、噂のアルテミスは城内を駆けていた。
 そろそろダムが決壊しそうだから、というわけではない。
「ドレスを貸し出していただけて助かりました。やっぱり無骨な鎧ではパーティーにそぐいませんからね」
 すっかりと瀟洒なシャンパンゴールドのドレスを着用したアルテミスは、ハデスの元へ急いでいた。
「んーねむい……」
「デ、デメテール様? いつの間に……」
「むにゃむにゃ……」
「あら、お昼寝中だったのでしょうか」
 アルテミスの行く手を遮ったデメテールは目をこすりながら鼻をひくつかせた。
「お菓子の……いい匂い……。いただきまーす」
「はい?」
 大口を開けたデメテールがスカートの裾にかぶりつく。
「あ、ダメですよ! これ借り物なんですから! それにお菓子じゃ……あれ?」
 アルテミスは確認した。
 スカートが見事、デメテールの歯形に「食べられている」のを。
「まさか、本当に……」
「おかわりー」
「きゃ、きゃあああああ! あっ! 下着は、下着はダメですってばああああ!」

「案の定ですわ。正面からあんな少人数で挑むなんて、やはり陽動に違いないですの」
 イングリットが眼下を見下ろし勝ち誇った笑みを浮かべる。
「あなたがたの奇襲は成功するのかしらね……」
「あら、イングリット。あなたここにいましたの?」
「白鳥さんじゃありませんか」
 イングリットは見知った顔を見つけるや、にこやかに微笑みを返す。
「あーあ。あなたが守備側にいるならいっそ攻め込んでやりたかったですわ」
「どういう意味ですの?」
「そのままの意味ですわ」
 白鳥 麗(しらとり・れい)は残念そうに溜息をつく。
「せっかく拳を交える大義名分ができるところでしたのに」
「向こうに大義名分があるとは思えませんけどもね」
「そうですわね。イングリットのドレス、気合入っていますもの」
「あら、お分かり?」
「それだけ楽しみでしたのね」
「ええ。こんな楽しい気分、久しぶりでしたわ。なのにそれを邪魔されて。わたくし、少し鶏冠に来てますの」
「ええい! アルテミス! デメテール! 俺の命令を聞けええい!」
 ハデスは全裸のアルテミスを追いかけている。
 つかまったら破廉恥なことをされるに違いない、と思い込んでいるアルテミスはそれこそ必死の形相だ。
 その様子を麗は一瞥する。
「彼らは何をしているんですの?」
「さあ。鬼ごっこかはたまたラブコメごっこでもしているんでしょう」
 そのとき、麗の体に緊張が走った。
「来ましたわ!」
「デメテールさんがですか? 困りましたわ。さっきわたくしの服も食い破られそうになりましたの」
「違いますわ! 敵襲ですの!」
「え?」
 敵は頭上からイングリットの元へ一直線に降ってきた。
「せいや!」
 もしセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が飛び込み剣筋を逸らさなければイングリットは大変な損害を蒙っただろう。
「ちっ、横槍が入ったか」
「カールハインツ。何もパーティーの招待状が来なかったくらいでイングリットの命まで狙わなくてもいいんじゃないかしら」
 セレアナはカールハインツを睨みつけた。
 しかしカールハインツも動揺をする素振りはない。
「招待状? 生憎だがオレは傭兵として雇われてんだ。招待状なんて知ったこっちゃねぇ。あんたらがどんな楽しそうなこと企んでいようが、オレは報酬分の仕事をするだけだぜ」
「そう。ならば受けて立つしかないわね」
 セレアナが勇みよく腰を落とし戦闘態勢に入ったところ、すっと彼女の前進を塞ぐように手が差し出された。
 セレンフィリティだった。
 戦意に満ちている己がパートナーを律してまでの考えがあるのだろうか。
 口を真一文字に結び、グリーンの瞳がカールハインツを捉える。
 つかつかと歩み寄り、互いの距離は僅か3歩分しかない。
 ――――バチン
 セレンフィリティの平手がカールハインツの頬を打った。
 その乾燥した破裂音にテラスに集った一同は息を呑む。
 セレンフィリティの非常識な行動に驚いたのか、それとも微動だにしないカールハインツの胆力に感心してかは分からない。
 しかし、その異様な静寂を楽しむ間もなく、セレンフィリティが端を切った。
「あなたねぇ……自分が何をしているか分かってるの?! あたしがこの日をどれだけ前から首を長くして待っていたと思ってるのかしら!」
「セレン……」
 セレアナは額に手を当て天を仰ぐ。
 ああ、食欲が暴走している、と。
「見たことのない量のご馳走、城全体を食べつくせるというかつてない招宴……。それをすべて台無しにしようとしているのよ?! これは大罪だわ! あたしから食べ物を奪うなんて!!!!」
「セレン、そこまでにしておきなさい」
 セレアナが宥めるがセレンフィリティの暴走は止まらない。
「ちょっと待ったぁ」
 すると、セレンフィリティらの前にトトリ・ザトーグヴァ・ナイフィード(ととりざとーぐう゛ぁ・ないふぃーど)が躍り出る。
 テラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)の手を引きながら。
「ユニークな相棒ね」
「ありがとぉ。ねえ2人とも。僕にいい考えがあるんだ」
「なんだ? 言ってみろ」
「ここにいるテラーとねぇ〜、お兄さんが大食い勝負をするの。だってそろそろ戦うの飽きてきたんじゃない? それなら大食い対決の方がお互い怪我もしないし時間がかからなくていいと思うんだよねぇ〜」
「がぉ」
 テラーがやる気満々に鳴き声を上げる。
(ふふふ。これでどさくさに紛れておいしい料理をテラーにたくさん食べさせてあげられるよぉ〜)
「がぅ。がぅ。がらぅ〜〜〜」
(テラーったらすっかりテンション上がってるねぇ〜。僕も嬉しいよ)
「ふん。アホらしい」
 ところがカールハインツは跳躍し屋根の上に乗る。
 陽動作戦を読みきったイングリットの元に集結した人数は相当なものだ。
 さすがに全員を相手にするのは分が悪いと感じたのだろう。
「あっ、待ってよぉ〜……。もお〜〜〜〜! なんで僕のこと無視するのぉ?!」
 トトリは憤慨している。
 テラーもがぉがぉと鳴きながらテラスを右往左往する。
「もうこんな城おおおぉぉぉ!」
「なにやってんの」
「あたっ!」
 今にも大暴れしそうなトトリの頭頂部にグラナダ・デル・コンキスタ(ぐらなだ・でるこんきすた)の唐竹割りが入った。
「暴れたからってどうにかないじゃん。大人しく他の人に任せときな」
「らぃらぃ」
 テラーがトトリを心配そうな目で見ている。
「ほら、テラーもこう言ってることだし、あたいらも本来の防衛係に専念しようよ」
「そうだね。テラーが言うなら……。でも僕の負けじゃなからね! お兄さんが敵前逃亡したということで僕の不戦勝なんだからねぇ〜」
「はいはい。そうだね」
「がぉ〜!」
「テラーありがとぉ〜。ところでチンギスは?」
「チンギス? さっきまでそこにいたけど。どこに行っちまったんだろ……」

「貴女との勝負も随分とご無沙汰ね……久しぶりにどうかしら?」
 カールハインツの後を追ったイングリットの背後から呼び止める声があった。
「まったく、今日はやけに絡まれますわね」
 イングリットが振り返ると、セシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)が右の手のひらを腰に当てながら屋根の際に立っている。
「貴女が城の中にいると聞いて、私はすぐに気づいたのよ。攻撃側に回れば貴女と拳を交えることが出来る、と……」
「わたくしは拳は使いませんの。柔よく剛を制す、ですわ」
「否。剛よく柔を断つ!」
 飛び掛ってくるセシルを避けるでもなくその打撃を受けるイングリット。
 体全体を使って衝撃を吸収するとセシルの腕をとり、絡めとろう、とするも……。
「甘いわね!」
 セシルは一瞬にして空を飛んだかのようにイングリットの手から逃れ距離をとる。
 そして同時に再アタックを仕掛ける。
 一撃を加えてはイングリットの腕のリーチ外へ離れ、また突撃する。
「ヒット・アンド・アウェイですの? 卑怯ではありませんか?」
「卑怯? 笑わせるわね。勝つための手段よ」
 双方肩で息をしながらにらみ合う。
 セシルは大きく深呼吸をするとまた突っ込んでいく。
「そう何度も同じ手にはかかりませんわ!」
 イングリットは諸手を広げセシルを迎えうける。
 顔面へ繰り出されるパンチを首だけで交わし、体ごと受け止め、捕らえた。
「こうなればわたくしの勝ちですわ。万事休すですわね」
「それは……どうかしら?」
 突如、セシルの額の一点が盛り上がる。
 めりめりと肉を裂き皮膚を破り、一本の角が姿を現す。
「あなた……くっ!」
 イングリットは苦悶の表情を浮かべ、額に脂汗を滲ませる。
 今、セシルは単純な腕力でイングリットを潰そうとしているのだ。
「この勝負そこまでである!」
 どかん、という音と共に一本の槍がセシルの頭部に命中する。
 あまりにも強烈な威力に鬼神化したセシルは吹っ飛ばされ屋根の上をバウンドしながら転がった。
「邪魔が入ったわね……。恋!」
「はい!」
 この殺し合いにも似た対決に横槍を入れたチンギス・ハン(ちんぎす・はん)幸田 恋(こうだ・れん)が刀を振りかざし駆け寄る。
 遠距離からの攻撃のゆえにチンギスの存在を見落としていた。
 恋は悔しさと腹立たしさを一緒くたにチンギスに刃を突き出す。
「面白い! この我様に挑むのか! その闘争心、素晴らしいッ!」
 チンギスは槍砲を棒術さながら旋回させ斬戟を弾く。
 すかさず発砲するが、恋も負けじと避けるのではなく、刀で払い落とす。
「貴様の過去になにがあったのだ!」
「過去……?」
 チンギスの言葉に恋の動きが一瞬止まる。
 その突拍子もない質問にどんな意味があるのか。
「イングリット、逃げるのだ!」
「しまった……!」
 そう、単なる時間稼ぎだった。
 チンギスは消耗したイングリットを担ぎ上げると颯爽と屋根から飛び降りてしまった。
 気づいたときには恋はその後姿を見送ることしか出来なかったのだ。

「本格的に戦いが始まったのだ。神楽さん、準備はいいのだ?」
 天禰 薫(あまね・かおる)はすぐ脇にいる天王 神楽(てんおう・かぐら)に語りかけた。
 敵を目前にして薫は嫌な緊張に包まれていた。
 本当は戦いたくない。
 お互いが仲良く分け合うのが一番だと思うのに、自分の口からそんな大それたことは言えない。
 なぜならもう戦闘は開始されたからだ。
 それを思うと薫の胸はちくりちくりと痛み始めるのだ。
(うう、こんなときに……。我慢するのだ)
 神楽はにやりと笑った。
 すべてを見透かしたような口元だった。
「神楽さん……?」
 その表情に恐怖を抱いた、のだが様子がおかしい。
 逃げたくなるのに目を隠したくなるのに、この恐怖という禍々しい感情は存外薫のことをすっかりと魅惑して離さない。
「胸が痛いのだな?」
「え……なぜそれを……?」
「俺がお前と『繋がっている』からだ」
「『繋がっている』……?」
「要領を得ていないようだな。いいだろう。すべてを明かすときが来た。そういうことだろう」
 ベールに隠れてしまった目は見えない。
 薫は先ほどからその身を支配している恐怖を抱きかかえながら言った。
「神楽さん……。あなたは一体、だあれ?」
「俺はな、神様だ」
「神、様……?」
 薫は呆気に取られた。
 胸がまた一際締め付けられる。
「神様である俺はお前と儀式で繋がった」
「『神様と繋がる儀式』……?」
「そしてお前の心臓は破裂を免れた。この俺と『繋がった』からな。お前の胸が痛めば俺の胸も痛むのだ」
「嘘……と言いたいところなのだけど……」
 薫は神楽の言動を振り返った。
 確かに自分の何もかもを見透かしていたように考えられなくもない。
 合点が行くのだ。
 いや、それ以前に薫は思うのだ。
「神楽さんが、嘘をつくとは思えないのだ」
「そうか」
 神楽に寄せる信頼は、決して偽りではない。
 同時に、今抱えているこの不気味な恐怖も、きっと信頼の裏返しなのだろう。
 そう結論づけると、薫は清々しそうな顔をした。
「とにかく、みんなを助けに行くのだ! その話はまた後でするのだ」
「……ああ」
 薫はテラスへ向かっていった。
 神楽を後ろに引き連れて。

 邪魔者も入らず順調に進んでいたカールハインツに、大量の粉砂糖が降り注いだ。
 それと少しのチョコスプレー。
 苦々しい顔をしたカールハインツが、いかにも甘々しい姿に豹変してしまった。
「待ってたぜ、カールハインツくん」
クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)だったか。お前もいたんだな」
「お、俺のこと知ってたのか」
「お前の歌はそこそこ有名だからな。いつも一緒にいるクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)はどうした」
「ここにいるよ!」
 クリストファーとクリスティーがカールハインツの前に立ちふさがる。
 カールハインツを砂糖とチョコ塗れにした張本人だ。
「それにしてもいい格好してるな。イカスぜ?」
「抜かせ」
「美味そうだな。俺に味覚はねぇけど」
 だはは、と笑い飛ばす。
 カールハインツは癇に障ったようだ。
 眉根をぴくぴくと動かしている。
「まあまあ落ち着いて。本当においしそうだよ? もっとトッピングしたら?」
 カールハインツの頭からバニラエッセンスを振り掛ける。
 甘ったるい香りが辺りに漂う。
「なんかこう……新しい魅力に目覚めたんじゃねぇか、カールハインツくんよぉ?」
「……ちっ」
 カールハインツがクリストファーを蹴り飛ばしにかかるも、ゼリービーンズを繋ぎ合わせた盾に阻まれてしまった。
「さすがだね。これは英独の代理戦争にも等しいよ」
「ああん?」
「……ってクリストファーが言ってた」
「言ってねぇよ!」
「あんたら、いい加減にしろよ?」
「ほれ! 今度は水あめだぜ!」
「正直甘いものを粗末に扱うのは賛成じゃないけど……。仕方ないよね、お城を守るためだから」
「…………」
 もうカールハインツは散々だった。
 思えば単なる雇われ兵なのだ。
 傭兵の責務を全うしようということだけを考えていたのだが、
「バカらしい……。帰る」
 カールハインツの矜持がずたずたに引き裂かれた今、もはや戦う理由を見失ってしまっていた。
「よっしゃあ! 俺たちの勝利だぜ!」
 テラスでの攻防は、イングリットを始めとする防衛側が勝利したのであった。


攻撃 0点
守備 4点