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学生たちの休日9

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学生たちの休日9
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    ★    ★    ★
 
「ザンスカールの町並みもずいぶん変わってしまいましたね」
「まあ、一度完全にぶっ壊されたし、しょうがねえんじゃないかな」
 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)にむかって、雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)が答えた。
 ザナドゥの侵攻と世界樹イルミンスールの浮上によって、一度ザンスカールは町としては壊滅に近い被害を受けている。人的被害は、早期に世界樹の中に避難したために少なかったが、建物などはほとんどダメであった。
 ただし、世界樹イルミンスールが元の場所に戻ってくると同時に、ザンスカールの復興はもの凄い速さで行われた。違いはといえば、以前はヴァルキリー用の樹上の建物がほとんどであったのが、カフェ・ディオニウスを始め、地上の建物も増えているということだ。
「ええと、だいたいの買い物は済みましたか?」
 こぢんまりとしたお店を何軒か回って、日常品の細々とした物を買い集めたソア・ウェンボリスが、雪国ベアに聞いた。雪国ベアは雪国ベアで、何かいろいろと買い込んでいたようなのだが……。
「おうよ、抜かりはないぜ。これが、ふわふわもこもこの着ぐるみ用のシャンプーだろ。これが、毛並みをしっとり落ち着かせる専用リンス。こっちが、着ぐるみのダメージをいやしてくれるトリートメント。毛並みを整える専用整髪剤。そして、こいつが大事な育毛剤……」
「育毛剤!? ベアの着ぐるみって、毛がのびるんですかあ!?」
 ちょっと驚いて、ソア・ウェンボリスが聞き返した。いったい、ゆる族の着ぐるみはどんな素材でできているのだろう。そういえば、以前ゆる族の墓場から帰ってきたら、雪国ベアの着ぐるみがつやつやになっていた気がするが、トリートメントでもしたのだろうか……。
「おっと、着ぐるみの詮索はそこまでだ、御主人。……命がおしかったらな」
 小声でつけ加えて、雪国ベアがにんまりと邪悪な微笑みを浮かべた。
「ええっと、ああ、あそこに懐かしいお店があ」
 なんだかヤバい空気を感じて、ソア・ウェンボリスが裏通りにある店に駆け込んでいった。狭い路地に面したその店は、ザンスカールには珍しく、地上に建っている。
「ここは、以前来た骨董屋か!?」
「アンティーク・ショップですよ、ベアったら、もう」
 なんかイメージが違うと、ソア・ウェンボリスが雪国ベアに訂正した。
 こぢんまりとした店内には、ちょっと洒落たアクセサリーや骨董品――いや、アンティークがならべられていた。
 クリスタルをカットした置物は、見る角度によって、違った姿の動物に見え、色も刻々と変化していく。長く眺めていると、どれが本当の形だか分からなくなるほどの美しさだ。
 びゅるんと、笛のような音が鳴った。壁で鳥がさえずっている。いや、時計の文字盤の下から現れたカラクリ人形だ。羽根毛を振るわせて、刻の歌をさえずっている。
「騒がしい奴だな」
「ベアったら、とっても可愛いじゃないですか」
 値段の書いてあるカードは目に入らなかったことにして、ソア・ウェンボリスが雪国ベアに言った。
 予算の範囲内で、スワン型のペーパーウェイトを買うと、ソア・ウェンボリスたちはアンティークショップを出ていった。
「また来ましょうね」
「それはいいが、腹が減ったぞ、御主人」
「はいはい」
 いつも通りの雪国ベアだと、ソア・ウェンボリスが表通りのレストランを捜した。
「あそこでいいかしら?」
 緑の風切り羽亭というレストランを見つけて、ソア・ウェンボリスが雪国ベアに訊ねた。ザンスカール風の、木の上にあるカフェテラス風のレストランだ。広がった枝々にテーブルがあり、ぽうっと明るく輝く結晶体が一つずつ載せられている。
「俺様は問題ないぜ。ついでに、御主人、ひゅっとひと飛び頼むぜ」
「はいはい。飛んでけー!」
 上に登るのをおっくうがった雪国ベアを、ソア・ウェンボリスが空飛ぶ魔法↑↑で舞いあがらせた。すぐに、自分自身も後を追う。
「お二人様ですね」
 ウェイトレスさんが二人を、開いている枝に案内してくれる。光の羽を持つ守護天使で、ポンポーンと枝の上を跳ねるようにして進んで行く。その後を、うっかり下に落ちないように気をつけながらソア・ウェンボリスたちが続いた。
「今日は、お買い物につきあってくれてありがとね、ベア」
「ふっ、いいってことよ。これ、うめー!」
 ソア・ウェンボリスの言葉よりも、すでに雪国ベアは運ばれてきたアイスバインに夢中だった。
 いつも通りだなあと、ポリポリとバーニャカウダを囓るソア・ウェンボリスであった。
 
    ★    ★    ★
 
「おう、誰もいないかと思ったら、先客かあ」
「……ども」
 イルミンスール武術部の道場で、エメリヤン・ロッソー(えめりやん・ろっそー)を見かけたウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)が答えた。
「ちょうどいいや。エメ公、ちょっと手合わせしないか?」
 ぼろぼろになった練習用の人形を見て、ウルフィオナ・ガルムが言った。こくんと、エメリヤン・ロッソーがうなずく。
 どうも、高峰結和が最近前衛の訓練を始めたので、自分こそが高峰結和の前衛であると自負していたエメリヤン・ロッソーとしては、意味もわからず憤っているらしい。気持ちのぶつけどころが分からないという感じだ。その結果が、このぼろぼろの人形だ。
「よし、いくぜ」
 猫耳をピクンと振るわせたウルフィオナ・ガルムが、素早く身構えた。エメリヤン・ロッソーの方は、猛き白山羊の姿になって威圧的に仁王立ちになっていた。
 互いに訓練用の短い木刀を持ち、いざ、模擬戦を始める。
 先に動いたのはエメリヤン・ロッソーだ。その突進力を生かして、相手の急所を突こうとする。それを、ウルフィオナ・ガルムがひらりと、猫の俊敏さで避けた。すれ違い様に繰り出された木刀を、エメリヤン・ロッソーが自分の木刀で受け流しつつ、勢いを止められずに道場の端まで走っていって止まる。
 即座に反転したエメリヤン・ロッソーが、再びウルフィオナ・ガルムに突っ込んできた。またひらりと躱そうとするウルフィオナ・ガルムであったが、身体が重い。奈落の鉄鎖だ。
 今度は逃がさないというエメリヤン・ロッソーの突進を、ウルフィオナ・ガルムがかろうじて躱す。
「……!」
 ありえないと、振り返ろうとしたエメリヤン・ロッソーの身体が重い。カウンターで、ウルフィオナ・ガルムから奈落の鉄鎖を受けていたらしい。双方共に動きが鈍くなっていたのでは、優劣は変わらない。
「ええい!」
 業を煮やしたエメリヤン・ロッソーが、木刀を投げ捨てると、その強靱な脚で回し蹴りを放った。奈落の鉄鎖の影響でキックの範囲から逃げるのは不可能なはずだ。エメリヤン・ロッソーの思惑通り、回し蹴りがウルフィオナ・ガルムの身体を捉えた。だが、直後にウルフィオナ・ガルムの姿が消え、エメリヤン・ロッソーのキックが空振りする。
「分身……!?」
 エメリヤン・ロッソーが蹴った物は、高速で身をかがめたウルフィオナ・ガルムの残像であった。
 間髪を入れず、身をかがめたウルフィオナ・ガルムが立ちあがる勢いを利用して、木刀の柄でエメリヤン・ロッソーのみぞおちを突いた。
「げほっ……」
 思わずエメリヤン・ロッソーが咳き込んでうずくまる。
「とりあえず一本。動きがまだ独りよがりだな。もう一本行くか?」
「……おう」
 訊ねるウルフィオナ・ガルムに、エメリヤン・ロッソーが立ちあがりつつ答えた。
 
    ★    ★    ★
 
「まったく。もう少し手加減というか、勉強なら勉強になるように、技ぐらい解説しつつ攻撃できないものかねえ。まったく、芸がない」
「ほっとけ」
 どこか論点がずれてないかと、八神誠一がシャロン・クレインに言い返した。
 ここは、マリオン・フリードが運び込まれた世界樹の医務室である。
「お義父さん……? い、痛い痛い痛い……」
 目を覚ましたマリオン・フリードは、ルイ・フリードの姿を認めて話しかけようとしたが、腹部の激しい痛みにベッドの上で思わず身を折り曲げた。
「痛いですか。でも、それが、戦いで傷ついたときの痛みなのですよ」
 厳しい面持ちでルイ・フリードが言った。痛みを感じられるようにと、わざと魔法治療は行ってはいない。
「私と一緒に行動するということは、そういった事態になる可能性が高いということです。それを知ってもらうために、八神さんに頼んで戦ってもらいました」
「まったく、口で言えないなんて、不器用すぎるぜ。まあ、戦場にいるのは、急所を外してなんてくれないろくでなし共ばっかりだと言うことには同意するがな。まったく……」
 ルイ・フリードから八神誠一に視線を移しながら、シャロン・クレインがマリオン・フリードに言った。
「それでも、私と一緒に行きたいですか」
 ルイ・フリードの言葉に、マリオン・フリードは呻きつつもこくりとうなずいた。
 
    ★    ★    ★
 
「ええっと、サイコロを振って、キャラを作ればいいんだよな」
「そうみたいですね」
 世界樹内のレクリエーション室に入り浸って、マサラ・アッサム(まさら・あっさむ)ペコ・フラワリー(ぺこ・ふらわりー)がコロコロとサイコロを転がしていた。見たところ、よく見る六面体以外にも、二十面体などの珍しい物が混じっている。どうやら、てーぶるとーくロールプレイングゲームに興味を持ち始めたらしい。
「面白そうではあるんだけど、やっぱりマスターがいないとゲームになんないなあ」
「まあ、ボードゲームとかテーブルゲームとか、こういう物はそういうものですね」
 さすがに、プレイヤーとマスターの一対一のテーブルトークなどやる気にもならなくて、マサラ・アッサムとペコ・フラワリーが顔を見合わせて苦笑した。
「とりあえず、リーダーたちが空京から帰ってきたら巻き込むかなあ」
「できればもっと巻き込みたいものですがね」
 ペコ・フラワリーが、そうマサラ・アッサムに同意した。