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【六 新たな疑惑の始まり】

 別のポイントでは、ロケットランチャーによる砲撃を浴び、いささか苦戦気味の様相を呈している。
「SAW(分隊支援火器)はまだでありますか!?」
 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)が軍用拳銃をハンヴィーの陰からマニュアルで連射しながら、もう片方の手に握り締めた無線機に向けて怒鳴り散らした。
 こちらは他の面々の武器も含めて、敵側の火力に比較すると随分貧弱な装備での戦いを強いられている。
 コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)イレイザーキャノンを携行してきてはいるが、威力があり過ぎる為、この場では使用が禁じられている。
 一方、イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)はつい先程まで、この少し先の敵側に近い位置でブービートラップの設置に精を出していたのだが、いきなり重火器による一斉掃射を浴びてしまい、中途半端な設置で逃げ帰ってくる始末であった。
「うぬぬぬっ! 我が芸術的トラップの完成をこの目で確かめるまでは、退かぬ媚びぬ省みぬ!」
 自分でも何をいっているのかよく分かっていないイングラハムが、蛸の如き外観を怒りに打ち震えさせながらも、激しい銃撃音の中で天に向かって神聖なる誓いを立てていた。
 するとそれにつられたのか、吹雪も悲壮な表情を浮かべ、くわっと大きく口を開けながら叫ぶ。
「じ、自分はっ! 自分はっ! この仕事が終わったら、コミケというものに行ってみるであります!」
「吹雪、あなたそんなこといってると……」
 呆れたコルセアが隣りから静かに突っ込もうとしたが、途中でやめた。
 くだらないことに自ら口を挟むのは、何となく馬鹿馬鹿しく思えてならなかったのである。
 ところが、捨てる神あらば拾う神あり。
 火力差で苦しんでいる吹雪達のもとに、レオンの指示を受けてシャノン・エルクストン(しゃのん・えるくすとん)グレゴワール・ド・ギー(ぐれごわーる・どぎー)が岩陰から岩陰へと、飛ぶように走り抜けながら駆け付けてきた。
「お待たせ! 何か、手伝えることはある!?」
「おぉっ、援軍でありますか!」
 事前に人員名簿を頭の中に叩き込んでいた吹雪は、シャノンがイルミンスールの生徒である、即ち魔法に長けたコントラクターであることを知っていた。
 火・氷・雷・光の各魔術をひと通り揃えてきているシャノンの登場は、吹雪にとってはSAWに匹敵する火力支援に相当した。
「あのポイントに、何でも良いから魔法を叩き込んで欲しいのであります! 後はこの蛸が、適当にその辺を走り回って、敵をトラップに誘い込むのであります!」
 吹雪の指示は、かなり無茶な注文であった。
 いや、シャノンにとっては朝飯前だが、イングラハムが囮になる、という部分に限っての話であった。
「ひとりでは無理があろう。我も同行する。なに、問題は無い。神の御加護が、我に聖なる力を与えて下さるであろう」
 グレゴワールのいささか時代がかった台詞に、コルセアなどは思わず目を剥いてしまったが、しかしそのパートナーであるシャノンが真面目な顔で黙って聞いているのを見ると、案外本気でいっているのかも知れない。
「うん、まぁやるだけやってみるよ。ただ、ここからじゃ標的がよく見えないから、大体の発動位置を教えてくれる?」
「了解であります。早速蛸を前線に走らせて、位置を調べさせるであります」
 吹雪はさも当然のようにいい放ったが、イングラハムはぎょっと目を剥いた。
 つい先程、魔法で敵の火力を削ってから囮になる、といったばかりではなかったか。それが、いつの間にか話が変わり、早々に死地へ飛び込んで来いという段取りになっているではないか。
「ちょっと待てーい! さっきといっていることが変わってはおらぬか!?」
「つべこべいわずに、とっとと見て来るでありますっ!」
 吹雪にハンヴィーの陰から押し出されたイングラハムは、泣きながら銃弾飛び交う荒野の中を駆け巡る。
 それからややあって、悲鳴が聞こえてきた。
「……うむ、あの悲鳴の位置が、敵の潜んでいる大体の位置であります!」
「あ……はぁ、そうでございますか」
 イングラハムのあまりの扱いの悪さに、シャノンはいささか、呆気に取られていた。
 その傍らでグレゴワールが、
(この御仁のパートナーで、本当に良かった……)
 などと内心で胸を撫で下ろしていたが、その様子に気付いたのはコルセアだけであった。

 それにしても、正体不明の襲撃者の数は、想像以上に多いように思われる。
 少なくともコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が、浴びせかけられる銃弾数を感覚で量ってみた限りでは、三個中隊規模はある、との結論に達した。
「これは、ちまちま一ヶ所ずつ潰しておったのでは、埒が明かんかも知れん」
「んも〜……何でも良いから、早く終わらせようよ〜」
 コア・ハーティオンの巨体の肩口で、ラブ・リトル(らぶ・りとる)が心底面倒臭そうにげんなりとした表情で唸った。
 デーモンガスの外観を見ただけでも相当に精神的なダメージを食らっているというのに、余計な敵の出現で必要以上に色々と消耗させられるのが、本当にもう、嫌で堪らなかった。
 どうしたものか、とコア・ハーティオンが思案を巡らせながら視線を傍らの岩陰に転じると、緋王 輝夜(ひおう・かぐや)が得物を撫でさすりつつ、全身をリズミカルに振動させているのが視界に飛び込んできた。
 義父であるエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)の暴走を止める為、日頃から諸々の仕事を請け負ってきている輝夜だが、今回はヘッドマッシャー迎撃部隊の一員として参加していた。
 が、流石にこの余計な敵の出現は、輝夜の想定外でもあった。それだけに、さっさと終わらせて本来の敵であるヘッドマッシャー戦に集中したいという思いもあった。
「何を、しようとしているのだ?」
 輝夜はそのリズミカルな動作とは裏腹に、その目が恐ろしい程に殺気を放って据わり切っている。コア・ハーティオンは何となく不安を覚えて、ついそのように問いかけてみたのだが、対する輝夜は口角を吊り上げて不敵に笑うばかりであった。
「本番の為に、余力を残しておかないといけないからね……一分だけ、本気を出すよ」
 いうが早いか、輝夜は透き通るような声音で激しいビートを刻むメロディーを戦場に奏でながら、銃弾が飛び交う荒野の中を一気に駆け抜けていった。
 そして、輝夜が宣言した通り、きっちり一分後。
 謎の襲撃者から浴びせかけられる銃弾の数は、誰の目に見ても分かる程に激減した。恐らく、八割以上の銃声が掻き消えたのではないだろうか。
 その直後、輝夜が再びもとの岩陰に戻ってきた。
 全身で激しく呼吸をしてはいるが、その表情には充実感に近い色が漂う。
「流石に、ちょっと疲れたわ……後はお任せ出来る?」
「あ、あぁ……これだけ減れば、私ひとりでも何とかなるだろう」
 答えながらコア・ハーティオンは、大したものだと内心で舌を巻いていた。
 しかし、輝夜のようなか細い体型の少女が、あれだけの戦果を叩き出したのだ。常人を遥かに越える巨躯の持ち主であるコア・ハーティオンがここで下手を打てば、後々笑いものになってしまうかも知れない。
 そういう意味では、この場に於けるプレッシャーは相当な勢いでコア・ハーティオンの精神を圧迫しつつあった。
(まぁしかし、この程度の数であれば、どうにでもなる)
 両掌で自身の頬を軽く打ち、コア・ハーティオンは気合を入れ直した。
「いくぞ、ラブ。咆哮での援護を頼む」
「はいはい、分かりましたよ〜」
 気合十分のコア・ハーティオンとは対照的に、ラブは酷くやる気に欠けている。
 それでも、やるべきことはきっちりやる、というところは、蒼空学園のナンバーワンアイドル(自称)としての自覚の表れか。
 ともかくもコア・ハーティオンは、ラブの援護を受けて一気に敵の布陣へと疾走し、驚き慌てて銃口を向けてくる兵士達を、その剛腕でなぎ倒しにかかった。
(むぅ……この者共は、コントラクターではないな?)
 外見的には、教導団のそれに近しい装備で身を固め、砂漠戦用の茶褐色の迷彩服を着込んでいる人間の兵士達を、コア・ハーティオンは容赦なく叩きのめしてゆく。
 輝夜が既に、相当な数を始末していた為、コア・ハーティオンとしては残敵掃討、といった程度の戦闘で済んだ。
(ヘッドマッシャーを生け捕りにしようというのは難しいかも知れんが、この者共ならば、十分可能だ)
 謎の襲撃者の一部を捕虜とし、敵の正体を暴こう、というのである。
 他の戦闘地域でも同様の考えはあったかも知れないが、実行に移せたのは、ここだけであった。

 三方を包囲されるという圧倒的な不利を跳ね除けて、交渉部隊とアヤトラ・ロックンロールは見事、謎の襲撃者の撃退に成功した。
 相当に激しい銃撃戦が展開され、双方共に被害は甚大であったが、幸いコントラクター達の間には重症者はひとりもおらず、どちらかといえばアヤトラ・ロックンロールの側に負傷者が集中する格好となった。
 その後、コア・ハーティオン達が捕えた捕虜が、古代遺跡群内へと移送され、早速尋問が開始された。
 捕虜はいずれも口が堅く、決して何も語ろうとはしなかったが、しかしレオン達は持参したデータベース端末の照合結果から、謎の襲撃者の正体をすぐに突き止めることが出来た。
 襲ってきたのは、パニッシュ・コープスの実働部隊だった。
 この第一報は、コントラクター達の間に少なからず、動揺や懐疑の念をもたらした。特に、対ヘッドマッシャー迎撃部隊に於ける衝撃は、交渉部隊のそれを幾ばくか上回っている様子だった。
 彼らにしてみれば、ヘッドマッシャーだけを相手にすれば良いという意識が強かった為、新たな敵の出現に対しては、いささか衝撃が強かったようである。
「ヘッドマッシャーに加えて、パニッシュ・コープスの実働部隊か……こりゃ、マコの狙撃に影響が出るかも知れないな」
 桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)は、古代遺跡群内の一角で、斜めに傾き始め得た陽光を西に浴びながら、いささか憮然とした表情で小さく吐き捨てた。
 相手がPキャンセラーとしての特性を持つという点を鑑みて、桐ヶ谷 真琴(きりがや・まこと)の特技を活かして狙撃という対抗策を練ってきたのであるが、敵がヘッドマッシャー以外に、広範囲での襲撃を可能とする兵団を持ち出してきたとなると、話はまた大きく変わってくるのである。
 真琴も、この極端なまでの情勢の変化に、我知らず、大きな溜息を漏らしてしまった。
「乱戦になってしまうと、一体の敵をピンポイントで狙うというのが、ほぼ不可能になってしまいますね……何とか、ボクの射程範囲内でヘッドマッシャーを孤立させることが出来れば良いんですけど」
「孤立か……接近戦は圧倒的に不利だから、誘導するのも骨が折れそうだ」
 真琴の要求に、どこまで応えられるか――煉は決して失敗のイメージだけを先行させるつもりは無かったが、かといって、必ず成功させられるという自信も無い。
 彼らのプランは、ここで大きく揺らぎつつあったのである。
「まぁ……接近戦ならこっちもある程度は考えてるから、協力出来そうなところは、手を組んでみないか?」
 困り切った煉と真琴に助け舟を出すかの如く、それまでふたりのやり取りを黙って聞いていた瀬乃 和深(せの・かずみ)が、軽く手を挙げて提案してみた。
 煉や真琴達とは異なり、和深はパートナーの上守 流(かみもり・ながれ)とのコンビネーションで、最初から接近戦のみを主体に於いた戦法を考えていた。
 勿論、成功するかどうかはまた別問題ではあるが、少なくとも、それぞれがばらばらに動いて各個撃破されるよりかは、他の面々と連携を取って少しでも成功率を上げた方が良いに決まっている。
 そういう意味では、和深の申し出は煉と真琴にとっては渡りに船だったに違いない。
 ところでその一方では、和深と煉達の会話に耳を傾けながら、流は不意に沸き起こってきたある疑問に、つと小首を傾げていた。
「どうかしたかい?」
 和深が、流の不審げな表情にいち早く気づき、問いかけてみたものの、流はしばらく考え込んだ様子で、反応が返ってくるまでに若干の時間を要した。
「その……少し気になったのですが」
 と前置きし、流はある疑問を口にした。
「パニッシュ・コープスの実働部隊は、何故自ら、動いたのでしょう? 彼らは、ヘッドマッシャーが動いている事実を知らないのでしょうか?」
 この指摘に、和深は思わずあっと声を漏らした。
 流が疑問に感じたこの感覚は、大切にしなければならない。
 ヘッドマッシャー程の圧倒的な暗殺技術を持つ殺し屋が、既に動いている。にも関わらず、パニッシュ・コープスがわざわざ実働部隊を寄越してきたということは、ヘッドマッシャーの実力を信じていないか、或いは既に動いているという事実を知らないかの、いずれかであろう。
 この発見は、すぐさまレオンにも報告として届けられた。
 決して、無視して良い内容ではない。