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リアクション
【八 唸る曲線】
古代遺跡群の東の入り口に当たる、極々小さな峡谷で、幾つもの爆発音が連続していた。
ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)と強盗 ヘル(ごうとう・へる)が仕掛けた落とし穴と指向性地雷を組み合わせた局地トラップが作動しているのである。
更に、そこへ紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が接近戦を仕掛け、罠でダメージを受けている敵に容赦無い攻撃を加えて、一気呵成に勝負に出る――というのが当初のシナリオだった。
だがしかし、唯斗は、最初のうちこそ予定通りに、爆炎の中から這い出てきた巨大な黒い影に攻撃を仕掛けていたのだが、しかしあまりにも無防備、という表現は相応しくないかも知れないが、とにかくこれ見よがしに打撃を受けている姿に、何ともいえぬ違和感を覚えてしまっていた。
(何か、おかしい……まるで、打撃を受けている今がチャンスだから、どんどんかかって来い、といわんばかりだ……)
唯斗のこれまでの戦いの経験からいえば、これは明らかに誘っている、と判断して良かった。
確かにヘッドマッシャーの巨躯は、ザカコとヘルの罠によって打撃を受けているように見えるのだが、しかしそれすらも、敵が仕掛けた逆の罠なのではないか、と思えて仕方が無かった。
己の直感を信じることにした唯斗は、最後の罠発動場所前で待機しているザカコとヘルのもとへと一気に退却し、攻撃の手を一旦止める旨を告げた。
「紫月さんも、気づいてましたか」
唯斗の退却宣言に対し、意外にもザカコの側からは、同意の言葉が飛んできた。
「いや、俺もな、おかしいな、とは思ってたんだよな」
ザカコに続いてヘルも、渋い表情で顎先を指でさすった。
ヘッドマッシャーは、レオンからの情報を信じるのであれば、凄腕の暗殺者であり、単体で大勢のコントラクターを敵に廻しても平然としているような怪物だ、という話であった。
ところが今、彼らの前で幾つもの罠に次々と引っかかり、打撃を受けている様子を惜しげも無く晒しながら徐々に前進を続ける姿は、すぐにでもとどめを刺しに来いと誘っているようにしか見えない。
だがそれでも、そのまま放っておけば確実にジェライザ・ローズ扮するジェニファーのもとへと到達するであろうし、そうであれば、如何なる罠が待っていようとも、仕掛けない訳にはいかない。
「こうあからさまに罠に引っかかって苦しむ姿を見せつけられると、どう対処して良いか困りますね。演技にも見えるし、ただのはったりのようにも見える……難しいところです」
三人が悩んでいる間も、レオン率いる迎撃部隊や、ヴァーノン率いるアヤトラ・ロックンロールの精鋭達が次々に駆けつけてくる。
恐らく、半分以上の戦力がここに集まってきているのではないだろうか。
「自分達で大々的に罠を仕掛けておいていうのも何ですが……これは、何か拙い気がしますね」
いいながら、ザカコはふと、背後に視線を転じた。
見ると、淵の駆る小型飛空艇が真っ直ぐ、こちらに飛んでくるのが見える。
青空をバックに据えて飛来する姿は、どこか優雅さを具えているようにも思えたが、しかしザカコがそのような感慨を抱いたのも、ほんの一瞬だった。
こちらへ近づいてくる淵を眺める際、ザカコの視界の隅に、凶悪なる空気をまとった影が一瞬だけ、飛び込んできたのだ。
ザカコの表情が、一変した。
「……どうした?」
唯斗が、警戒の念を浮かべて静かに問いかける。ザカコは、喉がからからに渇く嫌な脱水感を覚えた。
「今……ヘッドマッシャーがもう一体、居るように見えました」
「何っ!?」
吼えたのは、ヘルである。
慌ててザカコの視線の先を追うが、しかしそこには、何も見当たらない。古代遺跡群へと連なる荒涼たる大地が、静かに続くばかりであった。
「ザカコ、間違いないのか!?」
「はい、恐らく……」
ここにきて、よもやの展開である。
ヘッドマッシャーは、単一の存在ではないかも知れない、というのだ。
ザカコが全体に流した警告は、レオン率いる部隊のみならず、アヤトラ・ロックンロール側にも少なからず衝撃を与えたようであった。
しかし、中には例外も居る。
少なくともローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)、そしてエシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)の三人は、ほぼ無傷のヘッドマッシャーと戦えるということで、妙にテンションが上がりつつあった。
「……来た!」
ローザマリアは、ルカルカ達とジェライザ・ローズの居る建屋から見て、ヘッドマッシャーが接近してくる方角に向けて横並びに布陣していた。
彼女達は、Pキャンセラーによる能力封じに敢えて挑戦しようとしている。
少なくともローザマリア自身は、ひとりが同時に用意できる能力の数と、それが三人分揃っているという計算から、十分戦えると判断していた。
「レオンみたいに、空気の読めない奴の手助けはあまり気が進まないけど……これも教導団員としての仕事だしね」
口では不平に近い台詞を吐きながら、しかしローザマリアの表情はどこか嬉しそうでもある。
そうこうしているうちに、革製のマントを羽織った漆黒の巨体が急接近してきた。
最初に、グロリアーナとエシクが迫り来るヘッドマッシャーの左右に展開し、一撃離脱の肉弾戦を仕掛けていった。
それぞれフライングボードに乗ったふたりは、氷術や爆炎波での牽制を入れつつ、両脚に狙いを定めて一気に接近してゆく。
意外にも、ヘッドマッシャーの両脚は驚く程あっさりと、グロリアーナとエシクのふたりに絡め取られた。
「行くぞローザ!」
「このまま、落とします!」
グロリアーナとエシクが揃ってヘッドマッシャーの巨体を抱え上げ、そのまま後方に反りながら脳天から地面に叩きつける格好で急降下してゆく。
いわゆる、岩石落としである。それも両脚を捉えてのツープラトンだから、受け身は難しい。
ヘッドマッシャーの黒い体躯が地面に触れる直前、ローザマリアは事前に用意していた円環状の機晶爆弾四発を、その首に巻きつけようとする――が、その円環状機晶爆弾は、ローザマリアの手の中から、瞬間的に消失していた。
そしてその直後には、頭上十数メートルの位置で巨大な火球が炸裂した。
一瞬の出来事ではあったのだが、ヘッドマッシャーは自由に動く両腕の一方をしならせ、手首から放ったブレードロッドで円環状機晶爆弾をローザマリアの手から弾き飛ばしたらしい。
その代償として、ヘッドマッシャーは脳天からまともに地面へと激突したが、まるで打撃らしい打撃を負った様子も無く、素早い動きで瞬間的に立ち上がっていた。
勿論、これで攻撃を諦める三人ではない。
続けてローザマリアが、自身の能力で圧倒的に加速した踏み込みで水面蹴りを叩き込もうとしたのだが、しかしどういう訳か、一歩踏み出したところで急に両足首が激痛に襲われ、とてもではないが、立っていられなくなった。
「どうしたローザ、大丈夫か!?」
慌てて駆け寄ってきたグロリアーナは、ローザマリアの足首を見て、思わず目を剥いた。
何故か、ローザマリアの足首が両方とも、奇妙な方向に捻じれてしまっており、筋肉組織だけで繋がっているような、不自然な曲がり方をしていた。
「まさか……骨折ですか!?」
エシクが堪らず、小さく叫んだ。
ローザマリアは何が起きたのか理解出来ず、ただただ苦痛に面を歪める。
「何? 一体、奴は何をしたっての……!?」
特にこれといった攻撃を足に受けた訳でもないというのに、何故足首が二本とも、折れてしまったのか。
まだ知られざる能力を、ヘッドマッシャーは隠しているというのか。
激痛に奥歯を噛み締めながらも、ローザマリアは燃え上るような闘志を秘めた瞳で、漆黒の巨体をじっと睨みつけた。
ローザマリア達の苦境は、しかしそう長くは続かない。
援軍が早々に駆けつけてきたからだ。
「ここは、任せて!」
桐生 円(きりゅう・まどか)の緊張した声が響いたと思うや、ローザマリア達の左右から、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)、ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)、樹月 刀真(きづき・とうま)、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)といった面々が敵を包囲する形で飛び出してきた。
「……折角色々調べてきたけど、こんな風に堂々と来るんだったら、意味無かったかしら」
オリヴィアが、ヘッドマッシャーを挟んで円とは反対側の位置を取り、ブレードロッドが延びる長い両腕に視線を据えた。
とにかくこのブレードロッドを何とかしないことには勝負にならない、と踏んでいた円とオリヴィアは、ヘッドマッシャーの腕を一本ずつ担当し、それぞれが集中的に攻撃を加える作戦を立てていた。
「刀真ちゃん、いーくよー!」
「承知しました!」
円とオリヴィアが左右から始動したのに合わせて、ミネルバがヘッドマッシャーの右手側から突っ込む。
一方の刀真も、ヘッドマッシャーの動きを警戒しつつ、持てる能力の全てを駆使して相手の脚へと攻撃を集中させた。
体の大きい相手には、一にも二にも、脚を狙う。これは、戦術としては正しい。
実際、グロリアーナとエシクのふたりも、意外と簡単に両脚を掬い上げることに成功していた。
この面々の中では円と並んで飛び道具での攻撃を担当している月夜は、しかし、このヘッドマッシャーが余りにも簡単に攻撃を受けてしまっている――逆をいえば、防御が疎かになり過ぎている点に、早い段階から不審を抱いていた。
(何だかよく分からないけど……ちょっと、変だわ)
自分でも、どこがどうおかしいのかは明言出来なかったが、必殺を期して乗り込んできた暗殺者、という割には、攻めるにしても守るにしても、随分と雑な行動が多いように思われた。
だがともかくも、今はこのヘッドマッシャーを撃退することに集中しなければならない。
五人はそれぞれの役割を全うし、短期決戦での勝負を挑んだ。
対するヘッドマッシャーは、ほとんど動きらしい動きを見せてもいないのに、二本のブレードロッドがいきなり伸びてきて、五人を前後左右から薙ぐように反撃を仕掛けてきた。
「こっちはボクが!」
「じゃあ私は反対側!」
円とオリヴィアが最初に示し合わせていたように、唸るような必殺の曲線を迎え撃つ。
その間、ミネルバと刀真がブレードロッドをかわし、攻撃を叩き込むのに成功していた。が――。
「うっ……こ、これは!?」
一撃を浴びせてから素早く後退した刀真は、右手首に激痛を感じて、慌てて視線を落とした。
一方のミネルバも、自分の右手から肘にかけて走る痛みに顔を歪めた。
「えーっ!? 何これー! いったぁーい!」
刀真もミネルバも、それぞれ右手首の骨が折れていた。
ローザマリアの両足首同様、特にこれといった攻撃を受けた訳ではない。
強いていえば、ブレードロッドを素早い動作で回避しつつ、全力を持って武器を叩きつけたというぐらいだが、それが一体どう関係するのか。
「ヘッドマッシャー……ただの怪物ではなさそうですね」
敵に打撃を加えることには成功したようだが、しかしそれ以上に手痛い負傷を負わされた現実に、五人の表情がそれぞれ、暗鬱な色に染まる。
何よりも困るのは、ヘッドマッシャーから目に見える形での攻撃を受けた訳ではない、という点であった。
攻撃方法が分からないのでは、防ぎようがないのである。
嫌な予感が的中した形の月夜は、左手で剣を構え直す刀真の傍らに素早く寄り添い、正体不明の反撃に備えた――しかし、防ぎ切る自信があるとは、到底いえなかった。
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