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【ぷりかる】ようこそ、バーボンハウスへ

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二話 用心棒のフルボッコライス(1850円)


「いいですか楊霞さん、お客様はご主人さま。丁寧な接客を心がけましょう? でも、へりくだりすぎないように気をつけてね?」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は楊霞にそんなことを話している。
「先生、普通の接客より僕はクレーマーの対応について意見をお聞きしたいんですけど」
「そうね……どこかに手頃なクレーマーが現れてくれれば対処の仕方も見せられるんだけど……」
「クレーマーの出現を期待するのもどうかと思いますよ?」
 楊霞はクスクスと笑みを浮かべていると、
「よう、お前が楊霞だろ?」
 朝霧 垂(あさぎり・しづり)が楊霞たちの方へと歩み寄ってくる。
「失礼ですが、貴女は?」
「俺はコンロンに駐在しているシャンバラ教導団第四師団でメイド部隊の隊長をやってるんだ」
「そうでしたか、わざわざ隊長さん自らお見えになるとは心強い限りです」
「まぁ、隊長と言っても人に自慢出来るほどの存在じゃないけどな」
 垂は苦笑いを浮かべながら楊霞の前に手を差し出した。
「こうしてなんかの縁で巡り合えたんだ、これからもよろしくな!」
「ええ、こちらこそよろしくお願い致します」
 楊霞はニッコリと微笑んで垂の手を握り返した。
「楊霞さん、仲良くしようと言うわりには堅さが抜けてないわね」
 祥子は二人の会話を聞いて、そんな言葉を投げかける。
「そうでしょうか……一人称もかなり親しみやすくなったし、僕としては壁が一枚無くなった気分なんですが」
「……まあ、その辺りは追々やっていけばいいわね」
「そうしていただけると助かります」
 楊霞がペコリと頭を下げると、
「おいどうなってんだこの店は!」
 男が一人テーブルをひっくり返して怒鳴り散らした。
「あのお客様……以前からこのお店に出入りしているお客様ですね」
 楊霞が二人に淡々と説明すると、垂は指の骨をポキポキと鳴らし始めた。
「そうか……なら摘み出しても問題ないな」
「まあお待ちなさい垂さん。ここは私に任せて、アシストをお願い」
 そう言い残して祥子はクレーマーの前に立った。
「ご主人様、大変です。【アノコト】が奥様に知られてしまったようです! 奥様はただ今こちらに向かわれてるそうですので裏口からお逃げ下さい! 垂さん、お客様をお連れするのを手伝って下さい!」
「あ〜……なるほど、そういうことか……それなら、警備員さ〜ん! お願いしま〜す」
 垂が声を上げるとスタッフルームからスキンヘッドにグラサンを着け、筋骨隆々の身体を愛らしいメイド服で包んだ男たちが数人出てきた。
 楊霞も思わず言葉を失ったが、男たちは関係なく男を担いでドアの向こうに入っていくと、続くように祥子も中に入る。
「あの……うちの店に裏口はありませんが……それに、あんな部屋以前はありませんでしたし……」
「ああ、今朝誰かがこの店の増改築をやったんだって。まあクレーマー用のお仕置き部屋だろうな。あの中で起きてることは……想像したくねえ」
 垂がぶるるっと身震いさせていると、他のお客たちは再び元の喧騒を取り戻し始めた。


 そんな騒動がある一方、アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)の接客しているテーブルでは静かなクレームが巻き起こっていた。
「なあ……俺だって騒ぎたくないんだよ、なんでアイスティーを頼んだらアイスコーヒーが出てきたのかを聞いてるんだよ」
「……申し訳ございません、ご主人さま」
 アストライトは男に深々と頭を下げる。
 だが、アストライトは決して注文を間違えたわけではない。男が因縁を付けているだけなのだが、客相手に反論できない。
 が、
「うちの『パートナー』に何してくれてるのかな〜?」
「がっ……!?」
 リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は関係ないと言わんばかりに男のつま先を見えないように踏みつけた。
「さあお客様、私の『パートナー』のアストライトに手を因縁つけたんだから、相応の覚悟はしてくれないとね?」
「何言ってんだ、俺はアイスティーを……」
「悪いのは顔だけじゃないってアストライトが言ってたけど本当みたいね?」
「そんなこと言ってないぞ!?」
「私はちゃんと『パートナー』の注文をちゃんと聞いてたんだから」
「無視するなよ!?」
 アストライトが周りに聞こえない声量でツッコミを入れるが、リカインはことごとく無視して男を睨み続ける。
 男は無言の重圧に耐えきれなくなったか、だらだらと脂汗を滲ませる。
「ああ、大丈夫ですかご主人さま!? お加減が悪いなら別室で休みましょう」
「な、俺は別に……ぐ!?」
 リカインは誰にも気づかれないように男の腹部を殴り、男は腹を押さえて呻き始める。
「さあ、ご主人さま……あちらの方でゆっくりと休憩しましょうね……」
「てめえ、アストライトって言ったな……てめえの顔と名前、覚えたからな……」
「なんで俺!?」
 アストライトはギョッとするが、リカインが名乗っていないのだから当然名前を知っている自分の方に恨みが飛んでくるだろうと思い直した……なにせ、『パートナー』なのだから。
「うう……リカインのバカに嵌められた……」
 アストライトは頭を抱えて、これから自分の身に降りかかるかもしれない不幸を考え、ため息をついた。


「は〜いご主人さま、お冷やお待たせですぅ。ご注文が決まったら呼んでくださいね?」
 客を一人席に案内した佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)は呼び鈴を鳴らしている客の元へと歩み寄る。
「お待たせしましたご主人さま! ご注文はお決まりですか?」
「酒くれよ酒!」
 男はガハハハハ! と笑いながら机をバンバンと叩いている。
 ルーシェリアは男が纏っている酒の匂いに思わず顔をしかめるが、すぐに営業スマイルへと切り替える。
「申し訳ございませんご主人さま、当店はアルコール類を置いていないんです」
「んぁ? そうなの? ならお嬢ちゃんと一緒にお茶でもしようかな!」
 そう言って男は赤ら顔を近づけて、ルーシェリアの手を握ってくる。
 ルーシェリアはそのまま笑みを崩さず、
「がっ!?」
 男の向こうずねに蹴りを見舞った。
「う……うう……」
「大丈夫ですかお客様? 少々飲みすぎているようですね。警備員さ〜ん! お客さんを落ち着けるところまで丁重に運んであげてくださ〜い」
 ルーシェリアの声に答えるようにスキンヘッド──以下略──の男たちがどこからともなく現れ、酔っ払った男を外に連れ出す。
「今度は素面で来てくださいね、ご主人さま」
「うぃ〜……今度は酒用意してくれ〜……」
 ルーシェリアは男の姿が見えなくなるまで深々と頭を下げ続けた。

「うう……なんで俺様がこんな目に……」
 ウトナピシュティム・フランツェル(うとなぴしゅてぃむ・ふらんつぇる)がメイド服姿で嘆いていると、
「それはこっちのセリフだ」
 レオナーズ・アーズナック(れおなーず・あーずなっく)はしかめっ面でウナピシュティムを睨んだ。無論こちらもメイド服である。
「俺様はレオナがメイド服を着こんでる姿を見て笑おうと思っただけなのに、なんで俺様まで……」
「自業自得だ」
 二人が話し合っているのは入口の近く。二人はお出迎えの係なのだ。
「にしたって、お客がほとんどこねえじゃん。来る客の八割がクレーマーって……この店の客層はどうなってんだ」
「仕方ないだろう、元々潰れかけの店だったんだから」
 そんな話し合いをしていると、ドアがゆっくりと開いてドアベルが鳴った。
「「おかえりなさいませ、ご主人さま」」
 二人が声を揃えて客を出迎える。
 客は一人だったが、眉間にシワを寄せ浅黒い肌にガッチリした体躯は、メイド喫茶を楽しもうという気概をまったく感じられなかった。
「んだぁ? この店はオカマまで雇うようになったのか? 世も末だな」
 男は二人を見て、鼻で嘲笑った。
「こんな店で出せるものなんか大したもんじゃねえだろうけど一応食ってやるよ、不味かったら言いふらしてやるからよ」
「っだと、この……!」
 ウトナピシュティムは男に掴みかかろうとして、レオナ―ドがそれを制する。
「いいから、ここは俺に任せて」
 レオナ―ドはウトナピシュティムを宥めると、男に満面の笑みを見せる。
「ご主人さま、少し表情が硬いですね……そんな表情では周りのご主人さまが怖がってしまいます……私がマッサージしてあげましょう」
 レオナ―ドは男の顔に手を触れると、弱めの雷撃魔法を浴びせた。
「ぎゃ!?」
 男は強張らせていた表情を緩ませ、レオナ―ドは力を籠めて男の顔を揉んだ。
「うん、柔らかくなりましたね。それではご案内します。また表情が硬くなったらマッサージしてあげますからね?」
 そう言いながら、レオナ―ドはゆっくりと男を席へと案内した。


「なあお嬢さんたち、こんな店で遊んでないで俺たちと一緒に遊ぼうぜ?」
 客の一人として入った男は、そんな軽薄なセリフを吐きながらお客としてやってきた女性二人に声をかけている。
「あ、あの……私たち……」
「え、遠慮させていただきます」
 女性二人は怯えた視線を男に向けているが、男は一向に気にする様子が無く女性二人を口説いている。
「ご主人さま、他のご主人さまへの迷惑行為はお控えください」
 マクフェイル・ネイビー(まくふぇいる・ねいびー)はニッコリと笑みを浮かべて男の行動を抑止する。
「ああ? なにお前? 関係ないんだからどっか行けよ、男がメイド服とかマジきめぇ。……なあ、いいじゃん。どっか遊び行こうぜ?」
 男はマクフェイルに悪態をついて女性二人に手を触れようとした。が、マクフェイルは表情を強張らせ男の腕を折るくらいの力で握った。
「があっ! ってえな! 離せよちくしょう!」
「ご主人さま、当店のルールを守れないようでしたらお代は結構ですから退店願います」
「上等だコラ……! おいてめえら! この優男ボコるぞ!」
 男が叫ぶと、あちこちの席で男たちが立ち上がり、六つの鋭い眼光はマクフェイルを睨みつけた。
「へっへっへ……俺一人だから格好つけてたんだろ? こうなっても同じセリフが吐けるのか? ああ!?」
「ほぅ、 お客様、当店のメイドが不始末でも?」
「不始末どころじゃねえだろ! 見てみろ、この……」
 男は怒鳴り散らした声を徐々に殺していき、やがて無言になった。
 男の前に立っていたのは夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)だったが、その格好はズボンとジャングルブーツの上にメイド服。ヘッドドレスとホッケーマスクを着用し両手持ちの大剣を背負っていた。
「な、なんだてめえ!?」
「わしはメイドじゃ」
「よくその格好で言い切れるな!?」
「とにかくマクフェイルよ、困りごとのようだから手を貸してやろう」
 そう言って甚五郎はくくくと笑って見せる。
「上等だ! てめえらやっちま……」
 男は全てを言い切る前に開け放たれた窓からマクフェイルによって放り投げられ、数秒後水路に落ちたのか大きな水音が鳴った。
 それと同時に男三人も二人に向かってくる。
「お客様、ここでは人目につきますので……特別室へご案内しよう、くくくく」
 甚五郎は男二人の頭を掴み、引きずるように個室へと連れて行く。男たちは呻きながら甚五郎の手を外そうとするが、まったく外れる様子がない。
「マクフェイルよ、後一人は任せたぞ」
「ええ、」
 マクフェイルは男の首根っこを掴むと再び同じ窓から放り投げた。
「もう片づけました……それより甚五郎殿、あなたはパートナー連れだと思っていましたが?」
「あいつらなら、あそこだ」
 甚五郎は顎でさすと、その先には草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)がいた。
「ほら、とっととメニューから料理を選ぶがいい。早くせよ、わらわも暇では無いのだ」
「あ、あんた……その態度」
 羽純が対応している客はぷるぷると震えている。
「む……? なにか気に障ることを言ったか? それならすまないことをした。こういうことには慣れてな」
「もっと高圧的に罵ってください!」
 男たちは目をキラキラさせながら羽純を見つめてくる。
「なんだ? 罵って欲しいのか? それなら丁寧な対応よりかは得意だぞ」
「あ、あの……こういうお客様も甚五郎を呼んだ方がいいんですしょうか?」
「問題は無かろう。この豚は他と違った接客を望んでいるだけだ、そうだろう豚」
「ぶ、ぶひぃ……」
「そういうことだ。気にする事は無い。ホリィもやってみるといい、喜ぶぞ。接客とはいかにお客を喜ばせるかだ」
「は、はい……あの、ブタさん……ご注文は?」
「ぶ、ぶぅ」
 羽純は呆れたように冷たい視線を客に向ける。
「豚語が分かるわけないだろうゴミが。人の言葉で喋れ」
「は、はい……あの、オムライスを一つ」
「ケチャップで文字を書くサービスがあるが、面倒だからやらなくていいな」
「ぶひぃ……」
「い、いいのかな……こんな接客で……」
 ホリィは甚五郎を見つめるが、甚五郎は気にする様子も無くマクフェイルを見る。
「それじゃあ、わしはお客様に特別な接客をするから、後は頼むぞ」
 甚五郎はくくくと笑いながら男二人を連れて行く。
 マクフェイルは女性二人に頭をさげる。
「すいませんお客様、一品だけ注文を無料にさせていただくのでお許しください」
「は、はい……」
「よろこんで……」
 女性二人は頬を染めながら、マクフェイルの提案に応じた。