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【ぷりかる】ようこそ、バーボンハウスへ

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五話 もてなしフルコース(2400円

「お帰りなさいませ、ご主人さま」
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は礼儀正しく頭を下げ、お客様を席まで案内する。
 ヒラヒラと揺れるメイド服のスカートから覗く絶対領域が男客の視線を釘付けにする。
「あ、あの……写真て、撮ってもいいんですか?」
 案内していた客は席についた途端カメラを構えてくる。
「え〜? いいですけど、じゃんけんで勝ったら……が条件です」
 詩穂はニッコリと笑うと、男は条件を呑んだのか何度も首を縦に振ると、詩穂の前に手を出してくる。
「それじゃあ、いきますよ〜? さいしょはグー、じゃんけんポン!」
 そう言って出した詩穂の手はグー、男の手はパー。
「あ〜、負けちゃった☆」
 詩穂はたいして悔しくなさそうに声を漏らす。
 詩穂が負けたのは当然のことだ、至れり尽くせりのスキルで詩穂は男が求めていたじゃんけんの手を用意しただけのことなのだ。
 男が求めていた手──つまり、負ける手だ。
「よっしゃ! 勝った勝った!」
 そうとも知らずに男は喜んでカメラを構える。
 詩穂もカメラを意識して、科を作ってポーズを取り、詩穂の身体はフラッシュに照らされた。


 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)はお客さんと肩を並べて写真を撮られていた。
「あ、ありがとうございます!」
「いえいえ、これもサービスの一環ですから。気にしないでください」
 さゆみはニコッと笑って見せると、男は顔を赤くして俯いてしまう。
「ほらほら、アデリーヌも固まってないでサービスサービス!」
 そう言って肩を叩かれたアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)は身体をビクッと震わせる。
「ご、ごめんなさい……その、さゆみさんと男の人が肩を並べてるの見たら……えっと」
「ん? ひょっとして嫉妬しちゃった?」
 さゆみが訊ねると、アデリーヌは火がついたように顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。
 だが、その態度が答えだと言わんばかりにさゆりはニッコリと微笑んでアデリーヌの顎に手を掛け、
「あ……」
 自分の方へと強引に視線を向けた。
 アデリーヌは相変わらず顔を赤くしているが、さゆみは気にせず顔を近づける。
「やだなぁ、仕事なんだからそんなに怒らないでよ。それに、私が大事に思ってるのはアデリーヌだけなんだから」
 息が相手に当たるほど顔が近づき、アデリーヌは思わず息を止め、さゆみは弄ぶように嗜虐的な笑みを浮かべる。
 そのある種、危なげな雰囲気に男たちは色めき立ってフラッシュがバンバンと明滅する。
「そうそう、その調子その調子……サービス出来てるじゃない」
「は、恥ずかしいです……」
「いいわよ、その恥ずかしがってる表情……もっと私に見せて……?」
「〜〜〜〜っ!」
 耳元で囁かれたアデリーヌは背筋を伸ばして、いよいよ耳まで真っ赤になる。
「「ふぉ……ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」
 男たちの熱気も最高潮に達し、何人かは奇声を上げてシャッターを切り続ける。
 さゆみが行ったサービスの熱は、しばらく収まることはなかった。


「ご主人さま〜お帰りなさいですわん♪」
 超感覚で犬耳をピコピコ動かし、犬尻尾をフリフリさせ清泉 北都(いずみ・ほくと)はお客を迎え入れる。
 黒を基調としたメイド服を着ているものの本人は作業着と割り切っているため、化粧もしていないが、整った顔立ちのせいでぱっと見で性別を判断するのは困難を極めた。
 そんな姿に男はどぎまぎと挙動不審な態度を取り、
「くぅ〜ん?」
 北都は目をうるうると潤ませてご主人さまを追い詰める。
「えっと……あの、くぅ〜んって言われても……」
「何人で来店か聞いてるんだよ、早く答えろよな」
 そう言って注釈を入れてきたのは白銀 昶(しろがね・あきら)だった。
 昶も北都と同じく犬耳と尻尾──正しくは狼だが──を出してはいるものの、黒い口紅と黒い付け爪。髪はやや長めのウルフカットでより女の子らしい格好をしていた。
「えっと……一人、です」
「お席にご案内しますわん!」
 北都はお客を連れて席に案内する。
「ほら、メニューだ。さっさと料理決めろよな」
 昶はぶっきらぼうにメニューを渡すと男は黙って料理を選び始める。
「くぅ〜ん?」
「はっきりしろよ。オレは暇じゃないんだぜ」
「え、えっとじゃあオムライスを……」
「ほらよ」
「早っ!?」
 注文して間髪入れずに昶はテーブルにオムライスを置いた。
「ああ、なんか料理が出来てたから黙って持ってきた」
「い、いいのかな?」
「わん!」
 北都は元気良く返事をしながらケチャップで肉球の絵を描いてみせる。
「ゆっくり食えよ? 食い終わったら……その……お見送りくらいしてやるからさ」
 昶は照れくさくなったのか頬を掻いてそっぽを向く。
「わん!」
「用があったら呼べってさ。じゃあな」
 二人は食事の邪魔をしないようにお客から離れていった。男は昶の後ろ姿を見ながら、少し微笑んでいた。


 テキパキと店の中を右往左往するメイドさん達を見て、五十嵐 理沙(いがらし・りさ)は楽しそうにその姿を眺めている。
「うふふ〜、メイド服を着た子ってどうしてあんなに可愛いのかしら……」
「そんなこと言ってる理沙もメイド服じゃないですか」
 そう言ってセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)は理沙の着ているメイド服を指差す。
「そうなんだよね〜。私の身長だとそもそも着れないし……お気軽にのほーんとメイドさんの格好を体験できるまたとないチャンス、逃す手はないわ」
 理沙はニコニコと上機嫌を全面に出し、お客様に近づいていく。
「あ、あの……写真撮ってもいいですか?」
「え? わ、私? いや〜恥ずかしいなぁ……でも、いいですよ」
 理沙は照れながら男と一緒に写真を撮る。
「あ、ありがとうございます……」
 男は礼を言いながら、カメラに収めていたメイドさん達との写真を楽しそうに眺める。
「おお〜いっぱい撮りましたね〜」
「ええ、ここのお店の子は可愛い子が多いから」
「やっぱりそうよね? ここの子たち凄くレベルが高いし、メイド服着てるからもっと可愛く見えるし」
「あ、それ分かりますよ! やっぱりメイド服ですよね!」
「うんうん! やっぱり可愛いものね、メイドさん」
 二人は互いの会話に火がついたように喋り始め、いつの間にか理沙は男と向かい合うように席についていた。
 そんな喧騒を無視するようにセレスティアは持参していたメイド向け高級ティーセットで丁寧にお茶を淹れていた。
 赤みの強い紅茶に少量のミルクを加え、優しくかき混ぜると紅茶の色は徐々に赤い色が和らいでいく。
「ミルクティーでございます。ご主人さま。ご一緒に手作りのドライフルーツパアンドケーキは如何でしょうか?」
 優しくそう勧めてくるセレスティアの雰囲気は周りの慌ただしさを遮断してくれるようで、時間もゆっくりと流れているような安心感を与えてくれた。
「あ……じゃあ、それを一つ」
 まどろむように男は答えると、セレスティアはニッコリと微笑む。
「かしこまりました、少々お待ち下さいませ」
 優雅にお辞儀をすると、セレスティアは厨房まで歩いていき男はうっとりしたようにセレスティアの背中を見送った。


「え〜っと、焼きプリンとエッグタルトを一つずつね」
「はい! かしこまりましたご主人さま!」
 芦原 郁乃(あはら・いくの)はペコリと頭を下げるとカウンターに駆け寄っていく。
「桃花〜! 焼きプリンとエッグタルト〜!」
「あ、はい!」
 秋月 桃花(あきづき・とうか)は返事をして、冷蔵庫で冷やしていた焼きプリンとエッグタルトをトレーに乗せて郁乃に渡してくる。
「うわぁ……凄く美味しそう……」
 郁乃が焼きプリンを突っつこうとして桃花が止めに入る。
「だ、ダメですよ郁乃様! つまみぐいしたら!」
「ご、ごめん……美味しそうだったからつい……」
 そんな会話をしていると、男たちが桃花の姿を見て歓声を上げる。
「おお!? なんだあの可愛い子、厨房まであんな子がいるのかよレベル高いな!」
「すっげえ胸! 服着てるのに盛りあがってるの丸見えだ!」
 そんな下品な言葉を投げかけられ桃花は胸を隠して顔を赤くさせると、男たちは可愛い〜とさらにはやし立てる。
と、
「……っ!」
 郁乃は殺気の籠もった瞳で男たちを全員睨みつける。
 桃花はわたしの嫁だから誰にもあげないんだか、と瞳が語っているようだった。
「そ、そういえば……灌様はどちらに?」
「ん? 灌ならあそこにいるよ」
 そう言って郁乃が指差した方角には荀 灌(じゅん・かん)がいた。
 少し短めのスカートをヒラヒラとさせ、客の対応に右往左往している。
「郁乃お姉ちゃん、持っていかないなら、持ってちゃうよ?」
 灌は足早に近づいてくると返事も待たずにデザートをお客の元へと届けてしまう。
「ご主人様、美味しくなるお・ま・じ・な・い☆ 愛の力でおいしくな〜れ♪ もえもえきゅんきゅん、どきゅ〜ん☆ はい♪ めしあがれです」
「あ、ありがとう」
 男はでゅふふふと笑い声を上げる。
「それでは、失礼致します」
 灌は頭を下げて席から離れようとした瞬間、
「きゃっ!?」
 コケた。
 ビターン! という擬音がピッタリなコケっぷりに客たちは視線を集め、
「「うおおおおおおお!」」
 歓声を上げた。
 短いスカートから縞柄のパンツが見えてしまったのだ。不幸中の幸いか灌自身は気づいていなかったが、誰かが喋ってもおかしくない状態だったので、
「……っ!」
 郁乃は再び殺気の籠もった瞳で男たちを全員睨みつける。
縞パンのことに触れるなぁ。
歓声上げるなぁ〜。
荀灌んい今のこと気付かせるなぁ〜。
と瞳で語り、男たちは押し黙る。
店の中はしばらく喋りたいのに喋れない奇妙な沈黙の時間が流れた。


「基本は笑顔で接客さえ忘れなければ大丈夫ですよ。お客様に失礼のないようにお願いします」
 楊霞が接客の基本を教えているのは杜守 柚(ともり・ゆず)杜守 三月(ともり・みつき)の二人だった。
「お二人は接客に慣れてないということですので、ペアで接客に励んで下さい」
「僕はあんまり人前に出たくないんだけど……」
 三月はメイド服のスカートを摘むとため息をついた。
「とてもお似合いですよ三月様」
「褒められてもあんまり嬉しくないよ……」
「ほらほら、三月ちゃん! お客様が呼んでるからお冷や持っていこう?」
「わっ! 柚! 分かったから服引っ張らないで!」
「じゃあ、楊霞ちゃん。色々教えてくれてありがとう」
「いえいえ、接客頑張って下さい」
 楊霞に送り出されて柚はお冷やを持ってお客様の元へと駆け寄る。
「お客様お待たせしまし……きゃっ!?」
 柚はお冷やを置こうとコップに手を掛けた瞬間、足をもつれさせてお客様に向かって水をぶっかけた。
「ぶっ!」
 顔に水を掛けられたお客様は呆然としている。
「あ、わわ……ど、どうしよう……」
 柚は口をパクパクさせて軽く錯乱状態。目の端に映ったタオルを手に取ってお客の濡れた服を必死に拭いた。
「ご、ごめんなさいごめんなさい!」
「申し訳ございませんお客様。貴重品等は濡れておりませんか?」
「あ、ああ……それは大丈夫だけど」
「誠に申し訳ございません。ただいま身体の温まる料理を提供させていただきますので、それで一つ穏便に……」
「うん……俺はそれでいいよ」
「ほ、ほんとうにごめんなさい」
 申し訳なさのなせる業か、柚は上目遣いでお客を見つめ、その視線にお客も生唾を飲み込む。
「それじゃあ、柚。お客様の相手をよろしく。僕はスープを取ってくる」
「う、うん……」
「じゃ、じゃあ君はそれまでお、俺の相手をしてもらおうかな……と、とりあえず写真撮って良いかな?」
「あ、はい! 私でよければ喜んで」
 そんな二人のやりとりを見て少し安心しながら、三月は厨房へと戻っていった。


 あちこちでメイドが行き交い、写真撮影やお客と談笑して笑い合っている声が聞こえる中、日向 茜(ひなた・あかね)はため息をついた。
「なんで……私はクレーマーの退治に来た筈なのに……ていうか店長、質問いいですか?」
「はっはっは! また登場できるとは思ってなかったよ! それで質問とはなんだい?」
「これ、店長の個人的趣味ですか?他の人と多少というか大いにデザイン違うんですけど!?」
 そう言って茜がヒラヒラさせているのはあちこちにレースがたくさんついて、胸の谷間が見えるようなデザインになっているメイド服だった。
 ちなみに他の人はレースもなく胸の部分もしっかり隠れたスタンダードなメイド服である。
「はっはっは! まさかここまで働き手が来ると思ってなかったから服が無くなったんだよだから私が急いで買ってきた。そして半分は私の趣味だ!」
「死んでください」
「ハッキリものを言うことは嫌いじゃないよ」
 店長はそう言って豪快に笑っている。
「まあ、サービスだと思って諦めてくれ!」
「うう……アレックスと代わりたい……」
 呟きながら茜はパートナーのアレックス・ヘヴィガード(あれっくす・へう゛ぃがーど)を見つめる。
「ご主人さま……店内は飲食の持ち込みを全面禁止しております」
 アレックスが前にあるテーブルには客が持ってきた弁当やペットボトルが山のように積まれていた。
「うるせえ俺がなに持ってこようと俺の勝手だろうが! それとも何か? てめえはお客様に指図する気なのかよ! 俺は金は持ってんだぞ!」
 そう言って客はアレックスに向かって金をばらまいて見せる。
 アレックスはため息をつくと客の首根っこを掴んで、
「げふっ!?」
 店先に放り投げ、さらにテーブルに置いてあった弁当とペットボトルと金をまとめて男に投げつけた。
「他の客の迷惑になるような客はいくら金を持ってても入店させるわけにはいかねえんだよ! とっとと消えろ!」
「く……! 畜生おぼえてろよ!」
 そんな負け犬の決まり文句を叫びながら男は足早に去っていく。
「私もああいうことしたかったな……」
「はいはい、文句はいいから接客してね」
「分かりましたよ! 行けばいいんでしょ行けば!」
 茜は涙目になりながらヤケクソ気味に厨房を飛びだし、接客を始めた。


 四代目 二十面相(よんだいめ・にじゅうめんそう)は蒼空学園の男子制服を着こなし、髪を後ろに結んだポニーテール姿という出で立ちで席に座っていた。
 その相手をする楊霞は楽しそうに笑っている
「遠藤様は本当に面白い方ですね」
「うん、僕もそう思うよ」
 二十面相も楽しそうに笑みを浮かべる。ちなみに彼女は遠藤平吉という偽名を使っている。
 性別を偽り、名を明かさない理由はただ一つ。
 楊霞の謎多き雰囲気からお宝の匂いを嗅ぎ取り、そのお宝を手に入れるために近づいたのだ。
 だが、いきなりお宝の話しをしたら怪しまれるため、この会話の中で徐々に仲良くなってから聞き出そうというプランなのだ。
 そんなわけで二十面相は楊霞に色々な質問を投げかけた。
 家族。趣味。好きなもの。嫌いなもの。質問する最中に冗談を織り交ぜ、徐々に距離を縮めていった。 
「コンロンの文化にも興味があってね、一度言ってみようと考えてるんだけど……コンロンで一番価値のあるお宝ってなにかな?」
 いよいよ二十面相も核心に迫る質問する。
「そうですね……」
 楊霞は指を口元に近づけて思案していると、ゆっくりと真っ赤な薔薇が花開くようにニイッと笑って見せる。
「コンロンで一番価値のある宝は──僕、かな?」
「──え?」
「あはは、冗談ですよ。……でもお宝は自分で見て価値を見出した方が楽しいと思いますよ。そういう意味も含めてコンロンには是非一度足を運んで下さい。それでは」
 そう言って楊霞は二十面相の席から離れ、
「……はぐらかされた」
 二十面相は空振ったことにため息をついた。


「あ、あの楊霞おねえちゃん……」
 厨房に戻ってきた楊霞を迎えたのはヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)だった。
「ヴァーナー様。いかがなさいましたか?」
「あ、あの……楊霞おねえちゃんも言うんですね。ちょっと意外です」
 ヴァーナーの言葉に楊霞は柔らかく笑みを返す。
「ええ、冗談は人の気持ちを和ませて、幸福にしてくれますから。嘘をつくのとは感心しませんが」
「嘘と冗談って違う意味なんです?」
「嘘だと分かる嘘は笑えるでしょう?」
「なるほど、確かにそれは冗談に聞こえるです」
「ええ、でも──冗談のような本当の話……というのもありますが」
「うう……頭が痛くなってきたです」
 ヴァーナーが頭を抑えると、楊霞はクスクスと笑みを浮かべる。
「ヴァーナー様もお客様の心を和ませに行ってはいかがでしょう?」
「うん……でも、何をしてあげたら和んでもらえるかな?」
「何か得意なものを披露してみせる。というのはいかがでしょう?」
 その提案でヴァーナーはポンと手を叩いて見せる。
「じゃあ、幸せの歌をみんなに歌ってくるです! それならみんなに和んでもらえるです」
「いいですね、では皆様に呼びかけて是非歌声を披露下さい」
「はいです!」
 ヴァーナーは勢いよく厨房を飛びだし、しばらくすると優しい歌声が聞こえてくる。
 日も沈み始めた店内に響く声は子守歌のように耳を優しく刺激し、和やかな雰囲気に包まれた。