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四話 創作料理のじゃんじゃん焼き(2000円)

 クレーマーを撃退したおかげで客は普通の客が大半を占め。店内には和やかな雰囲気が流れていた。
 それとは対照的に、厨房は中々の慌ただしさを見せていた。
「それで……これを蒸し器にかければコンロン饅頭の完成です」
 楊霞は薄皮の肉まんじゅうを蒸し器にかけてみせる。
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)はコンロン饅頭の作り方をメモしながら、ふんふんと頷いて見せる。
「うん、コンロン出資のお店なんだからコンロンの料理の一つくらい出さないとな」
「というより、なんでコンロンが出しているお店がハンバーグ定食とか出しての!? そもそも喫茶店で定食って……」
 サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)は呆れたようにため息をついていると、楊霞は楽しそうに笑っている。
「ごめんなさい、料理は店長に任せていたから……ただの従業員が料理に口出しできないですし……」
「まあ……ケチャップで絵を描いたり、ラテアートやったりすればもう少し喫茶店らしくなるんじゃないのか?」
 楊霞は提案を出してくれるシリウスの顔を見てニッコリと微笑む。
「そうですね……お客様ともう少し『遊び』の気持ちを持ったほうがいいかもしれませんね……ご意見ありがとうございますシリウス様」
「いいっていいって、気にするなよ。それよりもっとコンロンの料理教えてくれよ!」
「かしこまりました……でも、コンロンの料理はクセの強いものもありますから……口に合わないものもあるかもしれません……」
「そういうのがボクたちがシャンバラ風にアレンジするから気にしないでいいよ。楊霞はとにかく作れるコンロン料理を作ることに集中してよ」
「了解です……それでは次はチャオを作りましょう」
「チャオ?」
「油を引いた鍋で炒めたご飯の事です」
「うわ……聞いただけで美味しそう……は、早く作って見せてくれ!」
「かしこまりました」
 楊霞は微笑むと、早速料理に取り掛かった。


「おおお……なんかどんどん忙しくなってきたなぁ」
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は独りごちながら、両手を素早く動かし続ける。
「うわっ……ティーサーバーの中身が空っぽ……すぐに淹れないと、あ十番テーブルの料理と八番テーブル料理できました! 持っていってくださ〜い!」
 ミルディアはカウンターに料理を出して、ティーサーバーにお茶を淹れた。
「は〜いティーサーバーにお茶補充したからおかわり欲しがってお客さんにじゃんじゃん淹れちゃってください!」
「手際がいいですねミルディアさん?」
「あ、楊霞さん。そりゃそうだよ、ウェイトレスや屋台の店長やってたことあるもん。これくらいは朝飯前だよ」
 そんな話をしながらミルディアは料理はパフェに盛りつける果物を動物や花の形にカットして綺麗に盛りつける。
「お見事です。さすがですね」
「えへへ〜、まあね〜。そうそう、楊霞さんちょっと試飲してもらえますか?」
 そう言ってミルディアはお茶の入ったティーカップを二つ出してみせる。
「お茶……ですか?」
「うん、地球のとパラミタのお茶を淹れてみたんだ。飲み比べとかも面白いと思ったし、喫茶店らしいかなって」
 説明を聞きながら楊霞は二つのお茶を一口ずつ飲んでみる。
「いいですね……これはウケるかもしれません……両方出してみましょう。よろしくお願いします」
「うん! 任せといて!」
 ミルディアはさらに気合いを入れて、料理作りに励み始めた。


 人がごった返し始めた店内で紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は完璧な女装を施して、料理を運んでいた。
「ふむ……我ながら完璧な女装だ。気づかれる気配が無い……む?」
 唯斗は殺気看破が反応して、視線をそちらに向ける。
 そこには頬杖をついてテーブルを何度も人差し指で連打している。
 唯斗はそれを見て回れ右すると、料理の受け取りカウンターまで歩み寄った。
「エクス、二番テーブルの料理を早く用意してくれ、このままだとクレームになりそうだ」
「ええい妾に言うな! 他の者に言え!」
 エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)は胸を張って堂々と言い切った。
「エクスは一体なにをやっているんだ?」
「他の者の指導だ。楊霞は熱心な者がやるのが良いと言って譲ってくれたのだ」
「熱心にサボりを希望したのか……いたっ!?」
「失礼なことを言うな!」
 唯斗は顔面を殴られ、鼻っ面を抑える。
「と、とにかく料理だ! 待っているご主人さまが限界なんだよ!」
「分かっている。姫星、経過はどうである?」
「はい! 順調ですよ! カレーライス」
 次百 姫星(つぐもも・きらら)の言葉に唯斗は思わず崩れ落ちそうになる。
「な、なんでカレーライスなんてありきたりなものを……」
「確かにありきたりなメニューですが……それこそ真髄。並の料理に一手間二手間加えれば絶品料理に大変身です!」
 そう言って姫星が出したのは高級カレールーだった。
「市販じゃないか!」
「まあまあ、一つご賞味くださいよ」
 促されるままに唯斗はカレーを一口食べてみる。
「お……美味しい」
「そうでしょ? 具材をサラダ油でシッカリ炒めて、炒め終わったら、水を入れて弱火でコトコト柔らかくなるまで煮こんだ特製カレーなんですから! 不味いわけありませんけどね」
 ふふん、と姫星は自慢げに胸を張っている。
「それに、調理方法に工夫があるだけだから高い食材も必要無いですからじゃんじゃん作れますよ! 料金も一番リーズナブルですし」
「ところで、姫星よこれだけ美味しくなるということは隠し味の一つくらいあるのだろう?」
「ふっふっふ、隠し味……? そんなものは必要ないのですよ! いいですか? カレールーというのは、その道の玄人達が長年の歳月を掛けて作り上げた自信作。それはまさにガラムマサラ。素人の隠し味は、ただの蛇足に他なりません」
「ま、まあ……姫星がカレーに並々ならぬ情熱を持ってるのはよく分かった……じゃあ持って行くぞ?」
「どうぞどうぞ」
 唯斗はカレーライスの盛られた皿を片手に二番テーブルへと駆ける。
「それで、姫星はこれからどうするつもりである?」
「え? やだなあカレーは作り終わってからが本番だといっても過言ではありませんよ。このままさらに煮詰めていけば、よりコクと深みを増した美味しいカレーになるのです!」
「ふむ……それなら、しばらくはカレーに専念してもらおうか?」
「了解です!」
 姫星はビシッと敬礼のポーズを取ると、熱心にカレーの鍋を掻き回し始めた。


「アグラヴェイン。料理の方はどうなっているのかしら?」
 厨房の一角で椅子に座り、優雅にお茶を飲んでいる白鳥 麗(しらとり・れい)は厨房に立っているサー アグラヴェイン(さー・あぐらべいん)に声をかけた。
「は。順調に進んでおります」
 アグラヴェインは静かに頭を下げると、再び厨房に向かって料理を作り始める。
 ミキサーで潰したジャガイモを漉し器にかける。
 そこに冷たい牛乳をかけると、氷水の入ったボールにつけ始める。
「お嬢様、ビシソワーズの準備整いました。引き続きサンドイッチを手配致します」
「ふ、流石白鳥家執事…。見事な腕前ですわ」
「お褒めにあずかり光栄です」
 アグラヴェインは再び頭を下げると、サンドイッチの準備にかかると、
「ん……? アグラヴェイン。料理を続けていなさい私は少し接客をしてくるわ」
「……お嬢様?」
 麗は椅子から立ち上がると、そのままフロアの方へ向かい一つのテーブルの前に立った。
 テーブルの上にはサンドイッチの他にゆで卵が一つ、そこには何に使うのか分からないカップが置いてある。
 お客はその使い方が分からないのか、不思議そうな顔をしてその道具を見つめている。
「ご主人さま? 失礼ですが道具の使い方が分からないとお見受け致しますが……」
「そ、そうなんですよ……テーブルの角で割って叩くのもちょっと恥ずかしいから……どうしようかなって」
「そんなことをせずとも大丈夫ですわ」
 そう言うと麗はゆで卵をカップに乗せて見せる。
「これはエッグスタンドと言って、こうやってゆで卵を固定させる道具です。そして、こうやってスプーンの柄で上の部分を一周叩いて……」
 麗は説明しながらゆで卵の上部を綺麗に割って見せ、中から白身が顔を出した。
「後はスプーンで掬ってお召し上がりください」
 そう言って麗は厨房に戻るとアグラヴェインが一礼して迎え入れた。
「お疲れさまですお嬢様」
「たいしたことはしていないわ……それに、見るに堪えなかったらつい、ね」
 麗はカウンター越しからゆで卵を食べている男の姿を見て、満足そうに微笑んだ。


 台所に立ちながら紅坂 栄斗(こうさか・えいと)は包丁とジッと睨めっこをしていた。
「ん〜……フルーツアートとかで盛りつけをしようと思ったけど、包丁って扱いづらいな……光条兵器で切ったら、あんなのになっちまうし……」
 栄斗はチラリと台所の横にあるスイカに目をやる。
 切られてあちこちから赤い果汁をダラダラと垂れ流し、可哀想な状態になっていた。
「すまん、スイカよ……後で食ってやるから成仏してくれ……」
 栄斗が手を合わせているとユーラ・ツェイス(ゆーら・つぇいす)は呆れたようにため息をついた。
「まったく、何をやっておるのじゃ。そもそもフルーツアートは包丁でやるものではないぞ。ほれ、貸してみい」
 ユーラは栄斗からリンゴやメロンを奪うと、ササッとペティナイフの刃を入れ、花のような形を作っていく。
「おお! すごいなユラユラ!」
「まあ、こんなもんじゃろう」
「な、なあ……他にもこんな感じにカットして欲しいんだけど」
 栄斗はスケッチしてあったカットフルーツの図案を見せてくる。
「ほお……これは中々面白い……どれやってみるとしよう」
 ユーラは軽く了承するとフルーツをテキパキとカットしていく。
 メロンを器にしたフルーツの盛り合わせにミカンやパイナップルで動物の形になったものと彩り鮮やかな芸術作品が次々と出てきていく。
「これだけのアイデアがあって自分で実現できないのは辛かろう?」
「はいはい、どうせ俺は不器用だよ……」
「まあそんなに腐るな。お〜いルーシャ、これを試食でテーブルに回してくれ。
 フルーツをトレーに乗せ、ユーラはルーシャ・エルヴァンフェルト(るーしゃ・えるう゛ぁんふぇると)を呼ぶ。
「少々お待ちを……今、良いところなんです」
 そう言っているルーシャはフィルターに入っているコーヒーにゆっくりとお湯を注いでいく。
 その表情は真剣そのもの。額に汗まで滲ませている。
 注がれたお湯はフィルターを通して、コーヒーの雫となってコーヒーカップに注がれていく。
 注ぎ終わるとルーシャはそれを一口飲み、ゆっくりと頷く。
「うん……これなら皆様にもご教授できますね」
 独りごちながらルーシャはメモを書き始める。
「ふう……あそこまで熱心に仕事をしている相手の邪魔をするのは忍びないな。致し方ない。栄斗、おまえが行け」
「う……仕方ないか、ここにいても何も出来ないし……」
 そう言いながら栄斗はトレーを片手にフロアに出る。
「ご主人さまたち〜! ただいまからカットフルーツの試食を行いますので是非ご賞味くださいませ〜!」
 栄斗が声を上げると、客たちは一斉に歓声を上げた。