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クライム・イン・ザ・キマク

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クライム・イン・ザ・キマク

リアクション


<part2 酒場にて>


 アルコールと煙草と硝煙の臭いが漂う裏酒場に、バンカラ衣装の少女が入ってきた。姫宮 和希(ひめみや・かずき)である。明らかに場違いな小柄の体に客たちの注目を浴びながら、カウンターに進み、跳び乗るようにしてスツールに座る。
「親父、ミルクだ!」
 和希が注文すると、店員の若者が笑った。
「おいおい、ここは子供の来るところじゃ……」
 言いかけるが、酒場のマスターがさえぎる。
「やめろ。うちに堅苦しい決まりはない。子供だろうが大人だろうが、金を持っていれば客だ」
「その通りだ。親父、なかなか話が分かるじゃねーか!」
 和希は店の対応に満足し、店員の出したミルクのグラスを煽った。一気に飲み干し、ぷはーっと口を手の甲でぬぐう。
 霧島 春美(きりしま・はるみ)が隣に腰かけ、マスターに声をかける。
「私もミルクを頂こうかしら。ホット、砂糖抜きでね」
「へい」
「……冗談よ。ワインをお願い。クラレットはある?」
「ありますよ」
 マスターはうなずくと、店員に指示を出して用意させる。
 春美は和希とは反対側に座っている男に話しかける。
「お兄さん、飲み比べでもしない? 独りで飲んでいてもつまらないでしょ?」
「おう、いいぜ!」
 春美の奢りで飲み比べを始める若者。春美はワインを煽りながら、さりげなく探りを入れていく。
「最近、なんだか派手にやってるみたいね。なんてったっけ? あれ」
「あれって言われても分からねぇよ。老人か」
 怪訝そうな若者。
 和希はその様子を眺めていたが、恐らく春美も事件の捜査をしているのだろうと察し、フォローを入れる。
「俺も聞いたぜ。なんでも街中で急に消える奴が多発らしいじゃねーか。ったく、なにがどうなってやがんだ? まーキマクなら襲われるのは茶飯事だけどよ、死体も残らないって噂だぜ?」
 ああ、と若者が相槌を打つ。
「それかぁ。怖ぇよなぁ。どっかの組織の野郎ばっか消えてんなら、抗争なんだろうけど、そういう感じでもねぇしなぁ」
 春美が尋ねる。
「他に共通点ってないのかしら? ほら、赤い服を着てたら狙われやすいとか。少しでも危険は避けたいな」
「んー、服ってかよ、人が消えてんのは商店街の辺りが多いらしいぜ? 商店街の裏に入った路地らへん」
「へえ、お前詳しいじゃんよ。もっと聞かせろよ!」
 和希は立ち上がって若者の隣の席に回り込み、腰を下ろした。
 ちょっと失礼、と言って春美は席を立つ。もちろんカウンターには金を残して。店の外に出ると、携帯電話を取り出し仲間を呼び出した。
「もしもし」
『なにか分かった?』
 ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が電話に出る。
「誘拐は路地裏で行われてるみたい。商店街の近くよ」
『分かった、行って調べてみるわ。ありがとう』
 春美は電話を切って酒場に戻った。
 すると。
 踊っている人たちがいた。
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、物凄い華麗な踊りを披露していた。
 二人とも、ほぼ水着に等しい衣装にロングコートを羽織っただけという、扇情的な服装。スタイル抜群で溢れる色気。そんなルックスで、やたら本格的なダンスを繰り広げている。
 踏み慣れたリズム。くるくると輪舞。果ては互いの腰に手をかけ、フラメンコのように体を反らしてポーズを決める。
 酒場が拍手喝采に沸いた。
「ぴーぴー!」「やるじゃん姉ちゃんたち!」「いいもん見せてもらった!」「うっひょお!」
 なにがどうなって踊り始めることになったのか春美にはさっぱり分からなかったが。客たちは上機嫌で、酒も乗っている。
 セレンフィリティとセレアナは軽く汗ばみながら自分の席に戻った。集まってきた客たちと陽気に言葉を交わす。しばらくしてから、セレンフィリティが思い出したように言い始めた。
「……ところでさ、みんな紅鶴って人知ってる?」
 途端、場がしんと静まりかえった。
 居並ぶ面々の顔がこわばっている。
 よほどまずい名を出したらしいと気付き、セレアナが言葉を加えた。
「私、ちょっと男のことで紅鶴とトラブルを抱えていてね。ライバルのことは知っていたいじゃない」
「悪いことは言わん。やめとけ」
 五十代ぐらいの男が低い声で言った。
「やめとけって?」
 セレンフィリティが首を傾げた。
「あの人はヤバイ。シャレにならん。昔、旦那の愛人と修羅場になってな。紅鶴は旦那の前で愛人の首をはねたあげく、旦那も真っ二つにしたんだ。それだけじゃない。旦那と愛人の関係を知ってて黙っていた友人たちも全部殺して回った。一人残らず殺した。そういう、女だ」
「……情熱的な人なのね」
 セレアナはつぶやいた。

 桜月 舞香(さくらづき・まいか)はバニーガールの衣装を身に着け、店員を装って酒場に潜入していた。
「キマクの一角を仕切ってるっていう格好いいお姉さん、知ってる? 和服のすっごい美人だってウ・ワ・サ。ねーぇ、あたしとどっちが綺麗?」
 体をよじって胸の谷間を強調しながら、隣に座る男性客に上目遣いで尋ねる。
「うーん、そりゃあんたも綺麗だけど、あの人を怒らせたら怖いからなぁ〜」
 禿げ散らかした男性客は鼻の下を伸ばして、舞香のハイレグの太腿を遠慮なしに見回す。
 ――このスケベ……あとで殺す。
 舞香は内心ぶち切れながらも、笑顔の仮面を外さない。
 その向かいの席では、奏 美凜(そう・めいりん)も同じく店員に扮して接客をしている。
「アイヤー、お客さんいい飲みっぷりあるね! ささ、もう一杯、ぐぐーっといくアルよ!」
 などとはやし立て、ひげ面のマッチョに徳利の酒を注ぐ。アルコール度数の高い紹興酒だ。
「う、うへへ、そう言われちゃあ断れねえにゃあ……」
 マッチョはもうべろんべろんに酔っているのに、さらに猪口を煽る。
 これをチャンスと思い、美凜が突っ込む。
「お客さん凄い豪気アルネ! でもこの辺に、女でも凄く強くて幅利かせてるのが居るて聞いたネ。そんなのにいっぺん会ってみたいアルよ。どの辺行けば会えるアルか?」
「紅鶴さんのことかあ〜? 昔は小さな賭場を仕切ってたんだけどなぁ〜、今はどこを根城にしてるか分かんねえや。尾行なんてしたら殺されるし、わざわざそんなことする奴もいねえしなぁ〜」
 マッチョは口をかっぴろげて大あくびをする。
「お客さん、もっと飲むアルネ! お酒追加頼むアルヨ!」
「はい!」
 桜月 綾乃(さくらづき・あやの)が注文を聞き、紹興酒の入った徳利をトレイに乗せて運んでくる。
 彼女も舞香や美凜の連れだが、色仕掛けなんて無理なので普通にウェイトレスとして手伝っていた。徳利をテーブルに置き、突き出しを並べながらも、周囲には警戒を怠らない。紅鶴の部下がどこで目を光らせているか分からないのだ。
 と、そのときである。
 綾乃は敵意が近づいてくるのを感じた。舞香にそっと耳打ちする。
「誰か来るようです」
 舞香は客に笑顔を向けたまま小さくうなずいた。
 店の奥から、いかにもな怖い人が出てくる。ドラゴニュートと、狼型の獣人の二匹だ。ドラゴニュートが舞香たちを睨みつける。
「おい、てめえら。うちの店のモンじゃねえなあ。誰に断りを入れてシゴトしてやがる?」
 まぁもっともな疑問だった。
 獣人が舞香の腕を乱暴に引っ張る。
「ちょっとこっちに来てもらおうかぁ、姉ちゃん。なんの目的でこんなことしているか、奥でゆっくり聞かねえとなぁ」
「やぁん、そんな怖い顔してぇ……。そんなに睨まれたら、あたし……」
 舞香はしなを作りつつ、煙幕ファンデーションを放つ。店内に巻き起こる白煙。叫び出す客たち。混乱のただ中で舞香は痺れ粉を撒く。
「本気を出しちゃうわよっ!」
 ハイヒールで獣人を蹴り飛ばす。壁に叩きつけられた獣人に突進し、脳天にかかと落としを喰らわせる。
 獣人はきゅうううと声を漏らしてくずおれた。
「て、てめえら……。容赦しねぞぉおい!」
 ドラゴニュートが小刀を取り出して飛びかかってくる。
 美凜が壁に走った。壁を蹴って宙に舞い、そのエネルギーを利用してドラゴニュートの顔面に真空飛び膝蹴りを叩き込む。顔面がひしゃげ、ドラゴニュートはゴロゴロと床を転がった。
「まったく、せっかくのお酒が不味くなる連中アルネ!」
 美凜が肩をすくめる。
 あっという間に二人の用心棒がねじ伏せられ、客たちは畏怖と共に舞香一行を眺めていた。


 舞香たちが大暴れした酒場のはす向かいにある酒場には、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が情報収集のため訪れていた。
 あえて大っぴらに聞き込みをしていた。
 彼が手に持っているのは、何百枚というビラ。そこにはエリスの学生証写真がプリントされ、横には紅鶴の似顔絵が描かれている。そして、『上園エリスという生徒が誘拐されました。犯人は多分、紅鶴とかいうオバサンです。極悪で年増で不細工な紅鶴についての情報をお寄せください』と書いてある。
「ご協力お願いします。お願いします。お願いします」
 唯斗は一般人を装い、酒場の客たちにビラを配りまくった。
 これで注目するなというのが無理な話。
 店の隅に座っていた男性客が、静かに立ち上がった。死んだように青白い顔に三角の帽子を被った、ウィザードの出で立ちだ。唯斗に近づいてくると、へつらった表情で手もみしながら話しかける。
「よう、旦那。いい情報があるんだけど、要らないかい?」
「あ、はい! 是非お願いします!」
「人には聞かせられないから、外でいいかい?」
「もちろんです!」
 唯斗はそのウィザードについて店を出た。
「わざわざありがとよ」
 店の裏に回り込むや、ウィザードが手を掲げる。黒炎が生まれ、唯斗を襲った。唯斗は業火に身を焼かれて絶叫を上げる。やがて動かなくなり、地面に倒れた。
 ウィザードは唯斗の体を蹴っ飛ばしてから歩き出す。
 その足音が遠くなると、唯斗が起き上がった。既に体は回復させている。ビラを撒いて注目を集めたのも、今やられたのも故意。すべては敵を油断させてアジトまで案内させるためだったのだ。
 唯斗はウィザードの跡をつける。
 やがてウィザードが小さな公園に入った。そこには険しい顔つきの魔銃士が待っており、ウィザードに冷たい声を投げかける。
「……クズが。つけられたな」
「え、まさか!」
 驚いて見回すウィザードの脳天に、銃弾が突き刺さった。ウィザードは驚愕の表情のまま倒れ臥す。
 魔銃士は煙を上げる銃を真っ直ぐウィザードに向けていた。
「出てきな。そこにいるんだろう」
「分かりましたか」
 唯斗は木陰から出た。
 魔銃士は唯斗を一瞥してつぶやく。
「ふむ、俺では勝てんようだな」
 言って、自分の胸に銃口を突きつけ、発砲した。血を吐きながら倒れ込む。
 唯斗は愕然とした。
「な、なぜ、戦いもしないうちに簡単に死を選ぶのですか!」
「死などに意味はない。善悪に意味もない。あの方の創ってらっしゃるものは素晴らしい……。すべてを消してくれる。これが、安寧だ。これが幸福だ……」
 魔銃士は絶命した。
 ――紅鶴さんとやら、予想以上に危ない魔法薬を開発しているようですね……。
 唯斗は寒気を覚えざるを得なかった。


 伊勢島 宗也(いせじま・そうや)は酒場に入ると、悠然とした歩みでカウンターに近づき、小声で店のマスターに話しかけた。
「ちょっと……良いか。紅鶴ってぇ女について知りたいんだが、詳しい奴を知らないか?」
 マスターは宗也を見るや、一目で堅気でないのを察した。彼は侠客だ。どうもさっきから妙な連中が辺りを嗅ぎ回っているようだが、同じ世界の住人ならむげに拒絶もできない。
 マスターは口を開かず目線だけで、店の片隅にいる浪人風の男を指した。
「恩に着る」
 宗也は礼を述べ、連れの瀬島 壮太(せじま・そうた)と共に男に歩み寄る。
「よお兄弟、調子はどうだ」
 壮太が気軽な口調で声をかける。
 ウィスキーを飲んでいた男が目を上げる。
「……ぼちぼちだな」
「オレは最近さっぱりでよお」
 言いながら壮太は勝手に男の向かいに腰かけ、持参した銘酒・熊殺しを勧める。
「まあ飲もうぜ。渡世の憂さは酒で晴らすに限る」
「そうか? ならもらうか」
 男は杯を差し出した。
 最初は口の重かった男だが、壮太が飲み交わしながら談笑するにつれ、次第に口がほぐれていく。
 その時機を見計らって、宗也が切り出した。
「紅鶴ってえ女のことを訊きたいんだが。あんた、知ってるかい」
「まぁな」
 男がうなずいた。
「奴の組織が最近揉めてる相手なんていないか?」
 宗也はこの一連の事件について、対抗組織が紅鶴の名を貶めるために仕組んだと睨んでいた。裏社会の有力者が誘拐事件などを引き起こすとは思えなかったのだ。
「そりゃ、幾らでもいるさ。紅鶴さんは急進派で、敵の多い人だからなぁ」
「急進派ってえと、どういうことだ?」
「あの人は馴れ合いが嫌いだ。逆らった者は殺す。競合相手もとことん潰す。容赦なしだぜ」
「そんなことしたら、真っ先に周りから潰されそうなもんだが」
「それが紅鶴さんの凄いとこさね。実力があるからこそ、周りもおいそれと手を出せない。そして、従っている限りに置いては、どこまでも目をかけてやるからなぁ、部下の忠誠心は強い」
「なるほどな。紅鶴の組織が移動に使っている乗り物は分かるか?」
「黒塗りのワンボックスカーがお気に入りみたいだぜ」
「そうか……」
 エリスが誘拐されたときの目撃情報とも一致する。どうやら、紅鶴が誘拐に関わっているという線は強いらしい。そう考えながら、宗也はさらに質問する。
「紅鶴はどういう女だ?」
「……有名なのは、あの人の子供の頃の話なんだが。学校で将来の夢を発表するときがあってな、紅鶴さんはクラスメイトの前でなんと言ったと思う?」
「さあな」
「貴様ら全員をあたしの隷僕にして、互いに殺し合わせ、互いに親睦を深めさせ、互いに高め合わせるのが夢だ、と言ったそうだぜ」
「狂っているな」
「要するに、誰にも自由意志を認めない、ということだろうな」
 男はくすりと笑みを漏らした。