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クライム・イン・ザ・キマク

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クライム・イン・ザ・キマク

リアクション


<part3 闘技場>


 猥雑な熱気にむせかえる闘技場。
 それは円形闘技場のようにオープンなものではなく、地下に造られていた。結界を張ったリングが中央。リングを取り囲んで、球場のような粗末な観客席が幾重にも並んでいる。
 夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)は魔鎧のホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)を銀色の全身鎧として身にまとい、リングに立っていた。その隣には、顔を隠した騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が同じチームで肩を並べている。
 その名も、チーム・レスキイエ。
 場内に司会の声が響き渡る。
『さーて、チーム・レスキイエもこれで五戦目! 順調に勝ち上がっています! 次も勝つのか! それとも負けるのか! 今度のお相手はこちらだー!』
 リングに上がってきたのは、それぞれ黒い仮面、白い仮面、黄色い仮面を着けた三人組の男だった。二メートルは優に超す巨体ばかりだ。
 だが、詩穂は少しも慌てた素振りを見せない。
「やっとまともそうな敵が出てきたね♪」
「ああ。こいつらなら良い情報を持っているかもしれない」
 甚五郎は腕組みしてうなずいた。相手チームに呼びかける。
「少し賭けをしないか?」
「……なんだ?」
 黒仮面がこもった声で問い返した。
「おぬしらが勝ったら五十万G渡す。わしらが勝ったらなんでも質問に答えてもらう、というのはどうだ」
「……いいだろう」
 
 一方、観客席では。
「レスキイエに百枚! レスキイエに百枚じゃ!」
 草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)がノリノリで賭けをしていた。
 彼女の護衛として随行しているブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)がたしなめる。
「羽純、賭けなどしている場合ではないでしょう」
「良いのじゃ。これも作戦のうちなのじゃ」
 他の客と馴染むため。そしてお金を儲けるため。なにより面白そうだから。
 羽純は巡回してきた係員に金を払い、投票券を百枚手に入れる。そして近くの派手な女性客に呼びかけた。
「ほれ、そなたもレスキイエに賭けぬか。絶対勝てるぞ」
「えー、でもー、三色仮面は最近負けなしだしー。ルーキーに賭けるのは怖いってゆーかー」
 いかにも夜の女といった風体の女性客が答える。
「ほう、そなた闘技場に詳しいのじゃな。ならば聞きたいのじゃが、この頃姿を見ないランカーなどはおらぬか?」
「うーん、ちょっと前までの上位ランカーはほとんど見ないかなぁ〜。みんないきなり消えちゃってぇー、だからこそ三色仮面が勝ちまくりって感じー?」
「なるほどのう……」
 つぶやく羽純に、ブリジットがささやく。
「……ランカーは紅鶴の組織に誘拐されている、ってことでしょうか?」
「かもしれぬな。洗脳して暗殺者に仕立てあげるなら、これほど都合の良い人材もない」
 羽純は小さく唸った。

 リングでは、レスキイエと三色仮面の試合が始まっている。
 ゴングと同時に詩穂が抜刀し、黄仮面に打ち掛かった。黄仮面の腕に斬撃。黄仮面は戦闘力を奪われる。
「く、くそ……」
「ふふ、まずは小手調べ……って小手調べが決まっちゃったかー」
 笑う詩穂。
「うおおおお!」
 黒仮面が詩穂に金棒で襲いかかってくる。詩穂は金棒をかわした。黒仮面は金棒を回転させてさらに薙ぐ。詩穂は刀で受ける。激しい金属音。
 攻撃パターンは読んだ。詩穂は百獣拳を放つ。ありとあらゆる獣たちの幻影が、黒仮面に襲いかかった。黒仮面は大きく宙に弾き飛ばされ、リングに墜ちる。
「せいや!」
 甚五郎の疾風突きが白仮面の鳩尾に叩き込まれた。白仮面は鈍いうめきを漏らして崩れ込む。
 詩穂が三色仮面の前に仁王立ちする。
「さて、話してくれるよねっ?」
「……なにが聞きたい」
 かろうじて口がきけるのは白仮面のみ。
「紅鶴という奴のことだ。最近なにかと騒がしくてな。奴について、知っていることはないか?」
 甚五郎が尋ねた。
「紅鶴さんなら……俺たちをスカウトに来た」
「なんのスカウト?」
 首を傾げる詩穂。
「キマクの新時代を開く尖兵にならないか、とのことだった。俺たちはそんなものには興味がないから断ったが……、紅鶴さんはキマクでなにか大きなことをやろうとしているらしい」
「なにをだ?」
 甚五郎が訊いた。
「分からん。だが、気をつけろ。あまり嗅ぎ回っていると消されるぞ……」
 それきり、白仮面は沈黙した。


 セフィー・グローリィア(せふぃー・ぐろーりぃあ)オルフィナ・ランディ(おるふぃな・らんでぃ)エリザベータ・ブリュメール(えりざべーた・ぶりゅめーる)のチームは、『ラスト=ブランカ』というチームと対戦していた。
 敵チームの構成は、男ネクロマンサー、女大剣士、男グラップラー。
 セフィーたちが参戦したのは、闘技場の主催者から要請されたからだ。主催者は、儲かりさえすれば勝ち負けに関係なく、紅鶴に関する情報を教えると約束してくれた。
 だから、別に勝敗にこだわる必要はないのだけれど、それはそれとしてセフィーたちは思う存分暴れてやる所存だった。

 セフィーが妖艶な仕草で自分の体をかき抱いて、敵の男ネクロマンサーを上目遣いで挑発する。
「あたしに勝ったら、抱いてあげてもいいわよ」
「……本当か?」
 ネクロマンサーがセフィーの体に視線を這わせた。
「ホ・ン・ト。もし勝てたら、だけどね」
 試合開始のゴングが鳴る。
 セフィーはネクロマンサーの視界から消え去り、斜めの死角から斬撃を喰らわせた。傷を負って跳ね退くネクロマンサー。セフィーは乱れ打ちの斬撃を浴びせる。だが、一発として当てることなく、ひたすらフェイント。ネクロマンサーの表情に焦りが浮かんだ。セフィーが雅刀をネクロマンサーの腹に突き出した。ネクロマンサーが横に回避。しかしそれもフェイントで、セフィーはネクロマンサーの頭に強力な回し蹴りを叩き込む。
 ネクロマンサーの体がリングの端まで吹き飛んだ。ネクロマンサーは立ち上がり、両の手の平を花びらのように構えて、黒き霧を吐き出す。
 黒き霧がセフィーの鎧にまとわりついた。装甲を侵蝕し、胸や腹の部分が露出する。にわかに沸き立つ客席。男性客が目を皿にして身を乗り出す。セフィーは恥ずかしがることなく、派手なポーズを取って客にサービスした。ネクロマンサーに不敵な笑みを向ける。
「がっつく男は嫌いじゃないけど、少々おいたが過ぎるわよ」
 瞬間、セフィーがネクロマンサーの背後に回り込んでいた。ささやく。
「……噛み殺してあげる」
 斬撃。蹴撃。打撃。狂ったような攻撃が連続し、ネクロマンサーは床に堕ちた。

 女大剣士がオルフィナに打ち掛かってくる。
 オルフィナは剣先で大剣を軽くいなし、鋭い突きで相手の鎧を破壊する。徐々に砕け散っていく装甲。露わになっていく肌色。大剣士の顔が羞恥に染まる。
「な、なにすんのよ!」
「なにって、戦ってるだけだぜ。おら、もういっちょ!」
 オルフィナが大剣士の鎧の胸部を砕いた。豊満な胸が溢れ出し場内が沸きに沸く。

 仲間がセクハラ三昧な攻撃をしている横で、エリザベータは今まさにセクハラを受けようとしていた。
 屈強な男グラップラーが手をわきわきと蠢かしながらにじり寄ってくる。
「へっへっへっ、お嬢ちゃんーあーそびましょー。ぐちゃぐちゃのべちゃべちゃになるまでー」
 吐き出される醜悪な息、じっとりと吹いた汗。観客の男たちもグラップラーの下品な攻撃に期待している。もはや殺し合いを楽しむ場と言うよりは、ストリップショーの様を呈している。
「この……外道が!」
 仲間たちと違って高潔にして清純なエリザベータは、屈辱に顔を充血させてグラップラーを睨んだ。
「そーそーオレは外道なのよー!」
 グラップラーが腕を山なりに上げて突進してくる。
「逝ね!」
 エリザベータはグラップラーに体の左側面を向けると、右手でブレードを振り上げ、グラップラーの顔面に突き立てた。溢れほとばしる血液。それを浴びながら、エリザベータはブレードを引き抜く。
 グラップラーが倒れ臥した。
「ふん。外道は血も醜悪だな」
 エリザベータは忌々しげにブレードの血を振り払った。

 自チームの試合が終わり、セフィー、オルフィナ、エリザベータは闘技場の主催者と対面していた。
「それじゃ、情報を教えてもらうわよ」
 早速本題に入るセフィー。
 主催者の女はうなずいた。
「……紅鶴さんのことでしたね。一ヶ月ほど前、紅鶴さんから申し出があったのです」
「なんてだ?」
 オルフィナが訊いた。
「試合で重傷を負ったり、死んでしまった選手の体を譲ってはもらえないかと」
「ネクロフィリアなのか?」
 エリザベータが顔をしかめた。
「それは分かりません。しかしながら、申し出はそれだけではなく」
「他にもあるの?」
 セフィーが尋ねると、主催者が答える。
「はい。強い選手がいたら、試合には出さずこちらに紹介してもらえないかと。運営に響くので断ったのですが、それ以降です。ランカーが行方不明になり始めたのは」
 セフィーが顎を捻る。
「つまり、こういうことかしら? 紅鶴は強い選手を自分の実験に使いたかったけど、断られたから、誘拐という強硬手段に訴えたと?」
「私にはなんとも……。紅鶴さんに嫌疑をかけては、後が怖いですし……」
 主催者は歯切れが悪い。
 だが自分の推測は間違ってはいないだろう、とセフィーは思った。