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リアクション
『思い出の、共有』
「リリーちゃん、はいっ」
梯子の上から手を伸ばして、林檎を摘み取ったリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)が、下で待っていたリリー・アシュリング(りりー・あしゅりんぐ)に渡す。
「これも、さっきの果実さんみたいにポン! って人の姿になるのかな〜」
「あはは、それだとビックリしちゃうかも。果実さんが寂しくないように、ちゃんと収穫してあげようね」
「うん!」
二人の共同作業で、一本の林檎の木に実っていた林檎があらかた収穫される。
「ねえ、ママ。ママは何を思い出した?」
収穫した林檎を手にしながら、リリーが尋ねればリンネは、うーん、と考え込んでから口にする。
「とにかくたくさん、かな。イルミンスール魔法学校に入学して、友達が出来て。『氷雪の洞穴』でカヤノちゃんと知り合って、絆を結んで。精霊さんとも仲良くなって、ニーズヘッグさんとアメイアさんの襲撃を、『エールライン』と一緒に食い止めて。まさか、あんな大きな乗り物に乗るなんて、パラミタに来る時は想像もしてなかった。未来は何が起きるか分からない、って誰かが言っていたけど、ホント、その通り。博季くんとの出会いも、リリーちゃんとの出会いも、私にとっては予想外だったけど、でもとっても大切な思い出。……あっ、過去形にしちゃうのはダメだよね、これからいっぱい、いーっぱい楽しい思い出を作っていくんだから」
にこ、と微笑むリンネに、リリーはなんだか元気をもらったような気がした。あぁ、やっぱりママはママだ、そんな納得をしつつリリーが気に揉んでいたものを口にする。
「リリーはね……お姉ちゃんの事を思い出してた。お姉ちゃん、元気かなって。
あっ、ママに話してもママ、困っちゃうよね」
リリーの言葉を、リンネは首を横に振って否定する。
「困ったりなんかしないよ。そうなんだ、って言うことくらいしか出来ないけど、私はリリーちゃんの言うことを信じたい。
リリーちゃんの思い出を、ちょっとでもいいから、共有したい、って思うんだ」
未来人であるリリーの持っている記憶、思い出は、今の時間に生きているリンネには理解するのは難しい。それでもリンネが『思い出を共有したい』と言ってくれたことに、リリーは抱えていた孤独感がスッ、と消えていくような、あったかい気持ちになる。
「……うん、ありがとう。ママがそう言ってくれて、嬉しい。
じゃあ、話すね。お姉ちゃんはね……」
目に涙を浮かべながら、リリーが『自慢のお姉ちゃん』の思い出をリンネに語る――。
『リリさん、ご立腹』
(うーん。リリに少しレイナと二人っきりにしてほしいっていうからちょっと離れてみたけど……何かこう、背筋が震える感じ?
穏やかじゃないなぁ……楽しくやればいいのに)
見た目は笑顔、けれどただならぬものを感じさせたリリ・ケーラメリス(りり・けーらめりす)に半ば従わされる勢いで、リコリス・リリィ・スカーレット(りこりす・りりぃすかーれっと)は一人農場を漂う。
(何もしないのも退屈だし、先に適当な果物とかとってこようかしら……あれ?)
そんな事を考えていると、前方の栗の木の根本に茶色の髪を両脇でまとめた幼女の(リコリスにとっては十分な大きさだが)姿を認める。
(ははーん、あれが栗が人の姿取ったって子ねー。どんな感じがちょっと見てみようかしら)
少し離れた位置から様子を見ていると、幼女はしきりに人の輪へ視線を向けているが、誰かが通りかかると慌ててすました顔をして取り繕う。そして通り過ぎると、またチラチラと人の輪の方へ視線を向けていた。
「なーんか、どっかでこう、似たようなのを見たことあるような感じね……。
……思い出した! なるほど、あれが最近流行ってるツンデレってやつね」
一つの確信を抱きつつ、実際に確かめてみるべくリコリスは幼女の傍へ近付いていく。
「こんにちは! ねえねえ、もしかしてあんた、ツンデレってやつでしょ?」
「な、何よいきなり。あたしがツンデレって、そ、そんなことあるわけないじゃない」
幼女の回答に、リコリスは満足げに頷く。やっぱりこの子はツンデレだ。
「うんうん、そうそう。素直になれない感じ、あたしの思った通りだわ。こういう所が人気の秘密なのかしらね?
ま、あたしにはまったく縁のない性格よね!」
えへん、と胸を張って言い切るリコリスを、幼女はじとーっと見つめたかと思うと、口を開く。
「……なんか、あんたには言われたくない、って思うわ」
「むー! それってどういうことさ!」
「言葉通りよ。あんたとあたしはおんなじ匂いがするわ」
「はぁ!? 何言っちゃってんの、そんなことあるわけないじゃない」
「ほら、あたしとおんなじ返し方」
「むー! ああ言えばこう言う!」
……その後もしばらく、ぎゃあぎゃあと言葉の応酬が続く。二人がツンデレであるかどうかは置いといて、結果として二人とも一人の寂しさを解消することが出来たのであった。
(リリが怒ってる……それも、物凄く……。
うぅ……私、何か怒らせるようなことをしたでしょうか……)
レイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)の前に立つリリは、一見いつものように笑顔を浮かべている、ように思える。しかしこう、言いようのない圧力というか、今にも溢れそうな何かがリリから感じられ、レイナはすっかり恐縮してしまう。
「……リリ、どうしてそんなに怒っているのですか?
何か私が不手際をしたというのなら、謝りますから――」
「怒ってる? 私がですか? うふふ、そんなことありませんよ? 私はお嬢様の従者、主に怒りを覚えるなんてそんな――」
意を決して話しかけたレイナを途中で制して、リリがあくまで笑顔のまま言葉を紡ぐ。
「ですがまぁ……ご自身の身を省みないような行動をされたと知ったら、少々怒るかもしれないですね〜」
「ううっ!」
グサリとくるものを感じて、レイナが胸を押さえてうずくまる。
「例えば、物凄く暑い場所に行くと分かっていながら暑さ対策よりも他の方のための準備をしていくとか……ねぇ?」
「はうっ!」
リリの眼光がレイナを捉えた瞬間、全身を突き抜ける衝撃にレイナがよろめき、地面に崩れ落ちる。
「……ごめんなさい、リリ……結果として私が間違っていたのは確かだけど、でも――」
「……何か言い訳がおありなのですか?」
「うぅ……いいえ、ありません……」
目に涙まで浮かべ、すっかり萎縮してしまったレイナを見、リリがふぅ、と一息つく。怒っているのは事実だし、怒りが収まったわけでもないが、これ以上続けていてはレイナが深く傷ついてしまうかもしれない、それはリリとしても本意ではなかった。
「……まぁそうですね、お嬢様がどうしても謝りたいとおっしゃるのでしたら……」
リリの言葉に、レイナがすがるような顔で見つめてくる。
(……あ、ちょっとだけ、今なら何を言っても聞いてくれそうな気がするって考えてしまいました。
コホン……いけませんね、落ち着きませんと……)
少しの間を置いて、リリがレイナに言い放つ。
「謝罪の意として、本日はご自身のためだけに楽しんでくださいませ。
それが、私がお嬢様に出すペナルティです」
(ふぅ……なんとか、リリが許してくれたようでよかったですけど……。
自分のため、とリリは言いましたが……改まって考えてみると、難しいですね)
リリに『ご自身のためだけに』と言われたものの、どんな行動が自分のためなのか分からなかったレイナは、ただじっとしているわけにもいかず、とりあえず付近を歩いてみることにする。
「ちょうどいい所にいたですぅ! レイナ、手伝ってほしいですぅ!」
すると、向こうからエリザベートがやって来て、レイナに今果実狩りで環菜と勝負をしているから、手伝ってほしいと告げる。
「はい、分かりました……あっ」
返事をしようとして、レイナはリリに言われたことを思い出す。これはもしかして、自分のための行動ではないのかと思い至り、口が止まる。
「? どうしましたかぁ?」
疑問の眼差しを向けてくるエリザベート。黙っているのは失礼かと思い、レイナは「実は……」と事の顛末をエリザベートに話す。
「なるほど、そうでしたかぁ。そうですねぇ……レイナが手伝ってくれるのは嬉しいですけどぉ、手伝ってくれないからって恨んだり憎んだりはしませんよぅ。
私も、私が大変な時は断ったりしますし、ちゃんと自分の事を考えて返事をすればいいんじゃないですかねぇ」
「……つまり、ただ相手の誘いに乗るだけでなく、自分の状態を考えた上で判断しなさい、と」
「そういう事だと思いますぅ。でも難しいですよねぇ。私がどうかなんて自分じゃよく分かりませんよぅ」
「……確かに」
レイナがこくり、と頷く。自分の状態を正確に把握できたら、『煉獄の牢』での失敗もないだろうし、今こうして何をすればいいか悩む事もないだろう。
「でも結局、そうやっていくしか無いと思うんですよねぇ。……あぁ! こうしている場合じゃなかったですぅ。
レイナ、さっきは手伝ってほしいって言いましたけどぉ、やっぱり手伝えですぅ!」
そう言って、レイナの前に道具一式を用意した後、エリザベートは別の場所へ収穫しに飛び去る。残されたレイナは、考えて、よく考えて、そして道具を手にする。
「エリザベートさん、私、手伝わせてもらいますね」
……もしかしたら、リリがまた怒るかもしれない。でも、そうそうすぐには変われない。だから……今日は、自分の事をよく考えたという点で、許してほしい。
心の中でリリに謝りながら、レイナは付近の果実を収穫し始める。
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