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【ですわ!】捕らわれ少女と闇夜の取引

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【ですわ!】捕らわれ少女と闇夜の取引
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◆第一章◆

 パラミタ内海に近い寂れた港町。
 この町の宿屋で、ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)はテーブルに広げられた地図を食い入るように見つめていた。
「…………」
「どう、ヘイリー? 居場所はわかりそう?」
「いくつか絞れたけど、後はしらみ潰しに当たるしかないわね。それと襲撃ルートだけど、ここら辺を重点的に見張ってれば大丈夫」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)の質問に答えながら、ヘイリーは地図にチェックを入れていく。
 リネンの真剣な横顔に、裸電球の淡い光が深い影をつくる。
「うん……わかった。分担して事に当たった方がいいわね。みんなよろしく!」
 オークション会場への襲撃を止めるべく、生徒達はリネンの声に力強く呼応する。


 闇オークション・アーベントインビスの会場は、蝋燭のみが足元を照らす石造りの階段を抜けた先にある。
 苔と蜘蛛の巣が目につく狭い道を進むと、錆びれた鋼鉄の扉が訪れた者達の前に立ち塞がる。恐る恐るその扉を開けると、一変してそこには華やかな空間へと続いていた。

「貴族の屋敷にでも招待された気分だ」
 十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は、不思議そうにシャンデリアが吊るされたエントランスホールを見上げていた。
 すると、ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)が口元に手を当ててクスリと笑う。
「宵一様。実際、ここはそう言った方々がお呼ばれされる場所ですわよ」
 洒落た紳士の格好をした宵一と、美しい桜吹雪の着物とウェディングクラウンを身につけたヨルディアは、並んで赤い絨毯の上を歩き始める。その時――
「お客様!」
 突如、ガードマンに呼び止められる。
「動物の持ち込みは……」
「駄目だったか?」
「いえ、他のお客様にご迷惑がかからぬようにしていただければ問題ありません」
「わかった。気をつける」
 宵一は狼の姿になっているギフトの背をポンと叩いた。
「そちらのお嬢様も……そちらは?」
「可愛らしいでしょう? わたくしのお気に入りですの」
 ヨルディアに抱きかかえられた、おめかししたリイム・クローバー(りいむ・くろーばー)。その愛くるしい目に見つめられ、ガードマンははにかんでいた。

 そんな彼らの他にも、多くの来賓が呼び止められる。騎士に扮したエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)もその一人である。
「やれやれ杜撰な警備だね。まぁ、おかげでこいつが持ち込めるんだけどね」
 危険物の持ち込みが禁止され、ガードマンが回収する中。主を守る騎士ということで、エースは布に包んでいることを条件に、武器の持ち込みを許可された。
「こんなので大丈夫なのか?」
 あっさり通れたことに拍子抜けするエースだった。

 その一方で、佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)は少々面倒なことになっていた。
「申しわけありません。スカートの中身を拝見してもよろしいでしょうか?」
「ふえ? スカートの中身ですかぁ?」
 ルーシェリアはシルクのドレスの下に剣を二本隠していた。
 ガードマンの中でもやたら真面目な方に捕まったようだ。先ほどから長いスカートの女性には、持ち上げて見せるように指示を出していた。
 剣を隠し持っているのがばれれば、怪しい以外の何者でもない。かといって、拒否すれば余計に怪しまれる。
 ルーシェリアがどうするべきか悩んでいると――
「おい、何してるんだ。早くしないと置いていくぞ」
 先に身体検査を抜けていた佐野 和輝(さの・かずき)が不機嫌そうな表情で戻ってきた。
 和輝は目を瞬かせるルーシェリアの腕を掴むと、深い黒の瞳でガードマンを睨みつける。
「あんた、うちのに手を出すつもりか?」
 ドスの聞いた声にガードマンの腰が引ける。
 ガードマンが脅えたように首を横に振るのを確認して、和輝はルーシェリアを連れてその場を離れた。
「……もういいか」
「ありがとうですぅ」
 ある程度いる入り口から離れて緊張を解いた和輝は、ルーシェリアに【テレパシー】を行う。
(――警備員とスタッフの何名か買収した。これから他の奴らにも連絡を入れる)
 和輝は事前に打ち合わせしたメンバーと、現在手に入ってる情報を共有し行い始める。

「ここがアーベントインビスですか。広いですね」
「話によると、地下三層の中央エリアにこの入り口があるそうですよ」
 クレメンティア・フォレストヒル(くれめんてぃあ・ふぉれすとひる)の横に並んで、ブリュンヒルデ・ヒンダルフィヤル(ぶりゅんひるで・ひんだるふぃやる)は一緒に広々としたエントランスホールを見渡す。
 一見普通のお屋敷のように見えるが、窓はなく、天井には綺麗な青空を描かれていた。
「ブリュンヒルデ。ひとまず周辺を見ておきましょう。その方がいざという時に行動しやすいですから」
 先導して歩きはじめた、クレメンティア。その背中をブリュンヒルデは早歩きで追いかけた。


「止まれ!」
 会場へ向かっていた襲撃者達の前に、無限 大吾(むげん・だいご)が立ちはだかる。
 武器を手に好戦的な態度の相手は一歩も引かず、大吾は声を張り上げ訴える。
「話は聞いた! 気持ちはわかるが、だからこそやらせるわけにはいかない!」
「そうです。勇敢と蛮勇は違います。ただ突っ込んでも返り討ちにされるだけですよ」
 セイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)は一緒に説得を試みるが、襲撃者たちは一向に耳を貸そうとしない。それどころか引かないならば力づくでも通ると言い出した。
 主催者を捕えるためにも、多くの命を救うためにも、ここを通すわけにはいかない。
「話し合いでは無理か。ならば仕方ない、セイル!」
「承知です。……ク、ククク……」
 大きく深呼吸したセイルの口から篭った笑い声が漏れる。禍々しいオーラが彼女の身体を覆っていくのに比例して、襲撃者達は背筋に感じた。
「ク、クククッ、アハハハハッ!!! 獲物を持ってきてんだ。死ぬ覚悟出来てるんだろうな!?」
 見開いた瞳が襲撃者を睨んだ瞬間、襲撃者達の体がいくつも宙に舞い上がる。セイルが駆け抜けた道は、台風が通り過ぎた後のように無残な状態で、人や物が転げ落ちる。
「キヒヒッ、さぁて誰から逝きたいんだ? 思う存分ヤッてやるからよぉ!」
「本気で殺すなよ! それじゃ意味がないんだからな!」
「わぁってるよ!」
 大吾は襲撃者の攻撃を盾で受け止め、隙をみて押し返し、反撃の一撃を叩き込んだ。
 そんな彼の横をまたしても暴風が駆け抜ける。
「本当にわかっているのか?」
 不安を余所に、月夜に照らされた路地には襲撃者の叫び声が木霊する。

「見つけたよ!」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は重い扉を力一杯押し開け、廃棄された劇場へと足を踏み入れた。
 唯一の明かり射す舞台の上で、一人を囲むように複数の人間が集まっている。彼らはアジトに乗り込んできたルカルカへ、一斉に銃口を向けた。
 それでもルカルカは怯まず声を張り上げる。
「襲撃を今すぐ中止して! あそこにはルカの大切な友達がいるんだからっ!」
 黒く染めた髪を揺らしながら、両手を広げながら劇場の中腹までゆっくりと降りていく。
 ルカルカの言葉に、何名かは理解してくれたが、血の気の多い者はなかなか聞き入れてくれない。

 自分達ならアーベントインビスに思い知らせてやれる。

 そう信じて疑わない者達の声が聞こえる。
 すると、張りつめた空気が新たな来訪者の声で震えた。
「無駄よ! 会場へ向かった仲間の足は私達が止めたわ。後はリーダーのあなたが「撤退」の指示を出すだけ。嘘だと思うなら確認するといいわ」
 振り返ると、劇場の入り口にリネンが立っていた。
 襲撃者達は彼女の登場に驚きつつ仲間に確認をとると、生徒達によって足止めされているとの報告を受ける。
 困惑しつつ、彼らは力量の差を思い知った。そして、渋々襲撃の一時停止を決定した。
 ルカルカがホッと一息吐く。すると、隅の方で待機していたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が近づき、ボソリと呟いた。
「組織の壊滅、首謀者達の逮捕、過去に遡った被害者の追跡と救助、顧客の特定と逮捕。それが急務……一人と大勢を秤にかける事例か」
「ポミエラを助けたくないの?」
「そうは言ってない」
「ルカには割り切れないよ」
「それでも実行するのが軍人だ」
 ルカルカは頬を膨らませて不満そうにする。そんな彼女の目を見ずダリルは黙って腕を組み、襲撃者達の監視を続けた。


「こんな所でどうかしましたか?」
 ベルフラマントに顔を隠して細い路地を進んでいたティー・ティー(てぃー・てぃー)が、男二人組に声をかけられる。
「あ、あの、港の方に行こうとしたのですが、道に迷ってしまって……」
 戸惑いながらもティーは、相手の風貌を観察する。
 年齢は若く、流行りのファッションをしている。服の上からであるが、決して戦いに身を置いている感じではないと判断できた。
 おそらく街の住民。これは情報を得るチャンスです。
「すいません。地元の方ですよね? お尋ねしたいのですが、この辺であまり人が寄りつかない所はありませんか?」
「……え?」
 ティーの質問に男達は驚いた表情で顔を見合わせる。
 予想外の反応にティーが首を傾げていると、またしても予想外の答えが返ってきた。
「お姉さん、結構大胆だね」
「……あれ?」
 何か思わぬ勘違いをされてしまった。
 男達がとても人の良い笑顔を作って、近づいてくる。
 ティーは一歩、また一歩と後ずさりながらどう対処すべきか考えた。と、その時――
「ア――、キミ達いい加減にしなさい」
「あ、鉄心!」
 源 鉄心(みなもと・てっしん)がわざとらしく咳払いをして、存在をアピールする。ティーはその背後に隠れ、誤解だったことを説明した。
 理解してくれた男達は心底残念そうに、苦笑いを向けていた。
「探し物をしてるんだ。すまないが、協力してもらえないかな」
 鉄心は立ち去る男達に話を聞くが、有力な情報は得られなかった。
「やはりそう簡単には見つからないか」
 アーベントインビスの脱出路が港付近にある。そう予想した鉄心達は、先ほどから港周辺の捜索に当たっていた。
 しかし、未だ有力な情報なし。仲間から連絡で襲撃は一端停止したことを聞かされた。時間はまだあるはずだが、人命がかかっている以上悠長にはしていられない。
 焦る心を落ち着かせようとする鉄心。
「鉄心、ティー!」
 すると、魔法のじゅうたんに乗ったイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が二人の目の前に降りてきた。
「見てくださいですね! わたくし凄い物を見つけましたわ!」
「本当か!?」
 イコナは自信満々に、握っていた小さな手を開いて見せる。
「ダウジングで記念コインを見つけましたの!」
 そこはこの町が作られた際に作られたコインだった。シリアル付きで限定100枚の珍しい物だが、あくまで記念コインなのでお金として使用はできない。
「…………」
「イコナちゃんすごいです!」
「ふふん♪ お願いされても絶対にあげませんわ」
 盛り上がるイコナとティー。
 鉄心はそんな二人は見てふかーいため息を吐き、軽く拳骨を叩き込んだ。
「先が思いやられる」
 寂れた港町は、不気味なくらいに静かだった。