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リアクション
■開幕:奇襲の結末
東雲 風里(しののめ かざり)が手にした短刀、特に目立った装飾もないサバイバルナイフで斬りかかった相手は、初等部に通っているような、まだ幼い少女たちであった。
「私は見た目じゃ・・・・・・判断しない」
その言葉に嘘はない。相手が子供であろうと手は緩めない。
風里は躊躇なく凶刃を振るう。
「ちょ、ちょっと!? 何で突然切りかかってくるのよっ!」
運の悪いことに標的となった少女、川村 詩亜(かわむら・しあ)は目の前に迫るサバイバルナイフを避けながら隣を見た。
そこには川村 玲亜(かわむら・れあ)の姿がある。浮かべる表情は自分と同じ驚きだ。
「やはり油断ならない」
風里は避けられた事実に自分の考えは正しかったと判断する。
攻撃が失敗したら体勢を整える、という普通ならするであろうことを彼女はしない。
続けざま、今度は玲亜に向けて手にしたナイフで線を引いた。
だがその切っ先が少女に届くことはなかった。
詩亜の手にした箒が凶刃を防いだのだ。
キキキッ、という小刻みに何かが震えるような音が風里の耳に届く。
音はナイフを防いだ箒から発せられているようだ。
「玲亜にまで手を出さないでっ!」
叫ぶと同時、箒から冷気が放たれる。手にしたナイフが冷たくなっていくのを感じ、風里はすばやく後方へと下がった。
そこへ玲亜の放った火球が襲いかかる。
「お姉ちゃんになにするのぉっ!」
その言葉に共鳴するように勢いを増す炎を風里は手で防いだ。
皮膚が焼ける。針が刺さるような痛みを感じるがそれも長くは続かない。
「風里っ!?」
駆けつけた優里が上着を脱いで彼女に襲い掛かる炎を防いだ。
炎を振り払って風里の様子を見る。ぐったりと力なく抱えられるがままになっていた。だが目立った外傷があるというわけでもない。
なぜだ、と優里が疑問に思い少女たちに視線を向けた。
こちらを指差して何かをしている。
それが分かるのと時を同じくして意識が遠ざかるのを感じ、体が望むままに目を閉じた。
■
ベンチに座って様子を眺めていた教員が二人の少女のもとへ歩み寄る。
「ヒプノシスか、あっさりとかかってしまうのでは先が思いやられるな」
言い、眠りに落ちている二人を見た。
「休むつもりだったのに疲れてしまったわ」
「巻き込んですまなかったな。構内に休憩室がある。ドリンクはサービスだから休んでいくといい」
「せっかくだから休んでいこうよ。お姉ちゃん」
「そうね。そうしましょうか」
二人が構内に入っていくのを確認し、教員がグラウンドに集まった面々に告げる。
「集まってもらって申し訳ないが主役がこのざまじゃあ予定を変更せざるを得ない。とりあえず今日のところは・・・・・・」
見回し、一人の巨躯の男に声をかけた。
「エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)、君とそのパートナーに任せよう」
「俺たちでいいのか? わかった任せてもらおう」
「まっかせってよー。こういう子嫌いじゃないからね」
新入生を二人に任せて各々がその場を離れていく。
教員もまたベンチに戻った。
「おい。起きろよ。せっかくここに来たんだ。まさか、まったく鍛えてないってわけじゃねえだろ?」
エヴァルトが風里と優里の肩を揺さぶる。
うっ、と小さく呻きながら二人が目を覚ました。
風里はエヴァルトの存在を視認するや否や、飛び起きてナイフで斬りかかった。大振りだが容赦のないその動きは動物のそれに近い。
しかし悲しいかな、彼女とエヴァルトの技術・身体能力には天と地ほどの開きがあった。難なく片手で止められてしまう。
「おいおい。元気が良いな。なら今のうちに戦い方ってやつを教えてやるよ」
彼は言うと風里の手からナイフを奪い、それをパートナーのロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)に投げ渡した。
そして拳を握りしめる。
「なんのつもり?」
「まだこれを使えと言う気は無いがな……得手不得手は試行錯誤の末に知るものだ。とりあえず素手での戦い方を教えよう」
風里は警戒するように構えた。
素人の構えだが、隙あらば攻撃しようという気がありありと感じられる。
「相手にも得手不得手はある。が、得意な獲物を今やったように奪ってしまえば相手の活路は減る。それはつまりこっちが有利になるってことだ」
さっき言ったようにすぐにできるようになるとは思わないが、と言うとエヴァルトは風里に手刀を叩き込んだ。
「くっ!?」
受け止めようと腕を合わせようとするが、なぜか綺麗に頭に一撃をもらった。
全身が揺れるような感覚が風里を襲う。脳が揺れているせいだ。
ぐわんぐわんと視界が揺れるなか、エヴァルトは軽快に笑った。
「いまはまだ準備運動だ。あとでロートラウトと武器の奪い方の実演をしてやる。だから――」
彼は告げると彼女の眼前に急接近した。
まだ軽い混乱状態から立ち直れていない風里には瞬間移動したように見えたことだろう。何が起きているのかわかるはずもない、理解の範疇を超えている。それも当然だ。彼女が前にしているのはパラミタ大陸で生きてきた熟練の冒険者なのだから。
「……ようこそ、この騒がしくも素晴らしいパラミタへ」
その言葉を最後に風里の意識は途切れた。
■
太陽が真上に昇った頃、グラウンドには土埃にまみれてぐったりと倒れている優里と風里の姿があった。
彼の近くには汗一つかかずに立っている二つの人影がある。エヴァルトとロートラウトだ。
彼らは優里が目覚めると風里の時と同じように徒手空拳による鍛錬をした。
結果は語るまでもない。彼らの姿が物語っている。
「そういえば挨拶がまだだったね。ボクはロートラウト、そっちの女の子が斬りかかったのがエヴァルトだよ。……今更だけど、むやみやたらと斬りかかるのはオススメしないよー」
ロートラウトの忠告に風里はふんっ、と気分を害したようにそっぽを向いた。
どうやらやられっぱなしだったのが気に食わない様子である。
その様子を見て何を思いついたのか、ロートラウトは笑みを浮かべる。
「風里ちゃんって言ったね。もしかして優里君をパラミタに連れていってあげたいから強化人間になったとか? うーん、弟想いのいいお姉ちゃんだね! 頭なでてあげよー!」
そう言うとわしゃわしゃと風里の頭を撫でた。
「な、なにをするのよっ!?」
叫び、腰からナイフを引き抜くと素早く斬りかかる。
だが空を斬ることもなく取り上げられてしまった。
「まだ甘いねー」
「……くっ!」
悔しがるのも仕方がない。なにせ二人はまだ武器を奪うことに成功していないのだ。実演は見せてもらったが、タイミングと力加減が難しい。
ゆっくりとならできるのだが実戦ではまだ無理だろう。
「僕も、いつか……エヴァルトさんくらい強くなれますか?」
「無理だと諦めなきゃなんとかなるもんだ」
優里にエヴァルトはそう応えた。
パラミタに来たばかりの二人にはまだまだ遠い未来の話になることだろう。
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