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A NewYear Comes!

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A NewYear Comes!

リアクション

 
 
「どうだ! この筋肉美! 素晴らしかろう!」

 コスプレ会場。
 有り余る筋肉が一番映えるというポーズでアキレウス・プティーア(あきれうす・ぷてぃーあ)が惜しげもなく筋肉を披露していた。
 一応のコスプレらしく、ちょっぴり世紀末を感じるようなファッションで登場したアキレウス。裾が短くなっているジャケットに、筋肉の形が浮き上がるようなぴっちりとしたシャツ。
 誇らしげにポーズを決めて筋肉を披露してはいるが、どこか一人恍惚とした表情を浮かべる彼にあまり近付くものはいないらしく、混雑した会場でもそこだけは綺麗に空間があいていた。

 そんなアキレウスに気付かず、すいすいとコスプレ会場を進んでいくのは葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)
 ミリタリー衣装がよく似合う彼女は、潜入捜査アクションゲームのキャラになりきって物陰に隠れつつ、目的の位置へと移動していた。時折、無線でコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)へと連絡をしたりと、移動ミッションを楽しんでいるようだった。

「次は、いよいよ各ブースへと向かう。オーバー」
「りょうかーい」
「ちょ、ちゃんと無線使ってくださいよ」
「えー、だっていらないでしょ。この距離で」

 すぐ後にいるのに無線を使わなきゃいけないことに納得がいかない様子のコルセアに、ちょっぴり拗ねた様子で葛城はすたすた進んでいくのだった。

「楽しいのにー、無線でやりとり楽しいのにー、よく聞こえるのにー」

 小さい声でぶつぶつと文句を言いながらさくさくと人ごみをかきわけて歩いていく葛城。
 気付けばあっという間に広場を通り抜け、同人ブースへとたどり着いたのだった。

「あれ? あれ?」

 目的のジャンルはミリタリー。同じような格好をした人を見かけて「同志!」とほいほいと跡をつけてミリタリー系ブースへと向かっていた葛城。最初は戦車や銃などのジャンルが目立っていたのだが、ちらほらと機晶姫などをメインとしたサークルが目立つようになり、今ではすっかりイコンサークルの集団に囲まれてしまっていた。

「おかしいですね〜。この辺のはずなんですが……」
「あ、ミリタリー系はここと反対方向みたいよ」
「間違ったー!!!」

 冷静にカタログを取り出して指摘するコルセアの言葉に、思い切りショックを受ける葛城。

「うぅ……自分の楽しみが……まだたどり着けないのですか……」
「いや、たどり着けないのはあなたがうっかりしてたからでしょうに」

 しょんぼりとした背中を見て、コルセアは少し同情しそうになった。自分が目的の場所まで連れて行ってあげるから元気を出してと、肩をたたこうと手を伸ばした時だった。

「これは……火薬の香り……!」
「は?」

 この会場に似つかわしくない単語に、コルセアも周囲の空気を吸ってみるがまるでそんな匂いはしない。たまに通りがかる人からタバコの匂いがするくらいで、ましてやこの場所で香るようなものではないと思うコルセアだが、くんくんと鼻を鳴らしながら進んでいく吹雪の後を追っていく。

「おぉ〜! なんということでしょう!」

 吹雪が行き着いたのは柊たち『イコプラのフロンティア』のブースだ。そこに飾られたプラモデルたちを見て吹雪は感嘆の声を上げる。
 細部まで丁寧に作られた造詣。ボディの光沢や質感もかなり本物に近く、ミニチュアの銃器やナイフまでもが精巧に作りこまれている。展示用のジオラマに立たせれば、今にも動き出してしまいそうだ。

「ホント。こんなに細かく作ってあるなんて最近のは本当にすごいのねー」

 ほぅっと顔をほころばせながらブースのプラモを楽しそうに見ている吹雪と同様に、後から追いついてきたコルセアも感嘆の声を上げた。
 小さなものだけでなく一メートルを超える大型の物も展示されており、そのどれもが精巧に作られていて目を見張るものばかりだ。

「ありがとうございます。頑張って作ったかいがあります!」

 嬉しそうに二人に声をかけるアニマの隣で早苗もにこやかに笑っていた。
 吹雪は何やら楽しそうにアニマの説明を聞きながら大型展示物を見て回る。先ほどまで失意のどん底にいたような空気をかもし出していた吹雪だったが、それもどこかに吹き飛んでしまったようで、目を好奇心で輝かせながら展示を見つめていた。

「イコプラのブースも最近になってこんなに増えてきたんだよ」
「光あるところには影があり、パイロットの裏には整備士がいる……プラモの裏には職人がいるのでありますね!」
「そうっ! そうなんだよ! 分かってるね〜君〜」

 ひとしきり説明を聞いている間にいつの間にか仲良くなったのか、吹雪は柚木と固い握手を交わしながらうんうんと何かに納得するように何度も頷いていた。

「――それは甘いですわ!」

 異議あり!
 とでもいうかのように、海松がスカートを翻しながらポーズを決める。

「あなた、先ほどから拝見していましたが、どうやらミリタリー系がお好みのジャンルと判断しましたわ!」
「え……? はぁ、まあ確かに自分が好きなのはミリタリー系で――」
「うふふふ。そこであなたにオススメするのはこれ! あなたも女子なら、コレでより一層ミリタリーの知識を深めるのよ!」

 大量に買い込まれた薄い本の山から、ばさりと数冊取り出して海松は吹雪に手渡す。

「こ、これは――」
「そう。これはいわゆる『擬人化本』。あなたが好きなミリタリーグッズを擬人化したマニアックな一冊よ!」

 差し出されたのは軍でも使用されている銃火器を中心とした擬人化の本で、中身を見てみるとこれがまたマニアックな内容だ。説明も長ったらしいいわゆる『説明文』ではなく、漫画を読み進めることでちょっとずつマニアックな知識が増えていくようになっている。
 しかも元々の銃の性能や見た目、製造過程などを知っている人間からすればついくすりとしてしまうことが多く書かれてあり、反対にほとんど火器を知らない人間が見ても楽しめる内容となっていた。

「な、なんと素晴らしい――! 世の中にはこんなに面白いものが出回っていたのでありますか――?!」

 ミリタリー系のサークルを中心に見ている吹雪であったが、そちらではどちらかというとより現実味のある内容のほうが多く、銃火器のレプリカやカスタマイズしたモデルガンなどがほとんどで、本はといえば体験談やあるあるネタをまとめたものがその大部分を占めていたので、いわゆる『萌え』とは切り離されたところばかり見ていたのだ。もちろん、そのブースの一部ではひっそりと擬人化やBL本なども出ているのだが、大体そういった女性向けは他のジャンルとともに出しているサークルが多いため、ミリタリーブースにサークルの席があるほうが珍しいので吹雪が今まで出会うことはなかったのだ。

「うふふ、気に入っていただけたようですわね。でもまだこんな全年齢向けなんて序の口。ここから先は禁断の扉よ」
「おぉ! 関係者以外の立ち入り禁止区域! なんだかわくわくしてくるであります!」

「ほーら、そろそろ向こうに行く時間でしょ! 急がないと出遅れちゃうわよ!」

 するりと山積みの中から今まさに取り出されようと腐の香りをいち早く察知したのかコルセアが吹雪の手をがしりと掴み、早口に柊や海松たちに礼を言うと、ぽかんとした顔をした吹雪を強引に反対方向へと引っ張って行く。

「続きが気になるであります〜!」
「そんなことより、行くんでしょ? あなたの好きなミリタリーブース行くんでしょ?」
「行くであります!」

 残念そうにしていた吹雪だが、コルセアのこの一言でころっとテンションを上げた。
 ミリタリーブースへ向けて歩きながらも周りを見渡し、擬人化系の本がないことをコルセアは確認してほっと一息つく。
 これならばもう問題なくミリタリーブースへ向かえそうだとコルセアが思った矢先、吹雪が何かを見つめて立ち止まった。

「どうしたの?」

「いらっしゃいですぅ〜。うちの可愛い看板を気が済むまで見つめていってくださいですぅ〜!」
「なんとっ! これが『看板』とは……!」

 やられた!
 コルセアは思った。

 石化したユーリをまじまじと見つめていた吹雪。そんな『看板』のすぐ側、ユーリやメアリアたちのサークルのブースには肌色の多い危険なマークの入る本や、『男の娘』と書かれた危険なものが平積みに所狭しと並んでいる。

「あ、うちの子が可愛くてもお触りはダメですよぅ〜。それよりもうちの子がモデルになってる男の娘本がありますから良かったらそっちを見てくださいですぅ〜」
「おとこのこぼん?」

 不穏な単語が聞こえてコルセアはざわりと背筋に嫌な汗が流れていくのを感じた。

「スコリアのオススメはこれ! かわいい男の娘メイドさんたちがキャッキャウフフでアッーな感じなんだよ」
「あー?」
「ごめんなさい。ほら時間に遅れちゃうから行くわよ!」

 再びがしりと手を掴み強引に移動させるコルセア。
 もしも吹雪がBLなんかにハマってしまったら、大変なことになりかねない。
 少ないお金を夢の薔薇の世界へ誘われてしまうことになってしまう。何より吹雪はただでさえ他からの影響を受けやすいのだ。自分の周りの男子がもし他の男子との交友関係で悩んでいようものなら、間を取り持ちなんとかカップリングを誕生させようとするかもしれない。任務中に人相を覚える時に「受けみたいな見た目のほう」なんて単語が飛び出しでもすると……。
 そう考えるとコルセアは気が気ではない。一刻も早く、彼女を大人しく目的地へと運び届けるのが今彼女が自分に課した最優先任務だ。しかし、好奇心旺盛な吹雪を連れて彼女が無事に腐女子ブースから抜け出せるにはまだしばらく時間がかかりそうだ。

「…………やはり、侮れません」

 その後石化を解かれてはメアリアの巧みな話術によって何度も石化させられるユーリを、バンシーは最後まで見守り続けるのであった。