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リアクション
1/タガメたちと一緒に
なんかこう、同じ作業をずっと続けていると。
人というものは、感覚が麻痺してくるものなのだなあと、キロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)は今このとき、深く深く実感させられている。
「あ痛っ!? また、また刺されたぁっ!?」
その声も、もはや聞き飽きた。ちらと目線だけそちらに向ければ、実に活きのいい昆虫がその硬く太い前脚の先に、少女の指先を突き刺していて。
まったく。こいつはどこまで、ツいていないんだろう。涙目になりながら虫の爪を引き抜く、既に絆創膏だらけになった指先の旅の道連れ──雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)の様子に、ため息を吐く。
「……あのなぁ。どーしてそう、やたら元気なやつばっか調理しよーとするんだよ?」
ぎちぎち、啼いている巨大なタガメに串を打って油に放り込む。
最初は気持ち悪かったけれども、なんだかもう、慣れてしまった。
「う、うるさいわね!! こっちだって好きで選んでるわけじゃ……!!」
指先を流しで洗い、ペーパータオルでぬぐう。その雅羅に、絆創膏を差し出す影がひとつ。
「……大丈夫……?」
雅羅同様の割烹着に身を包んだ、菊花 みのり(きくばな・みのり)。彼女から受け取ったそれを、雅羅は指に巻く。
「ありがと。そっちは? 順調?」
「ん」
こくりと頷くみのり。彼女の示す先では、コンロの上の油で、この地の名物が音を立てて揚がりつつあった。
──音は、ほんとにおいしそうなのに。
「なんでよりによって、タガメ?」
「俺に訊くな」
キロスの隣にも、ひとり。いつの間に厨房に入って来たのか、アルマー・ジェフェリア(あるまー・じぇふぇりあ)が、生きたタガメの泳ぐ金属製のボウルを覗き込んで、蒼い顔で身を縮こまらせている。
「でもそれ、食うんだろ」
コック衣装に身を包んだグレン・フォルカニアス(ぐれん・ふぉるかにあす)が、鍋を運びながら言う。
「えっ!?」
「いや。そういう主旨の旅行だろう、これ」
キロスも彼の言に続き、アルマーとみのりとを交互に見比べる。
俺たちは食えないけど。食える──というか、食べなきゃいけないんだろう、お前たちは。
そのつっこみに、二者はそれぞれ対照的なリアクションを見せる。
「……ワタシ……そんなに……食べないから……」
いたって冷静な、みのりと。
「いやいやいや!! 無理無理無理!! 絶っ対、無理だから!!」
断固拒絶、ぶんぶん首を左右に振って後ずさるアルマー。
「ダメなのか、虫」
串を打った、まだ蠢いているそいつを目の前に差し出してみる。涙声の、声にならない悲鳴を上げて、褐色の肌の少女は壁際まで逃げていく。
ダメ、見せないで。食べるなんて絶対、無理だから。
「こっちは全然、平気そうなのにな?」
みのりを、振り返るキロス。マイペースに彼女は、虫ではなく果物に向かって──なぜだかいそいそと、リンゴの皮を剥いている。
「……別に……そこまで……驚くものでも……」
うーん。パートナー同士でも、こうも違うもんかね。
「痛っ!?」
そして、背後では相変わらず。
苦笑するグレンの隣で、また指先を虫に鋏まれて、雅羅が悶絶していた。
*
「だいじょーぶかなぁ、キロスと雅羅」
露天風呂の眺めは、最高だった。時折、風に吹かれた落ち葉が水面に落ちてくる。風流とは、こういうのを言うのだと小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は思う。
「相変わらず、運がないというか……ちょっとやっぱり、可哀そうですよね」
岩造りの湯船の、ごつごつした縁に頬杖を突く彼女に、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が同調する。
巻きつけたタオル一枚の姿で、檜の椅子に座った少女の髪から、シャンプーの泡を流してやりながら。
「ねー。せっかくの企画だったのに。柚もそう思うっしょ?」
お湯の重さに流されて顔に張り付いた髪を払い、杜守 柚(ともり・ゆず)が顔を上げる。三人、この温泉と旅行とを、満喫している。
多分今頃、タガメと悪戦苦闘しているであろうふたりとはなんとも対照的。
「そうですねー……包丁で怪我とか、していないといいんですけど」
たっぷり、猪を追いかけて運動もしたし。──……ただ。一緒にイノシシ狩りに出た葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)の姿が途中からどこに行ったのやら、見えなくなったのが、心配と言えば多少心配ではあるけれども。
イノシシ鍋をはじめとしたおいしい宿の料理も、これから堪能することになっている。そして今こうして、温泉にも浸かっている。
「なにか、してあげられるといいのに」
柚とともにベアトリーチェが湯船へと、その身を静かに沈めていく。
できること、か。ぷかぷかとお湯の中に浮かんで、広がる青空を見上げながらぼんやりと、美羽は考えを巡らせてみる。
「そういえばさっき、厨房の人たちになにか訊いてましたよね?」
「ええ、ちょっと。イノシシのお鍋ってどういう味付けなんだろうって、気になって」
帰りにお肉も分けてもらえるって、約束もしてもらえましたし。戻ったら自分でもつくりたいなって。
小さくガッツポーズをやってみせるベアトリーチェ。楽しみにしてますね、と返す柚。
「お土産のひとつも、買って帰ってあげないと、ですね」
彼女は彼女で、不憫な男女に気を遣うつもりらしかった。
うーん、じゃあ自分はなにをしよう。美羽は考える。
「あ」
そして、思いつく。
「美羽さん?」
ざばり、といきなり湯船から立ち上がった美羽に、パートナーが、柚がきょとんとしている。
いいこと、思いついちゃった。
「ねえねえ、キロスと雅羅のロケ、いつ終わるかわかるかな?」
「え」
それは、スタッフの人に訊けばわかると思うけれど。
ベアトリーチェの回答に、美羽は満足する。深く、強く頷いて。
「よーし、じゃあバッチリだね」
「「???」」
ふたりは、彼女がどうしたいのか、どうすることを決めたのかよくわかっていない。
顔を見合わせて、首を傾げる。
「まあまあ! とりあえずは、温泉!! 河原にももう一個、露天風呂あったよね? あそこ、行ってみよう!!」
「え、ええ!? 今から、ですか!?」
──湯冷め、しちゃわない? ふたり、戸惑う。
「だいじょーぶ! ほら、レッツゴー!!」
焚き火だろうか──遠くに、煙が立ち上っていた。
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