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運任せ!! 冬のパラミタグルメの旅!!

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4/なんだかんだで、楽しめてる?

 ああ、苦しんでる、苦しんでる。
 普段はそんなことを思ったりはしないのに、今このとき調理に罪悪感を感じているのはやはり、その対象である食材がまだ元気なまま、殺されることもなく油の中でもがき苦しんでいるのを見守る羽目になっているからだろうか。

「やっぱり……食べないとダメなんでしょうか……?」

 まだ、生け簀に泳いでいるタガメたちを横目で見ながら。一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)は深々と溜め息を吐く。
 やっぱりまったく、食べられるものである気がしない。けれど企画が企画だけに、きちんと食べる所までやらないといけないのだろうな、とも思う。
 と、揚げ時間を知らせるタイマーが鳴る。動かなくなった、からりと揚がったタガメたちを油の中から引き揚げる。

「やほー、キロスさんに雅羅さん、いるー?」
 引き揚げて、それからどうしようかな、と。考えていたところに、厨房へペアが一組、顔を出す。
「ミルディアさん、イシュタンさん」
 それぞれ、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)イシュタン・ルンクァークォン(いしゅたん・るんかーこん)のふたりだ。彼女たちはひと足先に調理を終えて、自室で食べていたはずなのだけれど。
 お皿でも、返しにきたのだろうか?
「ありゃ、いない? ねーねー、どこ行ったか知らない?」
「ああ、それなら」
 ふたりは、キロスたちを探しているようだった。
 だが生憎と、彼女たち同様、彼らも厨房をちょうど出ていた。
「みのりさんたちと、出ていかれましたけど」

 林檎を剥いたから、って。多分、敷地内を探せばどこかにいるんじゃあないだろうか。

「そっか」
「なにかあったんですか?」
「んー。ニルヴァーナにいる耀助たちから、フロントに連絡があってさ」

 ひょいと、揚がったばかりのタガメを網の上からつまみあげて口に運んでいくイシュタン。あ、つまみぐいいけないんだー。ミルディアがめざとく見つけて、指差す。
 抵抗なく、平然と巨大なタガメを貪り食べることのできる彼女が、悲哀には単純にすごいと思えた。

「じゃあ、探してみますかー。戻ってきたら、折り返し連絡入れるよう言っておいてもらえます?」
「わかりました」





「あー、いい湯だったなー」
 夕食に選んだパスタの店もおいしくって、大当たり。満足、満足。
 温泉で温まった身体に充足感を覚えつつ、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は相棒、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)とともにニルヴァーナ・グランドプリンスの、真新しい絨毯敷きの廊下を自室へと向かい、歩いていく。
 大切な者と、ふたり。ホテルの浴衣に身を包んで。あとは一緒に、のーんびり、すればいい。

「女湯はどうだった? やっぱし広かったか?」
「はい、とっても」

 髪を結んで、浴衣のところどころから上気した素肌を覗かせるフレンディスはなんだかいつもより、艶っぽい。挙動不審に思われやしないかと若干の危惧を抱きながらも、ちらちらとベルクはその彼女の仕草、ひとつひとつが気になってならなかった。
 せっかくの豪華ホテル、同じ部屋にふたりきり。ムードはいくらでも作れるそんな状況にあってなお、どこまでも彼は初だったということだ。

「でも、マスター。ほんとに、よかったんでしょうか。せっかくの豪華なお夕飯、用意していただけたのに、キャンセルしてしまって」
「え、あ、ああ! ……ああ、別に。俺ひとりで食ったところで、味がわかるわけでもないしな。ホテル側の期待に沿えそうもなかったし、さ」

 だから、不意に見上げられ、声をかけられてどぎまぎする。
 ほんとに、ほんとですか。ほんとに、ほんとだとも。歩きながらのそんなやりとりの間、フレンディスの耳がぴこぴこと上下に動いていた。
「にしても、あのテント。なんだったんだろうな」
「ですねー。なんだか、あの二人、もめてましたよね」
 そもそもオープン前とはいえホテルの敷地内でビバークなんかしちゃって、いいのか? しかも、焚き火までして。あのふたり、あとで怒られないといいけれど。
 食事から戻ってくる折目撃した、灌と郁乃のひと悶着に、なかなかすごい発想をするやつもいるものだと、ともに感心することしきり。

「あ、どうも」

 通りがかった部屋の前、土産らしき袋を手にした男とすれ違い、会釈を交わしあう。
 どうやら彼も、参加者のひとりらしい。





 そーか、外に食べに行く。そういうやり方もあったのか。これは盲点だった。
 歩き去っていくカップルを見送りながら、大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)は自身の宿泊する部屋の扉に、カードキーを差し込む。
 連れと一緒に食べられないなら、そうすればよかったなと思う。
 珍しく着込んだ正装は、実に肩が凝る。そのせいで、出されたワインを危うくこぼすところだった。極限の緊張状態だったといっていい。開放されても、せっかくふやけるまで浸かった温泉でほぐれた身体が、もうガチガチだ。
 食事も、おいしかった。コース料理は素晴らしかった、けれど。

「どうも、ああいう場はなぁ……」

 慣れないし、苦手だ。
 それならたしかに、部屋で待っているパートナーたちとともに適当な飲み屋にでも繰り出せばよかったかもしれない。

「ただいまー」

 ……って。

「うわ!? 酒くさっ!?」
 扉を開いた途端、部屋から溢れ出てくるアルコールの匂い。そしてご陽気な笑い声の応酬。
「あ。剛太郎さん、おかえりー」
 呑んでるのか? という一瞬の疑惑の通りに──間違いなく、部屋の中にいたふたりは呑んでいた。そして酔っていた。
 鮎川 望美(あゆかわ・のぞみ)に、大洞 藤右衛門(おおほら・とうえもん)。大方、呑み始めてそれに誘ったのは、藤右衛門のほうだろうが。
 広々とした部屋の中には、無数のアルコール類の空き缶と、空き瓶とが散乱し。テーブルの上には何種類もの乾きもののつまみが、乱雑に広げられている。
 うーん。客室掃除の担当さんは明日、大変そうだ。
 にしても、片やフルコース。片や、部屋での安酒、安いつまみの酒盛り。同じ宿泊者でもこうも違うものか。サイコロまかせの旅というやつの無情さを、剛太郎は改めて実感する。
「おう、剛太郎! そなたも呑むか!! それとももう、たらふく呑んできたのかのう?」
「……いいや。というか、そんな高級レストランでへべれけになるほど酔っぱらう度胸なんて、自分にはないでありますよ」
 すっかり出来上がった藤右衛門が、からからと豪快に笑う。
 こめかみを押さえつつ、ネクタイをはずしていく剛太郎。望美へと、土産の包みを差し出して。
「これは?」
「ホテル側の用意してくれたお土産。中はお寿司だそうであります」

 古風な言い方をすれば、お持たせというやつだ。

「あれ。剛太郎さん、どこ行くのー?」
 包みを渡して、浴衣一式を抱え踵を返す。
「上の岩風呂に。もう一度入りなおそうと」
「おお、いいのう! ならわしも行くぞ!!」
「……もう少し酔いが冷めてからにしてください」

 それまでは、身内──子孫の望美に相手をしてもらっていて。
 酔いのまわった状態で風呂なんて、危なっかしくて仕方がない。
 どっと、疲れが増すのを感じながら、剛太郎はつい先刻入ってきた自室の扉を再び、後ろ手に閉めたのだった。





「おおっ」

 耀助が、思わずそんな声を上げていた。
 ──そんな、目を見張るほどのことだろうか? 見られている側のルカルカとしては、気恥ずかしいやら、懐疑的になるやら。
「別に、大したことじゃないんじゃないの? ……そりゃまあ、珍しいとは自分でも思うけど」
 彼女が身に着けているのは、先ほどまでのスーツではなく。真っ赤で、煌びやかな夜会用のドレス。もちろん、当人の持ち物ではなく。

「ほんとうに、借りていいの? 別にドレスだけなら変身ブレスでちょちょいって、自前でどうにでも」
「いいんですよ」

 ね、エース。ドレスを用意した張本人の二人組が、頷きあう。
 女の子がいて、ドレスを着ている。そしてそれが似合ってるのだから、それでいい。それだけだ。エースが言って、エスコートの手を差し出す。

「じゃ、行こっか」
「そうだな」
 耀助が、メシエがそのあとに続く──それぞれ、このホテルや、ニルヴァーナや。その施設状況について想いを巡らせながら。
「──っと」

 通信機への、着信。同時に、二件。
 コンロンにいる柚から。そして、ジャタのキロスたちから。
 耀助は三人を、先に行かせる。コースが始まる前には着席したいなぁ、と思いつつ。
 さて、どちらに先に出たものか。





 料理は、片づけ終わるまでが料理だ。
 食べるだけの招待客として招かれているならともかくとして、作り手として携わったからには、そうするのがネージュのポリシー。だから、仲居さんたちが運んでくれた皿や、鍋を追って再び、この広い厨房へと戻ってきたのだが。

「……えーと」

 流しが、使えない。それは壊れているとかそういうことではなく、占拠されていて。
 でっかいでっかい、まっ黒焦げに焼け焦げたひよこのぬいぐるみが、シンクへと押し込まれているがために。
「なにから突っ込んだらいいやら……」
「フランベされたですぅ……なまら熱かったですぅ……」
 風呂じゃないんだからさあ。流しに尻から下をすっぽりとはめこんで呟くレティシアの様子に、思わず頭を抱えるネージュ。
「ここ、厨房なんだし。流しもそんなに広くないから、せめて露天風呂のほうに行ってもらったほうが」
 よかったんじゃない? と続ける前に。
 むんずと、ピヨぐるみの両腕を左右から、二本の腕が掴みあげる。
「へ?」
 ルーシェリアと、悠里だ。悠里は回し続けるカメラを片手に、ふたり、レティシアをエイリアンでも連行するように引き摺っていく。
「そーです、その手があったですぅ」
「レッツゴー、温泉」
 ああ、叩き込むのね。投げ込むんだね、温泉に。
「いくらプロデューサーだからって安全だと思われちゃ困るですぅ」
 ふたりの頭の上には、一羽ずつのひよこ。そして。

「ほどほどにねー」

 見送るミスティの頭にも、もう一羽。
 いやいや、ここ厨房なんだから。ペット持ち込まないでくださいよ。
 とりあえずその小さな姿に抱いたネージュの突っ込みも、如何せんどこか的外れであった。