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新米冒険者のちょっと多忙な日々

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■幕間:イコンの基本操作

鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)シュヴェルツェ シュヴェルトの操縦席から東雲姉弟の操るプラヴァーの様子を見ていた。危なげなく動かせていた風里と違い、優里の動かしているプラヴァーの挙動は危なげだ。
「うわあっ!?」
「優里なにして――」
 つまづき、転びそうになる。
 それを鬼龍が機体を動かして助けに入った。
「大丈夫ですよ。何度転びそうになっても助けてあげますから、頑張ってみましょうね?」
「た、助かります」
「最初だから難しいと思うけど大丈夫。すぐに慣れますよ……」
 鬼龍の言葉通り操縦することしばらくして、優里の繰るプラヴァーの動きは滑らかになっていった。突発的な行動はまだ取れないものの、想定した動作をさせるには問題ないように見える。
「慣れてきたみたいですし腕立て伏せとかもやってみますか?」
「それ、イコンでやって意味あるの?」
 風里の指摘に鬼龍は首を横に振る。
「某ロボットアニメみたいじゃないですか。あと戦闘時のアドバイスですが、技名を叫ぶのは良い感じですよ。生身のときにもね……」
「…………」
 呆れたような面持ちで風里がため息を吐いた。
 優里はというと「ですよねっ!」と共感している。良くも悪くも男の子なのだろう。正義の味方や熱血系の展開には心躍るようだ。実際にイコンで腕立て伏せをして見せているあたり、その本気度が窺える。
「優里さんは良い感じですね。仲良くなれそうです――それはそれとして、お二人は恋人とか作る気ってあるんですか? 冒険とかしてるとロマンスがあったりなかったりしますが、ちゃんとフラグ回収しないと恋人出来ないのはどこも同じですよ」
 俺みたいに、と続ける言葉にはどこか哀愁が漂っていた。
 見た目は悪くないのだから彼女なんてすぐに作れそうなものだと思うのだが……、そんな東雲姉弟の疑問はさほど間を置かずに氷解した。
「どこかに可愛い子いないかなー?」
 探す素振りを見せる。
「一千年早いわ」
「彼女できない理由が分かった気がしますよ」
 はぁ、と二人はため息を吐いた。
 そして苦笑すると二人は応える。
「僕はまだ恋愛とか良く分からないんで……」
「私は良い人がいたら考えるわ」
 不敵な笑みを浮かべて風里は続けた。
「惚れたら死ぬまで一緒にいるの……私、こう見えても尽くす主義だから先立たれたら後を追うわよ」
「じ、純愛……だよね?」
「そうよ?」
 重い愛であった。

                                   ■

 鬼龍に引き続き、イコンの基本操作の講義が始まった。
 さっきまではゆっくりと歩くだけだったが、今度は走る・止まる・跳ぶなど動作というよりは機動と呼べるものだ。動きがより大きくなることもあってかさっきとは操縦の難度が格段に上がっている。
「さすがに難しいわね……」
 風里がプラヴァーを操縦しながら呟いた。
 走る、跳ぶまでは重心が安定するせいか割と早い段階で慣れた様子だったが急停止となると話は別のようで、地面を削りながらスライディングして倒れ込んだり、脚部は止まったものの反動で上半身が前のめりになり頭から地面に埋まったり、と失敗例には事欠かない。
「ふふ、優里がこれをやるかと思うとつまらなさすぎて仕方がないわ」
「……楽しみなんだね。僕には分かるよ」
 風里の操縦を見ていた斎賀 昌毅(さいが・まさき)が東雲姉弟に声をかける。
「シミュレーターやってなかったのか? このくらいなら出来て当然だろ」
「無茶言うわ。シミュレーターと実際に動かすのとかなり違うわよ」
 風里が愚痴をこぼす。
 その声に若い女性の声が応えた。
「緊張してると普段の実力が出せないですから、試験ってわけでもないですしまずは楽しんでいきましょう」
 声の主は斎賀のパートナー、マイア・コロチナ(まいあ・ころちな)のものだ。
 風里の視界には斎賀とマイアの操縦しているイコン、フラフナグズの姿がある。プラヴァーの後継機らしいが性能は段違いだ。操縦も相応に難しいのだろうが斎賀は手馴れたように動かして見せる。
「次は飛んでもらうぞ。やり方はこうだな」
 ブースターを吹かせて機体を宙に浮かせた。
 上昇し、ある地点で状態を維持する。
 滞空するというのはこのことを指すのだろう。
「よいしょっと」
 風里も追随するようにブーストを吹かせる。機体が宙に浮くがその挙動は怪しい。
 ボ、ボボ、とブースターが火を噴く。
「ブーストの出力を一定にするんだよ」
「サポートシステムあるからってサブ席の人サボっちゃ駄目ですよ。優里は機体の各種表示は常に気をつけて、出力系とかナビできるんだから」
「は、はい!」
 しばらくして東雲姉弟の繰るプラヴァーの動きが安定する。
 時折ふらりと機体が揺れるが許容の範囲内だろう。
 斎賀は自分と同じようにホバリングし続ける二人に話しかけた。
「そこが空中のニュートラルな。良し。それを覚えたら少し俺について飛んでみろ。最初はゆっくりでいいからな」
「空を飛んだ事はないでしょうから今は自由に飛ぶ楽しさを感じてください。やばそうになったら電磁ネットで墜落、暴走する前に止めますから」
 マイアが続けて話す。
 二人の講師の言葉に風里は応えた。
「いたれりつくせりね」
 推進を得て、宙に浮いたまま前進をするフラフナグズに続いてプラヴァーが前進を始めた。この日、はじめて二人は空を飛んだ。その感動は語るに難い。あまり表情に変化がない風里でさえ、誰が見てもわかるほどに笑みを浮かべていた。それほどのものだったのだ。
 優里と交代し同じようにブーストを使用した操縦訓練を終えて、斎賀は二人に言った。
「どうだ、イコンって凄いだろ。ただお前がそうやって飛ぶためには多くの人が関わっている事を忘れるなよ。たまに勘違いしている奴がいるが、イコンはお前の力ではないからな。古代から現代に至るまで多くの人の願いの結晶なんだ」
 何が言いたいのかというと、と彼は続ける。
 真面目な顔で口を開いた。
「……イコンの力に溺れるなよって話だ」
「特に実力を身につけ始めた頃とか要注意ね」
 天狗になる頃だからねえ、とマイアが笑みをこぼす。
 そしてイコンから降りたあと、思い出したように斎賀は二人に振り向いた。
「実践的な所はこの後他の連中がみっちりしごいてくれると思うから楽しみにしてるんだな」
 告げる彼の顔はニヤリという擬態語が似合う顔をしていた。