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葦原島、妖怪大戦争

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葦原島、妖怪大戦争

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第三章 人質を救え



 山の中で、一際大きな土煙が上がっていた。
 ボロボロになって逃げていく妖怪達。その後ろには、全身が鋼鉄でできた軍勢が。
 アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)の召喚した不滅兵団である。

「どうした妖怪共! 先程までの威勢はどこにいったというのだ!!」
 アルツールの叫びに数匹の妖怪が戦意を取り戻すが、すぐさま不滅兵団により叩き伏せられる。

 その時、不滅兵団の突進を空に飛んで避けた天狗がアルツールへと迫った。
 天狗は持っていた扇を一振りし風の刃を放つ。シグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)はアルツールの前に進み出ると轟雷閃を繰り出した。電撃は風の刃を打ち砕き、その先へ居た天狗へと直撃する。
「こちらを殺すと言うことは、逆に殺される可能性もあるということを理解しているかね? 命乞いをしても聞いてもらえない、それどころか自分たちが鏖殺されるかも。そんな事が起きるかもしれないなんて…想像した事は、無かろうな。
 戦をするという事がどういうモノかも知らんとぱ…全くもって、ぬるい連中だ」
 感電し地面に墜落した天狗へと言い放つシグルズ。

 不滅兵団の猛攻を運よく避けた妖怪達が、アルツールとシグルズを取り囲み始める。
「鬼、か…」
 アルツールが笑う。
「人とチンパンジーの遺伝子的違いは数%だそうだが、古代種族の鬼と貴様らもその様な関係なのだろうな…もっとも、力を闇雲に振り回すだけの貴様らはチンパンジー以下だが」
 挑発を受け、激昂した鬼達が飛び掛ってきた。
 アルツールはフェニックスを召喚すると鬼の一匹へと放った。炎に包まれた鳥が鬼の体に纏わりつき、その服に炎が燃え移る。火を消そうと地面を転がる鬼を横目に、今度は天のいかづちを別の鬼へと繰り出す。
 隣ではシグルズが迫る妖怪達を次々と轟雷閃で打ち倒していった。

「さあかかってこい妖怪共! 貴様らの軽率な行動がどのような結果を招くか、その身をもって知るがいい!!」



 アルツール達が派手に暴れている為、多くの妖怪がそちらへ向かっていた。
 
 妖怪の少なくなった山道を行く、いくつかの人影。
 その内の一人、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は今『幸せの歌』を歌っていた。
「お姉さんこんな山奥で何してるの?」
 歌に誘われ、白い着物を着た小さな子供が木の上に姿を現した。
「人を攫った天狗を追いかけていたんですが見失ってしまって、見ていませんか?」
「それならあっちに行ったよー」
 そう言って一方を指差す子供。
「ありがとう!」
「あっちには蜘蛛の巣があるよ。食べられないように気をつけてね〜」
 そう言って子供は姿を消した。

 先を急ぐ詩穂達。その行く手に二匹の蜘蛛妖怪が姿を現した。

「こいつらは俺が引き付ける。お前達は先へ行け」
 そう言って龍滅鬼 廉(りゅうめき・れん)が蜘蛛妖怪へと突撃する。蜘蛛の下半身に女性の体をくっつけた様な異形の妖怪達が、手から白い糸を放ち廉を捕らえようとする。廉は素早い動きでそれを避けると、妖怪達を切りつけ脇道へと逃げ込む。
 妖怪達が廉を追い、開いた道を詩穂達が通り抜けた。

 廉は蜘蛛妖怪の放つ糸を潜り抜け、蜘蛛の足を立て続けに斬りつけた。バランスを崩した蜘蛛妖怪に、続けて疾風突きを放つ。蜘蛛妖怪の体が崩れ落ち、もう一体の妖怪が後ずさりした。
 突然、残された一匹が耳障りな叫び声を上げた。すると、どこからともなく巨大な蜘蛛達が姿を現す。
「仲間を呼んだか……厄介だな」
 蜘蛛達がじりじりと距離を詰め始める。
 その時である。
「あんまり人間とケンカされちゃ困るんだよね」
 突如吹き荒れた吹雪が数匹の大蜘蛛を氷漬けにした。
 声のしたほうを振り仰げば、木の枝に座って先程の着物を着た子供がこちらを見ていた。
「やあ、お姉さん。お仲間を連れてきたよ」
 その時、木々の合間から二つ影が飛び出してきた。

「……倒せばいいのだろう?」
 セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)は大蜘蛛に肉薄すると、目にも留まらぬ速さで刀を抜き、敵を切り捨てた。
「そこな妖怪よ。どうやら人を捕らえておるようじゃが、一体何をするつもりかの?」
 玉藻 御前(たまも・ごぜん)が蜘蛛妖怪へと問いかける。
 蜘蛛妖怪は突如現れた敵の増援に歯噛みすると、大蜘蛛達をその場に残し逃走を始めた。
 後を追う廉達。

「手助け、感謝する」
 行く手を阻む大蜘蛛を切り伏せ、廉が礼を述べる。
「なに、気にするでない。こちらも人を襲う妖怪を退治して回っていたところじゃ」
 やがて蜘蛛妖怪が足を止める。その周囲には大蜘蛛と、棍棒を手にした鬼達がいた。
「鬼か……何とも浅はかじゃな。なまじ力を持つ鬼の役どころと言えば退治されることじゃろうに……、あぁ、なるほどのぉ」
 何かに思い至った様子の玉藻。そんな彼女に、棍棒を振り上げ鬼達が襲い掛かる。
「やれやれ、ちいとばかしお灸を据える必要があるようじゃな」
 玉藻の全身に無数の眼が浮かび上がる。その眼に睨まれた鬼達は体の自由を奪われ、身じろぎ一つできなくなった。
 動きの止まった鬼達を廉とセリスが次々と切り伏せていく。
 玉藻の戒めを解いた鬼が廉へと棍棒を振り上げ迫る。それが振り下ろされる瞬間、廉の回し蹴りが棍棒を直撃。棍棒は鬼の手を離れ中を舞った。しかし振り下ろした勢いは止まらず姿勢を崩す鬼。
 廉はその顔面へと強烈な蹴りをお見舞いする。その一撃をまともに受け、鬼は昏倒し倒れる。直後、弾き飛ばされた棍棒が大きな音を立てて地面に落ちた。

「わぁ〜お姉さん強いねぇ」
 着物の少女がけらけらと笑う。大蜘蛛がその背後から襲いかかろうとするが、振り向いた少女がふぅ、と長い息を吐くと、大蜘蛛はたちまち氷漬けになった。
「子供といえど雪女は雪女じゃのう」
 感嘆する玉藻。そして、隣で戦うセリスへと声を掛ける。
「おぬしも、無理を言ってすまんのう。いつも文句一つ無しに協力してくれおるから、助かっておるぞ」
「必要なのだろう…? ならば直ぐに片を付けるさ…」
 言葉少なに、次々と敵を倒していくセリス。
 やがて残るは蜘蛛妖怪一匹となった。再び逃げ出そうとする蜘蛛妖怪に、光の分身を作り出したセリスが接近する。
 蜘蛛妖怪が必死の形相で糸を放ってくるが、体に纏わりつく蜘蛛の糸を切り払いながら、セリスは突き進む。
 本体と分身が一斉に刀を抜いた。鞘から抜き放った刃が冷気を纏い、蜘蛛妖怪を一閃する。

 悲鳴を上げる間も無く、蜘蛛妖怪の体が崩れ落ちた。

「おつかれお姉さん達。それじゃ、わたしは帰るね〜」
 そう言って、雪女の少女は現れたときと同じように、まるで空気に溶ける様にその姿を消した。




 妖怪が町を襲い始めてから既に数刻。少しずつ空が明るくなり始めていた。

 日の光もあまり届かない、山深く。薄暗い洞窟の中に、絡新婦の姿があった。
 洞窟内は蜘蛛の糸が張り巡らされており、その隅には糸で手足を縛られた人間達が。
 その中に、アゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)の姿もあった。
 アゾートは注意深く周囲を観察していた。洞窟内はかなり広く奥行きもあまり無いが、彼女達のいる場所は入り口から離れているため殆ど光が届かず、薄暗い。
 絡新婦の周囲には何匹もの巨大な蜘蛛がいた。下手な行動を取れば、絡新婦だけでなくあの大蜘蛛達も襲い掛かってくるだろう。
 
 脱出の機を伺うアゾートの頭に、突然声が響く。
(アゾート、聞こえる?)
 声の主はルカルカ・ルー(るかるか・るー)である。
(今化け狐の子に案内してもらってる。もうすぐ到着するわ。あと少しの辛抱だから頑張って!)
 それを聞いてほっと息をつくアゾート。
 その時、小さな人間の子供が蜘蛛妖怪に運ばれてきた。
「わあああん! わああああああああん!」
 子供はずっと泣きじゃくり、蜘蛛妖怪の腕の中で暴れている。

「ああもう、耳障りね」
 苛立つ絡新婦。子供は一向に泣き止む気配はない。
 絡新婦は舌打ちすると泣き続ける子供の下へ。
「人質は大勢いるんだし、一人減った所で何の問題もないわね」
 絡新婦の口の端に、鋭い牙が覗いた。
(っ、まずい……!)
 アゾートは火術で手足を縛る糸を焼き切ると、絡新婦へ炎を放った。驚き後ろへ飛び退る絡新婦。さらにアゾートは子供を抱えた蜘蛛妖怪へ電撃を放つ。感電した蜘蛛妖怪は小さく悲鳴を上げるとその場に倒れる。子供は地面へ落ち尻餅をついた。

「へぇ、やってくれるじゃない……覚悟は良いんでしょうね」
 子供を背に庇うアゾートを、絡新婦が鋭く睨みつける。その足元に無数の大蜘蛛が集っていた。
 大蜘蛛達が一斉にアゾートへと飛びかかる。

「させるかああっ!!」
 風馬 弾(ふうま・だん)がアゾートと大蜘蛛達の間に走りこみ、緑竜殺しを振り回す。驚いた蜘蛛達が動きを止めた。
「あら、あなたも食べられにきたのかしら?」
 嘲笑する絡新婦を睨みつけ、弾は言い放つ。
「アゾートさんを傷つけさせはしないっ! 僕が相手だ、蜘蛛のバケモノっ!!」
 そこに遅れてエイカ・ハーヴェル(えいか・はーゔぇる)も洞窟内に突入してきた。
「弾てば無茶しすぎ! 少し落ち着きなさい!」
 火術で邪魔な蜘蛛の糸を焼き払い、弾の元へと到着する。

「何人増えようと同じよ。皆まとめてこの子達のエサにしてあげる。さあ、行きなさい!」
 絡新婦の命を受け、大蜘蛛の群れが弾達へ襲い掛かる。
「たあっ!」
 飛びかかってきた大蜘蛛を一刀両断する弾。続けざまに二匹の大蜘蛛が弾を襲うが、どちらもエイカの放った炎に焼かれ地を転がった。
 燃え尽きる蜘蛛達には目もくれず、絡新婦へと飛びかかる弾。炎を纏った剣を振り下ろすが、絡新婦は蜘蛛の足を使い大きく後ろへ跳躍しそれを避ける。あっという間に大蜘蛛に取り囲まれる弾。
「弾落ち着いて! ああもう落ち着きなさいったら! 餅つい……じゃなかった、おーちーつーいーてーぇ!!」
 猪突猛進状態の弾を必死に諌めるエイカ。

「少しだけここで大人しくしててね」
 アゾートは助けた子供を他の人質の下へと連れて行った。
 人質の手足を縛る糸を一つずつ焼ききっていくアゾート。その背後に、音も無く一匹の大蜘蛛が忍び寄っていた。
「アゾートさん危ないっ!!」
 気付いた弾がアゾートに駆け寄り、その体を抱えて飛ぶ。
 巨大な蜘蛛の足が弾の背中を掠め、岩の地面を抉った。
「キャー! ナイスよ弾! それでこそ男…って、そんなこと言ってる場合じゃないわね」
 エイカが箒に乗って弾の援護に向かう。

「ありがとう……でもあまり無茶はしないで?」
 先程の大蜘蛛の一撃で、弾は背中を大きく切り裂かれていた。アゾートがヒールで傷を癒していく。
 しかし、絡新婦はゆっくり治療する時間を与えたりはしなかった。
 休み無く襲い掛かってくる大蜘蛛達。

 突然、絡新婦の周囲の糸が炎を上げて燃え始めた。
「な、何!?」
 たじろぐ絡新婦に、炎を纏った剣が迫る。
「よぉ、美人さん。ちょいとばかし俺とデートしようぜ」
 腕を切りつけられた絡新婦は悲鳴を上げて後ずさった。
 柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は再び機械剣カグツチを手に絡新婦へと迫る。

「アゾート、大丈夫!?」
 その時、突入してきたルカルカがアゾートの元に駆けつけた。その後ろから夏來 香菜(なつき・かな)キロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)、他にも何人かこちらへ向かってきている。
「あなたが親玉ね! 人を襲う明確なテロ行為、看過する訳にはいかないわ。大人しく降伏して法の裁きを受けなさい!」
 五十嵐 理沙(いがらし・りさ)が宝刀の切っ先を絡新婦へと向け言い放つ。

「皆さん、落ち着いて僕達について来て下さい」
 風宮 明人(かざみや・あきと)が捕らわれていた人々を誘導する。傷を負った弾もエイカに支えられそのあとに続いた。邪魔をしてくる蜘蛛妖怪達はソニア・クラウディウス(そにあ・くらうでぃうす)が機晶銃で退ける。
 無事人質が洞窟から脱出すると、二人は追いすがる蜘蛛妖怪を相手するべく洞窟内に残る。

「おのれぇ!」
「おっと、あんたの相手はこっちだぜ」
「邪魔はさせませんっ!」
 人質を取り返そうとする絡新婦だったが、恭也と詩穂がその行く手を阻む。更に、後ろには理沙とセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が回り込んでいた。
「私達は殲滅するために来たのではありません。大人しく投降してくだされば危害は加えないと約束しますわ」
 セレスティアに降伏を勧められ、しかし絡新婦は激昂する。

「降伏ですって?! 冗談じゃない!! 既に勝った気でいるみたいだけど大間違いよ! 人間風情がよくもまあ好き勝手してくれたじゃない。こうなったら、全員まとめて食い殺してあげるわっ!!」
 バキバキと音を立て、背から生えた蜘蛛の足が巨大化していく。それに合わせて人型の体も勢い良く膨れ上がり、数秒後には、見上げる程巨大な蜘蛛がそこにいた。

『さあ、覚悟しなさいっ!!』

 巨大蜘蛛と化した絡新婦が攻撃を開始する。




 一方、洞窟から抜け出した一同は山を降り始めていた。
 しかし。

「そこまでですよ、人間」
 振り仰げば、空には朝日を背に何体もの鴉天狗が。その内の一匹は鉤爪の備わった両足で、二人の人間の子供を吊り下げていた。

「私は鴉天狗。種族の名を己が名とする天狗達の長です。さあ、大人しく絡新婦の下へ戻ってもらいましょうか。

 さもなくばこの子達が命を落とす事になりますよ?」