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されど略奪者は罪を重ねる

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されど略奪者は罪を重ねる

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 逃げまとう人々により未だに事態が収拾しない大通り。
 契約者たちはなななが集中的に狙われていることに気づき、彼女を敵の手から逃がそうと画策していた。

「皆様、目を瞑ってください」

 舞花は信号拳銃の引き金を引いた。
 銃口から吐き出された∞印の信号弾は敵たちの正面で爆発。夥しい量の閃光が弾け、この区画が一瞬だけ真昼のように明るくなる。
 舞花は怯んだ敵たちを確認し、ポーチの中から化粧品を取り出した。
 パウダータイプのファンデーションであるそれを空中に撒き散らす。瞬く間に非常に濃い煙が発生し、微かな風で拡散して周辺領域を満たした。

「ななな様、今のうちに逃げましょう。ここでは分が悪すぎます」
「う、うん……!」

 なななは勢い良く首を縦に振ると、ほかの契約者に撤退の命令を出そうとした。
 だが、一人の戦闘狂――白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が煙幕を突き破り、なななに単独で突進。
 竜造は咆哮を上げた。

「ひゃぁぁはっはっ! 逃げてんじゃねぇぞクソ共がぁぁっ!!」

 脇に構えられた斬撃天帝が地面を擦り、甲高い金属音を断続的に響かせる。
 獣じみた速度で接近する竜造に、舞花が仕掛けた。なぎ払うように腕を振る。

「近づけません。弾け、飛んでください……っ!」

 エネルギーが扇状に膨張し、恐ろしい勢いで竜造に殺到する。

「てめえが弾け飛べ!」

 竜造は腕を伸ばし、神獣鏡を掲げた。
 パアンという炸裂音が響き、迫り来る衝撃波は方向転換。反応する暇もなく舞花に直撃し、靴跡を引きながら吹き飛ばされた。
 立ち塞がる障壁がなくなり、竜造はなななとの間合いを詰める。

「っくは、これで終ぇだ! お疲れさん!」

 竜造は銅鏡を捨て、地面を強く踏みしめた。
 金剛力の震脚。
 小さな地震のように大地が揺れ、硬直化したなななを切り伏せようと斬撃。
 白銀の分厚い刃が円の軌跡を描く。

「なななちゃんに触れるなぁぁ!」

 ノーンが飛び込むように身を割り込み、氷壁を展開した。
 刃が弾け、氷が砕ける。
 キラキラと空中を舞う氷の破片は――周囲を囲むような爆発の熱により一斉に気化した。
 爆発の正体は機晶爆弾。仕掛けたのは松岡 徹雄(まつおか・てつお)
 突然の爆裂と爆煙により気をとられたなななは、いともたやすく竜造に接近を許してしまう。
 竜造が笑った。

「じゃあな」

 短く言い、竜造は巨大な剣を縦の円状に振るった。
 鉄の塊のように分厚い刃が肉薄。
 なななは咄嗟に長剣で迎撃した。圧殺覚悟の超重撃を刀身で受け止める。
 表面で弾ける赤い火花。
 だが竜造の膂力はなななのそれを遥かに凌駕し、長剣の刃を簡単に押し込み、一刀両断。
 死を齎す風切り音が耳に届く。
 なななが目を瞑った。

「どけ!」

 横からの衝撃。道に尻餅をついて、なななは誰かに突き飛ばされたことが分かった。
 なななは顔を上げる。
 竜造の刃を、グレン・フォルカニアス(ぐれん・ふぉるかにあす)が七輝剣で受け止めていた。
 七色の輝きを持つ刀身には大きなヒビが走っている。

「チッ……せっかくいいところだったのによぉ!」

 竜造は半歩踏み込んで、横の斬撃を発生させた。
 グレンは落雷のごとく剣を下げて迎撃。輝く刃が砕け、柄を持つ手が痺れた。
 咄嗟に柄を握る手を緩めたお陰で五指が砕けずに済む。
 同時に竜造の右膝から下が回転し、グレンの胸板へ伸び上がるのをかわした。
 グレンが背中越しになななに叱咤激励。

「ぼけっとしてんじゃねぇ! とっとと逃げろ!!」

 破壊された七輝剣を捨て、グレンは煤んだ翼の剣を引き抜いた。
 激しい剣戟。打ち合わされる硬質な金属音。
 戦闘狂人たる竜造の乾坤の一撃を打ち払い、迂闊にもグレンの体が空に泳いだ瞬間。
 ねじ込むように放たれた巨大な質量の刺突が、同様に体を捻って動いたグレンの耳朶を切り裂き、背後の建物を紙のごとく貫通した。

「死ねぇぇ!」

 建物の壁を両断していく死の白刃は、だが、グレンに到達する前に停止していた。
 彼を守るように巻き上がった風によって、分厚い刃が押し返されていたからだ。
 誘いを成功させたグレンは口角を上げた。

「かかったわね」

 声の主はアルマー・ジェフェリア(あるまー・じぇふぇりあ)
 風の鎧がグレンを守っているうちに、アルマーは無色の魔法を発動させる。

「ちょっと眠っておきなさい!」

 無の魔法が竜造の下腹部に炸裂。
 インパクトの瞬間、どす黒い靄が阻み、激突衝撃であたりの大気を吹き飛ばす。
 竜造は吹き飛び、地面で何度かバウンド。
 内臓が破裂してもおかしくない衝撃だったはずだ。死亡はしていなくとも戦闘不能には陥ったはず。
 ――そう思っていたからこそ、何事もなかったように起き上がった竜造を見て、アルマーは驚愕で目を見開けた。

「肋骨が何本か逝ったんじゃねぇか? 痛かったぜ、オイ」

 竜造の顔から笑みが消滅していく。
 言葉では言い表せない恐怖を感じたアルマーは、無色の魔法陣をいくつも展開。
 無の魔法を一斉に炸裂させた。
 だがその全ての魔法はどす黒い靄に阻まれ、竜造に届くことはなかった。
 竜造は言った。

「二対一とはいえ俺に一撃を入れるとはなぁ……喜べ、全力でぶち殺してやるよ」

 どす黒い靄――錬鉄の闘気が竜造の肉体を覆い、強固な鎧を形成する。
 その異常とも呼べる光景に、アルマーの顔が引きつりそうになった。
 だがいつの間にか近づいていたグレンが、彼女の背中をポンと叩いて緊張を解す。

「らしくねぇな。気負ってんじゃねぇよ」
「……そうね」

 短く言い、アルマーは魔法陣を多重に展開する。
 グレンは煤けた翼の剣の柄を握りなおし、靴の底で道路をにじった。
 汗ばむほどの闘気に息苦しさに襲われる。
 敵は本気だ。

「てめぇらに逃げ道はねぇ。覚悟しやがれ」

 竜造が駆けた。
 グレンは叫ぶ。

「ああ、願ってもない状況だクソ野郎!」

 ――――――――――

 グレンに助けられたなななは、菊花 みのり(きくばな・みのり)に手を引かれながら走っていた。
 みのりは大通りから路地裏に入り、教導団の生徒である彼女でも分からないような迷路じみた道を通っていく。

「……金元さん……こっち…です……」
「あ、ありがと」

 なななは半ば無理やりなみのりの道案内に、少し疑問を感じて問いかけた。

「み、みのりちゃん、どこに向かってるの?」
「人気の無い…場所へ……時間を…稼ぎ……ましょう……」
「時間を稼ぐ……?」
「狙いは……君…、なら……君が逃げて……動けば……あの人も……動き……ます……」

 みのりの声はなななに向けられているものの、目は前方から一瞬たりとも外しはしない。
 ウィルコの奇襲やトラップを警戒し、建築物が多い所から建物が少ない所へと回り回っていた。

「金元さんの……護衛……守る……ため……いえ……あの人を……守る……とも、言えるかも…知れません……ね」
「あの人……それって、もしかしてウィルコのこと?」
「……はい……絶望…あの人は…何か……あります……」
「絶望って……ウィルコが?」
「……そう、聞こえ……ました……」
「聞こえた?」
「……はい……教えて……もらいました……」

 ピントはずれなその答えに、なななはさらに首をかしげた。
 みのりはそんな事は関係ないといった風に言葉を続ける。

「それに……私も……探し人……あの人と同じ…答えを…探してる……だから……」
「同じ答えを探す? それって、一体……」
「……ワタシには……分かりません……けど、それは……きっと……どこかに……」

 みのりはそこまで言うと、もう話しだすことはなかった。
 絶望。
 答え。
 なななにその意味は分からなかったが、彼女が自分に何かを伝えたいことは分かった。