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されど略奪者は罪を重ねる

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されど略奪者は罪を重ねる

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 廃ビル一階。玄関ホール。
 多目的ホールで戦っていたダオレンは、このホールまで後退していた。

「ここまでやるとはねぇ。これは予想外のアクシデントだ」

 玄関ホールの中心で佇むダオレンは、遅れてやってきた四人の契約者を見て苦笑いを浮かべた。

「君たちもしつこいね。そろそろ僕も疲れてきたんだけど……ストーカーはれっきとした犯罪だよ?」

 ダオレンの軽口に四人の契約者は反応しない。
 その中の一人――樹月 刀真(きづき・とうま)は白の剣を十二時を指すよう正眼に構えた。

「自分の大切な奴を助ける為になりふり構わないウィルコに少し手を貸したくなった」

 刀真はむき出しの床を蹴り、駆ける。

「その邪魔をするなら、死ね……!」
「死ねとはまた物騒だね。でも、僕は死ぬの御免だから君が死ね」

 ダオレンは拳銃を持つのとは反対の手で携帯を操作。
 瞬間的に発生した液体窒素で構成される氷の剣が、刀真を串刺しにしようと天井から急速に落下した。

「氷点下一九五・八度の極低音の氷の剣でも味わいなよ」

 数条の氷の剣が迫っているというのに、刀真はダオレンから一ミリたりとも視線を動かさない。
 その後方で、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が叫んだ。

「顕現せよ!」

 花弁のように具現化した四本の剣を、月夜は氷の剣目掛けて投擲した。
 刀真の頭上で氷の剣が全て砕ける。
 氷の雨を浴びながら、刀真は速度を緩めずダオレンに接近。
 拳銃で迎撃されるが、視線や肩やつま先の動き、重心移動と呼吸から動きを読み取り弾丸の軌跡を見切った。
 銃弾が刀真の背で着弾する。
 ブラックコートをダオレンの顔に投げつけて視界を奪い、最小最適な動作で剣を振るった。

「首を置いてけ……!」

 白の軌跡を描き迫る刃。
 だが、ダオレンは薄皮一枚のところで片手で掴み取った。
 アンボーン・テクニックによる身体の強化。
 彼の腕には電撃のような魔法が走っており、それで筋肉の反射速度を急激に高めたようだった。

「あんまりこれは使いたくなかったんだけどね」
「お前、その技術は……」

 ダオレンは言葉を遮るように下段蹴りを放った。
 刀真は飛び退くことで回避、足を止めずに何度もジャンプして移動。
 それを猛追する銃弾と氷の剣は、飛び移った直後の床を一瞬にして蜂の巣させる。
 刀真が三人のもとに後退するのと同時に、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が言い放った。

「それは未来の戦闘技術アンボーンテクニック! ダレオンさん、あなたは未来人のテクノクラートですねっ!」
「くく、ご名答」

 ダオレンは防衛計画による百万ボルトの雷を発生。
 十二にも及ぶ雷の一斉掃射。
 しかし、その雷は四人に届く寸前に火花を散らした。詩穂の対電フィールドによる防御のお陰だ。

「不思議には思っていたんです。あなたの技術力はこの時代の研究者にはあり得ません」
「お褒めに預かり恐悦至極、ってね」

 ダオレンが何度も引き金を引いた。
 詩穂は大楯で弾丸を防ぎ、弾が空になるタイミングを計り前進しようとするが、氷の剣によって邪魔される。
 彼女の視線の先で、ダオレンは撃ち尽くした銃を歯で咥え、空いた手で悠然と弾層を交換した。

「どんな施設でも入り口が一番攻略し難いものだろう?
 だから、このフロアにはたくさんの兵器を用意させてもらっているよ」

 言葉の終わりと共に、月夜が何かの気配を感じ頭上を見上げた。
 先端テクノロジーで天井に設置された機器を瞬時に理解し、月夜は叫ぶ。

「皆、逃げて!」

 四人はすぐさまそれぞれの方向に跳躍した。
 転瞬、先刻まで居た場所に酸の奔流が降りかかる。白煙をあげ、強酸独特の金属が錆びたような刺激臭がホールを満たした。
 ダオレンが笑う。

「濃硝酸と濃塩酸の混合酸である王水の奔流さ。
 それをもろに浴びれば、生きながら溶解していく地獄の苦痛を味わえたのに」

 余裕そうなダオレンとは対照的に、契約者たちの顔は苦痛に歪んでいた。
 完全にはかわし切れず、強酸の飛沫を浴びて皮膚が溶けかけていたからだ。
 ただ、その中で一人だけ――完全に強酸を避けきった藤林 エリス(ふじばやし・えりす)がダオレンに突撃を開始。

「愛と正義と平等の名の下に! 革命的魔法少女レッドスター☆えりりん! 人民の敵は粛清よ!」

 空色のレオタード風魔法少女コスチュームに究極変身したエリスは、空飛ぶ箒シュヴァルベに乗ったまま高速飛翔。
 氷の剣と銃撃の嵐を舞い踊るような動きで縦横無尽に翻弄しながら、ダオレンの懐に潜り込んだ。
 新体操のクラブのような武器を、拳銃目掛けて振り下ろす。
 ダオレンは腕に雷を纏わせて、弾丸のごとき速度の正拳を放った。
 棍と拳が激突、衝撃によって埃が舞い上がる。
 靴を擦りながらノックバックするが――硬直が解ける前に、行動予測でそれを読んでいた詩穂がレイピアで刺突を放つ。

「チェックメイトです!」

 細い刀身は腹部を貫通し、鋭い痛みによってダオレンは顔を歪める。
 すぐさま後退しようとするが、刀真がワイヤークローで片腕を絡め取り動きを制限。

「これで終わりよ!」

 硬直がとれたエリスはクラブを思い切り振りかぶり、頭部に打撃を叩き込む。
 鈍い音が鳴り、ダオレンは床に倒れた。
 引き起こされる頭痛を我慢し、ダオレンは素早く立ち上がる。
 だが喉元に突きつけられたクラブにより、身動きがとれなくなった。

「あんたの負けよ悪党」

 エリスは拳銃と携帯電話を取り上げ、武器を突きつける。

「さあ、教えてもらうわよ」
「教える……なにをかな?」
「しらばっくれてんじゃないわよ。あんたは言ったじゃない。力ずくで聞き出せって」
「ああ、そういうことね」

 状況に反してくくくと笑うダオレンに、エリスはイラついたが我慢し口にした。

「まずは確認させてもらうわよ。
 病原菌も治療法も見つかった未来から、その知識と医療技術をもって現代にやってきたあんたが、わざと人為的にシエロを病気にさせた。薬を餌にウィルコを自分の思い通りに利用するために」

 エリスはダオレンを睨む。

「それに、間違いはないわよね?」
「くくく……ほとんど当たりだけど、間違えているところがあるよ」

 ダオレンはエリスを見上げた。その瞳に嘘はない。

「僕は自分の目的を果たすためにたしかに未来からやって来た。シエロを病気にさせたのも、薬を餌にしたのもその通り。
 けど、あの病気の病原菌と治療法は――僕がいた未来でも未だに発見されていない」

 ダオレンは邪悪な笑みを浮かべた。

「あの病気……いや、毒といったほうが正しいかな。あれはね、ウィルコに憧れた僕が人生をかけて開発した毒物なんだ」
「なら、延命のための薬は……」
「あれは延命の薬なんかじゃない。開発の途中で偶然生まれた五感のうちどれかの影響を抑えるための薬だ。彼女は聴覚が維持されているようだけどね」

 ダオレンは続ける。

「あれの進行は止まらないよ。彼女は一ヵ月後に死んでしまう」
「そんなこと……まだ分からないじゃない」
「いや、分かるよ。
 研究データはすでに破棄しているし、僕が十年分の研究を事細かく覚えているわけがない。
 希望を打ち砕くようで悪いけど、彼女のあれは一ヶ月じゃ絶対に治せないよ。僕の短い人生をかけた努力の結晶だからね」
「なんで……」
「ん?」

 エリスは至近距離でダオレンを睨みつけ、叫ぶ。

「なんで、あんたは……いったいなんの理由があって、そんな酷いことを彼女にしたのよ!?」
「簡単だ。恋だよ、恋。僕はウィルコに一目惚れをしたんだ」

 ダオレンは口元を歪め、うれしそうに語りだした。

「彼が特殊部隊に居た頃なんだけどね、その最後の仕事に鏖殺寺院の支部の鎮圧ってのがあった。
 僕は幼いながら非凡な頭脳を買われてね。そこの一員として人体実験や兵器開発で活躍してたんだよ。
 鏖殺寺院に入った理由は……そうだね……絶望していたこの世界を壊すためかな。
 面白くなかったんだよね、その時は。
 自分が有能すぎてクソつまんない世界。こんな面白くない世界なら壊してやろうと研究に没頭していたのさ。
 けどね、違った。世界は素晴らしかった。僕はそれを、鎮圧作戦のときにやって来たウィルコに出会って初めて知った」

 ダオレンがうっとりとした眼差しで虚空を見つめる。
 まるで、その時の光景を思い返しているように。

「圧倒的だったよ。
 僕らの暴力を、ウィルコはそれ以上の暴力で叩き伏せる。
 次々と仲間を殺していく。
 僕はその凄惨な光景を見て……これだ、と思った。この強さだ、と思った。
 死の衝動すら吹き飛ばす圧倒的な強さ。
 僕はそれに憧れ、思い直したんだ。こんな無慈悲で残酷な暴力がある世界がつまらないわけがないって」

 虚空に両手を伸ばし――そして、自分の体を抱きしめた。

「そして、僕にこんなにも世界の素晴らしさを教えてくれたウィルコに……恋をしたんだ」

 ダオレンは恍惚そうな声で言葉を紡いでいく。

「僕は彼が苦しんだ姿を見たいと思った。それが僕なりの歪んで歪みきった愛情表現。
 だから、彼が最も大切にする姉を奪ってやろうと思ったのさ。そしてその近くで彼を観察し続けた。
 ターゲットの強さを徐々に上げていって、それを殺害する罪悪感に苦しみ、姉が衰弱していく恐怖で弱っていく彼の姿は……とても愛おしかったよ」

 そして、エリスに視線を戻した。
 ダオレンは静かに笑いかける。

「未来ではその恋は成就しなかったんだけどね。ウィルコはすでに流行り病で死んでしまってい」

 エリスが言葉を遮るように襟元を掴み上げた。

「あんたは……っ!」

 エリスは利き腕を振り上げる。
 ダオレンは視線を逸らさず、顔色一つ変えない。

「殴りなよ。そら殴れ。殴っただけじゃあ、何も事態は解決しないけど」
「くっ……!」

 エリスはすんでのところでこらえ、利き腕を下げた。
 掴んでいた襟元を離し、彼を見下ろしながら、静かな声で言い放つ。

「……あんたには、後で泣き叫んで命乞いするまでたっぷりお仕置きしてあげるから覚悟しなさい」
「お仕置きはやだなぁ。僕、痛いのは嫌いなんだよね」

 ダオレンは隠していた予備のボタンを押した。
 瞬間、彼を中心として発動する炎の嵐。
 ワイヤーが焼け切れて自由になったダオレンは、炎のカーテンの向こうで笑っていた。

「アルミニウムと鉄酸化物、マグネシウムを炸薬とした金属還元熱反応。
 金属をも融解する三千度の高熱だ。
 さて、そろそろ僕は退散するよ。一応彼との約束は果たしたしね。守れはしなかったけど」

 バターのように溶けていくむき出しの床や壁から視線を外し、ダオレンはくるりと踵を返した。
 そして、最後の防衛計画を発動。
 予備のスイッチを押すと共に無味無臭のガスがビルに噴出された。

「メチルホスホン酸イソプロピルフルオリダート、つまりはサリンガスだ。
 数分もあればこのビルにガスは充満するよ。シエロの命が惜しければ、すぐにでも伝えにいくんだね」

 ダオレンはくくくと笑み、足早に廃ビルを去っていった。