校長室
強襲のゆる族 ~可愛いから無害だと誰が決めた?~
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四章 ゆる族の群れを前にして、中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)は嗜虐的な笑みを浮かべていた。 綾瀬の目は常時隠れているため、ゆる族たちの可愛い姿が見えることはないのだ。 「私としては空京たいむちゃん……ラクシュミ様が着ぐるみの状態にされようが全く構いませんわ? ですが、まぁ……この先の皆様の計画を、私は観たいとは思えませんの。早々に『退場』して頂けますか?」 綾瀬は言葉を終えると、魔王 ベリアル(まおう・べりある)は前に出た。 「さぁ、ベリアル……自らを可愛いと自賛している彼らを、お望み通り『可愛がって差し上げなさい』」 「任せて」 べリアルは微笑むと、ゆる族の前に立った。 「さあ、みんな! ちょうどバットがあるから一緒に野球をしようよ!」 べリアルの突然の提案にゆる族たちは全員戸惑った。 「でも、僕たちの身体じゃ野球は出来ないよ?」 「大丈夫よ、そんなこと気にしないで?」 べリアルは優しく笑みを浮かべると、球体のようなふかふかの毛並みをしたゆる族を片手で持ち上げた。 「それじゃあ、僕がバッターをやるから……君たちはボールね?」 「え?」 ゆる族が聞き返すと、べリアルは軽くゆる族を軽く放るとバットをフルスイングしてゆる族をぶっ叩いた。 「けぷぁ!?」 ぐちゃ……と、何かが潰れるような音と共に殴られたゆる族は地面にべちゃりと叩きつけられた。 「う、うわああぁあ〜〜〜〜!」 「な、なんてことを……良心が傷まないのか!?」 ゆる族はぴぃぴぃと抗議をするが、返り血が頬についたべリアルはそれを拭いながら邪悪な笑みを浮かべ、 「良心なんて無いよ……僕は悪魔だよ?」 さらにバットを振りおろし、まるで虫でも潰すようにゆる族を叩き続けた。 「わああああ〜〜〜〜逃げろ〜〜〜! あいつはいじめっ子だ〜〜〜!」 大慌てでゆる族たちはベリアルから背を向けて逃げ出すと、進行方向で爆発が起きた。 林田 コタロー(はやしだ・こたろう)が仕掛けた破壊工作の爆弾だ。 (ああ! コタロー! スタジアムの中を爆破なんてしたら後々面倒なことに……) 光学迷彩で姿を隠している林田 樹(はやしだ・いつき)はコタローの行動に口を挟まず一人でやきもきしていた。 そんな保護者に見守られていることも知らず、コタローは爆発で慌てているゆる族たちに追撃をかける。 「わるい事するゆうぞく(ゆる族)は、こたが正ぎのてっちゅい(正義の鉄槌)をくりゃわしてやるのれすお! くりゃえ〜光じゅちゅ!」 コタローは叫びながら光術を使ってゆる族たちの視界を奪った。 (光術を使えば目つぶしにはなるだろうが……ダメージは与えられないぞコタロー) 樹はため息をつきながら銃を構えると、追加射撃を行った。 強い光が出た場所とは全く違う角度からの射撃を受けて、何匹かのゆる族が被弾してダメージを受ける。 「まだまだこんなものじゃないれすよ! そえれわ、とどめなのれす!こたひっさちゅのー『ちゃぶれっと(タブレット)画面ぴかぴかこうげきー!』 光術でダメージを与えられたと勘違いしているコタローはそのままの勢いで破邪の刃を使い武器から聖なる光が放たれる。 「きゃう!?」 「うわあああ!」 光のダメージで大勢の中にいるゆる族の二匹だけがひっくり返ってダウンした。 (コタローそれは限られた範囲の攻撃だって……) やれやれと頭を抱えながら樹は毒虫の群れを使ってコタローに気づかれないようにゆる族たちを襲っていく。 (これは……実質、私が一人で戦ってるのと同じじゃないのだろうか……?) ふと、樹がそんなことを考えていると、 「みんな、ここにいると危険だよ! 早く逃げよう! こっちだ!」 突然他のゆる族より明らかに大きいゆる族二人がリーダーシップをとって、ゆる族たちを先導し始める。 ゆる族たちは混乱の中、疑問を持つ前に大きなゆる族の後ろに続いた。 セルマ・アリス(せるま・ありす)はうっとりした表情でその光景を見つめていた。 「ねぇ、ミリィ? あんなにいっぱい居るんだから少しくらい連れて行ってもいいかな?」 とろけた表情のままセルマは横にいるミリィ・アメアラ(みりぃ・あめあら)に訊ねた。 「ま、まずは鼻血を拭こうよ!」 ミリィに鼻から流れる血を指摘されてセルマは慌ててそれを拭った。 「もちろん、ゆる族には危害を加えないし向こうの戦力も減る。一石二鳥じゃないかな?」 「うーん……そこまで言われたら、ちょっと見守ってみようかな? それで、具体的にはどうするの?」 「えっと、まずはミリィが光学迷彩で姿を隠して後続を眠りの針で眠らせようか?」 「うん、じゃあやってみるよね」 そう言ってミリィは光学迷彩で姿を隠すと逃げ回っているゆる族たちに横から合流した。ゆる族たちも必死に逃げているせいで後続が一人増えたくらいでは全く気づく様子がない。 (ごめんね……?) ミリィは背中から攻撃することに少し罪悪感を覚えながらゆる族たちに針を刺した。 「う……」 「はうぅぅ……」 眠りの針で刺されたゆる族たちは次々に足を止めて、可愛らしく寝息を立ててその場で丸くなってしまう。 全員が違和感を覚えない程度にゆる族の数を減らすと、セルマはミリィと合流すると20メートルのロープを使って眠っているゆる族を一繋がりに縛っていった。 「も、もふもふだよ……うわぁ、寝息立てて……可愛いぃぃ……これで死ぬほどもふもふできるね」 セルマは小型飛空挺にロープを繋ぐとミリィを連れて上昇する。 「……後でこの子たちは帰してあげないと……」 「なにか言った?」 「う、ううん何でもないよ! ほ、ほら早くここを出ようよ」 ミリィに促されてセルマは飛空挺でスタジアムを脱出する。ミリィはぶら下がっているゆる族を見て、少しだけ申し訳ない気持ちになった。 色々と追撃を受けながら大きなゆる族に連れられたゆる族たちはようやく追っ手をまいて休憩することが出来た。 「あ、ありがとうでしゅ……あのままいたらみんないじめられていたでしゅ……」 ゆる族の一人がお礼を言うと、大きなゆる族の二人は同時に向き直ると、一人が体をくねらせると、胴体が縦に裂けて中からフィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)が出てきた。 「な、なんだおまえは!?」 「ドーモ、ブルージャスティスです。今から君らを徹底的に殴るゆえ、動けるうちにハイクを詠むがいい」 「い、いったいなにを言って……」 ゆる族たちが静かに混乱していると、 「うるぁあああああああああああ!」 もう一方の大きなゆる族がその質問を遮るように殴り飛ばしてしまう。 「ちょ……長可、せめて着ぐるみを脱いでからにしなさい」 「おお、そうだったそうだった」 フィーアに指摘されると、森 長可(もり・ながよし)は着ぐるみを脱いで──再びゆる族を殴った。 「けぷぅ!?」 ゆる族は奇声を上げて吹っ飛び、他のゆる族は盛大におびえる。 「だ、だましたな!」 「ひきょうだぞ!」 ゆる族は必死に非難するが、フィーアも長可も何も感じていないように表情を変えない。 「可愛いから攻撃されないことを知っていて相手を傷つけようとするのも充分卑怯だと思うけどね……まあ、いいや。これから君たちを殴ることに変わりはないし!」 そう言って、長可に続いてフィーアもゆる族を手当たり次第に殴り始めた。 「ぷふぁ!?」 「ゆる族! 君が! 泣いても! 殴るのを! やめない!」 フィーアは叫びながら拳の連打を浴びせ、 「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!」 長可は繰り出した拳で辺りにいるゆる族たちを手当たり次第にぶっ飛ばしていった。 「ぐぬぅぅぅぅぅ! なんということだ! ここまで我々に攻撃出来る人間がいようとは……!」 タイムコントロールでひよこからニワトリになってしまった隊長は憎々しげに不利になっていく戦況を見つめていた。 「たいちょう! たいちょうは僕たちが守ります! 安心してください!」 「おお! 同士たちよ! 頼んだぞ!」 ゆる族たちはニワトリ隊長を取り囲み、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)とセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の前に対峙した。 「これいじょう近寄るんじゃない! 隊長には指一本触れさせないぞ!」 そんな姿を見てセレンはため息をついた。 「いくら『可愛いは正義!』と言っても、やってる事は全然可愛くないから嫌われるわよ?」 「ど、どういうことだ!」 「だってそうじゃない? ねえ、あなたたちのいう『可愛いは正義!』って、ただ可愛いから正義と言うわけじゃないよね? その可愛さで皆の心を和ませ、悲しむ人に明るい笑顔を、憮然としている人に笑いを届け、全ての人を楽しませる……それが『可愛いは正義!』ってことだよね?」 「う……ん……?」 少し長い台詞と難しい言葉にゆる族たちは不思議そうな顔をして小首をかしげる。 そんな様子を見ていたセレアナがセレンに心配そうに声をかけた。 「セレン……どうしちゃったの? 急にまじめなことを言い出して」 「私だって真面目なことを言うときくらいあるの! いいからセレアナは黙ってて!」 セレンがムッとした表情をすると、セレアナは肩をすくめた。 「ああ、彼女が言いたかったのは、暴力を振るったら可愛くないってことよ」 「ああ〜」 セレアナの注釈でようやくゆる族たちは理解した。 「鏡をごらんなさい。あなたたちの今の姿は『可愛いの神様』を裏切って、反吐が出るほどの醜さに満ちているわよ? それがあなたたちの望んだことなの?」 「い、今の僕たち可愛くないの……?」 「ぜんっっっっぜん可愛くない!」 「っ!!?」 はっきりと言われてゆる族たちはショックに顔を引きつらせる。 そこにセレアナが再び言葉を投げかける。 「あなたたちを扇動した隊長は哀れな人ね。『本当の可愛い』ってものが全く判ってない。いいえ、そうじゃなくて、忘れているのよ……『可愛い』に大切なものが何であるかを」 「忘れてるのはあなたたちも同じみたいだけどね。さあ、これ以上大切なものをなくしたくないなら、そこをどきなさい」 「……」 ゆる族たちはお説教を受けて、隊長までの道筋を開けてしまう。 「くぅう! 貴様ら! 私を裏切るというのか!」 「というよりかは、見限られたって感じですけどね」 そう言ってきたのはザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)だった。 「なんだ貴様は!」 「ええっと、落ち着いて自分は交渉に来ただけで……まあ、交渉するのは自分じゃないんだけど……」 ザカコはそう言って後ろに控えていた強盗 ヘル(ごうとう・へる)を前に出した。 「じゃあ、なるべく穏便に説得してくださいね」 「ああ、わかってるよ」 ヘルはニイッと微笑みながら隊長の前に立った。 「てめえには一つ訊きたいことがあるんだ」 「な、なんだ」 隊長が聞き返すと、ヘルはギッと隊長を睨みつけた。 「なんで二頭身までしか入れないんだよ!」 「ええ!? そんなことを聞きたかったの?」 「そんなことってなんだよ! 俺にとっては大事なことなんだよ! ゆる族の集団を束ねている癖に着ぐるみの見た目で差別しやがって! 普通の頭身で怖い外見の俺はお呼びじゃないってか?」 頭に血が上ってしまったヘルはそのまま隊長の首を掴んで自分の視線のところまで持ち上げた。 「俺だって可愛い着ぐるみに生まれたかったさ。ゆる賊とか言われずに可愛いとちやほやされる生活もしてみたかったさ! だからこそ可愛いってだけで渡っていける程世の中は甘くないって教えてやるぜ!」 「ふ……ふざけるなぁっ! 貴様が我々の何を知っているというんだ!」 隊長は首を絞められながらヘルを睨みつけ、ヘルは思わず怯んでしまう。 「可愛いと言われ、周りから嘲笑され! 兵士としての尊厳を奪われ! 踏みにじられ! 穢された! ならば貴様らが嘲笑したもので全てを屈服させ、可愛いこそが最強だと理解させる必要があったのだ! その苦労が……貴様に分かるか!」 「む……」 ヘルが言葉を詰まらせていると、ザカコが前に出た。 「事情は分かりました……ですが、これ以上の戦闘は無意味。今ならまだ可愛いで済みますし、今回の一件はフェアのイベントだったと言う事にして収めちゃいませんか?」 「……これだけの損害を受けての逆転は不可能……私の失態だ……敗者は勝者に従うのみ」 「それじゃあ……」 「我々は降伏する……これにて戦闘を終了する」 隊長は全身から力を抜いて、覇気をなくしてしまう。 これにて、全ての戦闘行為は終わりを迎えた