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雲海の華

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雲海の華

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 数刻の後。
 シャンバラの南東沖に展開中の作戦宙域にて。
 大型飛空挺アイランド・イーリ(愛称:イーリ)の艦橋において、早期警戒管制機ブラックバードより入電。
「現在、作戦宙域の上空1万メートルより偵察を継続」
「こちら、イーリのリネン・エルフト(りねん・えるふと)よ。戦況を教えてもらえないかしら」
「了解。第一線に展開中の機動要塞・(読み:ふそう)扶桑について。主力の艦載兵器による要撃も功を奏せず、依然として膠着状態」
「フェルミイは、どう思う」
 共に同艦の指揮系統を担うフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)と顔を見合わせると、お互いに眉をひそめあった。
「キロスの野郎が手名付けたぐらいだから、それほど強い奴らだとは思わなかったんだがな」
「ええ。詳しい敵の数を知りたいわ……どれぐらいの数を相手にしているの?」
「扶桑を取り巻く敵機は、レーダーで捕捉できたものが74。作戦宙域全体では、623」
「あの馬鹿でっかいデーモンが、そんなに居るのかよっ。ひとたまりも無いんじゃないのか?」
「扶桑のスケールはどれぐらいなの?」
「公称値より、全長628、全幅82。現況報告を加味して推定される機晶フィールドの減耗は、およそ4割強」
「そっから目視で確認できるのか?」
「望遠カメラを介して、実体を視認可能。目立った損害は認められず」
「何よりね。目立った点はある?」
「葦原所属と思われる漆黒の和装イコンが、扶桑の船首に陣取る形で奮戦中」
「士気が落ち込んでいらっしゃる様には伺えませんわね。でもこれで、あたしたちに白羽の矢が立てられるのもわかりますわ」
 イーリの舵を操りながらおっとりと構える女性は、ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)だ。
 そして何を隠そう、操作卓の端に腰を下ろして顎を指先でつまんでいる少女こそが、イーリの乗組員を束ねるヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)である。
「扶桑、ふそう、フソウ……確かさっ、葦原で持ってる世界樹の名前って、そんなんだったよねっ?」
「団長の仰るとおりでございますわ」
「なんだそりゃ偶然か? まあ、縁起がいいかもしれないけどな」
「あたしたちが到着するまで、どうにか持ちこたえてくれるかなあ。リネン、フェイミィ、ユーベル、蒼学のお偉いさんたちを、驚かせてやるわよっ」
 リネンたちは踵を鳴らしてヘリワードへ向き直り、号令と共に敬礼する。
「「「アイ・サー」」」
「本艦はこのままの針路と、第3戦速を維持いたしますわ」
 艦橋から一斉放送を流すマイクを手に取ったリネンは、乗組員にこう告げた。
「ブリッジより通達。本艇は間もなく会敵する。総員、第1戦闘配置にて出撃に備えよ。次いで、遊撃部隊の発艦を許可する――」
 蒼空学園より全権を委任された機動要塞においても、リネンたちの指示を待つイコン部隊が控えていた。
 指揮系統の統一を踏まえて、機動要塞のクルーたちも便宜的にシャーウッドの森・空賊団の一員として行動を共にすることになっていたのだ。
「シャーウッドの森・空賊団の1番機、出るぜえー」
「貴艇の御厚意に感謝します。ゴスホーク、これより発進します。ウィンダム、先に行きます」
「了解っ」
「続いて空賊の3番機も行くぞーっ」
「よっし、準備万端っと。それじゃあボクたちも出発しましょうか。ウィンダム、発進よ。先行するゴスホークと共に、目標周辺の調査へ向かいます」
 機動要塞での状況はすべてイーリの艦橋にリアルタイムで確認できるようになっている。
 イコンの状態を一覧できるモニターに表示されている各機の値が、待機中から出撃準備を経て、発艦後の無傷な状態を表す損害なしへと、次々に変化していく。
 イーリの艦橋から機動要塞の甲板の映像をモニターへ映し出すと、幾体ものイコンが大空へと飛び上がっていった。
「なんだかジッとしていられねえ。オレも周辺の警護に当たるけどイイよなっ。いいだろ、ヘリワード」
「ちょっと、フェイミィったらっ!? アンタは艦載部隊の指揮って仕事があるでしょうっ」
「デーモンと聞いちゃあ、殺らねえわけにはいかねえし。ついでに空の部隊も仕切れば問題ないだろ、なっ?」
「いっつもあたしのコトほっぽり出して、勝手なことばかりするんだからっ。……もおっ、しょうがないわねえ。フェイミィだけじゃ心配だから、リネン、アンタも付いていってやってちょうだいっ。分かった? いいわねっ」
 そうまくし立てたヘリワードは、そっぽを向いて腕を組んでしまった。
「アイ・サー、団長。それじゃ、フェイミィ。私も手伝うわ」
「そうこなくっちゃなあっ。サンキュー、ヘリワード。行こうぜ、リネンっ。まーだその辺ウロついてるキロスに負けてられるかっての!」
「ふたりともっ、気をつけていってらっしゃい。ケガにはくれぐれも注意するんですよ」
 穏やかな笑みをたたえるユーベルに見送られて、リネンとフェイミィが艦橋を後にしようとした時だ。
「リネン、フェイミィ、ちょっと待って。もしキロスに会ったらイーリへ戻るように言って。必要なら、あたしの愛竜デファイアントを使いなさいって。彼の飛竜に負けないぐらい、すっごく勇敢なんだからっ。それじゃあ頼んだわよ、ふたりともっ」
 ふたりはヘリワードへ空賊の間で通じ合う了解の手信号と笑顔を向けると、大空を目指すべくイーリの甲板をめざした。

▼△▼△▼△▼




「随分と冷てえ奴らじゃねえか。お仲間が戻ってきたってのによっ。さすがにこの場じゃ、まともに剣も振るえねえかっ」
 雲海の渦に迫った機動要塞・扶桑を発見したキロスたちだったが、己自身も周りの巨大デーモンから狙われる立場であるのには変わらなかった。
 敵の吐き出すさび色の焼け付くブレスを巧みな操術で上方へ回避する。体当たりを仕掛けてくる魔獣とは正面からデーモン同士を組み合わせて動きを封じておき、キロスが魔剣で翼膜を切り落としに掛かるのだ。デーモンには相手の鼻先を食いちぎらせてブレスを封じる作戦である。
 だが、こうして雲海に滞空するデーモンの影を、扶桑から敵を狙い続ける対空機銃が見逃すわけがなかった。銃身から無数に放たれた光弾が、キロスたちの乗っているデーモンの腹部をぶち抜いてしまう。
「こりゃいきなりダメなパターンかあああっ!?」
「ぎゃあーキロスさーん、あっしら死んじまうううー」
「バカ諦めんなっ、デーモン様のしぶとさ、ナメんなあっ!」
 腹部に大穴を空けたデーモンが、力なく万歳をしながら錐もみ状態で墜ちていく。
 宙に身を躍らせたキロスと操縦士も、為すがままである。
「ダメっす、急降下で決まりっす、ナラカの底までまっしぐらっすよおー! ぬほぇえええー」
 雲海に広がる真っ白な雲に埋没すると、一瞬で視界がゼロになってしまった。
「終われねえ……オレのリア充はこれからだっ。絶対にやれる、勝ってみせるっ」
「ワケ分かんないですよおおー、神様、仏様、氏神様、鬼嫁様ーっ、どうかあっしをお助け下せええええっ」
 雲の下へ抜けた頃には、墜落してきたイコンなどを回収するための蒼学イコン部隊の影が見えた。
「おいパイロットっ、蒼空のイコン部隊に拾ってもらうかっ! アイツらのどれでもイイ、オレを見習って宙を泳げ、狙いを定めろっ!」
「泳ぐって何ですかあっ、航空学部じゃ習ってないですよお。もうヤケクソだあー」
 真っ逆さまに落ちるキロスは力強いクロール泳法で落下地点を定めようとするが、単なる気休めでしかないように思える。
 はじめは灰色の点の集まりにしか見えなかったイコン部隊の展開が、やがて中型イコンの編隊であることが分かるようになり、そして軽量化されたパレット・ライフルを1丁しか装備していないことも目視で分かるまでに迫ってしまった。
 もうアカン、と呟いた小型飛空挺の操縦士が気絶するのを見て、さすがのキロスにも緊張が走った。
「さっさとオレたちに気づけよ、クソ共がっ。これでどうだっ!」
 全身が龍鱗化によって硬質な鱗で覆われた後に龍顎咬によって頭部が龍のそれへと変化し、龍の咆哮によって、辺りには火龍の咆哮が響き渡った。
「キロスくんめーっけっ!」
 蒼学イコン部隊の合間を抜けて遙か下まで落ちていったキロスたちをすくい上げたのは、蒼空学園所属のグラディウスという金色の機体に深紅のマントをまとう中型イコンだった。
 コックピットに相乗りしたキロスは、パイロットを務める小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)と、そのナビゲートを務める乗員に礼を告げた。
「助けてくれてサンキュー。今度ばかりは礼を言うぜ。ついでに頼みたいんだが、気絶してるその男を(読み:かえ)還してやってくれ」
「えっ? キロスくんも私たちと一緒に帰るんだよ。これよりも無茶なコトしたら危険だもん」
「オレの事は気にすんな。この大剣ならばデーモンの100体や200体、余裕でぶった切ってやるからよ。最前線にいる扶桑って戦艦がピンチなんだろ? 目と鼻の先にあるんだから、そこまで飛んでいって、落っことしてくれ」
「そんなコトはできないよお、お友だちを見殺しにはできないもん」
「死ぬの前提かよ。つーかひょっとして、扶桑までは飛べないって事か?」
 わざと美羽を挑発して利用しようと企んだキロスだったが、彼女の誇る音速美脚が彼の横顔にめり込んだ。
「言うことを聞かない子には足技をお見舞いしちゃうからねっ」
「ぐほうっ。このクソ狭い中で、アゴにめり込むほどの足技をかますとはっ」
「それじゃあ帰ろっか、ベアトリーチェ」
「待て、オレは帰らないぞ。何だったら近くに飛んでる蒼学の中型イコンまで行って、載せ替えさせろって。後はそっちに頼むからよ。扶桑まで飛んでいけないヘボなら、他の奴に頼むまでだ」
 事の成り行きをずっと見守っていた長髪にメガネを掛けたサブパイロットベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が、毅然とした態度でキロスに反論をはじめた。
「行けますよ。この程度のデーモン相手ならば、まったく問題ありませんので」
「へへっ、いい(読み:め)瞳をしてるじゃねーか」
「美羽さんを悪く言うのだけは止めてください」
「ふたりとも、ケンカしたらダメだよーっ」
「いいぜ。それじゃあ早速、メガネっ子のお手並み拝見と行こうじゃないか。オレを扶桑まで連れてってくれ」
「分かりました。ですけどキロスさん、お連れの方をアイランド・イーリへ連れて帰ったら、また迎えに行きますからね」
「話が早えな、そういう所は気に入ったぜ」
「どういたしまして」
「ベアトリーチェったら――」
「――キロスさんなら大丈夫ですよ。たとえウィッチ・クラフト・ライフルをすべて打ち込んだとしても、キリッとしているでしょうから」
 微笑みを取り戻したベアトリーチェの様子に、美羽は彼女のプランを採用することにした。
「それじゃあ、出発だね」
「はい、美羽さん。雲海の上に出たら、飛行経路上に点在するターゲットに対して、ウィッチ・クラフト・ライフルによる先制攻撃をしかけます」
「了解っ。撃ち漏らした相手が迫ってきたら、私が新式ダブル・ビームサーベルに持ち替えて攻撃すればいいんだねっ」
「よろしくお願いします、美羽さん。システムは現在、正常域で稼働しています」
「キロスくん、邪魔しないでよね。グラディウス、発進っ!」
 真っ白な雲海を突き抜けた黄金色のイコンが、深紅の外套をはためかせて飛翔する。
 次々と飛び交うデーモンを打ち払いながら、ゆるやかな弧を描いて機動要塞・扶桑との距離を縮めていった。