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雲海の華

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続6

 ――わずか6分後。
 結論としては、この場にあるゴスホーク、ウィンダム、そしてキロスを追ってきた小鳥遊 美羽の乗るグラディウスの各機に搭載されたイコン兵器による集中攻撃を試みる事になった。
 あまり悠長に構えてられない事は、その場の全員が理解していたのだから、当然のことであった。
 機動要塞の荷電粒子砲という案も出たが、既に多数のデーモンの標的となっているため、見送ることになった。
 カズサやキロスを搬送してきた杜守 柚などをはじめとした戦闘力を持たない者を危険へ巻き込まないようにするための配慮である。
 各々がイコンに搭乗し、カズサは柚の小型飛行艇へ搭乗しようとしたときだった。
 浮島を占めていた巨大デーモンが、一斉に飛び立ったのである。
 魔獣の羽ばたきで生じた暴風にカズサが身を屈めていると、どこからともなく不思議なささやきが耳に届いてきた。

「あいむしんかーとぅーとぅーとぅー」

 女性の甘いささやきを、キロスは出発前のアイランド・イーリと並んでいた機動要塞の甲板上で耳にしたことがあった。
「この声、聞き覚えがあるぞ……あの黒い金髪の女かっ!?」
 皆が大渦に覆われた空を見上げると、そこに漆黒のじゅうたんを広げたセシル・フォークナーの姿があった。
 もはや数え切れない程の巨大デーモンが彼女の背後に控えており、カズサが大人しくさせていたデーモンたちも、その群れに加わらんと編隊を組み、セシルの周りを飛び交いはじめる。
 彼女は立ち上がったカズサの前に降り立ち、彼女の顎に指先を添えた。
「あなたがこの大渦を呼び出したのね。なかなか心地よい暗黒放射だわ。私、気に入ったの」
「誰なんですか、あなたは」
「私は、セシルよ」
 無数のデーモンを率いて降り立った眼前の少女に、カズサは恐怖を覚えた。
「ねえあなた、あたしの率いるフォークナー海賊団に入らない? 数百を超えるデーモンを、ただ一条の鞭で手懐けていたでしょう。ふふっ……見所があるわ。どうかしら?」
「嫌ですわ、私はただのビーストマスターなんですから」
「いい資質だと思うのだけど、残念ね」
 セシルは大渦を生み出す禁書を発見した。
「あの本は私がもらい受けるけど、いいかしら。あなたには過ぎた物のようだけど」
「セシルさんには渡せませんわ」
「そう。でも、貴女たちではどうにもできない代物だっていうことは分かっているから。まあ、好きにさせてもらうからねっ」
 まるでオモチャを手渡された幼子のように微笑んだセシルは、ゆっくりと禁書の方へと近づいていく。
「あいむしんかーとぅーとぅーとぅー」
 そのささやきへ応えるように、デーモンたちが一斉に奇声をあげ始めた。
「ただのバアサンやと思たら、痛い目みますぇぇぇぇえ!!」
「ちょっ――おばあちゃんっ!!」
 ウィンダムのコックピット・ハッチを大跨ぎしたトメが、右手に機関銃、左手にトミーガンを握りしめたまま両脇に構え、トリガーを引き絞っていた。
 激しい炸裂音が響き渡り、デーモンの足と尾の跡だらけになった浮島の地面をハチの巣へと変えていった。
 もちろんこれは威嚇射撃であったが、セシルの手前数メートルの距離をおいて、射出された弾丸が宙でその動きを止めていた。
「お茶目なバアちゃんめっ」
 指をスナップさせて現われた漆黒の炎によって、飛来する銃弾はことごとく蒸発していった。
「なになに、“あの世の非常口”っていうタイトルの禁書だったのか。ふふん、あたしがこの本を手懐けるまで、お前たちが邪魔者を制していなさいっ!」
 ひとには聞き取れない禁じられた言葉をセシルが発すると、頭上のデーモンが一斉に降りかかってくるではないか。
「カズサさん、こっちに乗ってっ!」
 順当なら柚の小型飛行艇に避難させて浮島を離れ、その間にイコンが禁書を処分するはずであったのだが、状況が変わってしまった。
「あいむしんかーとぅーとぅーとぅー」
 ウィンダムにカズサが、キロスはグラディウスに、柚木と三月はゴスホークへと別れて乗り込み、浮島を跡にする。
 各機のメインパイロットである真司、朋美、美羽で通信を結んだ結果、プランは即実行に移された。
「美羽さんっ、いつでも行けますっ」
「よーしっ、ミサイル・ポッドで総攻撃だよっ、全弾発射ー。いっけーっ!」
 グラディウスから放出された複数のミサイルが、セシルの前に立ちはだかるデーモンの壁を爆砕する。
 これはデーモンをこちらへおびき寄せるための陽動だ。
「朋美っ、トリニティー・システム全解放のフルロードだっ。禁書までの道を切り開けっ!」
 ハンドガンとウィッチクラフトライフルの事前照準のロック完了を意味するアイコンがメインモニター上のデーモンに次々とマークされた。
「いきますっ」
 背面のフロート・ユニットが大きく開かれて機晶フィールドのオーラに包まれたウィンダムは、禁書の下へ疾風の如く飛び込んでいく。
 撃ち尽くした兵装をパージした朋美は、新式ビームサーベルを抜きはなち、セシルの直近を全速で駆け抜けながら雲海の発生している根元を狙ってサーベルを一閃する。
 これによって大渦の発生を止めるまでには至らないが、セシルが禁書へ手を伸ばそうとするのを阻止し、なおかつ禁書まで一直線に伸びる大きな隙をつくる事に成功するのだ。
 マオウ(魔王)を慕う巨大デーモンは、まだ無数に存在する。隙が存在するのはほぼ一瞬だ。

「――これで、終わりだあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 ゴスホークの機体がその場から消失し、機晶エネルギーの羽根を広げた白銀のイコンが、プラズマライフル内蔵型ブレードから伸びる金色の刃によって禁書を一刀両断にしていた。
 ふたつに分断された禁書は一瞬にして蒸発し、ブレードから生じた機晶エネルギーの結晶が、雲海の彼方へと尾を引いていく……。
 機動要塞・扶桑の残骸をズルズルと飲み込んだ雲海の華は、その姿を消滅させたのである――。