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ドラスティック・掘る掘る

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ドラスティック・掘る掘る

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「ここはひとつ、スペランカーとしての腕を見せつけるであります」
「ふむ、初心者へ手本を見せるのは悪いことではないな。では早速、このあたりから掘り進めることにしよう」
 ドジックの振るう超硬度プレクトラムが固い地表を打ち砕き、それを吹雪がスコップで土砂をすくい上げていく。
「こうして穴を掘っていると、昔を思い出すであります」
「要領は心得ているな。ただ、これだけ広大な土地を掘り返すわけだから、急に張り切ると後が保たんぞ」
「これしきのことでへこたれるような軟弱者ではないであります。自分とコルセア副隊長は、そもそも他の者とはキャリアが違うであります」
「そうか。葛城は何が得意なんだ」
「(読み:どのう)土嚢づくりと(読み:ざんごう−)塹壕堀には自信があります!」
「なるほどな、まさに適所と言うことか。協力に感謝する」
「礼には及ばないであります、ガタイのいい現場作業員殿っ」
「なあその、せめてドジックと呼んでくれないか。カイゼルでも構わんが。“村人その1”と呼ばれているような気がしてならないんだ」
「これは愛称であります、村人その1」
「分かった、あいわかった」
 ザクザクと順調に掘り進めた吹雪は、既に15センチ程の窪地に身を置いていた。
 掘って積み上げた土塊を眺めていたコルセアが、何かを発見したようだ。
「ふーん、これって食器の欠片かなあ。いつの時代の物なのかな」
「自分にも見せるであります」
「気をつけろっ!?」
 シャベルを地面に突き刺して15センチ低くなった採掘地点より、本来の地上へ階段を上る要領で登ろうとする吹雪に、ドジックが警告を発した。
「たかが10センチ程度の段差で何をそんなに大げさな――」
 ――と。彼女の踏みしめた足場がグズグズッと崩れたではないか。
 その瞬間から、吹雪とドジックの時間が引き延ばされていく。
 周りの活動がスローモーションとなると、土手が崩れて彼女の身体は宙に浮かび上がっていた。
 いつまでも終わらない墜落していく感覚に、吹雪は思わず絶叫する。
「んなっ!? なんじゃこれはああっ!! 自分っ、墜ちていくでありますうううううううっ!」
 全身が硬直して受け身すら取れなくなっていた彼女は、これまでの掘削によって低くなった土地の方へと、ゆっくりと滑り落ちていく。
 そして無様にも、登ろうとしていた地面に盛られていた土塊へ、顔面を突っ込むようにして倒れ込んでしまったのだ。
 その視界の端には、目を丸くしたまま彼女を見下ろすコルセアの姿が印象的であったあろう。
 そして時間の流れが、元に戻る。
「ちょっと吹雪さん大丈夫ですかっ。今、まともに顔面からいきましたよね。あまりふざけているとケガをしますよ」
 土塊から顔を引き抜いた吹雪は、土を吐き出しながら状況を整理することもできず肩で息をしていた。
「おい無事か葛城っ、しっかりしろっ」
「ぺっぺっ。いったい何が起こったでありますかっ!?」
「お前まさか、段差に弱いのかっ」
「――それは何でありますか、村人その1」
「真のスペランカーを名乗る者こそが身につける、禁忌の技能……それが“段差に弱い”だっ!」
「まあ確かに特異なスキルだと思いますけど、リスクの方が多い気はしますね。吹雪さんは恐らく、あと3回ぐらい段差に弱いを発動させると死んでしまいますよ。ですから例えれば……プレイヤーの残機は、あと3です」
「そんなバカな事が……しかし、あと3回もチャンスがあるなら問題なかろう。要は気をつければいいのだからな、コルセア副隊長」
「やめておくなら今のうちだと思いますよ、隊長さん」
「心配めさるな、では村人その1よ、採掘を続けるであります」
「わかった。同業者として、その意思を尊重する。葛城、心して掛かれ」
「了解であります」




▼△▼△▼△▼


 足下に細心の注意を払って掘削を続ける吹雪は、手にしたシャベルに異なる感触を覚えた。
「コルセア副隊長、これを見るでありますっ」
「穴が空いてますねって、それは真下に空間があるという事。隊長、危険ですよ」
「なに、落ちなければいいだけのこと。地盤はしっかりしているのだから、ほれ、この通り」
 足の裏でトントンと地面を踏みならすと、ポッカリと口を開けた穴が広がって吹雪の足元を屠ってくるではないか。
「――んなっ、何だとおおおおおっ!?」
 吹雪の集中力が極限まで高まり、再び時間の流れが遅く感じられているハズである。
 必死に宙をもがいた彼女は、広がった穴の縁にしがみつく形で、奈落への落下を防ぐことができた。
「あの、大丈夫ですかっ。さあ、私の手を取って」
 吹雪に手を差し伸べたのは御神楽 舞花(みかぐら・まいか)だった。
 しかし、舞花の好意を無視するかのように、吹雪は穴にしがみついたままだ。
「ごめんなさい舞花さん。吹雪さんはあまりのショックに気絶しているみたいです。ドジックさーん手伝ってくださーい」
「おいおい大丈夫か。よし、引っ張り上げるぞ、そーれっと」
 ドジックと舞花によって穴から引っ張り出された吹雪は、コルセアの往復ビンタで意識を取り戻した。
「こ、ここは地獄でありますかっ?」
「隊長は穴に落ちて、気絶していたんですよ。そこを舞花さんとドジックさんが引き上げて下さったんです」
「ふうむ、そうでありましたか。礼を言うであります。しかし突然、なぜ穴が開いたのか……」
「あなたが落ちかけていたのは大きな水瓶のようでした。きっとシャベルで瓶のフタを壊してしまったのでしょう。そこへ体重がかかったために瓶が割れて、足下が崩れたのだと思います」
「まさかそんな事で気を失ってしまうとは……不覚であります。にわかに信じられない事態であります」
 身を起こした吹雪は穴をのぞき込むと、わずか50センチ程の球状の空間に少しだけ液体が溜っている様な状態だった。
「確かにこれは舞花さんの言うとおりみたいですよ。掘り起こした土に、水瓶の縁と木製の板きれが混じっています」
 匠のシャベルはその能書きに違い無く、厚い岩盤をもプリンのようにすくい取れるという。
「それじゃあ私はこれで。気をつけてくださいね」
「助かったであります」
 舞花は自分の作業へと戻っていった。
「隊長。これで残機はあと2です」
「うむ……わかっているっ」



▼△▼△▼△▼


 数刻の後。いくつかの採掘場所を掘り下げたドジック一行は、何らかの地下施設への扉を発見したのである。
「どうやら木製の扉のようだ。周りが石畳であることから、床下の倉庫か、何らかの抜け道か。まあ、意表を突いて井戸という線も否定できない」
「脅さないで欲しいであります。慎重に進めれば問題ないであります」
「ドジックさんが開けてみればいいんじゃないですか」
 コルセアの提案により、ドジックが扉を開くことになった。
 扉を開くとやはり足場はなく、中は真っ暗のようである。
「ジメジメした感じの空気だが……保冷庫だろうか」
 穴をのぞき込む3人の頭上から、男の声が響いた。
「何のぞき込んでんだ? ちょっと貸してみ」
 そう言って光術を生み出したのは湯浅 忍(ゆあさ・しのぶ)だ。
 彼のお陰で、暗闇の空間にある存在が光に照らし出されていく。
「踏み抜かなくて正解だったな。床板までは2〜3メートルあるみたいだ」
 するとドジックはおもむろに立ち上がった。
「ゴンドラだ。ゴンドラが必要になる」
「えー。これぐらいの高さなら、ハシゴで上り下りできると思いますけど」
 コルセアの意見に、ドジックは真顔で言い返した。
「我々には必要な物だ」
「まったくもって、その通りでありますっ。コルセア副隊長は、スペランカーの真髄を会得する必要性を即時に認めるであります。自分らが同業に、即刻クラスチェンジするべきであります」
「隊長の勧めであっても、お断りします。どう考えても理解しがたい事をおっしゃっているようにしか思えないんですけど……」
「まあ、大きなものを運び出さなければならない時にも便利ではある。色々と持ち込まなければならない時にもな。よし、速やかに設置をはじめるとしよう。お前らもちょっと手伝うんだ」
 ドジックのテントより引っ張り出された折りたたみ式の簡易ゴンドラを組み立てた一同は、いよいよ地下施設への侵入を試みることになった。
 足元に気をつけながら慎重にゴンドラへと乗り込んだドジックと吹雪と忍は、ゆっくりと地下へ降りていった。
「スペランカーを極めるのは厳しいであります」
「まあその、本業にしていれば、直に慣れる」
「村人その1は、尊敬に値するであります」
「それがアダ名なのかよ、凄えなあ」
 やがてゴンドラが停止したのを確認すると、ドジックは慎重にゴンドラの柵を開いた。
「それでは、慎重に行くであります」
 そういって吹雪は大きく一歩踏み足したところで、地に足が付かないことを実感することになる。
「んまっ、まさかっ――!?」
 ゴンドラの床とその先に広がっている石畳との間には、わずか3センチ程の落差が生じていたのだ。
 踏み出した側の足のかかとにすべての重心が移ってしまったために、石畳の上で仰向けに転倒してしまった。
 眼前に広がっていた木製の棚がぐにゃりととろけて下方へと流れ、ゴンドラで降りてきたはずの穴から降りそそぐまばゆい光に、目を灼かれたのである。
 後頭部をしこたま打ち付けた吹雪の瞳から、輝きが失せていった。
「しっかりしろ、おい、葛城っ」
 これが“段差に弱い”に苛まれるスペランカーである事を知らない忍は、葛城の頬を叩いて慌てふためいた。
「何故だ葛城っ! なぜ飛び降りなかったっ!! 障害物とゴンドラは、常に如何なる時も飛び降りるのがセオリーであろうっ!」
「くっ……そんな話は聞いていないで、ありますっ」
 頭を何度か振ってむくりと上体を起こした吹雪に、忍は驚きを隠せない。
「おい無理すんなってっ、頭を打ってるだろ」
「あー、大丈夫ですよ湯浅さん。隊長ならまだ残機が1ありますから、そうやってすぐ“その場復帰”してきますので。そのまま放置してください」
「いやだがしかし」
「安心しろ、優秀なスペランカーは、4度死ぬ」
「まさにそうであります」
「彼女たちのやり取りは基本スルーで構いませんから。自由に探索を続けて下さい」
「わ、わかりました」
 光術をかざしながら、忍はあたりを照らして歩いた。



▼△▼△▼△▼


「これはワインでありますか」
 数多くの棚に並べられているのは、酒樽だった。
 どの樽にも同じ紋章が焼き付けられている。
「この焼き印、どこかで見覚えが……確か、ヴァイシャリーに住まうグレドール家のエンブレム」
 紋章を指先でなぞらえながら、吹雪はもっともらしいことを語り始めた。
「グレドールねえ……こんな荒野の真っ只中に、なんで酒蔵があるんだ?」
「豪族の考えることはよく分からないことばかりですから、別荘か何かだと考えられるであります」
「なるほど。これから調査をする上で、一つの発見だと言えるな。グレドール家か」
 ドジックは満足げに反すうすると、積んである酒樽を軽く手のひらで叩いた。
 するとコルク栓が勢いよく抜けて吹雪のこめかみを直撃し、中に満たされていた深紅の液体が噴きだしてしまった。
「あああああっ、血の海にっ、血の海に飲まれて沈んでゆくうっ……助け、救援を請うっ、衛生兵っ、衛生兵っーっ!!」
 その場にバッタリと倒れた吹雪は、最後の残機を消耗して息絶えてしまった。
「これはいかんな。湯浅よ、葛城を引き上げるぞ」
「はい。おいおいっ、こんなんで死んでくれるなよ、葛城さん」
 吹雪の手には、グレドールの紋章が焼き付けられたコルク栓が握られていた。



▼△▼△▼△▼


 ゴンドラに担がれて地上へ引き上げられた吹雪は、コルセアに引き渡された。
「残機が切れたんですね。色々とご迷惑をおかけいたしました。後のことは心配しないで下さい。乗り付けたトラックの荷台にでも積んでおけば、じきに息を吹き返しますから」
 赤ワインをかぶった吹雪はまるで血染めの人形だったが、程なくして復活を果たした。
 そしてトラックの荷台から降り立つ段になって、もれなく残機を1つ失うのである。

 グレドール家にまつわる発掘調査は、まだ始まったばかりだ。