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ドラスティック・掘る掘る

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ドラスティック・掘る掘る

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 広大な発掘対象地域に、ドリル・ホールの軽快な歌が響き渡っている。
「♪)きいっろ〜とーくーろーはゲンバインのし・る・し〜 にっじゅうーよっじっかーん、穴、掘れまっすぅか〜。ドーリルッ、ドォーリルッ、トレジャーを、呼ぶっ」
 彼が振るうのは持参した工業用の掘削ドリルだ。両手でT字ハンドルを握ると、巨大な螺旋刃が地面を穿つ。
「なんだかドリルを見てると、こっちまで作業が楽しくなってくるよ」
「そうかあ? へへへっ、カルも遠慮しないで掘りまくっちゃおうよ。おまえのスコップとオレのドリル、交換してみっか?」
「僕はこのスコップで充分だって。ドリルが砕いた柔らかい土の方をザクザク掘った方が能率イイんじゃないのか」
「それもそうかっ? 疲れたら遠慮しないで休んでもらっていいんだぜ。オレはもう一晩中でも掘ってられるからな」
「そうさせてもらうよ」
 カル・カルカーがスコップを突き立てると、何やら固いものに突き当たった。
「ん? 何かあるのかな」
 すくい上げた土砂をふるいに掛けると、ずっしりとしたドア・ノッカーが現われた。
 お屋敷の正面扉にそれが打ち付けられていて、コンコンとノックするための握り部分である。
「このドア・ノッカー、植物の葉っぱみたいなデザインだね」
「大きなお屋敷でも埋まってるのかなー。次は何が出るか楽しみだぜ」
 手にした握りをドリルから見えるように掲げると、ドリルは鼻先を人差し指で擦りあげて得意げに掘削に続けた。
「これはアレか」
 さらに土塊から顔を覗かせたのは、指針が無くなっているコンパスだった。
 どれもこれも、それほど古いものではない感じである。
「へーい、そっちのお嬢ちゃん。よかったらついでに、オレが地面を柔らかくドリドリしてやるぜー」
「まあ、それは助かりますわね」
「いいよー。よろしくねードリルくんっ」
 ドリルをドリルくんと命名したのは小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)、快く掘削をお願いしたのがベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)だ。
「この辺りの土地は思ったよりも固くて、難儀していましたの」
「ここらは岩盤が広がってて、何と言ってもドラゴンが歩き回ったりするからなあ、あっという間にカチカチになっちゃうんだろうなっ」
「やはり男性が扱った方が、ドリルマシンも掘削が安定するのでしょうか。美羽さんよりも、お仕事が早く感じます」
「私だって掘ったらすごいよっ。ドリルくんだって目じゃないんだからっ」
「おまえも穴掘りが好きか?」
「好きだよっ。だって楽しいんだもん。ドリルくんも一緒かなあ」
「もちろんだとも。肉体労働、楽しいなっ」
「よーし、じゃあ競争だよ。どっちが凄いものを掘り当てるかで、勝負っ」
「いいぜえ、そういうの。ますます掘るのが楽しくなってきたっ」
「もう美羽さんったら。ドジックさんのお手伝いも忘れてはダメですよ」
「はーい」
 夢中になって掘り続けるふたりを端に、ベアトリーチェはカルに歩み寄った。
「何か珍しいものは出ましたか?」
「いや、今のところは全然。さっき出てきたのがドアのノッカーっぽいやつで、その前に出たのは……たぶん草刈り鎌の刃かと」
「くすくすっ、お互いにまだ大物は早いみたいですね。私たちもまだ、短くなった筆記用具にしかお目にかかれなくて」
 すると美羽が声を張り上げた。
「お茶碗めーっけっ。何か紋章みたいなのが入ってるよっ」
「どんな形なのでしょうか。見せていただけますか、美羽さん」
「これだよっ」
「紋章、か」
 翼膜を大きく広げた火竜を横から捉えた構図に、それを上下で挟み込むようにシャンバラの言葉が記されていた。
「これは、さきほどドジックさんがおっしゃっていたグレドール家のものかも知れませんね」
「グレドール? 聞いたことのない名前だな。なあドリル、知っているか?」
「いや、わかんねえ。そっちのメガネのお嬢さんの方が詳しそうじゃないか?」
「私も詳しいことは存じ上げませんので。今回の事案と、何か関係があるのでしょうか」
 やがてハンディ・ドリルを地面に突き立てていた美羽が、何かに突き当たったようである。
「何か埋まってるみたいだよー。凄く固いみたいで、ドリルで掘れない感じなんだっ」
「いったい何が出たのでしょうか。ドジックさんをお呼びした方がいいのかしら」
 美羽が運転を停止したドリルで地面をコツコツと突いたところ、突如として地鳴りが響き渡った。
「何事だ。まさか噴火ってワケじゃ無いよな……?」
 少し離れたところで掘削を続けていたドジックが、美羽たちの方を振り返った時だ。
 地面が盛り上がって姿を現わしたのが、1体の赤き怒竜――レイジ・ドラゴン――だったのである。
 土眠から目覚めたレイジ・ドラゴンは、地上へとはい出て咆哮を上げた。
 体高2メートルと小ぶりだが、脅威であることには変わりない。
「いきなりドラゴンと真っ向勝負かよっ。ってか、この辺りって見渡す限り荒野だから、どこにも隠れる場所なんて無いしっ」
 忍はひとまず、ドジックの下へ駆け付けた。
「どうやら寝覚めが悪いらしい……小鳥遊もカルカーも、あまりドラゴンを刺激するんじゃねえぞ」
「はーい。でも、かけっこなら絶対に負けないよっ」
「この辺りは竜の縄張りですからね。アトラスの傷痕に棲む竜をすべて敵に回したら、とても適いませんよ」
 レイジ・ドラゴンは美羽に狙いを定めると、その強靭なかぎ爪で大地を蹴った。ズルズルと引きずられる長い尻尾が鞭のように大地を叩き、勢いよく地表を削り取っていく。
「鬼さんコッチだよー、捕まえてごらんよっ」
 火炎を吹き散らしながら突進するドラゴンに対して、美羽は驚異的な跳躍力を発揮してそれを飛び越えてみせた。
「いけませんわっ、間に合うといいのですけど」
 怒り狂った竜はそのまま直進し、ドジックの設営した拠点へと突っ込んでしまう。
 盛大な音を立ててテントがなぎ倒され、保管されていた食料品などがバラバラと飛び散ってしまった。
「コイツは派手にやってくれるぜ」
 超硬度プレクトラムを地面に突き立てたドジックは、腕を組んでため息をつく。ついでに小休止といった感じだ。
「ドリル、気をつけろよ。こっちへ向かってきたら、ひとまず退避だ」
「穴掘りの邪魔をする奴は、頭のてっぺんからお尻の穴まで掘り抜いてやるぜっ」
 ドリルの方へと向き直った怒竜は鼻孔をヒクヒクとさせると、散乱した食料のパッケージを鼻先で突き始めたではないか。
「お腹が空いているのかな?」
 怒竜がパッケージに食らいついたところで、ベアトリーチェのヒプノシスが効果を発揮した。
「どうやら眠らせることに成功したみたいですけど。すみません、もう少し早ければテントを壊さずにすんだものを」
「まあ、こういう事は良くあることだ。気にすることじゃあない」
 ひとまずは体勢を整え直すべく、一同は壊れた拠点へと集ることにした。
「このドラゴン、お菓子がいっぱい詰まった箱をかじろうとしていたみたいだね。甘いものが好きなのかなあ」
 眠りについた怒竜に近づいた美羽は、その鼻先をそっとなでつけた。
「嗅覚を働かせて、数ある食料からこれを選んだ様にも見受けられましたわ」
 するとドラゴンの様子を観察していたカルが、竜のかぎ爪に何かを発見したようだ。
「みなさん、ちょっと見て下さい。この爪に巻かれたタグには、グレドールの紋章があります」
「それじゃあこのドラくんは、グレドール家のペットだったのかなあ。それで甘いものが好きになっちゃったとか」
「おやつがあるかどうかは分かりませんけど、甘いものを与えられる機会を経て好きになったということも充分にありうるかも知れませんね」
 そう解釈したのはカルだった。
「うんうん、そうだよね。まだ小さい子どものドラゴンみたいだし」
 そこでドジックが提案を持ちかけてきた。
「ここにドラゴンが居座ってたら片付かねえな。ガキで甘党っていうなら、菓子でも鼻先にぶら下げてやって、別の場所へ動かしてくれないか」
 拠点の周りには様々な施設が併設されているため、そう簡単に移設はできないのである。
「それじゃあ、やってみるよー。私がお菓子箱を持ってドラくんを引きつけるから、ベアトリーチェが起こしてね」
「分かりました、美羽さんの指示通りにやってみます。起こしたら合図を送りますから、すぐに走って下さいね」
 甘いものが詰め込まれたダンボール箱を頭上に抱えた美羽は、眠っているドラゴンの傍に立ってベアトリーチェの合図を待った。
 ヒプノシスの魔法を解呪された怒竜はすぐさま目を覚まし、その首をもたげて美羽の掲げたダンボールへ食らいつこうと牙をむいた。
「今です、美羽さん!」
「いくよーっ!」
 合図を受けた彼女は全速力で駆けはじめた。その後をレイジ・ドラゴンがピッタリと追いかけ、あっという間にその距離が縮まっていく。
 後ろを振り返った美羽が頃合いとばかりにダンボールを放り投げると、怒竜はそれを追って美羽の頭上スレスレを飛び越えていった。
 ダンボールを捉えたレイジ・ドラゴンはしかし美羽の方へと向き直ってしまい、彼女の追撃を開始した。
「逃げて下さい、美羽さんっ」
 ベアトリーチェの声を聞いた美羽は、ふとあることに思い当たった。
「ドラくんが食べたいのは、こっちのチョコかあーっ」
 目前に迫った怒竜が大口を開けたところで、美羽は懐から取り出した“安らぎのチョコレート”を放り込んだ。
 口を閉じてモゴモゴとそしゃくを繰り返したレイジ・ドラゴンは、美羽の傍で丸くなってしまったのである。
「やりましたね、美羽さん」
「一丁あがりだよっ」
 怒竜が落ち着いたところを見計らって、美羽、ベアトリーチェ、カル、忍は、ドジックと共に拠点の再設営を急ぐことになった。
 ドリルは相変わらず、朗々と歌いながら採掘を続けている。