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リアクション
少年探偵と犯罪王
ディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら) シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん) レン・オズワルド(れん・おずわるど) マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど) 霧島 春美(きりしま・はるみ)
「「ホドロフスキーのDUNE」「ロスト・イン・ラマンチャ」
パラミタにつくられるはずだった、あなたが君臨する犯罪都市について語ること。
それは「ホドロフスキーのDUNE」と同じ。
完成しなかった幻の映画についてのドキュメンタリー映画。
「ロスト・イン・ラマンチャ」もテリー・ギリアム監督の映画「ドン・キホーテを殺した男」が制作中止になるまでを記録したドキュメンタリー。
ノーマン・ゲイン。
あなたの夢は実現せずに終わる」
「夢など、死ねばいつでもそこで終わりだ。
私は死をおそれてはいない。
数えきれない多くの人に私が与え、いつか、例えば、この5分からあと、永遠に、私を優しく迎えてくれる伴侶だ。
死を手にするとは、日常的な、つまらないことだよ。
目覚めのこない眠りだ。
さめない夢をみられるかもしれぬ」
「凶悪犯罪を天職として、己の行為に喜びさえおぼえる犯罪者。
麻薬組織をつくりあげたジョージ・ユングをジョニー・デップが演じた「ブロウ」。
過去に日本でおきた連続殺人犯を描いた「凶悪」。「冷たい熱帯魚」。
「The Iceman」で題材にされたトータルで100人以上を殺害した、職業殺し屋リチャード・ククリンスキー。
他にもたくさん。
映画の中に何度も登場してきた実在の犯罪者たち。
あなたはそれらをつなぎあわせた集合体で、オリジナリティのかけらもない。
だから僕は、あなたのしたいことを知ることができた」
「おほめいただいて光栄だ。少年探偵。
人の道とやらを大きく外れた先人たちの功績には、私なりに敬意を抱いているのでね」
ノーマンは、見えない糸をくるとの首に巻きつけ、引きよせた彼によりそって立っている。
ノーマンの体がくるとをおおい隠していて、遠目には2人は1人にみえた。
互いの息がふれあう距離で、少年探偵と犯罪王は言葉を交す。
「問わずともこたえを知っているから、聞こうとしないのかい。
いつ、僕を殺すの。と」
くるとは、かすかに頷く。
「まぶたを開いているか、閉じるかの自由をきみにあげる。
そうだな。強いて言えば、私の前からきみが消えたら、私の夢は終わるのかな。
作品を理解してくれる評論家がいなければ、大芸術家も生れはしまい。」
「さようなら。ノーマン・ゲイン」
くるとは、まぶたを閉じた。
10数人の契約者とパートナーたちが、2人のまわりを包囲する感じで立ち並び、ノーマンの様子をうかがっている。
「ボニーとクライド。または、シャーロックとMか。」
ノーマンのつぶやきにくるとの返事はない。
最初に1歩を踏みだしたのは、幼児の半分ぐらいの背をした、2本足で歩く角の生えたうさぎ(ジャッカロープ)、百合園推理研究会のディオネア・マスキプラだった。
「犯罪王ノーマン・ゲイン。キミもついに年貢のおさめどきだよッ。
この部屋にいたきみの手下はほとんどやっつけられちゃったし、館の外もヤードに包囲されてるんだ。
おとなしく、くるとくんを離して、お縄につくんだ!」
「いさましチビのうさぎくん。
はてさて、それで、今回の私の容疑はなにかね」
ぬいぐるみのような愛らしい容姿をしているディオは、予想していなかったノーマンの質問に、かわいらしく口をぱくぱくさせ、その場で体をはねさせた。
「容疑は、容疑は、なんなんだろ?
きみは犯罪王なんだから、心あたりは山ほどあるよね。
だから、ボクは、きみみたいな悪は許さないぞ」
「お集まりの諸君。
いくらなんでも、このような根拠で私を法のもとでの裁きにかけようと言うのかい。
まさに世も末だ。
私の敵は法のしもべだとばかり思っていたが、暴徒によるリンチと変わらんな。
汝、殺したくばもったいぶらずにブチ殺すがよい。
見上げたものだ」
ノーマンの減らず口に、ディオは、激しくはねながら、人差し指を彼に突きつけた。
言い返したくてもうまく言葉がでてこないらしく、うなり声をあげている。
「カトゥーンのぬいぐるみが発作を起こしたようだ。
誰か背中のファスナーを開けて、中の小人をだしてやらないのか」
「耳障りですね。
戯言はそれくらいにしてくれませんか。鉤爪(狂血の黒影爪)をつけいるせいか、いささか気がたっているのですよ。
くるとくんの影の中にいた間、あなたの真下で憤る自分をおさえるのが大変でした」
絨毯に落ちたくるとの小さな影のから、立ち上るようにあらわれてきたのは、漆黒のコートをまとった吸血鬼、シェイド・クレインだった。
銀髪、赤い眼の青年にみえるシェイドだが、実際には400歳を超える高齢で、ノーマンらゲイン家とは、長くにわたる因縁がある。
「貴様か。街娼の仕事はしなくていいのか。
家族の他のものがしてくれているのかな」
「今夜の私の仕事は、あなたの最期を見届けることです。
私があなたの未来を予言してあげましょう。
あなたはくるとくんを殺したりはできません。
なぜなら、私がここにいるからです」
シェイドは怪力の籠手で強化した手でノーマンの肩をつかみ、力を込めた。
「肩甲骨を握りつぶして差しあげましょうか」
「御随意に」
「では」
ぐうっっっっっ。
シェイドが返事をした直後、ノーマンは床に片膝をつき、呻く。
見えない糸を手放したらしく、くるとがノーマンの側を離れた。
シェイドはくるとを抱きしめ、首や体の各所に糸がまとわりついていないか確認する。
「大げさに痛がらないでください。
ヒビがはいった程度ですよ。
あなたが自発的に開放してくださったので、くるとくんは返していただきます。
これにて私は失礼しますね。
あなたに引導を渡す役割は、別の人にお任せするとします。
私だと感情的になりすぎて、自分でもなにをするか想像できませんから」
「心地よいマッサージだ。さすが、幾世代にも渡って、揉み揉まれて生きてきた家の出だけはある。
お急ぎのところすまないが、もっと、私を気持ちよくしてくれないか。
反対の肩はどうだ。
床上手なクレインくん」
額に汗を浮かべ、おそらくは痛みで顔を歪ませながらも、ノーマンは自分のシャツの前を開き、むきだしの肩をシェイドにみせた。
「下衆の極み、ですね」
「別の場所がいいか。脱ぐのならズボンだったかな」
シェイドはこたえず、くるとを連れて後ろ歩きで、スキをみせずに、ノーマンから離れてゆく。
シェイドとくるとが安全圏まで離れると、契約者たちの大半は各自、武器をかまえ、ノーマンに狙いをつけた。
サングラスに赤いロングコートの男が前にでる。
「ノーマン・ゲイン。抵抗はやめろ。
俺は、冒険屋ギルドのレン・オズワルド。
マジェスティックのスコットランドヤードからおまえの逮捕への協力を依頼されている。
俺はおまえが司法によって裁きを受けるのを望んでいる。
おまえの死は、いまや、おまえが自由に手に入れられるものではない。
さっき、ディオネア・マスキプラにした問いに、俺が代わりにこたえさせてもらおう。
これまでの地球、パラミタでの数えきれない犯罪はもちろん、間近なところでは、おまえ自身もまだ知らないかもしれないが、アンベール男爵殺害の容疑でヤードに指名手配されている。
今朝、男爵の死体の一部が発見された。
どうやら、マジェの闇の覇権をめぐっておまえと伯爵は対立していたようだな。
いざという時のために男爵は、これまでのおまえとのやりとりをすべて記録していたんだ。
現在ヤードは、事件の目撃者である男爵の側近を事情聴収中だ。
彼は男爵の命令で、現場近くに隠れて、殺人事件の一部始終を見、撮影していた。
おまえの言い分は、ヤードで聞く」
愛用の魔銃ケルベロスの3つの銃口をむけながら、レンはノーマンに近づく。
レンの後ろからついてくるのは、トレンチコートをはおった少年、マイト・レストレイドだ。
「ノーマン・ゲイン。
地球、ロンドンの本家スコットランドヤードも、地球−パラミタ間の麻薬密輸事件の首謀者としておまえを手配している。ヤードの威信にかけて、おまえを自由にさせておくわけにはいかない」
レストレイドは、手錠をかかげてみせた。
レンとレストレイドがきても、ノーマンは表情を変えない。
それどころか、肩の痛みもあるだろうに、さもつまらなそうに大げさなあくびをした。
「すまない。急に不可解な眠気に襲われてしまった。
きみらのありがたいお言葉を聞き逃してしまったので、自己紹介からもう一度やってくれないか。
私は今日、偶然にも名刺入れを忘れてきてしまったので、ジョン・ドーもしくはリチャード・ローとでも呼んでくれたまえ。
敬称は略してくれて結構」
「ノーマン。おまえは本当におぼえていないのかもしれないが、俺はこれまで何回もおまえと会っている。
自己紹介もさせてもらった。
自分の手でおまえに手錠をかけたこともある。
いいか。これだけは言っておく。
今回はこれまでとは違う。
こちらは、ずいぶん前から、おまえの計画を読んで、逮捕のお膳立てをしていたんだ。
おまえが自由の身でいられるのも、これで最後だ。
覚悟しろ」
「根拠は知らぬが、たいした自信だ。
探偵どもの引立て役が、ずいぶんと長セリフをしゃべるようになったじゃないか。レストレード。
ビックマウスは小心者の特技だ。素晴らしいよ。レストレード」
「わかっていて言っているのだろうが、レストレードではなくレストレイドだ」
「レストレード。サングラスの君。
手際がよいね。
私の部下たちは鎮圧されてしまったらしい。
数は揃えたつもりだったんだがな。
君らに逮捕されるのなら、退屈すぎる。
ここで私は果てたほうがよいな」
ノーマンは自分の手首に、反対の手をあてると、ためらいなく切り裂いた。
鮮血がしたたり落ちる。
手の中に小さな刃物を隠していたようだ。
「うん。いい切れ味だ。次は首か。
私が死んでも次のノーマン・ゲインを名乗るものがきみらの相手をするだろう。
逮捕劇はそちらのノーマン様にお譲りするよ」
「それは不可能よ。
あなたは死ねないわ。
お待っとさん。
あなたと、ここで決着をつけるのは、私たちよ」
レンとマイトの横を駆けぬけ、ノーマンの前に飛びだしてきたのは、ピンクのポニーテールに、インバネスコート、百合園女学院推理研究会の少女探偵、マジカルホームズこと霧島春美だ。
春美の横には角うさぎのディオもついている。
ノーマンは瞳を伏せ、春美たちから視線をそらす。
「Adios」
刃物を持った手を首にあて、左の頸動脈から右の端まで一気にはしらせた。
まるで笑っているかのごとく、唇の両端をつりあげた表情で、両膝を着く。
首からは血が吹きだし、左の手首からも血をしたたらせた状態で体を前に倒し、ノーマンは絨毯に崩れ落ちた。
「みなさん。御安心を犯罪王ノーマン・ゲインは、まだお亡くなりになってはおりません。
彼は、死ぬことのできない運命なのです。
長年の悪行への天罰。
呪いといってもいいでしょう。
なぜ、彼はいま、ここで死ぬことができないのか
それは」
春美は倒れたままのノーマンの横に立って、こちらに視線をむけた一同に平然と語りかけた。
大広間にいるおそらく全員が春美に注目している。
うつ伏せのノーマンはぴくりともせず、彼の周囲の絨毯には血がひろがってゆく。
「ほんとうに生きているのか」
「すぐに手当したほうがいいんじゃないの」
「心配御無用です! 彼は死にません。
いえ、死ねないのです」
人々のざわめきが耳に入ったらしく、春美は再び堂々と宣言した。
「説明しますね。
みなさんは、彼の生命の心配よりも、死んだフリをしているノーマンが私たちの隙をついて、この場を逃げだすことのないように、ご注意ください。
彼は犯罪王と自称し、世間からそう呼ばれてもいる、モラルのかけらもない最低最悪の卑劣漢です。
油断はくれぐれも禁物です。
よろしいですね。
ディオさん。ちょっと、あの、あの」
ディオはノーマンのすぐ側にいき、彼の銀髪の頭に片足をのせ、腕を真上にのばしてVサインをした。
「正義は勝つんだ! ボクらをバカにするなっ!
やーい。やーい。
うわっ」
ノーマンの頭がかすかに動き、ディオは慌てて足をおろした。
春美の側に避難し、彼女のコートの裾にしがみつく。
春美はディオを自分の胸元に抱えあげた。
「ノーマン・ゲイン。
聞こえているようね。
意識もはっきりしているはずだわ。
何度も言うけど、あなたはここでは死ねない。
なぜなら、ここはマジェスティック。
一年前のストーンガーデンの事件の時に、ディオが未来を選択したマジェスティックなのよ」
春美の言葉に大広間の一部から、どよめきが起きる。
1年前の事件では、マジェスティック内の巨大複合アパートメントで、未来を選択できる時計をめぐって連続殺人事件が起きたのだ。
選択の時が迫るにつれ、多重世界と化したストーンガーデンの中で、最終的に、いまのこの真実の館が存在している世界の選択権を、この世界を自由に再構築できる権利を手にしていたのは、ジャッカロープのディオネア・マスキプラ、つまりディオだった。
「あの時、ボクは願ったんだ。
みんなが幸せになる未来を。平和なマジェスティックを。
ノーマン・ゲインが、もしまたここで悪いことをしても、ボクら推理研のみんなが、契約者のみんなが絶対にきみを逮捕する、未来をね。
死んじゃだめだ。
自分勝手に、死なせるもんか。
五体満足のまま、生きて罪を償うんだ!」
「ディオがそう願ったから、あなたはここでは死ねない。
生きて罪を償いなさい」
「フンッ」
ノーマンが跳ねるように体を起こした。
自傷行為のダメージはみじんも感じれない素早い動きだ。
さらに、ほぼ垂直に己の身長以上の高さまでジャンプし、春美の脳天へと手を、
銃声が響き、ノーマンの体が後方へと飛んだ。
春美が話していた間も、ずっとノーマンに狙いをつけていたレンの魔銃ケルベロスの銃口から煙があがっている。
マイトがダッシュして、仰向けに倒れたノーマンに馬乗りになった。
無傷なほうの手首をつかみ、手錠をはめる。
手錠がロックする鈍い金属音がした。
「ノーマン・ゲイン。
地球のロンドンとマジェスティックの大英博物館を利用した覚醒剤密輸。
マジェの覚せい剤の密造。
密輸の関係者たちの殺害。
アンベール男爵の殺害。
そして、かっておまえが地球で行った、グルジエフ兄弟の母親。
エリザベス・グルジエフ殺害。
この件もまだ時効にはなっていないぞ。
余罪も山ほどあるな。
以上の件の首謀者、及びに実行犯、地球−パラミタの国際指名手配犯として、緊急逮捕する」
「スコットランドヤードの名においてか」
かすれ声でノーマンはたずねた。首の傷も、手首の傷もどちらもすでに血は止まっている。
傷口も閉じかけているようにみえた。
「違う。
俺、マイト・レストレイドの名においてだ。
俺がヤード゛の一員になるのは、もう少し先だ。
マジェスティックでは、地球の日本と同じく、民間人による緊急逮捕が認められている」
マイトの返事に、ノーマンはつまらなそうに顔をしかめた。
「ニセ警官の身分詐称はやめたのか。つまらぬな」
ノーマンの軽口にマイトは拳を握りかけたが、結局、握ることはなく、ノーマンの襟をつかんで上体を引きずり起こし、両手を背後にまわさせて手錠でつないだ。
「お見事。お手柄ね。レストレイドくん」
マイトの隣にきた春美が彼の肩に手をおく。
「いや、俺の力じゃない。
ディオの願いと、それから、これまでノーマンが犯した犯罪に立ちむかってきたみんなの努力、情熱の結果だ」
「これで、地球に戻って警官の採用試験を受ける時に、少しは有利になるかもよ」
「それは、ありがたいが、まぁ、しかし、そこらへんは俺のこれからの努力次第だろうし」
「警官になれなければ、探偵になっちゃえば」
「警官志望崩れの探偵、か」
マイトはつぶやき、振りむいて、こちらに歩みよってくる百合園女学院推理研究会の仲間たちをみつめた。
推理研のメンバーだけでなく、大広間にいる、これまで、ともにノーマンと戦い続けた仲間たちが、みな笑顔で近づいてくる。