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悲劇の歴『磔天女』

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悲劇の歴『磔天女』

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 文献を漁っていた悲哀は、一冊の本に目を止めた。
「『葦原島を救った巫女の話』……?」
 なんとなく、手にとってパラパラとページをめくってみる。
「『季節は初夏。葦原島は以前、全く雨が降らず、人々が水を争って血を流していた時代があった。それを鎮める為、2人の巫女が舞いを舞って、雨乞いをした』。もしかしてこれが『夏雫』の起源? 第2幕や第3幕の内容と似ていますし……」
 その時、悲哀はひゃっと驚いて本を落としてしまった。
 そのページには、岩に磔にされた巫女が全裸になり、人々に囲まれ肉を抉られている写真が掲載されていた。その巫女は、那由他や彼方が見たという少女の外見に似ていたのだ。
「こ、これは。もしかしたら今回の事件と関係があるかもしれません。心苦しいですが、関連する文献を、何冊か拝借しましょう。……皆さんに、伝えなければ」


 聞き込みを終えたゆかりとマリエッタは、学生達の護衛をする社と終夏、サイアスとルナ、ウィルと一旦別れ、華摘の捜索に当たっていた。白塗り人間達の数は一万程減ったが、それでも危険なことに変わりはない。慎重に捜索にあたっていたところ、ばったりルカルカとダリルに出くわした。
「あら? あなたは」
「あーっ、ゆかりだ! 『夏雫』で女舞いしてた人だよね? んで、マリエッタは魔を演じてた! すっごい素敵だったよ」
「『夏雫』、見てくれてたんだ! ありがとう!」
「ところで、水原とシュヴァールはなぜここに?」
 2人が理由を告げると、成程、とダリルが腰に手を当てて頷いた。
「俺達も華摘を探している。舞い人である水原とシュヴァールなら心強い。良かったら共に来てくれないか?」
「おおっ、ナイスアイディア、ダリル! ゆかりとマリエッタがいると心強いよ」
「そう? なら、お邪魔させてもらいますね」
 ゆかりとマリエッタが加わり、4人で華摘を探す。途中白塗り人間と何度も出くわしたが、物陰に隠れたりしてやり過ごした。白塗り人間達が向かった先で、ため息が聞こえた。……悲哀だ。
「あまり、傷つけたくはないのですけれど。ごめんなさい……」
 美しい軌跡を描く【ミルキーウェイリボン】を振り、白塗り人間の足元を縛り上げる。彼らが転倒した隙に悲哀は横をすり抜けようとしたが、白塗り人間の手が伸びてきた。咄嗟にもう片方の手に持っていた番傘による【深紅の番傘】で攻撃を防ぎ、【真空斬り】で腕を叩き落とした。白塗り人間は激痛により気を失い、悲哀はふぅと息を吐く。
「悲哀!」
「ルカルカさん、ダリルさん。ゆかりさんとマリエッタさんも! お久しぶり、です」
「あなたも事件の究明をしに?」
「はい。それで」
 悲哀が何か言おうとしたが、小さく「あっ」と声を上げてとある方向に指をさした。そこは盆栽と建物の構造上で完全なる死角となっている場所で、明倫館の生徒でなければ見つけるのは困難な場所。黒い髪がぱさりと動いた気がしたのだ。近寄ってみると、そこにいたのは包みを抱えた長い黒髪の少女。舞いの稽古中、顔を見たことがある。
「華摘さん!」
「良かったわ、怪我はないみたい。大丈夫?」
「あ、あなた達は舞い人の悲哀さんとゆかりさん。マリエッタさんも……。ええと、そちらの方は?」
「私はルカルカって言うの。あなたが主催した『夏雫』を見たんだよ。んで、隣にいるのがパートナーのダリル」
「よろしく頼む」
「そうなの。ありがとう。あ、ねぇねぇ。私の姉も来てたかしら? ずっと見たがっていたから。2度目の『夏雫』を」
「え……?」
 華摘に姉がいるなんてことは聞いていない。それに2度目の『夏雫』を見たがっていたとはどういうことなのだろうか?
「華摘。あなたのお姉さんってもしかして、白くて長い髪の女の子のこと?」
「そうよ。私の黒い髪とは正反対ね」
 ルカルカとゆかりが、目を細めた。同時に悲哀は肩を震わせる。ダリルは今の話を所持しているノートパソコンに打ち込んで、ふむ、と考える。
「ダリル。華摘はもしかして」
「記憶を曖昧になってる可能性が高い。彼女の話からすると、姉はまだ『生きている』と推測出来るが、あの少女の足は透けていたという。とても生者とは思えない」
「ルカもそう思ってた。んじゃ、やるべきことは変わらず」
「真実を、知ることだ」
「その為には、もっとするべきことがあるわね」
 ゆかりとマリエッタが、華摘の前にしゃがんだ。
「葦原明倫館は今大変なことになっています。真っ白の顔の目元には紅の朱がさしている」
「何か、心当たりとかない? あの人達は誰だーとか、どうすればいいかーとか」
「そうね……。その人達は絶対に、明倫館の学生だわ。所用で外に出ていた時、嫌な予感がしたの。夥しい霊が、凄まじいスピードで明倫館に向かってるような。その直後に明倫館は白塗りの人でたくさん。けれど彼らを元に戻す方法は簡単だわ」
 華摘が、抱えていた包みを開いた。中には色とりどりの舞扇が入っていた。
「霊に人間の言語で話しかけても通じない。霊の言葉なんて私達には分からない。けれど、舞いは霊に通じる。……彼らの前で、舞えばいいのよ」
「舞う……?」
「ええ。この舞扇を取りに行ったはいいけど、思ったより白塗りの数が多くて、ここに隠れて機を伺う他なかったの。あなた達が来てくれてよかったわ。……なぜ、霊達がとり憑いたのかは分からないけど、舞いでなら追っ払える。さぁ、この扇を」
 悲哀は緑色、ゆかりは桜色、マリエッタは濃青色、ルカルカは黄色の舞扇を華摘から受け取った。ダリルは大丈夫、といって受け取らなかった。
「ルカ達が舞う間は、俺が守る」
「ありがとう。じゃあ、参りましょうか!」
 華摘が先陣切って飛び出し、白塗り人間の軍勢目がけて突進していく。それを見たルカルカ、ダリル、ゆかり、マリエッタ、悲哀も頷き、白塗り人間達の大群目がけて軽やかに地を蹴った。


 一方、鈴鹿は明倫館外へと出ていた。外は華摘が好んでいた、もしかしたらここに華摘がいるかもしれない。しかし。
(まさか、ここで出くわしてしまうとは……)
 いたのは那由他と彼方に金縛りをかけたという、美しい少女だった。彼女は空を仰ぎ、一歩も動こうとしない。那由他達の話によるとあの少女はとても危険だという。自分1人で対峙するのはもっと危険だ。少し迷って、鈴鹿は忍び足でその場を後にした。
(ルカルカさんやダリルさん、悲哀さん達と協力し合って情報を持ち寄り、解決に導く方が先です。30分程様子を伺いましたが、あの方はここから動く気配すらありません。このことを皆さまにお伝えして、私は引き続き華摘さんが好んでいた場所を当たりましょう。華摘さん。勝手に拝見する事、お許し下さいね……)