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江戸迷宮は畳の下で☆

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江戸迷宮は畳の下で☆

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【みんなで一緒に、お祭りの準備をがんばりましょう】


「加夜! 加夜も来ていたのね!」
 山葉 加夜(やまは・かや)の姿を認めて、ジゼル・パルテノペー(じぜる・ぱるてのぺー)の顔にパッ、と花が咲く。
「うん、突然目の前がグラッ、って歪んで、落ちる、って感覚があって、気付いたら景色が変わってて……。
 ジゼルちゃん、ここがどこだか知ってる?」
「ここは『和の国』というそうなの。お兄ちゃんと豊美ちゃんがお茶してるカフェに遊びに行った後で、加夜と同じ目に遭ったわ」
「アレクさんと……豊美、さん」
 その、聞き慣れない名前を加夜は反芻して、思い当たる人物を頭の中で探る。確か空京の街で、平和を守る仕事をしている魔法少女の組織があって、そこの代表がそのような名前ではなかっただろうか。
「ええっと今ね、色々と大変なことになってるんだけど、その辺は……馬宿の方が上手く説明してくれるわよね。
 馬宿ぉー
 加夜が『豊美』という人物にアタリをつけた所で、ジゼルがまたも聞き慣れない名前を呼べば、通りの向こうから村人の格好をした男性――ただ、近付いてくるにつれ、村人とは違う雰囲気を発していることが感じられた――がやって来る。
「ふむ、やはり契約者もこの国に呼ばれていましたか。
 私は飛鳥 馬宿。おば……豊美ちゃんのそうですね、お目付け役、といった所です」
「えっ、そうだったの?」
 自分が見た限りではそうは見えなかった。と、ジゼルは一際大きくなった青い目で馬宿を見つめる。
「……見えないのは私も同意せざるを得ませんが、今はそういうことにしておいていただきたい。
 さて、今現在どうなっているかについてですが……」
 訝しむジゼルを目線で制して、馬宿が現状を説明する。
 村に重税をかけた挙句村の者を連れ去り、暴虐の限りを尽くす悪襲(あしゅう)。ここに来る際に離れ離れになってしまったターニャと讃良ちゃん――タチヤーナ・アレクサンドロヴナ・ミロワ鵜野 讃良――の事、
そして彼女たちが囚われた村人と共に悪襲城に居る可能性も含め、アレクと豊美ちゃん――アレクサンダル四世・ミロシェヴィッチ(あれくさんだるちぇとゔるてぃ・みろしぇゔぃっち)飛鳥 豊美(あすかの・とよみ)――は悪襲城へ向かい、ジゼルと馬宿は村の警備と、予定されているお祭りの準備をしている旨が、馬宿の口から語られる。
 悪襲の説明に、加夜の頭の中には一瞬灰を撒くものアッシュ・グロック(あっしゅ・ぐろっく)の姿が過ったが、きっと偶然なのだろうと思う事で流した。
「……なるほど、状況は分かりました。ありがとうございます、馬宿さん」
 馬宿に礼を言って、加夜はジゼルに向き直る。
「アレクさんならきっと、みんなを助けて戻って来ますね。
 お祭りを楽しんでもらえるように、一緒に準備をしましょう、ジゼルちゃん」
 言って、手を差し出す加夜。その手をジゼルが取って、加夜は表情を和らげる。
(……あの時の冷たさは、今は感じない)
 加夜の脳裏に、『あの時』の事が思い出される。身震いするほど冷たかったジゼルの身体、そして、心。
 まるで『死』を連想させる冷たさに、ジゼルがもう取り込まれてしまわないように、加夜はきゅっ、とジゼルの手を握る。
「今日は、楽しみましょうね」
 ジゼルに微笑みながら、加夜は自分に何が出来るだろうか、を胸の内で思う。



「さて、俺は村の警備を続けるとするか……ん?」
 加夜とジゼルが手を取って立ち去るのを見送った馬宿が、聞こえてくる何やら騒がしい会話に訝しみながら該当する場所へ向かうと、契約者であろう少女――退紅 海松(あらぞめ・みる)――が村の少年、虎太郎に目をキラキラさせて詰め寄っていた。
「貴方、お名前なんと申しますの? 私、退紅 海松(あらぞめ みる)と申しますの、宜しくお願いしますわね♪」
「お、おう、俺は虎太郎だ」
「虎太郎ちゃんですわね! きゃー、ちょっと生意気なフリをしつつ、実の所押しに弱そうな様がたまりませんわーーー!」
「な、なんなんだこの人……」
「あー、すみません、この人ちょっと頭が末期ですので。余り気にしないであげてください」
 既に盛り上がっている海松を冷たい目で見て、フェブルウス・アウグストゥス(ふぇぶるうす・あうぐすとぅす)が嘆息する。
「……ところで、ここは一体何処なのでしょう。僕たちは何もしていなかった所に突然このような場所にやって来て、現状を把握しかねるのですが」
「えーっと、それなら馬宿の兄ちゃんが教えてくれるぜ。……っと、いいところに!
 おーい、兄ちゃん!」
 虎太郎に呼ばれて、馬宿は彼らの下へ合流すると、海松とフェブルウスに現状を説明する。
「なんてことなのでしょう! その悪襲という方が、貴方のお姉さまをお連れしてしまったんですのね!」
 事情を把握した海松が、虎太郎の手をがしっ、と掴んで両手で包み込み、顔を近付けて言う。
「そういう事でしたら、私が貴方のお姉さまを連れ戻してきて差し上げますわ♪
 いいんですのよお礼は、貴方を心ゆくまでハグした後にその小さくてわがままな唇を奪い――」
 海松の言葉が紡がれる前に、フェブルウスが神速の腹パンを海松に打ち込む。
「……では、目的としては悪襲を倒してこの方のお姉さんを連れ戻す、でいいでしょうか?」
「ああ、そうだな。よければこの村の祭りを楽しんで帰るといい」
 分かりました、と頷き、フェブルウスが泡を吹いてピクピク、と身体を震わせている海松を見下ろして言う。
「僕が囮になっておびき出すので、海松は後ろから援護をお願いします。
 ……いつまで寝てるんですか? さっさと行ってやることやって、帰りますよ」
「あぁん、フェブル君のそんな所も可愛いわぁ♪」
 即座に起き上がって抱きつこうとするのを、フェブルウスは加減した腹パンで大人しくさせ、そして二人は悪襲城へと向かう。
「兄ちゃん……あの二人、大丈夫なのか?」
「……残念な話だが、契約者にはあのような者が少なからず居てな……。
 だが、実力は確かだ。その点に関しては、心配しなくていい」
 姉によく似た凛とした面差しを不安に歪ませた虎太郎に、馬宿が微笑を浮かべて頷く。



(……豊美ちゃんは、さらわれた菖蒲さんや村の人を助けるため、悪襲さんの所に行った)
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)が、「村のことをお願いしますー」と言って飛んでいった豊美ちゃんのことを思う。
(あたしは攻撃系の技を持たない『癒し系』魔法少女。それに今は、魔法少女の力を一時的に封印しているから、 豊美ちゃんと一緒に前衛に立つことは無理だけど……)
 それでも、魔法少女の心――街に平和と安心をお届けする――まで無くしたつもりはない。
(豊美ちゃんやみんなが帰ってきた時……みんなが笑顔でいてほしい。
 きっとわたしにも、ここで出来ることがある)
 ぐっ、と拳を握って、ネージュは周りを見渡す。村の人達は皆、お祭りの準備に奔走している。菖蒲を始めとして村人の何人かが攫われた現状であっても、残った者たちは必ず帰ってくると信じている。
(みんなと一緒に、お祭りの準備が出来たらいいな)
 そう思っていると、向こうから子供たちの集団が手に籠を持って駆けてくる。
「みんなはこれからどこに行くの?」
 ネージュが話しかけると、子供たちは一瞬顔を見合わせてどうしよう? というような表情を浮かべるが、ネージュの暖かな微笑みに子供たちは頷いて、先頭を走っていた子供が目的を話す。
「俺たち、草を摘みに行く所なんだ! おっかちゃんが団子作るから」
「そうなんだ。ねぇ、わたしも一緒に行ってもいい?」
「いいよ! ついてきて!」
 女の子がネージュを誘い、そしてネージュを加えた一行は川沿いの土手へやって来る。
「どの草を採ればいいのかな?」
「これだよ!」
 周りの子に教えてもらいながら、ネージュは草を採る。手にした草は現代の地球、およびパラミタで見るものと少し違っていて、自分の知識を活かすことは出来なかったけれど、子供たちと一緒に収穫するその行為自体が楽しかった。
(団子を作る時も、作り方を教えてもらえたらいいな)
 何となくだけど、村の人達は笑顔で迎えてくれそうな気がしていた。

* * *

「うーん、この服装は……。
 この世界に来る前に思ったことが原因だろうか」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が、自身が纏っている服を改めて確認してため息を吐く。隣のエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)もそうなのだが、二人は18世紀後半のヨーロッパ貴族が着ているような服を強制的に着させられていた。ちなみにエースは『和の国』に来る前、『EDO時代とかにはあまり詳しくないんだよね……確か17世紀〜19世紀くらいだっけ?』などと思っていた。その内容がある意味都合よく反映されたようである。
「それにしても……エオリア、お前似合いすぎ」
「それを言うなら、エースこそ自然すぎる着こなしですよ」
 二人が揃って、それぞれの格好を軽い皮肉を込めて称する。エースもエオリアも長い髪を結っているのだが、それが蝶結びのリボンでしかもお揃いである。この服をあてがった者がもし居るとしたら、盛大に突っ込みたい。
「……まぁ、ここで論じた所で仕方が無いな。さて、村人の話ではジゼルもこの世界に来ているらしいけど……?」
 エースが話に区切りを付け、ジゼルの姿を探す。と、向こうから和装のジゼルが、同じく和装の加夜と共にやって来た。
「エース! まるで王子様みたいね。本当に『お兄様』って感じだわ」
 出会い頭のジゼルにも服装の事をツッコまれ、エースもエオリアも苦笑で返す他なかった。
「ジゼルは、和服なんだな」
「ええ、着いた時はドレスだったんだけど、
 私が「皆の着物素敵ね」って言ったら、加夜が着付けをしてくれたの。
 一人で着られて、着せることも出来るなんて、凄いわ、加夜」
「慣れれば直ぐに出来ちゃいますよ。次に機会があれば教えてあげますね」
「ホントに? 嬉しい!」
 手を取り合ってキャッキャとはしゃぎ合う加夜とジゼルを、エースとエオリアが微笑ましく見守る。
「二人は、祭りの準備を手伝っていると聞いたけど?」
「はい、料理を手伝おうかと。ジゼルちゃんも料理得意ですしね。
 アレクさんが独り占めしているジゼルちゃんの手料理をいただけるチャンスですし」
 加夜がふふ、と笑うと、ジゼルが「加夜になら『あおぞら』に来なくても作ってあげるのに」とバイト中の定食屋の名前を出しながら返す。
「そういう事でしたら、僕は冷たい飲み物を用意しましょうか。かつては甘酒が夏の滋養強壮な飲み物として売られていたといいますし、きゅっと冷えた甘酒が美味しいとの資料を見た事があります」
「俺は、屋台とか祭り櫓とか、男手の必要そうな所へ手伝いに行こうかな。
 ジゼル、余った料理があったら俺にも食べさせて欲しいんだけど、構わないかな?」
「うん、いいわよ。それじゃ、後で持って行くわね」
 エオリアと加夜と一緒に、村の調理場へと足を運ぶジゼルを見送り、エースがさて、と上着を脱ぐ。
「流石にこの格好では、力仕事というわけにいかないからな」
 そして、村の中央辺りで行われている作業の輪へと入っていくのであった。



「ジゼル、俺は誤解を解きたいんだ。どうか俺の話を聞いてほしい」
 料理の準備をしていた所にコード・イレブンナイン(こーど・いれぶんないん)に呼び出され、行ってみれば誤解を解きたいなどと言われ、ジゼルは彼を前に首を傾げる。
(誤解……って何の話だっけ?)
 頭の上には疑問符が並び、順番を待っては消えてゆく。
「キスで子供は生まれない。兄妹がキスしても生まれないだろ?
 あの時雅羅が言ったのは、二人が子供が欲しいですって神様にお願いしてキスしたら生まれる時の話だと思うんだ」
(ああ! そのお話かぁ……ええとでも、私コードの事、誤解なんてしてないわ?)
 そんな状態だったのもあり、真剣な眼で話すコードの言葉は、ジゼルにいまいち伝わらなかった。それでも今のジゼルは、神様にお願いした所で子供が産まれる訳ではないのを既に知っている。そもそも『キスして子供が産まれる』というのは、過保護な雅羅が危ないお兄ちゃんに迫られても貞操を守りきらせる為にジゼルに言った嘘であった。
(その……主に下半身の話なのよね)
 密かに赤くなった顔も、そんな考えを巡らせているのも知られたくなくて、ジゼルは目のやり場に困った挙句、コードの首辺りを見ていた。
 開いた襟のお陰で、鎖骨の下からメタリックカラーが覗いているのが見える。あそこから下は全て金属なのだろう。
(あれ、待って。じゃあコードの――)
「どうしたんだジゼル?」
 返事が無かった事に首を傾げるコードに、ジゼルは耳まで真っ赤になりながら慌てて首を振った。
「なっ、何でもないのよ! 別に……何でもないの!!」
 下品な想像をしてしまった自分に消え入りたい気分になりながら、ジゼルはそういう知識を教えてくれた兄の存在を呪っていた。
「教えてくれ、俺は何か君を怒らせるような事を言ってしまったのか?」
 ジゼルの態度を、怒っていると勘違いしたコードが尋ねてくる。
「違うの! もう誤解もしてないから! 嫌ったりしてないから!」
 ジゼルとしてはこれ以上踏み込まれたくないつもりで言った言葉だが、コードにはやっと自分の言葉が正しく伝わったのだと受け取ったようだ。
「そ、そうか。俺の言葉を聞いてくれてありがとう」
 なんだか救われたような顔で礼を言い、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)達の所へ戻って行くコードへ早々に背を向け、ジゼルは何度か深呼吸して気持ちを落ち着ける。
(こんな顔で、みんなに顔合わせ出来ないわ)
 しばらくして顔に手を当て、おかしなことになっていないか確認する。
(わ、私顔赤くないよね? 変じゃないよね?)
 自分で自分に確認をして、ようやくジゼルは足を加夜たちの所へ向けるのだった。