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江戸迷宮は畳の下で☆

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【調理場と村での攻防】


「甘酒の準備はこれでいいですね。後は水を冷やしてそこに浸して……」
 完成した甘酒に舌鼓を打ち、エオリアが甘酒の入った壺を機晶石で冷やした水に浸す。
「…………」
「? ジゼルさん、どうなさいましたか?」
 と、何やらむっつりした顔のジゼルが目に留まり、エオリアが声をかける。先程までは加夜と賑やかに料理などしていたのに、一体どうしたのだろうか。

「……あついの」

 ポツリ、と呟いた言葉の意味をエオリアが咀嚼する間に、ジゼルが帯に手を掛け、緩めようとする。
「いけませんジゼルちゃん!」
 即座に加夜がジゼルに駆け寄り、止めようとする。ここに来た時の服ならまだ構造上余裕があったが、今は着物。帯が外れれば瞬く間に裸体が晒されかねない。
「いーやぁあ! ぬーぐーのー!」
 手を抑えられ、逃れるように身をよじるジゼル。話す言葉はまるで子供のよう。
「……これはまさか……」
 ハッ、と思い当たり、エオリアが先程まで仕込んでいた甘酒に目をやる。途中何度かジゼルに試飲を頼んでいた。
「いえしかし、『限りなく甘酒に近いけれど未成年者も飲んで問題ない飲み物』として仕上げたつもりですが……」
 試しに一口含んでみる、ほんのりと酒の風味がする程度で、決して酔う程度ではない。
(確かに、物凄くアルコールに弱い者や、幼児は香りだけでも酔うのかもしれませんが……)
 信じられない事にその香りで酩酊してしまったジゼルは、しかも脱ぎ上戸だったのだ。未成年であるジゼルが酷い下戸で、おまけに妙な酔い癖を持っているとは周囲の人間が知る筈も無く、完全なる不可抗力で起こった事態にエオリアは普段の冷静さを失くしてただ驚く事しか出来ない。普段料理酒や菓子に使うブランデーを使用しても問題無かったのだから、きっとジゼル本人も知らぬ事だったのだろう。
「あぁあ、ダメですジゼルちゃん、胸が見えちゃいます!」
「うん、そうねー」
「そうねじゃなくて! こんな事しちゃいけません!」
「どぉして?
 今おにいちゃんいないよ? へんなことされないからヘイキヘイキーィ♪」
「……確かにこんな時に変な事をしようとするのはアレクさんだけかも……って私何を言ってるの? そういう問題じゃないのに!」
 突然の事態に止めに入った加夜も混乱状態だ。こうしてジタバタとしている間に徐々に着物がはだけていくジゼルを視界に入れないようにしつつ、エオリアが自らの内で想定した可能性が限りなく事実に近いという結論に至る。
「ふー、働いた働いた。何か飲み物がほしいな……ってうおっ!?」
 そこにちょうど、一仕事終えたエースが入ってきて、突然視界に飛び込んできたジゼルの姿に慌てて目を逸らす。無理矢理に帯を下に引いた所為か寛げられた襟は大きく開き、加夜が懸命にガードしようともあられもない姿なのは一目で分かる状態だ。
「エオリア、一体何がどうなっているんだ」
「それがですね、どうやらジゼルさんは酒にかなり弱かったようでして……。甘酒の試飲でその、酔われてしまわれたようです」
 エオリアが簡潔に事態を説明すれば、エースがなるほど、と理解を示す。確かに聞こえてくるジゼルの声は、酔った者が話しそうな呂律の回らない感じだった。
「えへへぇ、おにいさまもきたよぉ。エースはおにいちゃんじゃなくてぇ、おにいさまだからへいきだよー」
 ついに加夜を振りほどき、ジゼルがエースに歩み寄る。トロンとした目、ほんのりと染まった頬に見つめられ、エースは自身の心の高鳴りを否が応でも自覚する。これがアレクなら即『おたのしみですね』であり、フェミニストでありながら朴念仁と言われた事のあるエースですら一瞬そういった事を想像してしまうほどに、ジゼルの姿は扇情的であった。
「ジゼル、ごめん!」
 しかしエースは雑念を払い、落ちていた帯を拾うとジゼルに一度巻きつけ、帯が巻かれるようにジゼルを回転させる。いわば『逆・よいではないか』である。
「わわわわわわわ」
 くるくると回されたジゼル、帯が完全に巻きついた頃には足をふらふらさせ、そのうち「ふにゃぁ……」と倒れかけるのをエースに支えられる。
「俺が見てるから、二人はジゼルのために布団を用意してやってくれ」
 エースに言われ、加夜とエオリアが震える睫毛を伏せ始めたジゼルを休めるべく、布団の準備へ向かう――。



 調理場でそんな、ちょっとした事件が起きている最中、村の入口付近ではより大きな事件が起きようとしていた。
「悪襲様がここの奴らに襲われてるって話だ。この村を襲い、人質を取って奴らに降伏を迫れ。
 事が上手くいった後は、好きにして構わんぞ」
 リーダー格の侍の言葉に、周りの男達が下種な笑みを浮かべる。悪襲城に契約者が突入、戦いを繰り広げているのを確認した悪襲の部下たちが、村の者を利用しようと企んでいたのだった。

「! ……村の入り口に数名、外の方向にそれより少ない人数。全員何らかの武器を持ち、戦闘の意思あり、か
 村の中央辺りを見回っていた馬宿の耳に、それだけの情報をもたらす“声”が入ってくる。
「二手に分かれたとあれば、こちらも合わせて対処する必要があるな……」
 頭の中で素早く対応をまとめ、馬宿が予め、村の警備を担当することを申し出た契約者へ向けて“声”を飛ばす。ちょうど豊美ちゃんが、自分が認定した魔法少女に対して“声”を送ることが出来るのと似た原理である。
『村の入口に敵性勢力、数およそ10。村の内部と外部の二手に分かれる模様、動ける者は至急対処に当たってくれ』

「村を襲ってお祭りを妨害しようなんて、不届き者もいいとこね!
 いいわ、一肌脱いで蹴散らしてあげる! そんでもって祭りの時には、屋台を制覇するわよ!」
 意気揚々と現場へ向かうセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の後に続きながら、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は少しだけ、敵が村を攻めてきた事に感謝したい気持ちに駆られた。というのも、セレンが何度となく「料理の手伝いならあたしに任せなさい!」と手伝おうとするので、それをなんとか押しとどめるのに必死だったからである。
(セレンは『教導団公認BC兵器指定料理』を作る危険人物。しかも本人にまったくその意識がないのが困り者よね)
 巷では『メシマズ』などと言われているようだが、セレンの作るものはそれらとは比較にならない、時と場合によっては生物災害を引き起こしかねないほどの威力を秘めている。当然、セレアナとしてはこのようなほのぼのとした村で、そのような化学兵器を量産するわけにはいかない。というわけでセレンが手伝いに行こうとする度阻止する羽目になった。
(段々不機嫌になっていくのが分かってたから、心苦しかったわ。
 不届き者との戦いで、スッキリしてきなさい。不届き者はまあ、自業自得でしょ)
 そうセレアナが心に思った所で、向こうから武器を手にした集団が駆けてくる。数はこちらが2に対し、向こうが6。単純な戦力差は10倍近くになる。
「おうおう、そこを退きな、嬢ちゃん」
「それとも嬢ちゃんが、俺たちの相手してくれるってのかぁ?」
 だからなのか、侍たちの態度には明らかに、セレンとセレアナを舐めている節があった。……そしてそれは、二人にとっても狙った展開であった。
「何の相手かは分からないけど、いいよ、相手してあげる!」
 微笑み、セレンが両腕を下に向ければ、袖口からそれぞれ【シュヴァルツ】【ヴァイス】と銘打たれた銃が落ち、手に収まる。握ってすぐに前方の二人へ照準を定め引き金を引けば、呆然とした表情で侍が額を撃ち抜かれて地面に倒れる。
「こ、こいつ! 女だからって――」
「女だから、何かしら? 油断したあなた達がいけないのよ」
 激昂した侍たちが刀を抜いて構える、そこにセレアナの両手で構えた銃から、実弾ではなく光弾が発射される。
「ぐわぁ!」
 光弾は侍たちの中心で弾け、散弾銃のように小さな光を大量に生み出し、侍たちを抉る。運良く生き残り、へなへなと地面に座り込む一人の侍へ、セレンが銃を突きつけ言う。
「帰ってあんたの上司に伝えなさい、この村を襲うのは無駄だって」
「ひ、ひぃ!」
 眉間から銃を離すと同時に、セレンの足が侍を押すように蹴る。転びそうになりながら侍が起き上がり、悪襲城のある方向へと一目散に逃げていった。
「あっけないものね。これじゃ運動にもならないわ。
 そうね、まだ時間もあるし、やっぱり料理の手伝いを――」
「そ、それはダメ! 何度言ったら分かるの?」
 銃を仕舞い、セレンが料理の手伝いをしに行こうとするのを、同じく銃を仕舞ったセレアナがまた必死に食い止めようとする――。



「おねぇちゃん、いっぱいとれたよ!」
 村の外では、子供たちとネージュが籠いっぱいに採れたての草を詰めて、戻ろうとしていた。
(えっ……何、この嫌な感じ)
 と、ネージュが嫌な感覚に立ち止まり、辺りを見回す。一見誰も居ないように見えたが、土手を上がった道の脇に並んでいる木の上に、怪しげな格好をした者が潜んでいる、そんな気がした。
「みんな、あたしの傍に集まって!」
 ネージュが声を発し、子供たちを自分の傍に集める。
「どーしたのおねーちゃん?」
「……えっとね、ここでいい子にしてると面白いものが見られるかな、って」
「ほんと?」
 咄嗟に吐いた嘘……というより願望に近い言葉を、子供たちは信じて目をキラキラさせる。
(うーんどーしよー。豊美ちゃんはまだ帰ってこない……村から応援が来てくれたらいいんだけど――)
 ネージュが思案していると、上空から飛行機が飛んでいるような音が徐々に大きく聞こえてくる。
「! みんな、しゃがんで!」
 上空の飛行物体――飛行装置を装備した契約者だと判明した――が降下してくるのを、おそらく攻撃に移る合図だと読んだネージュが、子供たちをしゃがませ自分は事態に備える。魔法少女としての力は封印していても、契約者としての力は有している。いざとなったら子供たちを守るため、戦う準備は怠らない。

『――――!!』

 そして、上空から砲弾と思しき物体が投射され、それは地面を抉って爆風と震動を起こし、木に潜んでいた敵――忍者の格好をした者たち――を引きずり出す。

「ふぅ、上手くいったな。
 武士だか忍者だか、そいつらの事はどうでもいいが、流石に村の子供を巻き込むわけにはいかないからな」
 上空を旋回する柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)が、大剣と機関銃と対戦車砲を組み合わせた特殊兵器『トイボックス』をさらけ出された黒装束の者たちへ向ける。
「何が目的だか知らねぇが、子供を狙うたぁ良くねぇな。
 ま、俺に見つかったのが運の尽きと思って、諦めな。なぁに、命までは取らねぇよ。俺は『凛々狩る本気狩る』だからな」
 凛々狩る本気狩る……どうやら『リリカルマジカル』と言いたいようだが、どう見ても殺る気満々に見えるのは気のせいだろうか。ともかく直後、武器から無数の弾丸が飛び出し、黒装束の者たちを追い詰めていく。彼らもなかなかの回避力を見せたものの、それまで体験したことのない攻撃方法の前には無力であり、全員脚に負傷して地面を転がり、ほぼ動けない状態になる。
「さあ、選べ。ここで血の池に沈むか、俺に土下座して生き残るか。
 俺も鬼じゃない、選ばせてやるよ」
 『トイボックス』を突きつけながら悪魔の笑みを浮かべる恭也に、黒装束の者たちが何か出来るはずもなく、大人しく降伏する選択を取った――。



「さて、後はこいつらを馬宿ん所へ連れて行きゃいいな」
 黒装束の者たちを縛り上げた恭也が、それをぶら下げながら地面を蹴って飛び上がり、村の方向へと飛んでいく。それから少しして、安全が確保されたのを見計らってネージュが子供たちを立ち上がらせる。
「ねーちゃん、すっげー! ほんとにすっげーものがみれた!」
 子供たちのうち、特に男の子には恭也の戦いぶりは面白かったようで、はしゃいでいる。
「おねぇちゃん……はやくかえろ?」
 一方女の子の方は少し怯えた様子で、ネージュの裾をつまんで村に帰ろうと言ってくる。
「うん、帰ろう。みんなケガとかしてないよね?」
 ネージュが治癒魔法を行使する準備をしつつ子供たちに尋ねる。幸いにして子供たちにケガはなく、みんな元気に籠を背負って出発準備を終える。
「それじゃ、村に帰ろう!」
 ネージュが元気よく言い、子供たちがおー、と続いて、一行は村へ足早に帰還する――。