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江戸迷宮は畳の下で☆

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江戸迷宮は畳の下で☆

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【おかえりとさよならと】


「おおーい! 帰ってきた! 帰ってきたぞー!」
「見て! 前に居るの、菖蒲ちゃんだわ!」
「かあちゃん見て! 面白い武器が沢山!」
「信じられねえ! あいつら本当に悪襲城を落としやがったぜ!!」
 契約者と共に帰ってきた菖蒲や囚われていた者たちを、村の人達は総出で出迎える。
「菖蒲ちゃん、大丈夫だったか?」
「変なこととかされてない?」
 気をつかったのかわざわざ耳打ちするように聞いて来る友人に、菖蒲は首を振る。
「ええ、大丈夫。皆さんが助けて下さったから」
 微笑んで後ろの契約者たちに顔を向け、それに豊美ちゃんと讃良ちゃん、ターニャが笑顔で応える。何か美味しいものを見逃したと第六感に告げられたアレクは、解散後に憤然としながらそのままジゼルの元へ向かってしまった為、恐らく既に村に居るのだろう。
「あっ、そうです。翠さんが城から、これを見つけてきたんです。
 多分、この村の物だと思うんですけど」
 豊美ちゃんが、「豊美ちゃんなら、このしめ縄の事知ってると思うの」と翠から託されたしめ縄を見せれば、歩み寄った村長が震える手で縄に触れ、歓喜の声をあげる。
「おぉ……確かにこれは、村のご神体を飾るものでした。以前に悪襲の手の者に奪われて以来だったのです。
 これで村にも神の御加護が戻ってくるはずです。皆さん、本当にどうもありがとうございます。
 ほんの小さなおもてなししか出来ませんが、どうぞ、祭りを楽しんでいってください」

 村長の言葉をきっかけに、村のお祭りが始まるのだった――。

* * *

「じゃーん、こんなもの、貰ってきちゃいましたー!」
 声と共にユピリアが祭りの中心の櫓から悪襲が領民から奪った宝を、陣と共に散撒いて落す。
「これはうちの家宝の!」
「こんなもの何処に隠してやがったんだ畜生! ありがとうねえちゃん!」
「すげえぞ! これで明日からまともに暮らしていける!」
 次々に上がる歓声を聞きながらこちらを向いた陣に、ユピリアはウィンクをして返すのだった。
 
 櫓の近くでは村の男性陣に混じって、縁が戦いながら確認した城の修復が必要な部分を伝えている。
「いや、あんたの助かったぜ。明日にでも俺達で見回ってくらぁ」
 大工らしき男に言われて、縁は首を振る。
「いやいや、こっちも戦う時にちょっと壊しちゃったとこもあるしねー。本当はぺたぺた手伝いたいところだけど――」
 話をする縁を見守る縹を、物陰からレティシアがモフモフしたそうに見つめていた。



「どうですの、しっかりとお姉さまは連れ戻しましたわよ?」
「あぁ! なんか疑ったりして、ごめんな! 姉ちゃんすげぇや!」
 えへん、と胸を張る海松を、虎太郎が褒め称える。フェブルウスは激しく突っ込みたい衝動に駆られるが、海松の言うことは間違いではないのでぐっと堪え、隣に立つ。
「さあ、ここからはお楽しみの時間ですわ。虎太郎ちゃん、私にその柔らかな身体を味あわせてくださいな――」
 しかし、海松が変態行動に出るや否や、鍛え抜かれた神速のツッコミという名の腹パンで黙らせる。
「……ふぅ。あなたにはコレの無様な姿を見せてしまいましたね」
「あ、あぁ……。いや、別に姉ちゃんになら抱きつかれてもいいかなって思ったんだけど……」
 少しだけ気恥ずかしそうに鼻を人差し指で擦りながらもそう言った虎太郎の言葉を聞いたフェブルウスが苦い顔をする。海松がその言葉を聞けば間違いなく――。
「いやーーーん! 虎太郎ちゃんがデレましたわーーー!!」
「う、うわぁっ!?」
 案の定、フェブルウスの予想通り即座に復活した海松が、虎太郎を思い切り抱きしめる。
「はぁ……どこに行っても、この人は変わりませんね」
 二人から視線を外し、フェブルウスはちょっぴり現実逃避したい気分に駆られる。



「うめー! ねーちゃん、団子作るのうめーなー!」
 ネージュも協力して作った団子を、子供たちが美味しそうに食べている。子供たちおよび村の人達には好評で、供給する側には休む暇もなかった。
「いやぁ、こういう忙しさは歓迎だね!」
 それでも作り手たちは、笑顔を絶やさず作業に当たる。彼らは本当に、団子を美味しく食べてもらうためにこうして動き回っている。
(……魔法少女もきっと、こういうことなんだよね)
 ふと、ネージュが思う。魔法少女だって街の人達に平和と安心を、笑顔を届けるために活動している。他のみんながどうしているかは分からないけれど、豊美ちゃんならきっとそう思っているし、言ってくれると思う。
(みんなが、笑顔になってくれますように)
 そんな想いを込めて、ネージュが団子作りに精を出す。



 祭りの喧騒を少し離れた位置に見ているアレクの目に、彼の宿敵――カガチの姿が映っている。
 大奥で着せ付けられた何時もと違う着物で着飾ったほんの少し大人っぽく見えるなぎこの姿に、カガチは遠目にも分かるくらいどぎまぎしている。一方なぎこの方は、カガチに合えた事で安心しているようで、傍目からは微笑ましいカップルにしか見えなかった。
(…………あいつロリコンだったんだな)
 何処か合点がいったように思っていると、視界が遮られた。壮太がネージュが子供達と協力して作ったらしい団子の串を咥えたままこちらへきていた。
「腹一杯になったか?」
 問いかけに対しては大した収穫も無いらしく、壮太は肩をすくめ首を振っている。当然だ。チーズスプレッドに団子や甘酒で満たされる程青年の胃袋は小さく無い。
「なあ、帰ったらなんか食いにいこうぜ。おにーちゃん美味い所知ってる? オレ肉がいいなあ、出来れば四本足のヤツ」
「肉? そうだな……二本足なら」
「何それ」
「鴨」
「うっそ高級品じゃん。オレそんなん食った事ねぇし。
 …………何その顔、連れてってくれんの? もしかして奢り?」
 アレクが頷くと、壮太は両手でガッツポーズを空に掲げている。そんな弟を見守っていたら、腹筋がぎゅうぎゅう締め付けられた。これは妹の方だ。
 少し前の事、アレクが豊美ちゃんたちや他の契約者に先行して村へ戻ると、ジゼルも布団から這い出してきた。その後は祭りが始まると加夜や他の友人達と一緒に回っていたものの矢張り本調子ではないようで、暫くすると眠る為に主人を探す飼い猫のようにアレクを探し始め、見つければ本当に膝の上で丸まって寝こけだしたのだ。
「おにいちゃん、ジゼルも壮太と一緒につれてってー……」
「ああ、大丈夫だ。ジゼルも一緒だよ」
 小さな笑い声を漏らしながらジゼルはまた瞼を落し始めている。その顔を上から覗き込んで、加夜はアレクの横に腰掛ける。
「かなりお疲れみたいですね」
「何故か、酔っぱらってテンション高かったみたいだしな。暴れて疲れたんだろ」
 非難の視線を受けて、エースとエオリアは不可抗力だとばかりに両手を上げていた。因にエースとエオリアと加夜は示し合わせて事件の詳しい部分、つまりジゼルが酔って『服を脱ごうと』暴れたのかっこ書きの部分は意図的に省いていた。ああいったものはアレクに与えるべき情報では無いと踏んだのだ。
「村の人のお料理を手伝ったりしたんです。
 でも折角ジゼルちゃんの手料理が食べられると思ったのに、あんな風になっちゃいましたから……もう。アレクさんばかり、ずるいですよ」
「言えば弁当でも何でも喜んで作ってくれるだろ。『人にご飯を作るのってとても幸せ』だって言ってたからな」
 悪戯に指先で咽をくすぐると、ゆるゆると目を開いたジゼルが喋り出す。
「今度……皆でお家にきてね。私ご飯作るから。それからお菓子と……デザートも……」
「パーティーですか?」
「うん、沢山作るね……」
 話しを聞きながら薄い灯りの中でもはっきりと分かるくらいに青い目を輝かせていたターニャを見て、アレクは言う。
「いや、お前は駄目だターニャ」
「ええ!? 何でですか!?」
「お前が居たらジゼルがどれだけ作ってもお前が全部食い尽すだろ」
 アレクの言葉に皆笑い出したのに、ターニャは慌てている。
「そんなことないです! 自分だって最低限の空気くらいは読めるんでありますよ!?」
 ターニャが真っ赤になってしまったのに、アレクは素知らぬ顔で膝から落ちかけたジゼルを抱え直している。
「知るかバカ。お前は一回飢え死にする迄我慢して静粛さを覚えるんだな」
「そんな! 酷いですっ! サーシャ隊長おおおお!」



「はぁーーー! 疲れた身体に冷たい甘酒、いいわねーーー!」
「ちょっとセレン、飲み過ぎは身体に悪いわよ」
 屋台の前で、セレンフィリティが片手に甘酒、片手には調理したての肉を焼いたものを持ち、満足そうに笑っていた。セレアナも言葉ではセレンを窘めつつ、この独特の雰囲気を決して悪くはない、と思っていた。
「悪人の始末も済んだし、んじゃ、せっかく来たことだし、祭りを堪能していきますかね」
 同じく恭也も、こののどかで平和な空気を悪いものではないと思っている。パラミタでの日々は戦いが(それまでの暮らしと比べて)多いせいか、こういった時間を貴重なものと思ってしまうような気がした。
「うぉーいそこの兄ちゃん、こっち来てあたしと飲みなよ!」
「ちょっと、勝手に誘ったら失礼でしょ? すみません、どうかお気になさらず」
「……いや、たまには誘いに乗るのも面白いだろう。良ければ相席を願おう」
「うーっし、そう来なくっちゃ! じゃあまずは甘酒一気飲みから!」
 セレンがそれぞれの前に甘酒を注ぎ、高らかに掲げる。
「かんぱーーーいっ!!」
 セレンの声の後に、器と器が弾けて奏でる音が響く――。

* * *

 皆が祭りの輪に戻って行くと、残された豊美ちゃんとアレクは川床のカフェで過ごしていた時間に戻ったように二人横に並んで座っていた。
 アレクの膝の上には相変わらずジゼルが居たが、彼女はすやすやと安らかな寝息を立てている。
 頬をそっと突ついてみて起きそうに無いのを確認すると、豊美ちゃんはアレクとこっそり笑い合って話し始めた。
「――歌菜さんの調べた中に、今日の事が予知されたような物語があったそうなんです。
 『ご神体に力が戻りし時、和の国に光りの玉宿り、恒久の平和が訪れるであろう』。
 それから『祭りの夜、光りの玉は去る』、そして『導きしもの達は、光りの玉と共に、神々の住まう地へ還る』――」
 豊美ちゃんが言った通り、村の一角に鎮座していたご神体にしめ縄をかけ直せば、まるで空から降り注ぐように光がご神体に満ち、やがて光は小さな青い光の玉となって今こうして、村をほのかな灯りで照らしている。物語の通りであれば、光は夜中村を照らした後消え、契約者たちはその光とともにパラミタへ戻ることが出来るのだろう。
「そろそろパラミタへ帰れるって事か」
 立てた膝に額を打ち付ける様に頭を伏せたアレクに、豊美ちゃんは笑ってしまう。
(流石のアレクさんもお疲れみたいですねー)
「ふふっ。
 このお祭りは、頑張った皆へのご褒美なのかもしれませんねー」
「だったらもう少し楽しんだ方がいいんじゃないか?」
「そうですねー。
 では私も後で……。アレクさんは? 妹さんが心配なら馬宿に頼んで――」
「いいよ、俺こういうの苦手だから」
「そうですか。では、私もここに居ます」
 豊美ちゃんが座り直し、アレクが小さくありがとう、と告げて、しばらく静かで穏やかな時間が流れる。
「あっ……」
 そして、まるでゆっくりと昇っていくような、そんな感覚と共に周りの景色が、村の人達の笑顔が光の中へと消えていく。
 やがて、白一色の世界になった所で、フッ、と姿を現した者、それは悪襲に狙われていた村の少女、菖蒲だった。

「どうか、お気をつけて。

  これで、終わりではありません――」


 豊美ちゃんがえっ、と呟いた時には既に菖蒲の姿は消え、意識もまた光の中へと委ねられていった――。