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【七 艦内白兵】

 DSRV第二便は、第一便の時のような魚雷による迎撃は受けず、意外とスムーズにバッキンガムへの接艦を果たした。
 或いは既に第一便でバッキンガム艦内に突入している者達が、艦内で謎の敵に対する行動を早々に起こしてくれている為、第二便への対応が疎かになっているとも考えられる。
 いずれにせよ、第二便での接艦を命じられた突入班は、ラッキーだったといえるだろう。
「射出された魚雷は、まだ全部で三発らしいな。ってこたぁ、発射管に装填された分を含めても、残りはあと、23発って訳か……こりゃ意外に多いな」
 バッキンガム艦内での魚雷無力化を画策する三船 敬一(みふね・けいいち)は、脱出ハッチからバッキンガム艦内に足を踏み入れたところで、しばし立ち止まったまま、低く唸った。
 脱出ハッチ周辺に、敵と思しき姿は見られない。
 このまま魚雷庫まですんなり進んで行ければ、それこそ本当にラッキーなのだが、流石にそこまで甘くはないだろうとの予測は簡単に立つ。
 だが彼にとって一番の問題は、魚雷庫に到達した後であった。
「23発は、流石に多いですね……人手があればそんなに脅威でもないんですが、矢張りたったふたりでの作業となると、全てを無力化するのは相当に時間がかかると見て良いでしょう」
 白河 淋(しらかわ・りん)も、渋い表情で手元の資料に視線を落とす。
 装填装置は、構造的には然程に難しいものではない。
 ただ、魚雷庫内での誘爆の恐れがある為、強力な火気を伴う破壊方法は使えなかった。
 その為、どうしても地道な解体作業を強いられることになるのだが、装填装置自体の大きさも結構なサイズである。魚雷本体の無力化と併せて考えると、丸一日程度は時間を要するのではあるまいか。
「そんなに長居は出来ねぇだろうしなぁ……」
「でも、ここで悩んでいても時間を無駄に浪費するばかりです。とにかく、先へ進みましょう」
 淋のいうように、脱出ハッチ周辺で留まっていても、何の進展にもならない。
 敬一はようやく腹を決めた様子でひとつ大きな息を吐き出すと、重たい工具がずっしりと詰まった工兵鞄を背負い、艦首方面に向けて歩を進め始めた。
 ところが一分と進まないうちに、いきなり足止めを食ってしまった。
 同じ第二便での突入を果たしたセレンフィリティとセレアナが、狭い艦内通路の向こう側から衝撃波を放ってくる敵と遭遇し、応戦しているところに出くわしてしまったのである。
「あらぁ、ごめんなさいねぇ! ここは今、通行止めよ!」
 二丁拳銃で応戦しているセレンフィリティだが、相変わらず、弾丸は敵の肉体を素通りし、通路内で跳弾が何度も反射して飛び交う始末である。
 逆に敵の放つ衝撃波は確実なる威力を発揮して、セレンフィリティとセレアナの頬をかすめていった。
「う〜ん……バッキンガム艦内が仮想空間に取って代わられているっていう仮説は、ちょっと間違いだったかも知れないわねぇ」
 セレンフィリティは、幾分残念そうにこぼした。
 こちらの攻撃が全く通用しないのは、艦内全体が敵の支配下である仮想空間にすり替わっている為ではないかという仮説を立てていたのだが、セレンフィリティとセレアナの放つ弾丸は、しっかりと物理的な跳弾現象を見せている。
 また、オブジェクティブ・オポウネントを持つ他のコントラクターからも、視界に映る艦内光景がデジタル変換されたものであるとの連絡も届いていない。
 となると、バッキンガム艦内が仮想空間に置き換わっている想定は、現実性をほとんど失ってしまう。
 しかしだからといって、セレンフィリティの行動目標に何ら支障が出るという訳でもなかった。
「まぁとにかく、ここを何とか突破して、中央管制システムに辿り着かないことには、話は進まないわね……セレン、ここの敵は私の方で何とか引きつけておくから、セレンは中央管制システムのある予備機晶エンジンに急いで!」
「ちょ、ちょっと、何馬鹿なこといってんのよ! セレアナを置いて、ひとりで行ける訳ないじゃない!」
 いつもは振り回す側に立つセレンフィリティだが、今回は珍しくセレアナの言葉に衝撃を受けていた。
「そういうことなら、俺が手伝うから安心して貰って良い」
 同じく第二便でバッキンガム艦内に突入していた唯斗が、セレアナとセレンフィリティの間に割って入る形で飛び込んできた。
 その唯斗の表情には、悲壮めいた色は一切見られない。それには、理由があった。
「あいつら、飛び道具は全部すっかすかに抜けてしまうが、体術は普通に効いたぞ」
 唯斗の台詞はセレンフィリティとセレアナのみならず、敬一や淋に対しても驚きとなって響いた。
「飛び道具が駄目、ってこと?」
「遠隔攻撃は全般的に、駄目っぽい。しかし拳や蹴りは十分手応えがあったし、実際、あっちの通路で一体、撃退することが出来た。どうやら連中は、接近戦に対しては普通に物理的防御しか出来ないようだ」
 この発見は、非常に大きな進展だったといって良い。
 敵が放つ衝撃波は確かに厄介だが、懐に飛び込んでしまえば互角に戦えるということが分かったのは、十分過ぎる程の収穫であった。
 尤も、そういうことが出来るのは唯斗が体術を徹底的に鍛えていたから、というのもあるのだが。
「俺達工兵には、ちょいと不向きだな。何とか連中と遭遇しないよう、隠れて移動するしかなさそうだ」
 苦笑する敬一の隣で、セレアナはもう一度、語気を強めてセレンフィリティに言葉を繋いだ。
「彼が居れば、何とか持ち堪えられると思うわ。とにかくここの奴は私と唯斗で足止めするから、セレンは予備機晶エンジンに向かうこと。良いわね?」
 半ば強引に押し切られた格好となってしまったセレンフィリティは、尚もぶつぶつも文句をいっていたが、唯斗から、
「大丈夫、彼女には傷ひとつ、つけさせやしない」
との言葉を受け、意を決するしかなかった。

「少し……速度が落ちたような気が、しませんか?」
 ルースが艦内通路で立ち止まり、前後を見渡した。
 体感的なものだから視覚を走らせて分かるものでもなかったが、それでもつい視線を巡らせてしまったのは、人間の感覚的な警戒心が、目を頼りにしていることのあらわれであろう。
 傍らのザカコも、ルースの指摘を受けて同じように立ち止まった。
 指摘されるまでは気づいていなかったが、いわれてみると、確かに速度が落ちているようにも感じられた。
「ルースさんの時限式爆弾が、作動したのでしょうか?」
「いや……オレが仕掛けたやつは、もう少し後に爆発しますから、何か別の要因ですね」
 謎の敵が襲いかかってくる危険性がある中で、それでも立ち止まって互いの推論をぶつけ合う両者。
 バッキンガムの速度が落ちたということは、つまりはそれ程までに重要な展開であるとの裏づけでもあったのだが。
 するとそこへ、幾らか困惑した様子の美羽とコハクが艦内通路後方から、ルースとザカコのもとへと走り込んできた。
 どうやらこのふたりも、バッキンガムの速度に変化が生じたことを敏感に察知していたようである。
「おふた方も、気づきましたか?」
「少しだけ、遅くなってるね……マーダーブレインに蹴りが通用したのと、何か関係があるのかな?」
 美羽のこのひとことは、別の意味でルースとザカコに衝撃を与えた。
 艦内に現れた敵がマーダーブレインであること、そして美羽の蹴りが普通に通用したというふたつの事実に、それまでとは異なる事態の推移を感じ取ったのである。
「敵は、間違いなくマーダーブレインだったのですか?」
「うん……見間違えようがないよ。あんな独特の姿かたちはね」
 だが美羽は美羽で、明らかに困惑している様子だった。蹴りが通用したのは喜ばしいことなのだが、それ以上に厄介な事態が彼女の前に出現したのである。
「でもってね、マーダーブレインが……複数居たんだよ」
「一体当たりの強さは格段に落ちてたけど、それでも正面から相手に廻すには、中々骨が折れる相手だね」
 美羽の報告に、コハクが追加の情報を重ねた。
 ルース自身はマーダーブレインの脅威についてはあまりよく分かっていなかったが、ザカコは嫌という程に知っているだけに、露骨にうんざりした表情を浮かべた。
「それにしても……オブジェクティブ・オポウネントがちっとも発動しないんだよね。相手がマーダーブレインなのに、おかしくない?」
「つまり……バッキンガム艦内に出現しているマーダーブレインは、オブジェクティブではない、という結論になりませんか?」
 ザカコは神妙な面持ちで、静かに唸った。
 オーガストヴィーナスは確かに、物理接触点を持つ映像体の射出にオブジェクティブ・エクステンションを採用している。
 しかしだからといって、艦内に出現している謎の敵がオブジェクティブと同等の存在であるかといえば、誰にもそのような確証は無いのである。
 ザカコの指摘を受けて、美羽とコハクは互いに顔を見合わせ、ほぼ同時に、あっと声を上げた。
 オブジェクティブ・エクステンションという存在から、敵はオブジェクティブであろうという先入観が、彼らの判断を誤らせていたのは、ほぼ間違いなかった。
「基本となるデバイス構成は、あくまでもオーガストヴィーナスという別個の存在ですから、そこを間違えないようにしないと、いけませんね」
 ザカコは腕を組んで、考え込んだ。
 根本的な対策を、一から練り直さなければならない。
 と、そこへ鼻歌を歌いながら、佐那が幾分機嫌が良さそうに同じ艦内通路内へと姿を現した。
「あぁこれは、富永佐那さん。随分とご機嫌が良さそうですね?」
「はい、上機嫌ですよ。スクリューに対して何となく打撃を与えることが出来たみたいだし、謎の敵にはフランケンシュタイナーを決めることが出来たしで、今は絶好調ってな感じです」
 佐那の台詞を受けて、ルースとザカコは成る程、とふたり揃って合点した。
 速度が落ちたように感じたのは、佐那が推進器室で破壊工作を仕掛けたことの結果だったのだ。
「スクリューシャフト自体に打撃を与えることは出来ませんでしたが、それでも何とか、速度を落とすことは出来たようです」
 だが何よりも佐那が一番嬉しかったのは、フランケンシュタイナーが完璧に決まったことの方であるらしかった。
「粒子状で現れるって聞いてたから、風術で吹き飛ばせるかなとも思ったんですけど、粉末じゃなくて、光の粒子のようなものだったみたいで、物理的な空気流では全然駄目でした」
 佐那の報告を聞くにつけ、一同は何となく、マーダーブレインへの対処法が見えてきたような気がした。
 要は、姿を現している状態で肉弾戦を仕掛ければ、互角に戦うことが出来る、というのである。
 飛び道具が絶望的な程に効果を見せなかったことから、一時は全くの無敵であると錯覚していたのだが、思わぬところに突破口が潜んでいた形となった。