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祭と音楽と約束と

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祭と音楽と約束と

リアクション


音楽劇

『くすくす……あなたがそうだったのね』
(……だ、れ?)
 意識が遠のいている中、ミナホは誰かの声を聞く。
『けれど、未熟ね。魔女の力を使えれば過労で倒れるなんてことないでしょうに』
(おかあ……さん?)
 自分に母などいないはずだとミナホは思う。けれど、なぜだかそう感じた。
『くすくす……安心して眠っていなさい。悪い魔女なんて役、私以上にうまく出来る人なんてそういないから』

 その言葉を最後にミナホの意識はまた深い所に落ちていった。



「ねぇ、瑛菜おねーちゃん……あれって……」
「ミナホが倒れたとは聞いてたけど……何がどうなったらこうなるんだよ」
 音楽劇が始まる直前。そこにやってきた『魔女役』にアテナと熾月 瑛菜(しづき・えいな)は頭を抱える。
「……皆気づいているのかな?」
 騒いでないけどとアテナ。
「半々ってとこじゃない。……ありえなさ過ぎて気づかなくても不思議じゃない」
 顔は似ているしと瑛菜。
「それに気づいても騒ぐに騒げないし」
 劇はもうすぐ始まる
「最後の最後にすごい問題来たけど……とりあえず、敵意はないみたいだし大丈夫よね」
 話す二人のもとにローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)はそう声をかける。
「まぁ……嘘がつけないし人を傷つけることも出来ないはずだし……最悪の事態にはならないと思うけど」
 だからどうだというレベルで不安だが。
「だが、善き日よな。絶好の舞台日和ではないか」
 そんな問題些細と思えるくらいだとグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)は言う。
「不安もあろう。ゆえに我が国に伝わるとっておきの冗句を開陳しよう
『ある時、息子は言った「お父さん、何でコウノトリは眠る時に片足を上げるの?」すると父は答えた「それはね、両足を上げると転んでしまうからさ!」と』」
「…………不安だ」
 なんかますます不安が強くなった瑛菜。
「瑛菜さま。衣装の方は大丈夫でしょうか? 些か、急ごしらえな部分もあり不安でございますが……」
 上杉 菊(うえすぎ・きく)は自分が作った衣装が大丈夫か聞く。
「ああ、あたしやアテナは大丈夫だよ。それよりも……あっちの『ミナホ』さんの衣装見てやって。……たぶん胸の部分が余ってるから適当に調整お願い」
「承りました。瑛菜様。アテナ様。ご武運を」
 そう言って二人のもとを離れる。
(わたくしも手伝いに来てよかったです。このような形ですが得意の裁縫で力になれました)
 菊はそう思った。

「瑛菜。……私は、この劇に携わる事が出来て、本当に良かったと思ってる」
 菊と同じように思っていたことをエリシュカは瑛菜に伝える。
「緊張するなと言う方が無茶なのは百も承知。流石に、あれは予想外だったし。でも――私達なら出来る。そうでしょう、瑛菜?」
「完璧であること自体が不完全なのだ。自由にやるがよい、瑛菜。ライブと同様、歌劇もまた創造なのだからな」
 ローザマリアとグロリアーナの励ましの言葉。
「……ま、これくらいのトラブル飽きるくらいしてきてるしね。やるさ。な? アテナ」
「瑛菜おねーちゃんはトラブルに突っ込むのが趣味だからねー。アテナ慣れたよ」
 客席に届かない程度に瑛菜たちは笑った。

 そうして劇は始まる。


「これは、ある音楽の物語――」
 ローザマリアの弾き語りのナレーションで音楽劇は始まる。
「地下の王は、音楽や歌が好きな妃と娘の3人で幸せな日々を送っていた。そう、あの日までは――」
 穏やかな旋律から物悲しい旋律へと変わる。
「ある日、王の妃と娘の乗った馬車が、霧深き谷間へ転落してしまった。妃は帰らぬ人に――そして、娘は声を失った」
 そのナレーションが終わった後に小さな娘が出てくる。声を失った姫、ホナミだ。
「悲しみに暮れる王に、悲劇は続く」
『くすくす……かわいそうな姫。母を失い大好きな歌まで奪われるなんて』
 ホナミの前に現れる悪い魔女は歌うようにそう言う。
『絶望にくれる姫。あなたが望むなら覚めぬ眠りへと誘いましょう。大丈夫ただ眠るだけ。命は奪いません。悲しいことも考えること無い幸せな夢をお見せしましょう』
 その甘言にホナミは頷く。

「そうして姫は深き眠りにつく。そして王はいつしか、最愛の人が愛してやまなかった歌を、音楽そのものを憎む様になる。そして――」
 そこでローザマリアは弾き語りをやめる。
「世界から、音が消えた」


 場面は代わり、村の場面になる。そこでは村人たちが楽しそうに歌っていた。
「王の命令だ。歌をやめるのだ」
 そこに割って入るようにして言うのは王の手下役の黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)だ。
(……芝居がかったセリフってむずかしいな)
 セリフを続けながらも竜斗はそう思う。
「唄をやめろってどういうことだよ」
 理不尽な王の命令に立ち上がるのは瑛菜と幼なじみの二人――アテナとエリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)だ。
「ぅゅ……みんな、たのしくうたってる、の」
「そうだよ。どうしてそんなこと言うの? 今日はお祭りなんだよ」
エリシュカとアテナも瑛菜に続いて言う。
「ええい、文句があるなら力ずくだ! 覚悟しろ!」
 自分ながら似合わないなと思いながら竜斗は叫び模造刀を抜く。
(オペラとかではまぁ定番だけど)
 緊迫の音楽が流れる中で竜斗と瑛菜たちは剣を交える。
(私は竜斗さんの援護……二人の邪魔をさせないように端っこで抑える役ですね)
 部隊の端っこからそんなことを思っているのは黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)だ。
「(って、ユリナちゃん、微妙に危ないよ!)」
 自分の足元に撃たれたゴム弾に声にならないように悲鳴をあげるアテナ。
「(大丈夫です。峰撃ちですから)」
 何が大丈夫なのかわからないことを言うユリナ。冷静そうに見えるのとは裏腹に結構緊張しているらしい。
(竜斗さん負けないでください!)
 そして本来の目的忘れて夫を応援するユリナ。
 段取り通り竜斗が負けた時ユリナが残念そうな声を漏らしたのは彼女だけの秘密だ。


「あの村は目障りだ。……いや、音楽全てが煩わしい」
 音楽を憎む王……前村長はそう呟く。部下が持ち帰ってきた報告を元にそう言う。
『王よ。あなたが望むならこの世のから歌を奪いましょう。楽器というものを消し去りましょう』
「そのようなことができるのか(……ふりですからね? 本当にしないでくださいよ?)」
『あなたが望むのならば(くすくす……一時的に本当に歌えなくするのも面白そうね)」
 小声でそんなことを言っている二人に魔女の部下役である御劒 史織(みつるぎ・しおり)は引きつった笑みを浮かべる。その隣には同じく魔女の部下役であるロザリエッタ・ディル・リオグリア(ろざりえった・りおぐりあ)の姿もあったが、こちらは二人の会話よりも歌をどうしようかと悩んでそれどころではない。
「しかし、そんなことをすれば私の部下をを退けたあの瑛菜とかいう女が来るのではないか」
『大丈夫でしょう。たとえそうなっても、この二人の部下が王に近づけなどしません』
(……劇でよかったですぅ)
 仮に本当に瑛菜とぶつかるようなことになったら負ける未来しか見えない。
「(……歌いたくない)」
 ぼそりと呟くロザリエッタ。こっちは逆に音楽劇じゃなく現実だったほうが気が楽そうだ。
「(……すぐ負けたら、歌わなくてもいい?)」
「(ダメですぅ)」

 その後、史織はやってきた瑛菜たちを魔法で大立ち回りの末妨害、ロザリエッタは小さい声ながらちゃんと歌ったのだった。

「よく来たな瑛菜とやらよ。私を殺しに来たか」
 王の前に立つ瑛菜はその言葉に首を振る。
「ほぅ、なぜだ? 私を殺せば音楽が戻るだろうに」
「だからって、音楽のために人を殺せないよ」
 音楽とはそういうものではないからと瑛菜。
「では、何をしに来たのだ」
「あたしらの音楽を聞かせにだよ」
「ふむ……歌を奪われ、楽器もなくなったこの世界でどんな音楽を聴かせるというのだ」
「こんな音楽さ!」
 瑛菜はほうきを取り出し構える。アテナは空き瓶を口にする。エリシュカは持ってきた樽に手をおいた。
 そうしてエリシュカの樽を叩く音に合わせてアテナは空き瓶で器用に音を出す。瑛菜はなんか弾いてる(ように見える)。
「(ぅゅ……えいなだけ、なんだかさびしい、の)」
「(しーっ! ギターの代わりになりそうな手頃なものがなかったから仕方ないよ)」
 そんな小声が聞こえないように瑛菜は必死に弾いている(ように見える)。
「くだらぬ。それのどこが音楽だというのだ。仮に音楽だとしてもそれが何になるというのだ」
「聞かせられただろ?」
「聴かせるとは誰にだ?」
「あんたと――」
 部隊の端からゆっくりとした動作で入ってくる小さな影。
「――眠り姫にさ」
 眠っていたはずのホナミは瑛菜たちの前に現れて口を開く。
「楽しそうな音楽ですね。私も混ぜてもらえませんか?」


「どういうことなのだ……姫はどうして目覚め……いや、そんなことよりも声が……」
『くすくす……ハッピーエンドですね王」
「お前か魔女よ。眠りを覚まし声を治したのは」
『いいえ。王よ。私は何もしておりません。姫は自らの意思で眠りから覚めただけなのです。私がかけたのは姫が望む限り眠り続けるというものですから』
「では、なぜ姫の声が戻ったのだ」
『少なくとも私の力ではありません。私ができるのは奪うことだけ。……おそらく姫が声を失ったのは精神的なものだったのでしょう』
「では、私がもっと娘を慰めていれば……」
 もっと違った結果になったのだろうか。

『さて王よ。あなたは望み続けますか? この世界から姫の望む音楽を奪い続けることを』


「そうして、世界に音楽は戻り、王と姫は幸せに暮らしましたとさ。そして悪い魔女は平和になった国からはいなくなったそうです」




 時は少しだけ戻って劇の幕間。

「一旦休憩かぁ。なんか飲み物と食べ物買ってくるね」
 うーんと伸びをしてミネッティ・パーウェイス(みねってぃ・ぱーうぇいす)はそう言う。
「……ならさっさと離れろ」
 そう言うのはユーグだ。ミネッティはそのユーグにかなり密着していた。
「別にいいじゃん。そういう関係でしょ? あ、もしかして誰かに見られると困る?」
「そういうわけじゃないし嫌でもないが……目立ちすぎるのはな」
「ふーん……ま、いいや。じゃちょっと待っててね」
 離れて食べ物を買いに行くミネッティ
(息抜きに来たはいいが……目立ち過ぎだな。気をつけないと)
 と言ってもこっちは気をつけようがないのだがとユーグは溜息をつく。
「あれ? 少し意外。音楽劇興味あるの?」
 ミネッティとはまた違う声をかけられユーグは振り向く。
「久しぶり。お祭りっていいわよね。雰囲気というか」
 アーミア・アルメインス(あーみあ・あるめいんす)はユーグにそう言う。
「あれ? もしかして私のこと覚えてない?」
 すぐに反応が帰ってこないことに不安になりアーミアはそう聞く。
「いいや、美人のことを忘れないさ。アーミアだろ?」
 ユーグの言葉にアーミアは安堵の溜息をつく。
「あの……それって口説いてくれてるんだよね?」
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。……言ったろ? 口説いていいなら口説くって」
「えっと……あたし普段旅してばっかりでそういう話なかったし……」
 そう言ってアーミアはユーグの手を握る。
「……だから?」
「口説いてもいい……よ?」

「ユーグー食べ物買ってき……ちょっ」
 戻ってきたミネッティはアーミアの姿を見つけて驚く。
「あれ? こんな所で会うなんて奇遇じゃない。貴方もこの祭りにきたの?」
「そ、そうね、偶然ね。旅してたんじゃないの? あたしはその人と祭を回ろうと……ってなんで手握ってるの!」
「えっと……実は今からこの人に口説かれようかなって……」
「ユーグはあたしと一緒に祭を回ってるの!」
「でもあたし前に口説かれたし、今いい雰囲気だったんだからあたしが一緒に行くわ」
 少し大胆にユーグの腕を抱くミネッティ
「あ、あたしはもっと前から関係もってるし! 勝手に取らないでよ!」
「? 関係って?」
 何のことかピンときてないアーミアにミネッティは少しだけ優位に立ったような気になる。
「大人の関係よ。ユーグってばすごいんだから、あたしみたいに経験積んでないと相手にならないわよ」
「?……経験? もしかしてあなたどうも羽振りがいいと思ったらそういう事してたの!?」

 言い争う二人。それを前にしてユーグは思う。
(息抜きに来たはいいが……息抜きになってないな)
 やっぱり女の嫉妬は苦手だと思うユーグだった。