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甘味の鉄人と座敷親父

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甘味の鉄人と座敷親父

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【二 似つかわしいとか似つかわしくないとかの問題ではない】

 何かと話題にやかましい座敷親父だが、矢張りジーバス太守の懸念の対象となっているだけに、そのまま放っておいて良いという訳ではない。
 この座敷親父、野球に絡んだ話題やイベントがあれば、即食いついてくるに違いないとの発想から、甘味の鉄人の前座や合間の余興などで、野球を取り入れた見世物をすれば出現するのではないかという案が出ていた。
 発案者は、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)である。
 勿論一試合まるまる実施するのは不可能だから、バッティングと守備のデモンストレーションを披露する、というのが彼女の案だったのだが。
「まぁ……全く可能性が無い、という訳ではございませんでしょうな。出現率は限り無く低いかも知れませぬが……」
 SPB広報担当としても、座敷親父のような迷惑な存在はなるべく排除したいと考えていた空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)は、リカインの提案に理解を示した。
 幸い、会場となっているプレイグラウンドの外野付近は、比較的場所が空いている。
 この一角を借りてマーシャル・ピーク・ラウンド球場の本来の存在意義とは何か、そして野球とはそもそも何であるのかをジーバス太守にアピールするという名目でプロ野球選手によるデモンストレーションを行い、座敷親父出現を促す――方法論としては、決して間違ってはいないだろう。
 野球はひとりでは出来ないのも、これまた当たり前の話である。
 そこでアレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)が打撃を担当し、リカインとシルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)が守備位置で捕球するという簡単なプランが提案された。
 アレックスは周りがびっくりするぐらいやる気満々だったが、一方のシルフィスティは、何ともいえない微妙な表情で小さく唸っている。
「そりゃまぁ、プロ野球選手が野球場で野球のデモをするのは、全然間違ってないと思うよ。でもさ……これって、スイーツコンテスト、なんだよね。何っていうか、凄い場違いのような気がしない?」
 シルフィスティが眉をひそめるのも尤もな話ではあったが、リカインの頭の中では、座敷親父を誘い出す妙案が他に思い浮かばない以上、他に取れる策も無いのが実情であった。
「何でも良いんじゃないか? 野球が出来るんだったら、僕はそれで万事オッケーさッ!」
「いや、アレックスの為にするんじゃないんだからね」
 シルフィスティの突っ込みが、アレックスの耳に届いているのかどうか。
 そんなシルフィスティに、リカインがやけに自信満々でふふふと笑う。
「場違いだなんてことは、気にしなくて良いわ。だって会場には、プロレス用のリングが設置されてるのよ。もうその時点でスイーツコンテストって空気じゃないのは明白。だから隣で野球してようが何してようが、一切気にする必要は無いって訳よ」
 かなり乱暴な理論であったが、何故か説得力があった。
 狐樹廊も成る程、と相槌を打つ。
「もともとの会場設営自体が、スイーツコンテストに似つかわしくないものでしたからなぁ……」
「そうよ。似つかわしいとか似つかわしくないとか、今更そんなことを論じるのは野暮ってものね」
 リカインは、ずばっといい切った。
 更に彼女はいう。
「大体、サニーさんが審査員って時点で、もう普通のスイーツコンテストにはならないわよ。そこは保証してあげる」
「いや……そんなことを堂々と保証されても」
 アレックスが珍しく人並みな反応を示し、怖いものを見るような目つきでリカインの気迫溢れる笑顔をじっと眺めた。

 プレイグラウンドに立ち並ぶ、四つのリング。
 内野スタンド席の最前列通路から、この無骨な正方形の威容を眺めながら、湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)は何故か、心のうちから沸き上がる魂の叫びのような奮えを感じてならなかった。
「……この風、この肌触りこそが戦場ですよ」
「うむ。大いに闘志が掻き立てられるというものであるな」
 気が付くと、いつの間にか隣に蒼空学園校長馬場 正子(ばんば・しょうこ)が、丸太のような腕を組んで仁王立ちになっていた。
 凶司も正子も、この大会の審査員として招待された、ある意味では勝ち組、別の意味では負け組ともいえる微妙な立場にあった。
 しかしながら、任された以上は最後まで己の仕事をやり抜く――そういう意味では、ふたりとも腹が据わっているともいえる。
「わしはどうしても、プロとしての舌で味わってしまうからな……うぬらのように、庶民の正当なる舌を持つ者の審査は非常に重要である」
「恐れ入ります……彼女達も、相当やる気が出ているようですし」
 正子に応じながら、凶司は背後に控える三人のパートナー達――エクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)ディミーア・ネフィリム(でぃみーあ・ねふぃりむ)セラフ・ネフィリム(せらふ・ねふぃりむ)らをちらりと一瞥した。
 事前の話では、審査員席にはむさくるしいおっさん連中ばかりが腰を据えるという、あまり見ていて楽しくない情報が先行していたのだが、エクス、ディミーア、セラフといった華やかな顔ぶれが色を添えることで、随分と様相が変わってきているようであった。
 これには正子も、幾分ほっとしている節が見受けられる。
「一応、テレビにも映るからな。わしらみたいなのがずらりと並んでおっては、視聴者もぶっ飛ぶであろう」
「そ、それは、まぁ、何とも」
 物凄く答えづらい問いかけを投げられ、凶司は背中に冷たいものを感じながら適当にお茶を濁した。
 いたたまれない雰囲気に耐えられなくなってきた凶司は、話題を変えて、自分を助けることにした。
「ところで、どういう方向性でいくんです? ガチでいきますか? それとも、バラエティ的な感じで?」
「無論、ガチンコ勝負よ。あのリングを見ても、分かるであろう」
 正子が指差すその先には、2×2の配置で並ぶ四つのリングが鎮座している。
 そしてそれぞれのリングの各辺外部に沿う形で、簡易キッチンが設置されている。つまりそれぞれのリングは四方を簡易キッチンで囲まれる格好で設営されているという訳だ。
「それぞれのリングは、予選開始直前にケージ(金網)が設置される予定になっておる」
「え、金網デスマッチですか?」
 正子の予想外のひと言に、凶司は思わず聞き返した。正子は尚も、ふふふと妙な含み笑いを漏らしながら続ける。
「簡易キッチンには、あまり調理器具は揃っていない。それら調理器具は、ケージ内に吊り下げられる。だがその数は、人数分は揃っておらん」
「つまり……各参加者はケージ内で調理器具争奪戦を戦わなければならない、と」
 凶司は、ごくりと息を呑んだ。
 スイーツは格闘技だ――そんな煽り文句がこの大会では叫ばれているのだが、もうこうなってくると、格闘技ではなくデスマッチだといい切っても良いかも知れない。
「スイーツを極めんとする者には、心技体の全てが求められるということよ。ただ腕が良いだけではなく、戦いに勝ち抜く強靭な精神と、過酷な環境の中でも完璧に仕上げる体力が要求されるのだ」
 何という恐ろしい大会なのか。
 凶司は内心で、冷や汗を流す思いだった。
(審査員で……本当に、良かった……)
 これが、凶司の偽らざる本音であったろう。