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リアクション
第7章 異変
その異変が、島の上空に現れた時。
「っ!? これが、乱気流って奴!?」
高速飛空艇ホークを翻弄しようかという強い気流の乱れを感じ、ルカルカは操縦桿を握った。直後、大きく機体が揺れた。
「キオネ! 大丈夫!?」
「は、はいっ、何とか」
「席に座ってて! 安全な場所に脱出するわ」
操縦に専念しようとしたルカルカに、ダリルからの連絡が入る。
『ルカ、無事だな?』
「もー、心配する気なさそうねー。もちろん無事だけどっ」
『いや、多分緊急事態だ。高度をパクセルム島と同じか、それ以下にまで下げた方がいい』
「…何があったの?」
小型飛空艇アラウダにいて情報基地を形成し、ルカルカだけでなく今回の作戦に参加している警察の調査チームからも周辺情報を収集しているダリルは、転送された映像を拡大して詳細な解析を行い、『丘』の場所と島の詳細な地図を、ノートパソコン2台を駆使して地図作成ソフトを使い、作成していた。さらに、送られたデータから得られる温度や気流の流れ等から、結界の「穴」がある可能性の高い場所を突き止めるべく、結界全体の構造図を仮装演算していた。
のだが。
その、上空の気流等の気象データが、想定になかった事態をダリルに告げていた。
『気流の乱れが今発生しているだろう』
「えぇ」
『その辺りで、自然界にはあり得ない温度変化が起こっている。近くにいる警察の偵察機に詳細データを送ってもらったが、空気中の微粒子レベルで超自然的変化が起きているようだ』
「つまり、どういうことになるの?」
『おそらく、何者かによる人為的行為の結果だろうが――空間が歪む前兆だ。
乱れているのは気流ではなく、時空そのものだ」
空が暗く翳る。それは太陽の作用でも、雲の動きのせいでもない。
空間が歪む。それによって色彩が闇に潰されたようになり、辺りが暗くなったのだ。
忽然と。雲を従えて。
石造りの小型要塞が姿を現した。
それは、古城の一角を切り取ったもののようにも、神話の世界に出てくる軍船にも見えた。
時空の歪みから生じる気流の乱れは広範囲に及ぶ。辺り一帯の島に強風が吹きつけ、石や小さな岩が吹き飛び、場所によっては地面が抉れた。
「北都! 大丈夫ですか!!」
ちょうど、「定期的な合流」をするところだった北都とクナイ。
間一髪でクナイが北都をレッサーワイバーンに乗せたので、強風で北都が飛ばされるという事態は避けられた。
「大丈夫。けど、何だか、凄いことになってる……」
「取り敢えず、強風域を離れましょう。ここでは何ともすることができないでしょうから」
気流が尋常ではないことに気付いているらしいレッサーワイバーンは、頭をわずかに下げて、威嚇するように低く唸っている。
警戒心のために高ぶっているらしいワイバーンの首をなだめるようにさすり、クナイは、この不穏な空域を脱出するよう促した。
『コクビャクだ!!』
島内の騒ぎと緊張は、飛空艇発着場にまで届いてきた。知らせは細い上り坂を挟んだ崖の上から届けられ、3人の班長は、すぐさま飛んで行った――文字通り、「飛んで」。翼を持つ者には、坂道など関係ない。長老も翼を広げたが、彼らとは別の方向に飛んでいった。その方から危急を告げる伝令が来た所を見ると、危地的施設か居住区があるのだろう。島の長には、戦場に出る以外の役目もあろう。
「我々も共に戦う! 道を開いてくれないか!!」
警察から来た捜査官たちが色めき立つ。先に行った者たちを追って飛び立とうとしていたマティオンは振り返り、ちょっとの間、厳しい顔つきにためらう表情を浮かべた。
今は緊急事態。そして今となっては、コクビャクの襲撃は表沙汰になってしまった。何故ためらうのか。捜査官が詰め寄ろうとした時、マティオンは、坂道の入口にいる門番に何か合図をした。そして、再び振り返った。
「……。入り口だけは一時的に開いた。だが、我々にできるのはこれだけだ。
ここから『丘』まで来られるかは、貴公ら次第だ」
言うと、翼を広げ、3人の班長が飛んで行ったのと同じ方向へ飛び立った。
門番は道を開けた。捜査官たちはすぐさま突入した。成り行きを見ていた契約者たちも後に続く。
――しかし。
坂道を幾らも登っていかないうちに、捜査官たちは全員、息を荒げて膝をついた。
「な……んだ、これは……」
「体が重い……足が上がらない……」
「よーしっ、いっくぜーっ!!」
契約者の中で、一番に飛び出したのはベルトラムだった。
――坂道を登りきる頃には、肩を上下して息していた。
「あっれー、なんだこれ、おかしいな、こんなはずじゃ……
体が……重い……重すぎる」
さゆみは会議の建物を出てすぐにアデリーヌと合流し、事態を見届けるべくともに坂道を登り始めた。
「魔族を嫌っている一族の居住区域に、入っていって平気かしら……?」
「緊急事態だし、長の補佐役っていう人が許可を出したんだから大丈夫よ」
だが、やはり体の異変には出発後すぐ気付いた。
「なんだか、地面に押しつけられるような……変な力が働いてる……
これが、話し合いで言ってた、土壌と一体化した結界っていうものなの……?」
呟く隣で、アデリーヌは眉を顰め、大きく息をしながら体を縮こませるようして歩いている。
「苦しい? あんまり辛いなら、引き返す!?」
「大丈夫よ。でも……変な感じ……何か重たいものが足に絡みついているみたいに、動きにくいわ……」
さゆみは眉根を寄せるアデリーヌを、労しげにじっと見つめた。
「もしかして、私よりあなたの方が、体に強く堪えてるんじゃないかしら……?」
飛空艇の窓から下を見ていたキオネは、目を見開いた。
「木が!!」
丘の上の大樹は、青く光っていた。
先程までとは比べ物にならない、強い、空を割いて走る光だった。
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