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【1章】白く染める


 雪祭り当日。妖精の集落・フラワーリングは、すっかり一面の銀世界と化していた。
 辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は再び集落の妖精たちに請われて、暗殺術もとい護身術の授業を始めようとしてい。
「さて……始める前に、一つ聞いておこうかのぉ」
 刹那は集まった数人の妖精たちに、何か特技はあるかと尋ねた。魔法やスキルなど使用可能なものがあれば、それを護身術に取り込んでいくためだ。
 集落に学校が建設されるまで、ほとんど勉強できる環境に身を置いていなかった妖精たちの中には、魔法を扱える者はいないようだった。特技といえば歌やダンス、それから植物と心を通わせることが出来るくらいだろうか。
 刹那はそれを聞き出すことで一人一人に合った護身術を教えるつもりだったが、今回は同時に少し踏み込んだ戦闘術も扱うつもりでいた。なぜなら『煌めきの災禍』の事件があったのは比較的最近の出来事だったし、いつまたこの集落に危険が及ぶとも限らないからである。フラワーリングには自警団も出来たようだが、刹那は有事の際に別の立ち位置で動けるよう、あえてそちらと行動を共にしていなかった。
 それに、事件に関して思うところがないわけではなかったが、刹那はあえてそれを妖精たちに伝える気はなかった。彼女が教えるのは思想、心情ではなく、あくまで護身術なのである。


「あ……」
 アルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)はログハウスの扉を開けて、外の景色が真っ白に染まっていることに気付く。ちょうど洋服店「フェアリームーン」の準備が終わって、開店しようとしたところだった。
「ドウカシマシタカ? マスターアルミナ」
 アルミナが外を見つめたまま悩んでいるのに気づいて、イブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)が声を掛ける。
「うん……ほら見て。外がすごい雪なんだよ」
 今は空こそ晴れたものの、地面の上は全て白い雪に覆われている。冬なので仕方がないとはいえ、やはり寒い。
 アルミナの悩みは、洋服店内に暖房器具が置けないことであった。電気もないし、かといって火を使えば店の商品に燃え移る可能性がある。しかしせっかくの開店日だというのに、お客さんに寒い思いをさせるのは忍びない。
 それを聞いて、イブは少し考えを巡らせるように店外を見回す。
「デハ、コウシタラ如何デショウ」
 イブの提案は、こうだった。まず店の隣にかまくらを建てる。そしてそこでお汁粉を作り、客に限らず店の傍を通りかかる人に無料で振舞う。そうすれば温まれるし、洋服店を覗いてくれるお客さんも増えるかもしれない。
「良いね。じゃあ早速かまくらを作って、お汁粉の準備もしちゃおう!」
「お汁粉?」
 ほっとして笑うアルミナに声を掛けたのは、白波 理沙(しらなみ・りさ)であった。
「二人はみんなにお汁粉を振舞うの?」
「あ。えっと、お店の中が寒いから、それで」
 アルミナが事情を説明すると、理沙はなるほどと言って頷く。
「じゃあもし良かったら、お汁粉作りは私たちに任せてくれないかな? 以前妖精たちにお茶会へ誘って貰ったお礼に、私たちもお汁粉のサービスをしようと思ってたところだから」
 理沙はパートナーの早乙女 姫乃(さおとめ・ひめの)ノア・リヴァル(のあ・りう゛ぁる)、それにランディ・ガネス(らんでぃ・がねす)を連れて、ちょうど妖精たちにお汁粉を振舞う場所を探していたところだった。
 アルミナの快諾を得ると、理沙たちは早速お汁粉作りに取り掛かる。力仕事なら任せろというランディが材料を運び、料理が得意な理沙とノアが中心となって準備を進めていく。
 そこに、はしゃぐ少女の声が聞こえて来た。
「わぁい♪ 雪がいっぱいだー! リィナも何か作りたいけど何にしようかなぁ?」
 ツインテールの少女リィナ・ヴァレン(りぃな・う゛ぁれん)がきょろきょろと辺りを見回している後ろで、パートナーのターラ・ラプティス(たーら・らぷてぃす)は少しげんなりとした顔をしている。誰でもOKとのことだったので雪祭りに参加してみたものの、寒くて思うように指は動かないし、雪像作りは疲れるし……そこでターラはあるアイディアを思いついた。そう、疲れたら休めばいいのだ。雪祭りに参加しつつ、中で休めるような形状のものを作ればいい。
「そうだわ、かまくらを作ってみましょう。これならあまり指が動かなくても多少大雑把に穴を作っても大丈夫でしょうし、作り終わったら中で休めるわよね」
「あ、ターラお姉ちゃんはかまくらを作りたいの? じゃあ、リィナも手伝うね♪ ゆったりと一緒に入れるように、大きいの作るように頑張るよっ!」
「そうと決まればお餅を焼く道具でも用意しときましょう♪」
 たまたま近くでターラたちの会話を聞いていた理沙は、せっかくだから一緒にやろうと誘って、アルミナたちがかき集めた雪の山とお汁粉の鍋を指し示す。
「お餅とお汁粉、最高だと思わない?」
「わー、甘いの大好き♪」
 鼻をくすぐるお汁粉の香りに、大の甘党であるリィナは目を輝かせた。
 そして、かまくら作りの方は時折暇になったランディも手伝っていたせいか、当初の予想よりかなり早めに、立派なものが完成したのだった。