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【3章】明日を語る


 御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナー、御神楽 舞花(みかぐら・まいか)はハーヴィの自宅で、午後のティータイムを過ごしていた。
 お茶の香りを楽しみながら、舞花とハーヴィはしばしの間世間話に興じる。フラワーリングが活気づいてきたと、ソーンの代わりに勉強を教えてくれる先生を探していること、雪祭りのこと……。
 それから舞花は少し表情を引き締めて、今後の方針を尋ねようとする。しかしハーヴィは一度彼女の話を遮ると、恐らくこれから他にも来客があるだろうからそれまで話を待ってくれるよう頼んだ。
 その言葉通り、しばらくすると数人の契約者たちがハーヴィの家に集って、その場はちょっとした集会のようになった。有り難いことに、皆ハーヴィの悩みを聞きつけて、今後のことに関する助言をしようと訪れてくれたのである。
「先に説明したとおり、我は3つの案を考えている。リトの住居を洞窟あるいは森の隠れ家とするもの、そして我とリトが潔く村を去るというもの……。これに関して、皆の意見を聞かせて欲しいんじゃ」
 テーブルを囲んだ全員の顔を見回すようにして、ハーヴィは言った。
「私はソーンのことが気になります」
 舞花は極めて落ち着いた口調で話し始める。
「『永遠の命』を研究するソーンには、命が消えそうになっている大事な身内がいるのかもしれません。もしも研究に必要なら、再びリトを奪うための襲撃があると予測します」
 ですから、と舞花は続けた。
「個人的には、『灰色の棘』の脅威を完全に排除出来るまでの間、最初の案――つまり洞窟内をシェルター化するというプランを推します。見張りを置いて有事に対応できる体制も必要です」
 舞花はまた、以前ソーンの臭いを覚えさせた軍用犬で彼の追跡が可能かも知れない旨を付け加えて、発言を終了した。
 次に手を上げたのは、貴仁だった。
「少なくとも、俺はお二人が村を去るのだけは反対です」
事前にパートナーの夜月とも話をしてきたが、これはお互いに共通の見解であった。
「リトさんに関しても、理想を言えば村にとどまって貢献してもらえたら……とも思っています。ですが、村人の安全等を踏まえたら2番目の妥協案を採ってもらいたいですね」
ただ細部が違うんですが、と前置きして、貴仁は続ける。
「細心の注意というより、行き来するためには最初はカイさん同伴であったらでいいと思います。以上です」
「果たしてそれが、安全策だと言えるでしょうか」
 異を唱えたのは佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)とパートナーのレナリィ・クエーサー(れなりぃ・くえーさー)であった。
「私も強いて挙げるとすれば、選択肢的には2番目の案ということになりますが……しかしハーヴィさん、何でリトさんと一緒にフラワーリングに住むと言う選択肢が無いのですか?」
 牡丹は何か言おうとするハーヴィの言葉を遮って、宥めるように声を掛ける。
「いえ、理由は当然わかりますよ? 村長として、フラワーリングに住む妖精達に危険が及ばない様にする為の苦肉の策なんですよね? ――でも、考えてみてください、ソーンの奴らを撃退したとは言え、奴らは再びリトさんを奪いに来る可能性は無いとは言えません」
 それは恐らく、この場に居る全員が危惧している事態だろう。
「その時、もし既にリトさんやハーヴィさんがこのフラワーリングから姿を消していたとしても、奴らは先ず初めにこの村を襲います……何故なら、それしかリトさんの情報を得る手段がないからです」
 小さな機晶姫のレナリィも、牡丹の意見に同調して言葉を繋ぐ。
「もしもだよ? リトさんをこの村から離れた場所に住まわせてたら、それこそソーンが再び来て、ハーヴィさんも気がつかない内に連れて行かれちゃうかも知れないんだよ? それにもし二人で遠いところに行っても、一人でリトさんを守る自信はあるの?」
 ハーヴィはただ、黙って二人の意見を聞いている。
「お分かり頂けたかと思いますが、リトさんをこの村から離すと言うのは、ことソーンに対して言えば村に対して全く意味を持たない行為なんですよ?」
 牡丹は一度言葉を区切って、真っ直ぐにハーヴィの瞳を見据えた。
「そこで、私から1つ提案をさせて頂きます……ハーヴィさん、リトさんと一緒にこの村に住みましょう!」
 ハーヴィはゆっくりとその双眸を閉じる。こういう優しい意見をくれる人がいるであろうことは、ある程度予想していた。
「不安があるのは当然だと思いますが、今のハーヴィさんには昔のハーヴィさんにはいなかった、カイさんをはじめとした私たちみたいな仲間が居るじゃないですか?」
「そうだよ〜。大切な存在は、この際なんだから、全部纏めて一緒に守っちゃいましょうよ〜。こういう事情だから、僕たちからもイルミンスールに連絡を取って、もっと人材を派遣してもらえないか頼んでみるからさ〜?」
牡丹たちの説得に心揺らがないわけではない。「仲間」と呼んでくれる人々を、信用していないわけでもない。ただ、怨むべきは己の心の弱さなのだ。ハーヴィは一つ大きめに息を吐き出すと、ゆっくりと口を開いて言った。
「すまぬ。お前さんたちには計り知れないほど世話になっておるし、感謝もしておる。だからこそ信じてもいる。じゃが……新たな人材を派遣してもらったとして、その中にソーンのような者がいる可能性もないとは言えぬじゃろう? 我はそれが怖い」
 それに、と暗い顔でハーヴィは続ける。
「もし、目の前で我や集落の妖精たちが敵に襲われでもしたら、リトは今度こそ自分を責め殺してしまうんじゃないかという気がしてならないんじゃ……そんな惨劇を、もうあの子には見せたくないんじゃよ。集落の長としては卑怯者だと思われるかも知れんが……」